[chapter:6]
[chapter:6]
シンが向けた視線の先、そこには、教卓が見えないほどにつまれた手紙の山と、その王座に座る、黒い長髪の死神が見えた。シンは機嫌とともに表情を険しくする。
不愉快だ。
自分と同じように人の形をしているが、床に届くほど髪が長い。同じような黒服だが、シンよりシンプルだった。それが真っ黒い刃の大鎌を肩にかけて、じっとふたりを見つめていた。
その足元には、リカが転がっている。
呼吸のたびにゆるやかに動く肩を見て、生存を確認する。
「リカちゃん!!」
小さく叫んで走り寄ろうとする羽柴の腕をつかんで、強く引き寄せた。たたらを踏んで、羽柴がよろめく、その耳元にシンは囁いた。
「死神がいます。引き付けますから、合図したら彼女を保護してここを離れて下さい」
「――……引き付ける、って」
シンは無言で羽柴がから手を離すと、片腕を水平に持ち上げる。
その意思に従って、大鎌が出現した。
その柄をしっかりとにぎりしめ、軽く回す。ひゅ、と空気を切る音がして、羽柴がわずかに緊張を強めた。
「穏便にいくのは難しいでしょうね」
いいながら、シンは大鎌の先を相手の死神に向ける。
大鎌を片手に、その死神も立ち上がる。何かを抱えているのが見えて、目を凝らし、シンは鼻にしわをよせて不愉快をあらわにした。
「――この死神が職務に戻るつもりはないのは明らかです」
「でも」
「その人間の処遇は後で考えましょう。ともかくさっさと連れていきなさい」
「シンはどうするの」
死神から視線を外さないまま、シンは返事をする。
「アレは死神でもなんでもなく、ただの化け物です。ですが同業ですからね、片づけてやるのが礼儀というものでしょう」
死神も大鎌を構えた。長い髪で表情は良く見えない。
「職務放棄で立てこもりとは良い度胸です」
シンは吐き捨てるように言葉をなげつけ、床を蹴り、駆け出しながら大鎌を振るう。
死神は大きく飛び上がりながら後退すると、シンの身長を超える手紙の山をシンへと蹴った。倒れてくる手紙の山を大鎌で打ち払いながら、追いすがる。
羽柴が慌ててリカを助けに走り、散らばった教科書やペンケースを蹴り飛ばしながら、気絶した体を引っ張って壁際へと移動する。
それを横目で確認したところで、大上段から大鎌を振りかぶった死神が飛びかかってきた。
両手で柄を握り、水平に持ち上げて、腕を突っ張る。
大鎌が振り落とされ、ギィン。と金属同士がぶつかる嫌な音と振動が伝わる。カチカチカチと刃と柄がぶつかり合って力が拮抗する中、シンは歯をくいしばって息を吐き出し、タイミングを見計らって力を抜いた。
シンが突然力を抜いたせいで、死神がバランスを崩した。シンは自分の大鎌から手を離して、低位置から回し蹴りを死神に入れる。そのまま手放した大鎌をキャッチする。
まともに蹴りをくらった死神は、後ろの手紙の山にぶつかった。
雪崩が起きて、その姿が埋没する。
「早く!」
はっと羽柴は我に返り、リカを見る。ごほ、と咳をしながら目を覚ました。
面倒なところで目を覚ましたものだ、とシンは舌打ちをしそうになり、すんででこらえる。
「大丈夫?」
こく、と羽柴の言葉にうなずくリカを見て、羽柴はほっとした。
「逃げよう。立てる?」
起き上るリカを手伝いながら、羽柴はリカに確認する。
「死神は見た?」
と聞けば、その言葉にリカはうなずいた。
「見ました。髪が長い、なにかを抱えてる感じの……」
「――なにかを抱えてる?」
ち、とシンの舌打ちが聞こえてきた。
「ちょっと待って」
立ち上がったリカを支えながら、羽柴はシンを見る。
「なんか都合悪いの」
「べつに」
「都合悪い情報ってことだよね。何持ってるかわかったんでしょ。何で言わないの!?」
崩れた手紙の一角が崩れて、シンが大鎌を構えると、その崩れた部分に飛びかかった。
「――絶対なんか隠してるよ……!! リカちゃん、見える!?」
はい、とリカはうなずいて、視線を死神に向けたまま状況を早口で伝えてきた。
「凄く押されてます。片手でしか鎌を扱えてないので」
「何もってるか見える?」
「いいえ」
リカの言葉に、「困ったな」と羽柴は眉をひそめる。
