142話 青剣姫と氷雪姫
オゼットはレイブンにギガポーションを渡してお互いに傷を癒す。態勢を整えると次にどうやってこの状況を打開するかを考える。
「イスフェシアの勇者、お前はブルメを倒せ。俺は亜紀を止める」
「お前に命令されるのはうざいけど、今はそうするしかないか。しかし妹さんに攻撃できるのか?」
「このままじゃあの二人に殺されるを待つだけだ。やるしかねぇ…………行くぞ!」
レイブンは亜紀のところまで走り、ブルメが後ろから剣で刺そうとするとオゼットが剣を弾いて妨害する。
「『氷狼牙』!」
ブルメは氷で出来た狼を剣から放ち、狼はオゼットの腕に噛みつく。剣で狼の頭を刺して狼を消滅させるがブルメの斬撃が体中を切り刻む。
「ぐああっ!」
「能力が使えなくなると本当に弱いですわね。勇者様は」
「さっき妹さんの鎧は周囲にいる人の魔法や能力を封じる力があるって言った割にはお前さん魔法が使えるじゃないか」
「あら失礼、ちょっと語弊がありました。正確には“周囲にいる敵と認識した者”と訂正いたしますわ」
「チート能力め」
「あなただけには言われたくありません」
ブルメの攻撃を受け続けるもギガポーションで回復し時間を稼ぐ。
一方、レイブンは亜紀の鎧に目掛けてぶん殴りにいく。鎧を殴った手は赤くなりヒリヒリするが構わず武器を使わずに拳で殴り続ける。
「待ってろよ亜紀、そのだっせぇ鎧をぶっ壊してやるからな」
「駄目、体が勝手に動く!避けて兄貴!」
両手斧でレイブンの首を狙うとレイブンは両手斧の持ち手部分を掴んで攻撃を防ぐ。すると亜紀はレイブンの腹に蹴りを入れて仰け反らせるともう一度両手斧で攻撃する。
間一髪で回避するが肩に掠めてしまい血が服に滲んでいく。
「ごめん!」
「気にするな。後今からちょっと痛くするから我慢しろよ。久しぶりの兄妹喧嘩だ!」
亜紀の背後に回ると勢い良く走って飛び蹴りをする。態勢を崩したら両手斧をぶんどりそのままブルメに向けて投げる。しかしブルメは剣で両手斧を弾くがその隙にオゼットは彼女の腹を斬る。
やっと一撃を与えられたが黒いIMSPで体は強化されている為、あまり効いていないようだ。
やはり能力が使えないと勝てないのか?何か他に方法がないか考えると昔、格ゲーで真理にやられたことがある戦法を思い出した。時間稼ぎにしかならないがやらないよりかはマシだと思ったオゼットは塔の端っこまで走る。
「無駄ですわよ。『タキオンソニック』!」
ブルメに切り刻まれながらも塔の端まで辿り着いた。もう逃げ場はないとブルメは止めの一撃で剣を振る。
オゼットはブルメが剣を持っている方の手首を掴んでもう片方の腕で右肩を掴み、そのまま塔の場外へと投げる。そうこれは昔、真理に散々やられた技である一本背負いだ。
ブルメはそのまま塔から落ちていく、たとえ『タキオンソニック』が使えたとしても地面や壁に着いていない限り意味はない。これで少し時間稼ぎはできるだろう。
「イスフェシアの勇者!後は俺に任せてお前は先に行け!!」
レイブンが叫ぶとそれに応じてオゼットは二人が守っていた魔法陣に飛び込んだ。光に包まれて赤い月へと運ばれていく……。
「ふぅ、これで俺とお前の二人だけになったな」
「どうするの?」
「なに、今からお前の攻撃を避け続けるだけだ。おそらく魔女にはあの魔法陣を守れとでも命令されたんだろう?……で一人逃したけど、命令通り(・・・・)目の前の“敵”から魔法陣を守っているからイスフェシアの勇者の後を追うことができないって言ったところか。ガバガバだな、魔女の命令ってのは」
