13話 凍てつく戦争(後編)
一体、これは何の冗談だ。陛下を守る為に城へと戻れば草原が瞬時に凍り、我が6万の軍勢が凍らされており、あの勇者が率いる魔術師の軍勢はこちらに進軍して来ている。ハンソンはあまりにも異常な光景を目にして驚きを隠せないでいる。
「何が勇者だ!魔王の間違いじゃないか!!」
すぐに態勢を整える為にハンソンは城を守備していた騎士達を集め、城の正門を閉めさせてギルドと協力し、国の民達を避難させるように命じる。その後、急いでハーゲン皇帝陛下がいる王宮に向かう。
このままあの魔王の進軍を許せば被害は膨大になり、最悪国が滅ぶ可能性がある。……降伏をするしかないとハンソンは考え、陛下にお願いする為に王宮に向かう。そこには恐怖で怯えている騎士達と陛下の隣に黒いフードと仮面を被った男がいた。
「貴様!何者だ!!」
「はじめまして、デスニア帝国の使いの者って言えばわかる?」
確かボーマが昨夜の出来事と勇者の情報を教えて、今回の戦争を見学すると言っていた奴がいると聞いていたがこいつがそうか。ハンソンは仮面の男を警戒しながらハーゲン皇帝に現状を報告する。
「報告します!現在我々の騎士団、竜騎兵は全滅し、敵国はこちらに進軍をしています。このままでは我が国に被害が及ぶ可能性があるかと……」
「ふ~ん。それで?」
仮面の男は他人事みたいに言葉を返す。ハンソンは降伏をしようと提案するがハーゲン皇帝は何も答えない。仮面の男は指をパチンと鳴らすと陛下を護衛していた騎士達が3名、体のいたるところにから血が溢れ出て倒れていく。
「まさか帝国の期待を裏切るつもりか?そんなつまらない事をしたらどうなるか解っているよな?お前達は戦いに勝って生き残るか、負けて死ぬかの2択だけだ。それ以外の行動をしたら俺がお前らを殺してやるよ」
仮面の男は笑いながらハンソンの肩を叩く。
「さて、そろそろお客様がご来店ですぜ?」
王宮の柱近くに黒い空間が出現し、その中からウインチェル、ガイル、モーレア、ミーア、ラルマ、そしてマリーが現れる。ミーアとラルマは周りの倒れている騎士達を見て驚き、モーレアの後ろに隠れる。モーレアとガイルは仮面の男を見て剣を抜き、構える。マリーは仮面の男を見て一瞬、頭の中で何かが横切る。この男をどこかで会った様な気がするが思い出せない。
仮面の男は彼女らを歓迎するように前に進み、挨拶をする。
「これはこれは皆さんお揃いで、戦争中に敵国に来て何用でございますか?」
「ごきげんよう、皆さん。私はハーゲン皇帝にお願いがあり、ここに参りました」
マリーは仮面の男を後回しにして一歩進んでハーゲンに交渉を試みる。
「これ以上の争いは無意味です。そちら側が攻めない限り私達は手を出しません。そしてイスフェシア皇国はテレン聖教皇国に同盟を結びたいと考えております」
「……」
確かにイスフェシア皇国と同盟を結べばこれ以上の死者が出ることはないが、それをするという事はデスニア帝国を裏切るという事になる。
「皇帝陛下さんよ、まさか裏切るんですか?」
横から仮面の男が煽ってくる。デスニア帝国に付くかイスフェシア皇国に付くか、どちらに転んでも私の命はここまでなのかもしれない。ならば……。
「聞け、誇り高きテレンの騎士達よ!我々テレン聖教皇国はイスフェシア皇国と同盟を結ぶ。これまでデスニア帝国に従ってきたがその必要はもうない!今この時をもってデスニア帝国は我々の敵だ!!」
「てめえ、裏切りやがったな!!」
仮面の男の手に大鎌が出現し、ハーゲンの首を刎ねようとするが、ガキン!!と刃と刃が交わる音がした。
「間に合ったな」
オゼットの剣が大鎌を防ぎ、すぐにハーゲンを掴んで仮面の男と距離を取る。仮面の男はオゼットを見て笑いながら大鎌を肩に置く。
「お前がこの世界に召喚されたっていう勇者様かぁ?なるほど、少しは楽しめそうかな?」
「お前は、誰だ?」
「同じ転移者って言えば解るよなぁ?」
同じ転移者、そして黒いフードに仮面を付けた男…まさかこいつはフェリシアが言っていた真理を攫った張本人……。
「貴様が……殺人鬼か!?」
「殺人鬼か……いいねぇ、その呼び名気に入ったよ」
「答えろ!真理を何処にやった!!」
「真理? 誰だそいつ? 知らないなぁ」
仮面の男は首をかしげる。今まで大勢の人間を殺害したので誰が真理なのか解らないし、興味がないと答える。自分はただ殺してバラバラにするのが楽しいからやっていると。
オゼットは激怒し、瞬時に背後に周り、剣を振るう。しかし背後に周ったはずなのに仮面の男は真横にいてオゼットの顔面を掴み地面にたたき落とす。
「甘いな」
一体何が起きたか、その場にいた全員理解が出来なかった。オゼットはすぐに起き上がり、仮面の男に切りかかろうとするが、オゼットは王宮の柱まで吹っ飛んでめり込む。その後仮面の男は大鎌を投げ、オゼットの腹部に刺さる。
