12話 凍てつく戦争(前編)
その日の午前は曇っていた。テレン聖教皇国の6万の騎士達はカタカリ大草原で待機、時が来るのを待っている。
皇帝に仕えている騎士団隊長ハンソン・キートン、竜騎兵隊長ナリタ・アージェ、騎士団副隊長ボーマ・カロシーの3人は会議室で今回の戦争の作戦を練っている。
「ボーマ、状況を報告せよ」
「昨日、イスフェシア周辺の山に配置させた兵からの連絡が途絶えている。どうやらやられちまったみたいだな」
「何だと!? 1万の兵と5千の飛竜がたった一夜でか!?」
「ああ、しかもやったのはたった1人、あの勇者らしい…そして例の森に送った補給部隊と奇襲部隊だが敵国のギルドによって壊滅されたとの事だ」
ボーマの話を聞いて2人は驚きを隠せないでいる。
「その情報は確かなの?にわかには信じられないわ」
「俺も信じられなかったが、ある人物に話を聞いて証拠も見せられちゃあな…」
ボーマは持っていた袋から飛竜の首と水晶石を取り出す。水晶石には昨日の夜、山に騎士を配置させてその後の出来事が写っている。
その映像を見ると飛竜は一瞬で首を刎ねられ、騎士達は勝手に倒れるという何が起きたかわからない奇妙な映像だった。しかしよく見てみると黒い服を着た青年が見たこともない細い剣で攻撃している。
「この青年が勇者か?」
「そうみたいだ。こんな細い剣で倒せるなんていろんな意味でびっくりだぜ」
「それにしてもボーマよ、先程言っていたある人物とは誰だ?」
「デスニア帝国の使いの者だ。今回の戦争を見学するんだとよ」
「なるほど。ならば見ていただこうではないか、我らの戦いを…」
この惑星には8つの大陸がありそのうちの一つであるアーガイル大陸にはデスニア帝国、テレン聖教皇国、エンペリア王国、イスフェシア皇国、コンダート王国の5つの国がある。その中でもデスニア帝国は最も広い土地と戦力を持った国で各国の占領、支配をしようとしている。
テレン聖教皇国は帝国と戦い敗北。その際、女帝に『この国を滅ぼされたくなければイスフェシア皇国を手中に収めよ、そうすればこの国の安全は保証する』とハーゲン・テレン皇帝を脅迫したらしい。
この戦いに勝てばイスフェシア皇国は我が国の物になり、更にはデスニア帝国の女帝に評価され帝国と友好関係を結べてこの国は安泰となる。その為にもこの戦いは負けられない。
「なーに、こちらの兵力は6万、あちらの兵力は3万だ。いくら勇者が強いとはいえこちらの勝利は揺るがないぜ」
「油断はするな、今回はその勇者が一番危険だわ。出会ったら複数対一に持ち込み真っ先に殺すのよ」
「いくぞ!必ずや皇帝陛下に勝利を捧げ、この国の平和を守るのだ!!」
三人の騎士は戦場の地、カタカリ大草原へと向かう。勝利の栄光を掴む為に……。
時刻は12時、テレン聖教皇国の騎士団の士気は高くいつでも戦闘態勢に入れ、合図がまだかと待っている。ハンソンは敵の戦力、配置を見るためにナリタに飛竜に乗って上空に行ってもらい偵察を指示する。しばらくするとナリタが乗っている飛竜が戻ってきた。ナリタは不思議そうな顔をしている。
「おかしいわ、情報と違いすぎる」
「何?どういうことだ?」
「情報ではイスフェシア皇国の兵は3万と聞いていたが、今は確認できた敵兵の数は1万程度、ほとんどが魔術師だったわ」
「1万!? 奴ら、本当にやる気あんのかよ」
ボーマはナリタの報告を聞いて苛立つ。
「待て、ほとんどが魔術師だったと言っていたが、あの勇者は確認できたか?」
「ええ、あの勇者らしき者もいたわ。しかし騎士団隊長のモーレア・ミスト、大魔導士ウインチェル・トード、大召喚士ミーア・プレリー、元騎士団隊長ガイル・ディクソンは確認できなかったわ」
「確かにおかしい。敵国の大将がいないとは…」
イスフェシア皇国の主力である者達どころか騎士が戦場にいない、奇妙な話だ。このカタカリ大草原には隠れる場所がない。近くにある森に隠れているかもしれないが、2万人も森に隠れるなど不可能だ。ボーマは一気に畳み込もうと提案するがナリタは反対する。
ハンソンはふと気付く、敵の中には大魔導士ウインチェル・トードがいる。彼女は空間転移の魔法が使えると噂に聞く。それが本当なら陛下がいる王宮に転移する可能性がある。
「敵が正面から来るとは限らない。ナリタ!竜騎兵を率いて周囲を警戒してくれ、ボーマは城に戻り皇帝陛下をお守りせよ!」
「いいや、城に戻るのはお前だ ハンソン。ここはおれに任せて皇帝陛下を頼む。」
「しかし」
「いいから行けって、これが罠で陛下が危ないなら今陛下をお守りしている騎士だけじゃ役不足だろう。ここは俺様が手柄を頂くからよ」
ボーマは彼の肩を叩いて騎士達の先頭に立ち進軍する。ナリタは竜騎兵達と共に空高く飛ぶ。ハンソンは馬に乗り城へと走り出した。
