138話 狂乱の魔科学者
ハルフトは人形を前進させる。ウインチェルから聞いた情報ではイスフェシアの勇者は触れた者を光に変える盾を使うという。それはとても危険だと考えたハルフトはポケットから注射器を取り出した。
「あまり美しくないので使いたくなかったのですが、仕方がありません」
自身の腕に注射すると人形の体は大きくなり身長が5mになる。おそらくあれはマジックパウダーと同じ作用がある薬なのだろう。
「人形でも効果あるのか、あれは……」
「俺の仲間は本当にとんでもない物を作り出してくれたぜ」
「何とかしろよ。弱点ぐらいあるだろ」
「ねぇよそんなもん」
2人が喋っている間にハルフトは虫を潰すかのように足で2人を踏んだ。
「馬鹿メ!これでオマエ達を人形ニして私のコレクションが増やす。そうすれば誰も私の商売を邪魔スルことはデキない。今度こそコンダート王国に住む女共を人形にシテやる」
「「うるせぇ!」」
踏んだはずの足は持ち上がってそのままハルフトは投げられる。空中に浮くとオゼットはハルフトの目の前までジャンプする。
「『轟雷爆砕刃』!!」
紫の稲妻がハルフトの全身に走る。体に注入した成分ごと焼くとハルフトはそのまま地面に落下、そして体を動かすことができない。
「私ハ、この世の女…共を人形にシテ……私ノ楽園を作ル……」
「もう黙れよ、お前」
オゼットはライフセイバーの出力を上げてハルフトを両断した。切断した部分から炎が燃え上がり塵へと変わっていく。
ハルフトは倒れたと同時に大量に召喚された人形の活動が止まる。
しばらくしてモーレアとガイルが到着する。大量の人形を相手にしていた所為で塔にたどり着けなかったのである。
「すまねぇ、待たせた」
モーレアが皆に謝罪を言うとレイブンは聞く耳を持たず入り口に入って階段を登って頂上に向かう。おそらくウインチェル達がいるなら頂上だろう。上空には平衡感覚や距離感を狂わす魔力の霧で包んでいるってことはそこにたどり着いてほしくないから、邪魔されたくないからだと考えている。
しかし、邪魔をされたくない割には塔の中には魔物がいないし罠も仕掛けられていない。ここまですんなりと進むことができるのが逆に不安になる。
「どうなってんだ?」
「もしかしてあの人形の大量召喚で他に魔力が回らなかったとか?」
「いや、この黎明の塔の魔力を使えば魔力に困ることはないはず……」
階段を登り続けると広いフロアにたどり着く。そこには白衣の男がコーヒーを飲みながらゆったりしている。
「やあやあ、久しぶりだね。中佐殿……そして忌々しいイスフェシアの諸君!」
「お前、何の真似だ?」
目の前にいるのはゼルン・オリニック、レイブンが率いる919小隊の一員で帝国から“帝国の魔科学者”と呼ばれていた男だ。
「あのメッセンジャー……ウインチェル君に殺されたのだけれどその彼女によって蘇ったんだよ。君達もみただろう?死んだはずのハルフト君を」
「ああ、でもあいつは俺達に刃向かったから始末した。お前もそうなのか?」
「本当は彼女に一矢報いたいところなんだが彼女の命令に逆らえないようになっているんだ。だから申し訳ないと思っているけど君達を通すことはできない。特に中佐殿はね」
「その割には優雅にコーヒーを飲んでいるよな?」
「そりゃあ、せっかく蘇ったんだから今を楽しまなきゃね」
「少しは抵抗しろよ!」
ゼルンはポケットからスイッチを取り出して押すと地面に魔法陣が展開されてそこから紫炎の魔竜が現れる。以前イスフェシア皇国を焼いたニヴルヘイム・バハムートだ。
「ギャオオオオオオオオ!!!」
「面倒な奴を呼びやがって!」
「それだけではないよ。外を見てごらん」
ゼルンの言う通りにフロアの窓を覗くと倒れていた人形が再び動き始める。段々と人形の体は姿が変わりまるで獣のように四つ足でイスフェシア皇国へと向かう。
「てめぇ!!」
「ほらほら早くしないとイスフェシア皇国は人形と魔物の国へと変わってしまうよ?」
そして下の階段から魔獣と化した人形達が押し寄せてきた。
「モーレアさん!」
「大丈夫だ!あの軍団は騎士団に任せる。ここは俺達に任せてお前達は先に行け!!」
「ん?誰一人として通さないよ」
ゼルンはもう一つのスイッチを押すと今度は頂上へと向かう階段が爆発する。これでは頂上にたどり着けない。
「貴様!!」
「仕方がないだろう。これも仕事なんだから」
「死んでも仕事するとはご苦労なこった」
レイブンは窓から飛び出して壁にチェーンソーを刺して上へ目指そうとする。ニヴルヘイム・バハムートがレイブンに向かって火球を飛ばすとオゼットはその火球を弾いて魔竜に返した。
「モーレアさん。ここを任せていいんですね!?」
「おう、早く行け!!」
オゼットはレイブンを担いで『タキオンソニック』で壁を走っていった。
「あーあ、中佐殿には頂上には行ってほしくなかったのだがね……」
「おい、お前の相手は俺達だ。とっととくたばりやがれ!」
「いいや君達の相手はこの魔竜達だよ!」
モーレアとガイルは魔竜に剣を振り、ハンソン、ボーマ、ナリタは階段を登ってくる人形達の相手をした。




