15話 貴族のお嬢様とゴブリン
テレン聖教皇国の戦争を終結して2日が経過したが、真理は未だに目を覚まさない。アルメリア曰く、特に目立った症状はなく、いつ目覚めてもおかしくないはずだと。
1日前、モーレアはミーア、ラルマ、ガイルに医務室に寝ている彼女について説明をする。今までマリー様だと思っていた人物は実は別人で本物はまだ見つかっていない事を。
最初は皆冗談だと思っていたが、モーレアは彼女が山で見つかった時に着ていたスーツを見せ、オゼットが説明すると皆の表情が段々と変わり、モーレアが言っている事が真実だと受け入れた。
モーレアはこの事を極秘に取り扱いたいと言い、アルメリアに捜索部隊の結成を依頼し、デスニア周辺の捜索を命じた。
ガイルは前から自分の経営している店を国外に展開したいと思っており、新店舗を建てる計画を進める為にテレン聖教皇国に向かい、何か情報が入れば連絡すると言っていた。
ウインチェルはこの国に転移魔法での侵入ができない様にミーアと一緒に結界を張る作業に入った。これが完成すれば仮面の男は容易には城に入って来れないはずだ。
そして俺はと言うと、テレン聖教皇国との戦争を短時間で終結させたことによって『イスフェシアの勇者』と呼ばれるようになり今は―
「はい、これが依頼終了書、これで依頼は達成ですね」
「テレン聖教皇国への薬品運送、お疲れ様でした。」
「すげえなあいつ、今日だけで20件の依頼を達成しやがった」
「流石はイスフェシアの勇者様だな。」
―イスフェシア皇国のギルド『ソルジェス』で様々な依頼をこなして小遣い稼ぎをしている。
この世界に来てからというもの、金銭を使う機会がなかったので気にはしなかったが、いざという時に金を持っていなかったら何かと困ると思ったので、オゼットはギルドに行って稼ぐ事にしたのだった。
オゼットは受付で依頼を達成した事を報告し、テーブル席に座ると報酬で手に入れた金銭やアイテムを確認する。
「よし、これで宿屋や食費は大丈夫だな。後はアイテム屋とか武器屋でどんなのが売っているか確認しよう」
少し休憩するとオゼットが座っているテーブル席にレバンが座って来る。
「よお、勇者様、久しぶりだな。最近の景気はどうよ?」
「レバンさん、お久しぶりです。まぁぼちぼちって言ったところですね」
「そうか~。そんなお前さんにいい話があるんだけど、聞く気はないか?」
レバンの話によると貴族のお嬢様からの依頼でイスフェシア皇国からテレン聖教皇国までの護衛任務の依頼があるのだが、最近は道中に魔物や盗賊が多く出現するらしく、並な腕を持った傭兵ではこの依頼の達成は困難であるとの事。高額な報酬であっても、誰もこの依頼を受ける人はいないらしい。
「そこで、お前さんの出番ってわけだ。お前さんなら余裕だろ?」
「俺、長時間労働とか嫌ですね。後、ウインチェルに頼めば転移魔法で一気にテレン聖教皇国に行けるのでは?」
「実はウインチェルさんに声をかけたのだが、『仕事が忙しいので』って言われて断れちまった」
「ああ…」
オゼット達が話している最中にモーレアが席に割り込んでくる。
「何やら面白い話をしているじゃねえか。俺も混ぜてくれよ」
「あれ?モーレア、仕事は?」
「サボって来たぜ(笑)」
モーレアの発言で二人は呆れて何も言えなかった。
数時間後、レバンが貴族のお嬢様からの依頼を受諾する。この依頼に参加するメンバーはオゼット、レバン、モーレア、そしてモーレアに無理矢理連れて来られたラルマだ。
4人は今回の依頼人であるシャーナ・ヴィントが住む館を訪ねる。エントランスで待機して数分後、金髪の女性が階段から降りて来て挨拶をする。
「この度は、わたくしの依頼を受けて頂き、誠にありがとうございます。シャーナ・ヴィントです。よろしくお願い致します。」
シャーナは早速、召使いに馬車と護衛用の馬を用意させて出発の準備を進める。ラルマは身長的に馬に乗れないのでシャーナの馬車に乗り出発する。シャーナはラルマをぬいぐるみの様に抱きかかえ、可愛がっている。
「あのぅ……」
「な~に、ボク?」
「僕も護衛で来ているので、その……離れて頂きたいのですが……」
「大丈夫、他の3人に任せればいいのよ。それにしてもその年で護衛任務ができるなんて偉いわねぇ」
馬車はイスフェシア皇国から出てカタナリ大草原に入る。シャーナは窓を覗いて空を見上げる。モーレアとオゼットは周囲を警戒しながら馬を走らせる。
「ここ最近、変わったモンスターが出るって話聞いた事があるか?」