レイブンは亜紀から距離を取って呼吸を整える。
亜紀は落ちた両手斧を拾うとレイブンに向かって両手斧を振り続ける。
このまま攻撃を避け続ければ亜紀を傷つけることはないが解決策にはなっていない。時間が経てばブルメも戻ってくるだろうし、さてどうしたものかとレイブンは考える。
せめて魔法や能力が使えれば亜紀を拘束して一時的に戦闘を回避できるし、または下の階からイスフェシアのゆかいな仲間たちが登って来れば亜紀を足止めして赤い月まで行けるのだが……。
「流石に疲れるよな、これは」
レイブンはそう呟くとポケットから魔法が込められているカードを取り出して発動ができるか確認するが発動はしない。どうやら魔力を使ったアイテムも発動はできないらしい。
レイブンはため息をつきながらも亜紀の攻撃から逃げ続けることにした。
一方、塔の入り口近くには大きな窪みができている。そこからブルメは這い上がって再び頂上へと向かおうとしている。
「全く私としたことが、こんな形でやられてしまうとは油断してしまいましたわ。しかし所詮は時間稼ぎでしかないわ。直ぐに二人を倒して今度こそジークフリートと永遠に愛し合うのよ」
「あらあら、情熱的な愛ね。でも皆ウインチェルのやっている事に困っているから邪魔しないでもらいたいのよね」
「誰!?」
冷たい霧で視界が悪い、姿は見えないがその人物の声は確かに聞こえる。それによく周りを見ると人形達が凍って機能が停止している。
そして次第に足元が凍っていき、身動きができなくなっていた。
霧の中から一人の女性が現れる。確かこの人物はウインチェルによって死んだという情報を聞いていたはずなのだが、どうやらあの魔女は本当に死んだかどうかを確かめていないらしい。
「私たちの主は本当に爪が甘いですね。そしてごきげんよう。アルメリア・ラムケットさん」
「私の名前を知っているとは光栄ですわ。エルクベレ・ブルメさん」
「ええご存じですわよ。かつては帝国の情報を盗み、如何なる手段で計画を邪魔してくる闇ギルドの暗殺部隊にいた別名“氷雪姫”よね。そしてそのギルド仲間に裏切られて一時期は追われる身になったとか……」
氷雪姫の名を聞くとアルメリアは少し顔を下に向ける。直ぐに顔をあげたが顔を下に向けた時に一瞬だけ笑っているようにブルメの目には見えた。
「ええ、でもあなたほど大した活躍はしていないわ。第一艦隊司令官にして別名“青剣姫”、帝国でいう階級は海軍中将でその剣技はだれもが認める実力を持つ。第三艦隊部隊司令長官のオイレンべルガ・ジークフリートと婚約を交わすけど王国キーレ沖海戦にて戦死。そしてあなたも王国との海戦で部下の裏切りによって戦死した……何か似ているわね、私達」
「何でそこまで知っていて何処から聞いたのかは知らないけど今はそんなことどうでもいいわ。」
ブルメは拘束している氷を魔法で溶かそうとするが魔力が使えない。
「無駄よ。この霧の中では思いのままに相手を凍らせることができ、霧を少しでも吸えば細胞や魔力だって凍らせることができるのだから」
「厄介ですわね。この霧は」
「ここは黎明の塔、魔力が溢れるほど供給ができるから私の氷からは逃れることはできないわよ」
アルメリアはブルメの首に注射器を刺す。
「っつ!」
「安心しなさい、殺しはしないわ。あなたとまともにやり合うのは私も疲れると思って少しの間眠ってもらうわよ」
死人であるブルメには睡眠欲などないはずなのに何故か眠くなっていく。アルメリアが刺した注射器の中身には死人でも作用があるのか。
「ゆっくりと眠りなさい」
氷はブルメを完全に包んで深い眠りに閉じ込めた。




