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名探偵

 ここからが、心の調整をするのに、もしかしたら役に立つかもしれない内容になっていきます。

 「え? ナニコレ? こんな風に考えられるわけないだろ?」と思うかもしれないですが、読んでいくうちに、段々、わかっていってもらえるのではないかと思いますので、ぜひ、最後までお付き合いいただきたいと思います。

 

 


 人からキツくあたられても、自分にそうされるだけの何かがなければ、針の番人に心臓を突っつかれることはない。それどころか、人からキツくあたられたことを気にしないでいられる、とミヤくんは言う。

 けどそれって、自分は悪くないのに言われっぱなしでいるしかないってことなのかな? と思ったんだけど、それは違うんだって。

 どう違うのかというと――。

「んーとな? 例えば、オレが母さんに『怜音(れおん)に近づかないで!』って追っ払われたとするやん?」

「う、うん?」

 怜音というのは、ミヤくんの弟のこと。

 例えば、というからにはたとえ話なんだろうけど、ミヤくんのお母さんの話は、聞いててドキッとする。ミヤくんが追い払われた、なんて聞くと、胸が苦しくなるんだけど、ミヤくんは特に苦しそうにするでもなく、淡々と他人事のように話をする。

「オレが母さんに追っ払われたときに、オレが外から帰って手洗いやうがいをしないで怜音に近づいていたとしたら――?」

 ミヤくんは自分で問いかけて、すぐに自分で答えを出す。

「手洗いやうがいをしないと、家の外で手についたバイキンを怜音にくっつけてしまうかもしれなくて、もしバイキンを怜音にくっつけてしまったら、そのバイキンのせいで怜音が病気になってしまうかもしれなくて。外から帰って来て手洗いやうがいをしないで怜音に近づくのは、身体の弱い怜音を危険にさらす行為なのに、オレがそんなことしてしまったら、母さんから遠ざけられるのは当然のことだな、って思う。だから、母さんから『怜音に近づくな!』って追っ払われて、バイキン扱いされてるってつらくなっても、そのつらさは、針の番人から与えられる痛みだから、ちゃんとその痛みと向き合うしかない、って思う」

 ミヤくんが言うのを聞いて、僕は、慎重(しんちょう)にうなずく。

 お母さんに子供が追い払われるなんて、そんなのかわいそうだって思うけど、もしもそれが、ミヤくんがよくないことをしていたせいで、レオンくんを守るためにお母さんがやったことだったら、それは、よくないことをしたミヤくんが悪いっていうことで――。それだと、ミヤくんのお母さんがひどい、っていうのとはちょっと違うと思う。

 その場合は、針の番人の出番。針の番人に与えられる痛みからは、逃げちゃいけない。痛みをしっかり感じたら、自分のよくなかったところをよくしてく。自分によくないところがあった場合は、そうやって、そうすることで、胸の痛みを受け止める。

「じゃあ、例えば、オレが手洗いもうがいもして清潔にしてたとする。っつか、いつもそうしてる。んで、夕飯前に、怜音に宿題でわかんないとこあるから教えてって言われて怜音の部屋で教えてあげてました。怜音にわかりやすいようにオレの失敗談を交えて教えてたら、オレの失敗聞いた怜音が爆笑して、笑い過ぎて()きこんでしまいました。そしたらそこへ、夕飯ができたって呼びに来た母さんが、ちょうど怜音が咳きこんでいるのを見て、あわてて怜音に駆け寄って、怜音を抱きこんで、『怜音に何したのっ!』ってオレのことキッツい目でにらみつけました――っていう場合は? その場合、オレってそんな風ににらみつけられなくちゃいけないって思う?」

 ミヤくんは一つひとつ順を追って話をする。

 話がやたら具体的なのが気になるけど、もしかしてミヤくんの実体験だったりするのかもしれないけど、もしも実体験だったら、それって――。

「な、なんでにらみつけられなくちゃいけないの……? 宿題を教えてあげてただけ、だよね? ミヤくん、悪いことしてないのに」

 僕には理解できなくて、自転車のハンドルをぎゅっと強く握る。

 お母さんににらまれたのがミヤくんの実体験だったらどうしよう、と、なさけない顔をした僕を、まるではげますようにミヤくんが言う。

「そうなんだよ、クラトの言う通り、オレが悪いわけじゃないんだ。だって、勉強教えてただけだし、オレがなにか怜音に無理をさせたワケじゃないしさ? ――だからその場合は、『自分に問題ナシ』になる」

