扉
カチャ
軽い音がして、扉が開いた。
するとそこは何もない空中ではなく、紅茶の香りがする部屋が広がっていた。
本棚にはたくさんの本が並んでいて、中央にティーセットが並んだテーブルがあった。
そして、そのテーブルにはひとりの男が座っている。
「珍しいな。依頼者から扉をくぐってくるとは・・・」
やけに顔立ちの整った男だ。長い黒髪を後ろで束ねている。
「主様、どうかなさいましたか?」
奥からもうひとり出てきた。こちらは金髪で、緑とも青ともいえない不思議な色の瞳が印象的だ。
「依頼者だ。しかも僕からではなく、あちらから扉を開いて入ってきた」
「・・・珍しいですね。自分で済ませてしまう人が多いというのに」
金髪のほうが首を傾げた。そして黒髪の男と目を合わせると、私をテーブルへ招いた。
「どうぞこちらへお掛けください」
すっと椅子をひいてくれたが、あまりにも場違いな雰囲気に私は気が引けていた。
「え・・・いえ、大丈夫。必要ないです」
「そう警戒しなくてもいい。依頼者をもてなすのが彼の仕事だ」
黒髪の男にもうながされて、私はおそるおそる席についた。
「・・・それで、貴女はなぜ扉をくぐってきたのですか?」
「そこに扉があったからです」
「・・・ここは復讐屋だ。人間の復讐心が振り切れるとここに繋がることになっている。感情が振り切れた人間は普通、目の前に殺したいほど憎んでいる人が止まった状態になっていると、真っ先に手をかけるものだ」
そこまで言われて、なぜ私が扉をくぐってきたかを聞かれたのかを理解した。
「私は確かにあいつらを殺したいと思いました。自分と逆の立場だったらよかったのに、と。でも、どうでもいいんです。正直殴ってやりたいとは思いましたけど」
「・・・不思議な思考だ。殺したいほど憎んで、どうでもいいだと?そんなことを言うやつは初めて見た」
「昔からなんです。感情的になっても一瞬で、すぐに頭が冷静になる・・・だから、いじめられてもずっと耐えられたんです」
目の前の黒髪の男は私をじっと見ていた。そして大きなため息をついた。
「これでは仕事にならないな。報酬ももらえそうにない。エルド、こいつが落ち着いたら帰ってもらってくれ」
そういうと、黒髪の男は部屋の奥へと消えていった。
金髪の男と2人きりになってきまずかったので、注いでもらった紅茶を一気に飲み干すと私は立ち上がった。
「お茶をありがとうございました。じゃあ私はそろそろ帰りますので・・・」
「そうでございますか。では、お送りいたします」
扉までしっかりエスコートをされ、扉を開けてもらった。本当に恥ずかしくなる。
「あの・・・ここのことは誰にも話しませんので」
「えぇ、そうなさったほうがいいですよ。きっと後悔することになりますので」
にこりと微笑んだ金髪の男。何を後悔するのか気になったが、扉をくぐるころにはどうでもよくなっていた。
「じゃあ、お邪魔しました」
「・・・貴女様が二度とこの扉をくぐる日が来ないことをお祈り申し上げます」
「ありがとうございます」
私は金髪の男に背中を向けて、屋上へと降り立った。
名前だけでも聞いておけばよかったかな・・・と一瞬頭をよぎったが、もう2度と会うこともないだろう人間の名前など、どうでもいいかと振り返りはしなかった。