「とにかくやめさせよう。何か事情がある気がする……んだけど、リカちゃんはどう思う?」
羽柴の質問にリカもうなずいた。
「多分敵意はありません。怯えてるんです、……多分」
自信がなさそうに答えるリカに、「十分だよ」と羽柴はうなずいた。
「――シンちょっと怖いもんね」
「そうなんですか」
その言葉に、わずかに表情をゆるめる。
「見た目がちょっと威圧的。――どうしよう、それにしても止めるって言っても」
正直、大鎌を振るうシンに近づきたくない。若干ぼんやりと座っていることが多いシンだが、戦闘となると意識が切り替わるらしい。凶暴性を増したシンにを穏便に止めるのは容易ではない。
相手の死神が見えないものか目をこらすが、封筒などを踏んでいるような紙の動きしか見えない。
「……こっちに来ました!!」
小さな悲鳴のような声と共に、リカに服を思い切り下に引っ張られて腰が落ちる。
「わ!?」
尻もちをつく瞬間、ひゅん、と頭上を何かがかすめるような感触と、切れたらしい髪がぱらぱらと降ってきた。
「う、わー……」
見えない分怖い。即座に追いすがってきたシンが、死神がいたらしい場所を大鎌で一閃した。
大きく飛んだのか、教室の後ろの方の手紙がわずかに崩れた。
リカは顔色をなくしている。
「大丈夫ですか!?」
シンがひざまずき、がっと両手で頬を挟まれる。余裕をなくしたシンに「へ、へいき」と答える。
その言葉に目に見えてほっとしたような表情のシンが、みるみる険しい表情と雰囲気をまとって立ち上がる。慌てて黒衣をつかもうとするが、寸前で取り逃がす。
「あ、ちょ、シン、話聞きたいからやめて!!」
「――必要ありません」
「ちょっとシン!!」
聞く耳を持たないシンの背中に叫ぶが、どうにも止められそうにない。今ので余計に怒っただろう。
「どうしよう」
途方に暮れそうになりながら羽柴がつぶやく。リカが近くに落ちていたペンケースに飛びついて、中身をひっくり返した。
ばらりと文房具が床に落ちて、リカは両手でそれを広げた。
そしてカッターをつかんで立ち上がると、一気に刃を押し出した。
「――リカちゃん!?」
慌てる羽柴をよそに、リカは首に刃を押し当てながら、空中に向かって叫んだ。
「やめて下さい!! ここで死ぬわよ!!」
「ええー……」
確かにリカが死ねば死神も消滅する。その説明は先日したし、手紙がここまで残っているということはリカの死神は存在することにこだわっている可能性が高い。
自分の首にカッターを当てながら、リカが叫ぶ。
「とにかく話を聞かせて下さい!!」
その言葉に羽柴も我に返る。
こっちにはこっちの頭に血がのぼった死神がいる。戦闘はまだ終わっていない。
「シンもやめて!!」
「嫌です」
「なんで!?」
驚いて聞き返すが、シンは答えない。何かを踏みつけて、大鎌を振り上げた。
「羽柴さん!!」
すがるようなリカの悲鳴に、踏みつけられているのはリカの死神だということを理解する。
同時に腹の底から怒鳴りつける。
「シン!!」
大鎌を振りおろしたシンが、羽柴の声に反応して、途中でその動きを一時停止するように静止させた。
そして、忌々しげに羽柴の方を見る。
羽柴は容赦なく一喝した。
「やめてって言ってるよね!!」
しばしの沈黙ののち、
「――……はい」
しぶしぶ、といった様子でシンが返事をした。
不服そうにしながら、刃物をおろし、足をおろした。
「死神はどうしてる?」
見えないリカの死神の状況を確認するために、シンの行動に警戒しながら問いかける。
「戦意喪失したみたいです。座ってます……」
リカがわずかに震える声で返事をした。
シンは、羽柴をよそに、ふう、と軽く一息ついて、大鎌から手を離した。それは倒れ込むような動きを見せながら、暗闇に溶けるように音もなく姿を消した。
それを見て羽柴もようやく安心する。
「――そんなおもちゃでは死ねないと思いますが」
冷静さを取り戻したらしいシンが、羽柴の元へと歩き、隣でリカがにぎっているカッターを強引に取り上げた。
「あ」
空中に浮かんだように見えるであろうカッターを見上げ、リカが目を丸くした。
「なかなか豪胆な人間ですね」
「――それだけ必死だったんだよ」
