2.ひょっとして、もしかして
一週間が経ち、二週間が経つと、クリスマスの雰囲気はずっと濃くなってきた。
学校でも話題になるほどで、どんなゲームを親にもらうか、クラスメイトとはそんなことばかり話していた。
そしてクリスマスが楽しみである一方、ぼくには心配事が生まれていた。
一つは、父のことだ。
父はまだ入院していた。
あれから二週間。
一週間が経ったころすでに、ずいぶん長いな、と考えていたぼくにとってその時間は、父の容態を心配させるのには十分だった。
母はそんな素振りを一切見せなかったけれど、それがかえってぼくに不安を与えていた。
もう一つは、クリスマスプレゼントのことだった。
もちろん、父に対する不安と同列なものではなかったけれど、似たようなものだったとも言える。
何しろ、サンタクロースは父だった。
クリスマスまでに父が帰ってこない場合、クリスマスプレゼントはもらえるのだろうか。
母がくれるかもしれない、そうも考えていたけれど、確認できるような雰囲気ではなかった。
それにあのときのぼくにとって、父以外の人がくれるクリスマスプレゼントに意味はあっただろうか?
いや。
何しろ、クリスマスに父がいないということは、それから先もずっといない、そんな風にさえ思えていたから。
眠れない夜なんかに、ぼくは父のことを思って泣いたりもした。
ぜひとも強調しておきたいのだけれど、普段のぼくがそんなに父のことを悲観視していたわけじゃない。
むしろ反対で、なんだか帰りが遅いけれど、きっとそのうち元気になるだろう、そんな風に考えていた。
けれど、寒い夜、眠れない夜、静かな夜には、いつもは心の底に沈んでいる不安、沈殿して色濃い不安がじんわりと表面に染み出してくるものだ。
もし父が帰ってこなかったらどうなるだろう?
父の体はそんなに悪いのだろうか?
いや、そんなはずがない。
そんなはずはないけれど……だけど、もしも、ということはありうる。
そして父はたった一人だ。
他にいない。
この世のどこにも。
父がいなくなるということは、もう永遠に、父とは会えなくなるということだ。
うそだ。
そんなこと起こりっこない。
だけど、父はまだ帰ってこない。
ひょっとして?
もしかして?
幼かったぼくはそこまで考えると、もう何もかもが嫌になってしまった。
枕に顔をうずめて、早く眠ろうと努力した。
ひょっとしたら、クリスマスプレゼントだってもらえないかもしれない。
そろそろ迫ってきたそのイベントのことが、頭の中に明瞭に描き出された。
母と二人の食卓。
飾りのないリビング。
静かな夜。
そして父が座っているはずの椅子の上には誰もいない。
きゅっと胸を締め付けてくる何かが感じられ、ぼくは涙を流した。
そうしていつのまにか眠っていた。
そんな夜もあった。
ぼくが初めてちゃんと父のお見舞いに行ったのは、クリスマスの一週間前のことだった。
母はひんぱんに訪れていたけれど、ぼくは母に付いていってほんのちょっと病室に顔を出したり、電話で話をする程度のことしかしていなかったのだ。
入院の日から三週間が過ぎていた。
「お前、毎日元気でやってるか?」
一人部屋の病室のベッドの上で体を起こすと、父は気楽そうな口調でそう言った。
少し痩せたようだった、けれど、それ以上の変化は何もなかった。
顔色だって悪くなかったし、にやにやと笑いながらくだらないことを言うところだって何も変わっていない。
「なあ、ちゃんと父さんのこと心配してるか? 案外元気だぞ、父さん」
そんなことを言いながら、父はぼくの頭をなでた。
ぼくはうなずき、うん、結構心配だったと素直に答えた。
父はどうやらその答えが意外だったらしく、目を丸くして、それから大笑いした。
「そうか、父さんがいないとやっぱりさびしいか。まあそうだろうな、そりゃあよかった」
どうやら父は上機嫌な様子で、それでぼくはなんだか不機嫌になった。
しばらく父の話を聞きながら、心の中で一人、こんなことをつぶやいていた。
本当に心配してたのに。
よかった、なんてことはないだろうに。
話が途切れたころ、ぼくは母にお金をねだった。
「ちょっとぼく、のどがかわいたみたい。ジュース買ってくる」
たぶんそう言ったときのぼくはふくれっつらをしていただろう。
母からお金をもらうと、すぐに病室を飛び出した。
階段を降り、一つ下の階にあった休憩室へと出る。
ガラスのドアがついており中が見えるその部屋は、うちのリビングほどの広さしかなく、病院の規模の割には小さな部屋だったけれど、そこには自動販売機が置かれていた。
アップルジュースを選び、飲み終えてそばにあったゴミ箱へ缶を捨てる。
病室に戻ったとき、父は母と何かこそこそとまじめな顔をして話していた。
横開きの、入口の扉を開けている間だけ、その様子が見えた。
ぼくが病室に姿を見せると父は、まあそんな感じだ、とかなんとか、もごもごと言いながら話を終えた。
母も一瞬、不満そうな顔で何か言いかけた。
だがその口からは言葉は出てこなかった。
母は肩をすくめると、ぼくに目を移した。
「それじゃ、そろそろ行こうね。お父さんだって、一応病人なんだからね。……あなた、またね」