「これがイスフェシア皇国の勇者様か、弱過ぎてあくびが出るな」
「……どうなっている?俺のタキオンソニックより速いって…」
オゼットはそう言って平然と立ち上がる。普通の人間なら大鎌が腹部に刺されば死んでいるがパッシブスキル『物理ダメージカットLv.8』と元々の防御力のおかげで大したダメージにはなっていない。刺さった大鎌を抜き、仮面の男に投げ返す。仮面の男はその大鎌を掴みオゼットを見て少し驚く。
「…前言撤回、あんたやるねぇ。あれで死なないとかバケモンかよ。あんたがいればこの世界にいても退屈しなくて済みそうだな」
仮面の男はクスクスと笑い、大鎌を構える。
マリーは仮面の男を見て何かを思い出そうとしている。確かにあの男とはどこかで会った気がするが思い出せない。先程オゼットが言っていた真理という人物、そして仮面の男、頭の中で何かが引っかかる。段々と頭が痛くなり、うずくまってしまう。ミーアとラルマは慌ててマリーに駆け寄る。
「さてと……もう少し楽しみたいが仕事が山積みなんでな、まずは皇帝陛下の首をもらうぜ」
「させるか!!」
オゼットは仮面の男にもう一度切りかかる。しかし逆に切り刻まれて倒れる。その後、仮面の男は瞬時にハーゲンの所まで近く、ハンソンはハーゲンを庇うとするが蹴られて壁に激突する。
「さようなら皇帝陛下、帝国を裏切った事をあの世で後悔するがいい」
大鎌をハーゲンの首に近づけ一気に振りかざし、首を斬り、体を切り刻んでバラバラにする。
「陛下!!」
「これで一仕事終わったな。さ~て、次は誰にしようかなぁ」
仮面の男が笑う中、ハンソンはハーゲンに近づこうとする。死体をよく見ると木製で出来た人形がバラバラになっていた。
「これは?」
「呪文、変わり身人形だ」
「あ?変わり身人形?本物のハゲは何処行った?」
「最初に陛下を掴んでお前との距離を取った時、既にその変わり身人形を陛下に変化させ、本物は窓に投げて逃がした。もうここにはいないぜ」
仮面の男は窓の外を見る。下には干し草が詰まった荷台の中で伸びている陛下がいる。
「……この国の皇帝になんてことするんだよ」
「その皇帝を殺そうとする奴に言われたくないな」
「……まあいい、あのハゲは後回しだ。次はそこのお嬢様にしようかねぇ」
仮面の男は大鎌をマリーに向ける。モーレアとガイルはマリーを守るように前方に立ち、ミーアはスライムナイツを召喚し仮面の男に襲う様に命じ、ラルマは火球を放つ。
「小賢しい」
大鎌を振り回してスライムナイツと火球を切り刻む。その隙をみてガイルが攻撃しようとするが大鎌の石突き(地面に突き立てる部分を包んでいる金具)でみぞおちを喰らって倒れこむ。その後に背後に周ったモーレアが仮面の男の両腕を掴み拘束する。抵抗して抜け出そうとするが、ラルマの瞳と髪色がエメラルドグリーンに輝き、サイコキネシスで仮面の男の動きを完全に封じている。
「今だ!ウインチェル、オゼット!!」
「「はい!!」」
ウインチェルが黒い空間を展開させ、オゼットは仮面の男の胸倉を掴み空間に投げ入れる。ウインチェルはその後すぐに空間の扉を閉じた。
「何とかなったな……」
「ガイルさん。大丈夫ですか?」
「何とかね…」
「あのデタラメな強さを見て思ったけどよ、あの仮面野郎ってオゼットと同じ異世界から召喚された奴か?」
「恐らくそうだと思います。あいつは俺のことを同業者と言っていましたから…」
「ところでうーちゃん、あの人は何処に転移したの?」
「北西の海の彼方に飛んで頂きました。しばらくは安心していいでしょう」
なんとか土壇場で奴を追い払う事に成功した。後はテレン聖教皇国と同盟を結べば、デスニア帝国や他国からの襲撃が来たとしてもお互いに協力し合う事が出来る。早速、皇帝陛下を連れて来て同盟関係を正式に発表してもらい、戦争に終止符を打たなければ。
オゼットは荷台で伸びているハーゲンを連れて行こうとした瞬間、マリーは突如頭を抱えて膝を地面に着く。
「「マリー様!!」」
「ああ…ああああっ」
マリーは仮面の男に会ってから少しずつ記憶が戻って来ている。頭痛が酷くなって吐き気を催す程に苦しいが、段々と思い出す。あの男に襲われて崖から落ちる記憶、そして幼い頃から一緒にいた男との思い出を。
「つ……ば………さ…」
「え?」
ボソッと呟き、マリーは気を失って倒れてしまう。モーレアは直ぐに彼女を抱きかかえてウインチェルにイスフェシア城の医務室まで転移してもらう様に頼み、転移する。残された4人もミーアがワイバーンを召喚し、イスフェシア城に向かう。
確かにマリーが「翼」と呟いたのを聞こえていた。オゼットは居ても立っても居られなくなり、タキオンソニックを発動しイスフェシア城に向かうのであった。