カチカチカチと音を立てながら刃をしまうと、シンは手紙の山の中にカッターを放り投げた。刃物はその中に小さな音とともに姿を消した。
「――……抱えているのは人間の魂です」
シンは小さくつぶやいた。
羽柴は「え」とシンを見上げた。
「ずいぶん古いもののようですね」
「人間の魂? なんで」
「さあ、私は興味がありませんから。話をするならお好きにどうぞ」
拗ねている様子のシンに、羽柴は肩を落とす。言うこと聞かないから少しきつく言っただけじゃないか、とこぼしそうになりながら、細長いため息をついてリカを見る。
「ごめん。俺の死神拗ねちゃって、話聞くのヤダって言ってるんだけど……」
そうなると、死神が見えるリカに話を聞いてもらうしかない。
「どうする?」
「やります。聞きます。なんでこんなことになっちゃってるのか」
リカは周囲を見回す。
おびただしい量の手紙に囲まれながら、神妙な顔でリカはうなずいた。
「うん。死神はリカちゃんには命にか関わるようなことはしないし、俺たちも側にいるから……。教えてくれるといいね」
「……はい」
何も見えない空間に歩みより、膝をついて「初めましてっ」としゃちほこばって声をかけるリカに思わず苦笑しながら、横を見る。
シンは空中に座って、羽柴にそっぽを向くように横を向いている。
話しかけてくれるな。と顔に書いてあるのがおもしろくて、思わず小さく笑ってしまう。
死神とリカの話を邪魔しないように、羽柴は声を小さくしてシンに話しかけた。
「ごめん。俺が怪我させられそうになったから怒ってくれたんだよね」
「――……」
「心配してくれたんでしょ」
「――……」
「ありがとう」
シンはむくれながらも、少しの間の後に口を開いた。
「――……仕事ですから」
「そっか。でも、ありがとう」
むすっとしたまま、シンがぼそぼそと何かをしゃべる。
聞き取りにくい、と耳をすます。
「疲れました」
「うん。ごめん」
「お味噌汁飲みたいです」
予想外の言葉に笑いをこらえながら、「いいよ。お詫びに好きなの作るよ」と言えば、シンの顔がわずかに明るくなった。
「長ネギがいいです」
「好きだもんね。長ネギと豆腐のやつでしょ。いいよ。冷奴もつけるよ」
嬉しかったのか、こく、とうなずいて、それから主旨を思い出したのか、慌てて仏頂面を作って少しうつむく。
見た目より分かりやすいんだよなあ。と考えつつ、話をしているらしい死神とリカをうかがう。
そちらは打って変わって真剣な表情で話し込んでいた。というか、死神の話をリカが相づちをうちながら聞いているのだろうが、死神の声が聞こえない羽柴にはその話の内容はよく見えない。
「――大丈夫かな」
「――受けてしまいなさい。その話」
唐突にシンがリカに声をかけた。
「ああ、聞こえていませんでしたね。伝えていただけますか」
「え」
いいから早く。と言われ、羽柴は恐る恐る「スミマセンー……」と声をかける。
リカが戸惑った様子で羽柴を見た。
「俺の死神が、その話を受けなさい……って言ってるんだけど……」
「えっ、でも、そしたら死神は消えちゃうんじゃ……」
その言葉に羽柴も目を丸くして、どういう事か、とシンを見る。
「その死神は消えたいんです。手伝ってやりなさい」
「ど、どういうこと……!?」
シンの言葉に慌てて羽柴が質問する。
「死神は、あの人間の寿命を伸ばすといっています」
「でも、そしたら消えちゃうよ」
「それが望みです。あの死神は、最初の人間の魂を抱えたままここに籠城していたんですよ。この手紙は未練の山です、こうしてでも一緒にいたかったんですよ」
「なんで」
羽柴の質問に答えたのはリカだった。
「――恋人、だったそうです」
「えっ」
リカの言葉に、羽柴は更に驚く。
「最初の仕事で恋人になってしまって、魂を手放せなくて、死神という仕事が嫌になって、ずっと隠れてたそうです」
それから、シンは死神の方へと顔を向けた。
「そろそろ解放してやりなさい。仕方がありませんから、私が代行してあげますよ」
少しの間の後に、シンが床に足をついて、リカが座る隣に膝まずく。
「――……ええ、必ず」
ぽつぽつと会話をすると、両手を差し出して、何かを受け取った。