 ミヤくんは、動揺する僕と違って落ち着いている。

「自分に問題ナシってことは、相手に問題があるってコト。それって、ふつうならこんな態度はとらないはずなのに、ふつうとは違う態度を相手がとってるってコト。――そういう場合ってさ、ふつうとは違っているだけで、もしかしたら、別に、おかしなことしてるわけじゃないかもしれない可能性があるってところは、ちょっと押さえておかなきゃいけないんだけど」

「え? ふつうとは違うのにおかしくないの? どういうこと?」

 僕は意味がわからず、聞き返す。

「んーとな? 例えば、八角堂の図書カウンターのとこに小汚い布きれが置いてあって、その布をゴミだと思ったクラトが、ゴミ箱に捨てたとするやん?」

「うん?」

「そしたらオレがめっちゃ怒って『何やってんだよ!』ってクラトを責めたとする」

「え?」

「その場合、クラトはさ、ゴミを捨てるっていういいコトをしたのに、オレから責められてるから、オレがおかしいって思うと思うけど――」

「――うん」

「けど、クラトが知らなかっただけで、もしもその布きれが、オレにとって思い出の宝物だった場合は?」

「え?」

「その場合は、オレがクラト責めるのってふしぎじゃなくない?」

 ミヤくんに言われて考える。

 ゴミだと思った布きれが、ゴミじゃなくて、ミヤくんが大切にしている宝物だったら――?

 もしもそうなら、大切な宝物を捨てられたら、ミヤくんはつらいだろう――。

「もしもそうだったら、ミヤくんが僕を責めるのはふしぎじゃないよ」

 と口にしながら、気がついた。

「そっか。僕が知らないだけで、相手にとってよくないことをしちゃってる場合もあるんだ……」

 独り言のようなつぶやきを、「そゆコト~」とミヤくんが拾う。

「ふつうだったら汚いボロ布を捨てられても怒ったりしないと思うけど、ボロくてもその人にとって大切なものだったら怒ることはあるって思う。そんでその場合、自分がもうちょっと気をつけて、ゴミかどうか確認してから捨てるようにしておけば、人の大切なものを捨てることはなかったかもしれないって思う。そうなると、『自分に問題ナシ』とは言えないかもしんない、ってなる」

 ミヤくんは、一つ一つ、自分で確認していくように、話を進める。

 そして、

「なんつーか、一見するだけだと自分に問題ないようなことも、自分が知らないことがあって、相手が悪いとは言えないときってあるからさ? 『自分に問題ナシ』にするのは慎重(しんちょう)にしなくちゃいけなくて。――ってことで、本当に相手に問題があるときだけ『自分に問題ナシ』、って考えるのが、仕分けのコツなんだよ」

 と、ちょっと得意そうに言った。

 『自分に問題ナシ』にするのは、本当に相手に問題があるときだけ――。

 自分に問題あるかどうかって、自分のことだけじゃなく、人のことまで考えて判断しないといけないんだ――。

「だから、自分からすると自分には問題ないって思うコトだった場合は、『じゃあ、相手からはどう見えてるんだろう? 相手は何を考えてこんなコトしてくるんだろう?』ってことを考えなくちゃいけないワケ」

 ミヤくんが落ち着いた口調で語る。

「うー。そっか。……けど、それって――」

 さっきの、ミヤくんがお母さんににらみつけられた場合はどうなるんだろう? ミヤくんのお母さんからミヤくんはどう見えたってことなんだろう? ……ミヤくんのお母さんが、その、ひどい人っていうだけ、なんじゃないのかな?