「何ですそれ?」
「何でも異常な再生能力と力を持った紫色のオーガがいて、何人の傭兵が食べられたらしい」
「紫色のオーガか……」
レバンの話だとギルドの傭兵達がこの依頼を受けない理由の一つとして、インフェシア皇国からテレン聖教皇国に向かう道中に紫色のオーガとゴブリンの大群が襲ってくる事があり、生き延びて帰った傭兵はほとんどいないらしい。
「それが本当ならこの依頼、少人数で受けるべきではないですよね?」
「お前さんの力があれば大丈夫だと思ったんだよ。少人数なら報酬もがっぽり貰えるからな」
「おいお前ら、噂をしていたら出てきやがったぜ」
馬車の前方に複数のゴブリンが通行止めをしている。ゴブリンの一匹が馬車の馬に目掛けて矢を放ち命中する。馬は倒れ、馬車を囲むように次々とゴブリンが出現する。
「ニンゲン、美味シソウ。食ワセロ」
「女ダ……女ノ良イ匂イガスル」
「男ハ殺セ!!」
「悪いがお前らに殺されないし、生かして返すつもりはない」
オゼットはIMSPを起動し、剣を構える。
「野郎ドモ、ヤレ!!」
大量のゴブリンが一斉に馬車に襲い掛かる。モーレアは剣でゴブリンの攻撃を払い、鬼火をゴブリンの顔面にぶつける。レバンは痺れ薬が入った瓶をゴブリンに投げつけて動きを鈍らす。
オゼットは高速でゴブリンを切り刻む。ゴブリンは攻撃を受けながらも馬車に近づき扉を開けようとするが、黄緑色のオーラに包まれて飛ばされる。
「僕だって、やれるんだ!!」
「ラルマ君強~い。是非わたくしの召使いになって欲しいですわ」
シャーナはラルマを抱きしめて頭を撫でる。ラルマはやめてくださいと言いながらサイコキネシスでゴブリン達を吹き飛ばし、馬車を空中に浮かす。
「ラルマ、そのままお嬢様を守ってろよ!」
「は、はい!」
「秘技、龍炎双牙!」
両手から出現した炎の龍がゴブリン達を燃やし尽くす。しかしゴブリンは燃えながらも襲い掛かってくる。何かがおかしい、致命傷もしくは確実に殺せる一撃を与えているはずなのに、ゴブリン達は立ち上がって攻撃を続ける。
「オゼット!奴らの再生能力は異常だ。首を刎ねるか心臓を抜きとれ!!」
モーレアはゴブリンの心臓をえぐり出し、鬼火で燃やす。オゼットはゴブリン達の首を刎ねるが、中には首を切断しても襲い掛かるゴブリンもいる。
「まるで、アンデッドだな……ならば!」
オゼットはモーレア、レバンに空中に浮いた馬車に集まるように指示をする。2人は言われた通りにするとオゼットは剣をゆっくりと鞘にしまう。それを見てレバンは怒鳴り出す。
「おい、何してんだよ!」
「何って、こいつらを殲滅するんだよ」
オゼットは再び剣を物凄い勢いで鞘から抜きゴブリンを斬るとかまいたちが大量に発生し、周りにいたゴブリン達も切り刻まれる。かまいたちでのけぞっている隙にオゼットは『タキオンソニック』を発動し、高速でゴブリンの首を刎ね始める。首を刎ねても襲い掛かるゴブリンはかまいたちによってバラバラになり次々と倒れていく。
オゼットの攻撃によりゴブリンの大群は殲滅された。空中に浮いていた馬車はゆっくり地面に着く。レバンはオゼットの肩をたたき、礼を言う。
「ありがとよ、それにしても相変わらず凄げぇなお前……これじゃどっちが化け物かわからないぜ」
「そう言わないでください。ともかくこれで先に進めますね」
「馬車は無事だったが馬がやられちまった。」
馬車からシャーナとラルマが出てくる。モーレアは状況を説明するとシャーナは全員にお礼を言い、早くセレデアに着く方法はないのかと尋ねる。ラルマのサイコキネシスでシャーナを運ぶ提案をしたがラルマはそんなことをしたら死ぬよとさらっと言う。オゼットは召喚魔法を使い黒い炎を纏った影の馬を召喚する。
「この剛火を使って馬車を運びましょう。レバンさんは馬の運転を、俺は馬車の上で周囲を警戒します」
「この馬?黒い炎が出ているけど大丈夫?」
「ご安心を、この炎は敵意ある者しか焼かないので」
「そ、そうなの……それにしても貴方、とても強いのね。ラルマ君と一緒にわたくしの従者にならない?」
「ありがとうございます。でも私はやりたいことがあるので従者にはなりません。お気持ちだけ受け取ります」
「そう……ラルマ君は来てくれるよね?お菓子もいっぱいあげるし、何一つ不自由な思いさせなくってよ」
「ぼ、僕は守りたい人がいるから……」
シャーナは残念な顔をしながらラルマを抱きかかえてモーレアと一緒に馬車に乗る。
オゼットは一度IMSPを解除し、テレンに向かうのであった。