シンの手の中に収まった瞬間から、羽柴にもそれが見えるようになった。
薄く白く淡く光る、てのひらぐらいの小さな丸い玉。ぼんやりと明滅するその光は暖かそうだった。
死神とシンの会話は続いている。シンは立ち上がりながら、
「似ても似つきませんよ」
嫌そうにつぶやいた。
「少なくとも私はあなたと同じようなことをしたいと思いません。私はそれをよしとしないでしょう」
そして、少しして、ずいぶん詩的ですね。と小さく鼻で笑った。
「――それが運命なら。私は空を見上げる方を選びます」
そしてきびすをかえして、羽柴の元へと歩く。
その背後では、今度はリカも何かを受けとるような動作をしていた。それはつまり、羽柴がシンを見上げると、そうですね。と肯定した。
「寿命の受け渡しですよ」
滅多に見られない貴重なシーンです。――と、言われても羽柴には見えない。
「うーん、見えない」
その横で、シンは大事そうに腕の中の魂をなでた。その仕草になんでか、むっとする。
「……大事にされていたんですね」
慈しむような口調は、今までに聞いたことがない類のものだった。つい声が棘を含んだものになる。
「へー……」
「きれいであたたかくて、――美しい」
シンはそんな羽柴の反応に気がつかないままだ。
羽柴はわずかに眉をひそめ、いつもなら素直に喜べるはずなんだけどな、と内心首をかしげる。
死神は残念だけれど、リカは寿命がのびるし、死神の最初の『恋人』の魂はシンがきちんとするという、それは喜ばしい、はずなのだが、何かがわずかに釈然としない。
「……極力早くご案内しますから。申し訳ありません。もう少しお待ちください」
「俺にはそんなにきちんと謝ってくれたことないよね!?」
「そうですか?」
「そうだよ」
受け取った魂の確認を終えて、シンがようやく羽柴の方を向く。わずかに口角が上がった。
「気のせいでは?」
「結構適当に謝ってるよ。――魂の方が大事なんだ」
つい当てこすりのような事を言ってしまい、余計に気分がささくれるのを自覚する。
「んー……」
そんなことを言いたいわけではないのに。らしくもない、もやっとしたものを感じて、羽柴はちくちくした感触に首筋をなでる。
切られた髪が服の中まで落ちたらしく、指先にざらりとした感触。
髪をつまんで、指先で転がしながらはじく。
「後で腰ぐらいならもんであげますから、機嫌を直してください」
「う。なんか気を使われると傷つくなあ。――それはたしかに嬉しい。けど、別に機嫌悪いわけじゃないよ」
「そうですか?」
「そう、だと、思うんだけどなあ?」
羽柴も首をかしげる。
リカは立ち上がり、そして深々と礼をした。そして、よろめきながら羽柴の方を向く。
「手助けしてやりなさい。寿命が増えて不安定な状況です。じきに幽霊も死神も見えなくなるでしょう」
「シン、は?」
「ちょっと行ってきます」
ふと気になって聞いてみる。
「……どこに連れていくの」
シンは淀みなく答えた。
「雲の上の、更に上の、見晴らしのいい、生きた人の手が届かない場所です」
「……そう」
「還りましょうか。ここはあなたの場所ではありませんから」
優しく魂に語りかけるシンを見ながら、いずれ、そう遠くない未来に、自分もこうなるのだろうか。と複雑な思いに肩を落とす。
思考を止めて、リカの手を取り、「大丈夫?」と声をかける。
「すみません」
唐突に謝られて羽柴は面食らう。
「ああ、助けにきたから? 遅くなっちゃってごめんね」
「違うんです」
リカは首を左右に振って顔を落とした。泣いているようで、雫が落ちてぎょっとする。
「私だけ、すみません」
――ああ。
直観的に理解する。死神から寿命をもらい、消滅の運命に置いたことと、羽柴を差し置いて、寿命が延びたこと、それらに対して申し訳なさがあるのだろう。
「――いいんだよ」
その言葉に、リカが顔を上げて羽柴を見た。それから表情を歪め、ゆっくりと下を向いて、腕を支える羽柴の胸へと頭がぶつかる。
「これでいいんだ。今度は花の話をさせてよ。リカちゃんが俺と同じような将来を目指してくれたら嬉しい」
言いながら遺言のようだ、と苦笑する。
リカの背中をとんとんと叩いて、俺は平気だよ。と誰に言うでもなくつぶやく。