 僕は混乱した。

 僕の混乱を見透()かしたように、ミヤくんがたとえ話に話を戻す。

「さっきの話でいくと、オレは別に悪いことしてないのに、なんでこんなにらまれなくちゃいけないんだ、って思ったら、その答えは、オレの中じゃなくて、母さんの中にあるから。だから、母さんを探る。母さんの中に何があるのか探るんだ。だって、オレが悪いコトしてないのににらんでくるのは、母さんなんだからさ?」

「お母さんの中に何があるか……?」

「そうそう。母さんの中で、何が起こってるのか、母さんが何をどんな風に思うから、オレのことをにらむのか、そこを考えるんだけど――」

「けど――?」

「ここでもコツがあってさ? 理屈(りくつ)に合ってるかどうかなんて考えるな! って」

「ええ?」

「オレが悪いコトしてにらんでくるならわかるけど、オレが悪いコトしてないのに母さんがオレをにらんでくるのは理屈に合わないって思うと思うけど。理屈に合うかどうか考えてたら、ホントのとこが見えてこないんだって。だから、『相手がやっていること、相手の考えてることが、正しいことかどうかは考えない』ってのが、コツなんだ」

 ミヤくんが、学校の先生が授業で勉強のポイントを『ここが大事だぞ』ってやるときみたいに言う。

 しっかりした口ぶりなので、そうなんだと納得してしまいそうになるけど――ミヤくん、とんでもないこと言ってない?

「正しいかどうかはどうでもいいの?」

 僕は聞き返した。

 正しいかどうかって、すごく大事なことじゃないの? と、僕は思ったんだけど――。

「人間って理屈に合わないことなんていくらでもするから、理屈に合うコトしかしないはずだって考えるのがそもそもおかしいってことらしくてさ? ひいばあによると」

 と、ひいばあからの受け売りを披露(ひろう)して、ミヤくんは、右肩を軽く上げ下げする。肩の動きは、『よくわからないけど、なんかそういうことっぽいよ』という感じだろう。ひいばあの言うことは、時々、ちょっと難しい。

 とにかく、と、言葉を()いで、

「人は誰でもちゃんと正しいことをしなくちゃいけないぞって思うから、正しいことしてなさそうな人を見ると、その人が何を考えてるか、どういう人なのか、わからなくなるんだって。『この人、ちゃんと正しいことをするべきだぞ!』っていうので頭の中がいっぱいになって、それ以外のことを考えられなくなって、その人の中に何があるのかを見なくなるんだって」

 ミヤくんが言う。

 それだけでは説明が不十分だと思ったのか、さらに説明を加えようとして、

「相手がちゃんと正しいことできてるかどうかじゃなくて、相手の中で何が起こっているかを、読み解くっつーか、読みこむっつーか、解き明かすっつーか……。母さんおかしいぞ、とかじゃなくてさ。おかしいのはおかしいけど、そのことはちょっと置いといて。おかしいならおかしいなりに、どうおかしくなってるかを考えるっつーか……」

 もどかしそうに口ごもる。うまく言い表すのが難しいみたいだ。顔をゆがめて、なんとか説明しようと口を開く。

「なんていうか、母さんはいっつも怜音が病気にならないかっていうことで頭いっぱいなの、オレ知ってっから。怜音が笑い過ぎて咳きこんでるとこ見たときに、笑い過ぎただけってわかんなかったんだとしたら、なんかの病気になって咳きこんでるって思ったのかも? って――予想を立てるっつーか、ええと、見当づける、っつーのかな? こういうことなんじゃないのかな、って予測してみんの」

 予想を立てる?

 見当をつける?

 なんか、推理マンガの探偵みたいだ。

 謎解きするってことなのかな?

 まだよく理解できずにいる僕の隣で、名探偵ミヤくんの推理は続く。

「そうやって考えてみるとさ、母さんからすると、怜音が咳きこんでるの見たらもう、条件反射レベルで、怜音が風邪かインフルエンザか何かの病気になってる! って頭ん中なっちゃって、なんで怜音が病気になった? 怜音を病気にしたヤツは誰だ⁈ ()(れん)か⁈ 朱怜だな! みたいになっちゃってんのかな? って。そのせいで、オレに対してキリキリしちゃうんかな、ってことが見えてくる」

