135話 平和な世界と望まない世界
空間を進みながら俺は真理から情報を聞く。俺がいない間にマリー様は誘拐されてジンマや魔物の大群を相手にした影響で騎士団は疲労している。しかし料理長のおかげでメシアに発信機と同じ役割がある魔石を仕込ませて奴の居場所がわかるらしい。
「ウインチェルはアームスヴァルトニルを目覚めさせる為に真理を生贄に捧げるつもりだ。メシアが間違えてマリー様を誘拐したことによってまだ少しだけ時間があると思われる。ウインチェルはマリー様を生贄にするつもりはないみたいだからな」
「近いうちに向こうから攻撃を仕掛けてくるはずだ。あの月の魔獣が目覚めればどうなるか分らんが、俺達が悲惨な目に会うのは確実……そうなる前にあの魔女を始末する」
「駄目よ。今回の目的はウインチェルさんを止めることで始末ではないわ」
「お前達の目的なんぞ知ったことじゃないな」
「なんだと!」
レイブンは仮面を付けて鼻で笑う。
「俺は俺のやり方でやらしてもらう。だからお前らもお前らの好きにしろ」
話が終わるとレイブンは空間の奥にある裂け目に入った。俺達も後に続くと辺りは暗く、地面は血の海で出来ている場所にたどり着いた。
明らかにここはイスフェシア城ではない。レイブンの方に顔を向けるとレイブンは「やられた」とため息をつく。彼が作った黒い空間の行き先を変えられてしまったみたいだ。そんなことができるのかと驚いたが、流石はイスフェシア皇国で“魔女”と呼ばれているだけのことはあると感心した。
「こんにちは皆さん。わざわざ生贄をここまで運んで頂き感謝します」
「ウインチェル!!」
奥にはウインチェルとメシアがいる。俺は真理の前に立ち頭の中でIMSPをイメージし念じる。そうすると手元にIMSPが出現する。
「一応聞いていいか?」
「なんでしょう?」
「俺達のところに帰る気はあるか?」
「残念ですが私はこのアームスヴァルトニルで平和な世界を創るまでは帰れません」
「はっ、その物騒なバケモンを使ってどうやって平和な世界とやらが創れるんだよ!」
レイブンはチェーンソーを召喚しウインチェルに斬り掛かる。しかしメシアがチェーンソーを掴んでレイブンごと投げ飛ばした。
「ちっ!」
「アームスヴァルトニルとラピスさんの能力を使えば仮想的に世界を一つ創ることができます。そしてその世界に帝国に住む人や犯罪者を転移させて邪神ヴェノムの力でその人達を決して死なせない体にする代わりに常に地獄の苦しみを味わっていただくのです」
「じゃあフェリシアを封印したのはあの女神が持つ無限の魔力でその能力を継続されるためか」
「正解です。罪を持つ者全てを仮想世界に閉じ込めば世界は必然的に平和になるということです。私はその管理者になります。そうすればもう戦争や犯罪は無くなるのです」
ウインチェルの話を聞いてレイブンは再び斬り掛かる。メシアが止めに入るがそれを予想して反重力魔法で高く飛びメシアを通り越してウインチェルにチェーンソーを叩きつける。
しかし、チェーンソーはウインチェルの手前で止まる。見えないバリアで防がれたようだ。
「何故理解してくれないのですか?世界から戦争や犯罪が無くなればそれによって悲しむこともなくなるというのに……」
「てめぇが俺の妹の復活を邪魔したからだろうが!! てめぇの都合だけペラペラとしゃべってんじゃねぇ!!」
「そうだ!それだと世界にいる全ての人があなたに脅えながら生きることになる。それは“平和”とは言わない!!」
俺はIMSPを起動してウインチェルに殴り掛かる。ウインチェルは顔を下に向いて呟いた。
「愚かな人達です。せっかく元の世界に帰してあげたというのに………………あなた達はこの世界に必要ない存在、消えなさい!」
血の海が俺とレイブンを包み拘束する。ウインチェルは真理に近づくと真理は幻想の宝玉を使って翼を生やしてその場から離れる。
「逃げないでください、傷付いてしまいます。私と一緒に平和な世界を創りましょう」
「お断りよ!」
真理は空中に無数の剣を召喚してウインチェルに集中砲火した。剣はウインチェルのバリアをすり抜けて足に刺さる。直ぐに『フィールド・テレポーテーション』で距離を取って体制を立て直す。
「その魔法……いえ、能力は厄介ですね。やはりあなたはアームスヴァルトニルの生贄に相応しい」
「ウインチェル!!」
俺は血の海から抜け出してウインチェルに攻撃を仕掛けるとメシアが邪魔に入る。メシアが『カオス・バニッシュ』を発動しようと構えると俺はアドコレランダームで練習した方法を試すことにした。
メシアの足に黒いオーラが纏うと吸い込まれるように奴の目の前まで移動させられ見えない何かで拘束される。
「『カオス・バニッシュ』!!」
メシアの蹴りが俺の腹に当たった瞬間、爆発した。
「何!?」
俺は予めファンタジー・ワールドのアイテムショップで購入したリモコンのスイッチを押すと爆発するダイナマイトを腹に巻き付けていた。メシアが蹴った瞬間を見計らってスイッチを推して爆発させたのだ。メシア諸共吹っ飛んで俺は直ぐにウインチェルに攻撃をする。
「ウインチェル!もうやめて皆のところに帰ろう!」
「あなたには解らない、大切な人と二度と会えない気持ち……その原因を作った存在がのうのうと生きている悔しさと憎しみが!!」
魔法で俺を弾き飛ばすと血の海がウインチェルの上に集まり始める。血は球体状に変化し大きくなっていく。
「私の邪魔をしないでください。『ナイトメアオブエタニティ』!!」
血の球体が俺達へと落下し直撃すると血の球体に取り込まれてしまう。抵抗しても魔力が奪われ徐々に意識が遠のいていく。
真理だけは血の球体から吐き出されるように地面にたたき落とされその後、血の海から作られた手によって拘束される。
「真理!!」
ウインチェルは真理の頭を掴んで魔力を注ぎ込むと真理は眠るように倒れた。
「ようやくです。ようやく平和な世界を手に入れられます」
「真理!!」
「五月蠅いですよ」
体中に電流が走る。意識が朦朧とする中、何もできずにただ真理が運ばれる光景を見ているしかないのか?……そんなことできるわけないだろうが!!
俺は魔力を一時的暴走させ無理矢理血の球体を壊して真理を取り返そうとする。だが、メシアが立ちはだかる。
「先程の借りを返すぞ。『カオス・レクイエム』!」
メシアの手から魔力の剣が生成され俺の腹を貫いた。
「がはっ!」
「ちっ、まずいな!」
レイブンは俺を掴み黒い空間を出現させて撤退する。メシアが追おうとするとウインチェルが止めに入る。
「……何故だ?」
「アームスヴァルトニルを目覚めさせる条件は揃いました。もう彼らには何もできません。それよりも真理さんを運んでいただけませんか?私では彼女は重いので」
メシアはウインチェルの指示に従い、真理を担いでアームスヴァルトニルの前へと運ぶのであった。




