[chapter:終章]
[chapter:終章]
数日後、花屋にあらわれたリカを見て、花束を作りながら羽柴は明るく声をかけた。
「いらっしゃい」
「お客さんいないんですか?」
「ちょっとスーパーに買い物に行ってるんだ」
もう少ししたら花束の受け取りと支払いに来るが、それまでは時間がある。
「――……大丈夫だった?」
羽柴の言葉に、リカは苦笑しながらうなずく。
「貧血で寝てました、で押し通しました。すごく怒られちゃいましたけど」
「そっか。幽霊は見える?」
いいえ、と首を左右に振り。羽柴のいる店の奥のカウンターの方へ、花や葉に視線を向けながらリカが歩いてくる。気になっている様子に羽柴は思わず微笑む。
「あの日以降、見えなくなりました」
寿命が延びて、幽霊が近しい者ではなくなったのだろう。
「良かった」
羽柴が笑って言えば、リカも遠慮がちに笑う。視線は花束に向いていて、羽柴はラッピングを終えた花束を持ち上げた。
「どうかな?」
「きれいです。すごい」
「ありがとう」
言いながら花束を一時置き場に収納する。
「結婚式とかのアレンジとか色々やってるから、自信あるんだ」
その言葉に、リカは「え」と店内を見回す。
小さな個人の花屋に見えるのに、という様子に小さく笑う。
「そうだよね。こう見えて手広くやってるんだ。この辺は学校も多いし、式場もあるでしょ。提携ってほどべったりじゃないけど、受注で花の納品したりアレンジしたり、色々やってるんだ。商店街の人も仲いいし」
商店街の一角にある地域密着型の花屋は、それだけでは経営が難しい。けれども商店街のイベントで声をかけてくれる事もあり、個人店同士で顔の見える距離にいる。店の小物は近くの雑貨屋で買っていたりするし、その辺は相互に助け合っている。羽柴はその距離感が好きだった。
「良いですね」
「良いよ。将来有望なバイトは募集中だから、気が向いたら応募してね。楽じゃないけどさ」
口にはしない。しないが、避けられない運命がそこにある。
この店からいずれ羽柴はいなくなる。時間がある時に作っているマニュアルもほぼ出来上がりつつある。
ほとんど共同経営になりつつあるこの店から、突然羽柴が欠ける事はだいぶ痛手で、店長に負担がいってしまう事は避けられない。
羽柴が懸念している事の一つだ。
それを知るリカは、明るい羽柴の言葉の真意を悟って視線を伏せた。
「無理に、じゃないよ。俺が入る前は店長が切り盛りしてたからね。それより、フラワーリーフの作り方でしょ? 今度時間を作るよ。先生の許可が貰えるなら学校まで教えに行っても良いし。お金はかかっちゃうから、回数はそんなにできないけど」
「そうですね。みんなでできた方が楽しいと思います。先生に相談して、学生でやっていいか聞いてみます。費用は請求してもらってかまいません。女性の先生も参加したいって言うかもしれないので、ちょっと多めに出してもらおうかな」
その小さな商談に、微笑ましくなる。
「うん。そうだね。日程は店の定休日がいいな。そしたら俺が行けるし、多少廃棄の花がサービスできるから」
「あ、それ嬉しいです」
明るさを取り戻したリカに、羽柴はレジに備え付けてある花屋の名刺を渡す。
それから簡単に連絡のめどや事前連絡の期間、支払い方法などを打ち合わせていると、花束を受け取りに客が戻り、羽柴は会計をしながら、リカが後ろのスペースに下がって花をながめている背中を盗み見る。
企画運営ができる能力があるのはありがたいから、ここでバイトしてくれないかなあ。と頭のすみで思いながらも、強制はできないので考えるにとどめる。
羽柴の事情を知るリカにそれを言えば、強制にもなりかねない。そんな負担をかけたくもないんだよなあ、と内心考えながら笑顔で客を送り出す。
店先では、シンが日向ぼっこでもするように座っている背中が見えた。
少し声を小さくしてリカに聞く。恐らく仕事の邪魔をしないと判断してシンは離れているのだろう。丁度良かった。
「そういえば、リカちゃんの死神とうちのシン、最後に何の話してたか分かる?」
え、とリカが羽柴の方を見たので、し。と指を口の前で立てる。それを見てリカも口をつぐんだ。
「気になったから聞いても、全然教えてくれないんだ」
「――……えーと……」
快活なリカが、言い淀む。わずかに上目づかいで羽柴を見た。
「えっと、えーと、怒りません?」
「怒る? なんで?」
「なんか、シンさんか羽柴さんが怒る気がします」
「そんな内容なの?」
「どうでしょう。シンさんが羽柴さんを大事にしてるって話してました」
「――え」
予想外の一言に、羽柴が驚く。
「な、なんでそんな話に?」
「さあ? お前も羽柴さんに同じ事をするんじゃないか? って聞いてました。多分、しない、って言ったんでしょうね、その後、……ちょっと自信ないんですけど、星の王子様の話をしてました」
手探りで思いだしているような言葉と、その内容は羽柴の予想を超えていて、眉をひそめる。
「星の王子様……?」
「昔読んだだけなので自信がないんですけど、すみません。星の王子様に、そんなやりとりがあったんです。『大好きな一輪の花が、空にある星のひとつにあるとするなら、その人は、星空を見上げるだけで幸せな気分になれる』っていうシーンがあるんです。死神がそんな感じの事を言ってました。――シンさんがなんて答えたのかは分からないんですけど……」
間違ってたらごめんなさい。と謝るリカの言葉に、羽柴は視線を迷わせたまま、はっきりとその時のシンの答えを思い出していた。
――『それが運命なら。私は空を見上げる方を選びます』
満更でもなさそうな口調が、今になって響いてくる。
「――大丈夫ですか? シンさんに怒られる気がしてきた……。今どこにいるんですか?」
「大丈夫、離れてるから。ええと、ありがとう」
うろたえそうになるのを隠して、羽柴の方から会話を終わらせる。
リカはカウンターの近くにある小さなバスケットのフラワーアレンジメントを購入すると、受け取りながら、リカは笑顔で羽柴を見た。
「私の次の死神さんも、シンさんぐらいいいひとだと嬉しいです」
「――……そうだね」
不器用ながら大事にされているのは知っている。なので、何のてらいもなくそう答えることができた。
シンにとっては多くの仕事のひとつ、かもしれないが、その誠意には安心感がある。
きちんと仕事をするだろう。
たまには空を見上げてくれるだろうか。自分は一輪の花になれるだろうか。
時々――思い出してくれるだろうか。
リカを見送り、仕事もひと段落つく。やれやれ、と店の出入り口の手前で背筋を伸ばしていると、店先から、
「盗み聞きは感心しませんが」
ちくりと皮肉が聞こえて、やっぱり聞こえてたか、と羽柴は苦笑する。
「シンだって盗み聞きでしょ? 俺にだってプライベートぐらい必要ですー」
「――否定はしませんが、知られたくない会話があるのは私も同じです」
お互い様な状況に、羽柴は小さく笑う。
「でもあんまり聞けないシンの本音が聞けた気がする。嬉しいよ」
素直に言えば、シンは羽柴に背中を向けたまま無視をした。
絶対照れてる。
担当死神の行動が読めるぐらいには、付き合いも深くなっている。
そして決まったように言うだろう。
「――相変わらずむつきは、」
わけがわかりませんね。そう言ってごまかすのだ、このまったく素直ではない死神は。
終。