 朱怜っていうのはミヤくんの名前だ。

 ミヤくんは、『朱怜か⁈ 朱怜だな!』だなんて、まるで他人事みたいに言う。お母さんになり切ってる? そうすることで、お母さんの気持ちを追いかけていくのかもしれない。

「それって、お母さんの早とちり、ってこと?」

 僕が聞くと、ミヤくんは思ってもみなかったことを聞いたような顔をした。

「早とちり?」

 早とちり? 早とちり? と、困ったような顔で小さく何度かつぶやいて、ミヤくんは、ぷっ、と吹き出した。

「なんか、『早とちり』って言い方すると、かわいく聞こえてヘンな気ィすっけど、早とちりって言えば早とちり、かなぁ……?」

 僕の『早とちり』という言い方がおかしかったらしく、ミヤくんはくくくっと笑っている。

 茶化したつもりはないけど、早とちりって言い方はヘンだったかな?

 ミヤくんは口をつぐんで笑いを抑える。それから、気を取り直すようにこほんと咳払いした。

「とにかくさ、母さんからすると、怜音が病気になってないかどうかが一番気にかかっちゃって、それ以外はどうでもよくなるっつーかさ? そういうとこあってさ」

 ミヤくんは、やっぱり他人事のように語るけれど、どこかさみしそうで、本当にミヤくんの実体験なんじゃないかという気がして、胸が苦しくなる。

 レオンくんが病気になってないかどうか以外はどうでもよくなるってことは、ミヤくんのこともどうでもよくなるって言ってるのと同じってことだから――。

 僕はくちびるを噛む。

「タカ兄は、うちの母さんは怜音の身体が弱いことに責任感じてるんだろう、って言ってた。それで、怜音に風邪一つ引かせちゃいけない、もしも怜音が少しでも体調を崩すことがあったら、それは自分のせいだって思いつめて、それで神経質になっているんだろう、って――そんな風にオレの母さんのことを読み解いてた」

 ミヤくんは淡々とそう言うけれど、だから何だっていうんだろう?

 それって、やっぱりお母さんがひどい人で、ミヤくんはお母さんにひどいことされてるから、ひどいことさせないようにしなくちゃいけない、ってことじゃないのかな?

 僕は、腹立たしいようなくやしいような悲しいような、複雑な気持ちを持て余す。

 と、ミヤくんがそこへ、とんでもないことをぶち込んだ。

「まあ、そんなこんなで、母さんがオレのことにらんできたのは、たぶん、怜音を病気にさせたくない一心でやったことで。実際はオレが怜音を病気にしたワケじゃないから、要は、母さんの早とちりで、オレはそのとばっちり受けたってことかな、っていうのが見えてくるワケでさ? そこんとこが見えてくると――」

 ミヤくんが足を止める。

 僕も足を止めて、ミヤくんに注目した。

「そこのとこがわかると、どうなるの?」

 僕が聞くと、ミヤくんがまじめな顔で言う。

「そこんとこがわかると、こう思える」

「こう思える?」

 どう思えるの⁈

 僕は息をつめて、ミヤくんを見つめる。

 ミヤくんはじっと僕を見つめて、言い放った。

「――マジかよ、勘弁してくれよ」

                                                つづく


 お読みいただき、ありがとうございます。

 前回、自分に問題がなければ、ひどいことを言われても気にしないでいられる、という考えを提示しましたが、なぜそうなるのか、ということを今回は書いています。

 内容に関して、「相手を読み解く」ということは、人と付き合ううえで、とても大切なことだと私は考えていて。「相手を読み解く」ということができるようになってくると、人付き合いで抱えてしまうストレスを減らすことができるのではないかと思っています。日常で人と接していく中で、理不尽に怒りをぶつけられたりしたときに、そのことを受け流しやすくなると思うのですが……?

 ただ、やり慣れてない人がすぐに実践するのは難しいかもしれないです。

 というか、それ以前に、内容が理解しにくかったでしょうか?

 「相手を読み解く」ということを、ミヤにどう説明させるかが難しくて、ですね。読んでくださる方にちゃんとわかるように伝えられていればいいのですが……。

 次回は「勘弁してくれよ」の話になります。ぜひ、ご一読ください。


 

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