一方、イスフェシアの魔術師達は不安に思っている。魔術師は騎士達の後方で魔術を使うのが一般的な戦術だが今回の戦争は騎士も突撃兵もおらず、自分達が前衛にいる。
「本当に上手くいくのでしょうか?」
「ご安心ください。作戦通りにやれば90%勝利できます」
「の、残りの10%は?」
「敵国が私みたいに転移者を召喚していた場合、この作戦が失敗に終わる可能性があります。ギルドの情報ではそのような情報はないとおっしゃっていたので問題ないとは思いますが」
オゼットは自信満々に答えるが魔術師達は不安を隠せないでいる。
しばらくすると敵国6万の軍勢が一気にこちらに向かって来ている。オゼットはIMSPを起動し、戦闘態勢に入る。
「敵がき、来ました!」
「では皆さん。予定通り、私のスキルで皆さんの魔法を強化しますので全力で時間を稼いでくださいね。…スキル、『マジックリンク』、『ステータス共有』、『魔力ブースト』、『慈悲』発動!」
オゼットの影から黒い糸のようなものが魔術師達の影に付き、この影の糸からオゼットの魔力が流れてきて魔術師達は力が湧いてきている。これで魔術師達はオゼットとのMPが共有され魔力切れになることはなく、ステータス共有の効果でオゼットのパッシブスキル『詠唱高速化』が反映されて瞬時に魔法が発動できる。
その後にオゼットは魔法を発動し、魔術師達の前に黒い空間『ディメンション・スペース』を展開する。
「さあ、皆さん!この空間に魔法をぶち込んで、思いっきりやっちゃってください!!」
魔術師達が黒い空間に向かって様々な魔法を放っていく、するとテレン聖教皇国の騎士達の前方に同じ空間が現れ、魔術師達が放った魔法が降って来た。
「な、何なんだ!これは!!」
テレンの騎士達は混乱する。突然目の前から魔法が飛んできて直撃し次々と倒れていく。
「怯むな!!相手の兵は1万だ。数で押し切れ!!」
ボーマは騎士達と共に魔法の雨の中走っていく。ナリタ率いる竜騎兵達も進軍するが空から黒い空間が現れ、雷の魔法が降り注いで思うように進めることができないでいる。
一方、イスフェシアの魔術師達は敵兵が徐々に近いてきて、更に不安になる。
「敵軍が進行しています!」
「焦らず攻撃を続けてください。今、強力な魔法を展開していますので」
オゼットの周りには複数の魔法陣が展開され、印を結んで詠唱をしている。この魔法は特殊な魔術で発動に時間が掛かる上に1回発動したら1週間は発動ができない。しかし発動すればこの状況をひっくり返す程の強力な魔術なのだ。
テレンの騎士達は降り注ぐ魔法に耐えながらも進行し、竜騎兵達は後半分の距離でイスフェシアの魔術師達に攻撃する事ができる。
「もうすぐだ!!もうすぐで奴らに目の者を見せてくれる!!」
ボーマは傷付きながらも剣で魔法を弾きながら進んでいく。
「もう少し!!もう少しでこの戦争を終わらせられる!!」
オゼットは次々と魔法陣を展開していく。魔術師達は必死に魔法を黒い空間に放つ。
竜騎兵達は魔術師達に攻撃できる距離まで近づいてきた。飛竜が火球を放つ準備をしている。
「ナリタ様!飛竜達の攻撃準備が整いました!」
「よし!放て!!」
飛竜の口から火球が放つ瞬間、オゼットの魔法陣が強く輝く。
「終わらせるんだ……究極呪文!アブゾリュート・ゼロ!!!」
上空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣から巨大な氷の塊が落ちていき、氷の塊が地面に着地した瞬間、破裂して広範囲の氷風が地面を凍らせながらテレンの騎士達を襲う。
「なんだ、これは…」
氷風に触れたテレンの騎士と竜騎兵は次々と氷漬けになり、飛竜は地面に落下していく。草原だった所は全て凍ってしまった。
魔術師達は啞然としていた。あの6万の軍勢を1万人で……いや、ほぼ1人で倒してしまったのだから。その異業をなした男は『これでこの戦争は我らの勝利です!』と子どもの様に喜んでいる。普通ならここで共に勝利を喜んだりするはずだが、あまりにも一瞬で有り得ない光景を見てしまった所為か、魔術師達の体は固まっていた。
「どうしたのですか?皆さん?凍ってもいないのに固まってしまって。早く騎士達と合流してテレン聖教皇国に乗り込みましょう」
「しかしこの凍った敵兵は…」
「ご安心を、この魔法は1日経過するか俺が解除しない限り溶けることはないので……ちなみに凍った人は全員死んでいないですからね。さあ、このまま進軍しましょう!」
一見敵兵は全員凍死しているように見えるがオゼットが発動したスキル『慈悲』の効果により相手はどんなに強力なダメージを受けてもHPが1残る。つまりテレンの騎士達は全員生きてはいるが凍って動けない状態になっている。
オゼットは魔術師達と共に凍った草原を進みテレン聖教皇国に向かうのであった。