プロローグ.サンタクロースの話
今年も冬が来て、時折まっしろな雪がふんわりと空から落ちてくるようになり、そしてぼくはいま子どもにあげるプレゼントを抱えて家路についている。
駅の西口に立ち並ぶ木々には、イルミネーションが飾られている。
光の粒が、なんという種類かわからない幅広い葉を持つ常緑樹に巻きついている。
黄色一色、点滅のタイミングも単純、とてもシンプルなものではあるけれど悪くない。
雪は、電車に乗っている途中から降りはじめていた。
都会では大騒ぎ、たぶん電車が止まるだろうなと想像されるほどだったけれど、ここらの土地では風が吹かない限り、さほどの問題はない。
ただもちろん電車は徐行するし、ダイヤも遅れる。
帰宅時間は普段より四十分ほどおくれており、先ほど妻にした電話では、息子はすっかり待ちわびているらしい。
何を? もちろん、ぼくじゃない。
プレゼントだ。
プレゼント自体は、三日前に購入していた。
だが、会社のロッカーに入れておいた。
息子は悪いやつではなく愛嬌もあるのだけれど、少しばかり要領がよすぎる。
家にプレゼントを隠したところで、どうやったのか見つけ出し、「えへへ、実はね」なんて頭をかきながらぼくにプレゼントの発見を打ち明けるだろう。
ひょっとするとそのときすでに梱包を解かれたプレゼントが彼の手の中にあるかもしれない。
それも悪くはない。だが、クリスマスプレゼント、というものを彼に与えたかったぼくの気持ちを優先させた。
たまには親だってわがまま言ったっていい。そう思わないかい。
息子が欲しがったのはゲームだった。
ぼくも子どものころはゲームが好きで、まさにクリスマスプレゼントとして、親にねだって買ってもらった。
そうして「えへへ、実はね」と頭をかきながら親に打ち明けたのはぼく自身だ。
父は残念そうな苦笑いをして、少し後悔したのを覚えている。
ゲームもいい、気持ちはわかる。
だけど、もうひとつ、本も買っておいた。
チャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」。
ゲームばっかりやってるんじゃないぞ、という戒めもあったし、本の豊かな世界を味わって欲しかった。
まあ、これも、親のわがままかもしれないけれど。
それにしても、サンタクロースがいないことを息子はいつ知ったのだろう?
先月の末に、彼とこんな会話を交わした。
「ねえ、これ買ってよ。クリスマスプレゼントでさ」
そう言う彼の手にはおもちゃ屋のチラシがあって、ほしいゲームソフトを指さしていた。
ぼくは答えた。
「そうだなあ、サンタさんに頼めばいいんじゃないか。お父さんはお金がないし、クリスマスはサンタさんからプレゼントをもらう日だろう?」
「……だって、サンタさんってお父さんなんでしょう?」
彼の目にはいたずらっぽい光があった。それは質問ではなく確認だった。
ぼくは困り顔をした後、しぶしぶ、うなずいてみせた。
昨年までは信じていたはずだった、と思うのだが、少し自信がない。
クリスマスの時期になるとマンガでもアニメでもクリスマスの話題が取り上げられる。
その中で、プレゼントを買うお父さん、こっそりと枕元に置くお母さん、そんな姿が描かれてもおかしくはない。
すでにそれとなく知っていて、今年になって態度を表面化させたのだろう。
たぶんそうだ。
だからぼくは、今日、息子にサンタクロースの話をしてやるつもりだ。
この世にはサンタクロースがいて、彼は世界中にプレゼントを届けているのだと、そう言うつもりだ。
だって、ぼくは実際にサンタクロースに会ったことがあり、彼からプレゼントをもらっているのだから。
それはぼくが両親の寝室のベッドの下からクリスマスプレゼントを見つけ出してから、たしか二年後のこと。
ぼくは八歳だった。