「――……君は生きていいんだ」
それにほら、と言葉を続ける。
「死神もいるから平気。いや、ちょっと心配だけど」
「――何ですその言い草」
普段と逆のやりとりじみていて、羽柴はシンを見上げる。
「事実です」
シンの口調を真似て言えば、それに気がついたのかシンが口を閉ざして、それから話題を変えた。
横を向いて死神の座る空間へと声をかける。
「あなたはどうするんです。――……ま、聞くまでもないですね」
それから羽柴の方を向いてその言葉を伝えた。
「ここに残るそうです。どこにいてもいずれ消えますから」
「――そう」
かける言葉が見つからず、短く羽柴は肯定するしかなかった。
「決まれば長居は無用です。建物が消える前にさっさと出ましょう」
シンの言葉に促され、リカの背中を叩く、羽柴の胸に額をぶつけてじっとしていたリカは、顔を上げて体を離した。それから死神に向かって深々と頭を下げる。
「ありがとうございました」
「――羨ましいですね」
シンの小さな言葉が聞こえて、視線だけで横を見る。
「最初の愛しい人の魂とともにいて、最後は礼を言われて消滅する。――世捨て人のような存在の仕方ですが、羨ましくもあります」
そのシンの背後に手紙の山が見えて、羽柴は沈黙する。リカを助けた死神はこれだけの人間を見捨て、シンはこれだけの人間の命の臨終に立ち会ったのだろう。
「やりたいとは思いませんがね。陰気臭くてごめんです」
死神が死神を『陰気臭い』って言い切った。そんな状況にコメントに困るが、捨て台詞だったらしく、踵を返して歩き出す。もう死神の顔も見たくない、という態度に、この死神がやったことが相当頭にきたんだな、と考えながら、その背中を追うように人間二人も歩き出す。
「時間がある時に、この空間も閉じます。二度と入りたくありませんね」
「珍しいね」
羽柴に関わらない事態で積極的に何かをしようとするシンの言動に、思わず言ってしまう。
皮肉が飛んでくるか、怒るかと思いきや、予想外の答えが返ってきた。
「――私が同じことをしないように」
その言葉に、目を丸くする。
魂とふたり、籠城した死神と同じようなことをしないように、ここを閉じる。
つまりは、そういうことだ。
「へ、へー……」
散々色々言ってたけど、ちょっとしたいんだ。そこで同族嫌悪という言葉が浮かぶ。やりたいけどできない事をしていたのも手伝って、余計に腹が立ったのかもしれない。
誰かの魂を手元に残しておくシンの姿など予想がつかないが、そんな事になれば大事にしそうだなあ、と歩きながら考える。
見ず知らずの魂にですらああなのだから、手元に置いておきたい、と思う程の魂であれば、死神のルールのようなものを踏み倒して溺愛するに違いない。それはそれで幸せなんじゃないだろうか、と思ってしまい、その思考に苦笑する。
昇降口を抜けて、外へ出る。
建物内部の圧迫感のような感触から解放されて、羽柴は深呼吸をする。
「リカちゃんはどうする? 送ろうか?」
羽柴の言葉を聞いて、リカは首を左右に振って、ポケットからスマホを取り出した。
「……中では使えなかったんですけど」
「――……うわあ」
見れば、着信や通知が山のような数になっていた。
「これじゃ羽柴さんに迷惑がかかります。自分で両親に連絡しますから、大丈夫です」
「そ、そうか。あんまり怒られないといいね」
望み薄ではあるが、羽柴がつぶやけば「そうですね」とリカも苦笑した。
「でも、これだけ心配されたってことですよね」
「うん、そうだね」
リカはスマホをスリープにしてポケットにしまうと、校門から少し離れた場所を指差す。
「あっちに抜け道があるんです、行きましょう」
「助かるよ……」
入った時の苦労を思い出し、羽柴が遠い目で礼を言う。
「――では、私は少し離れます」
シンの言葉に、羽柴はうなずく。
「すぐ戻ります。ぐれぐれもご注意下さい」
「――……うん、気をつけて」
やはり魂があるせいか、シンの態度が普段と違う。
けれども、早く『還す』ことに異論はないので、それだけ返事をすると、シンは地面を蹴って見えない飛び石の間を飛び跳ねるように空へと舞い上がる。
暗い空に黒衣は紛れ、見る間に姿が見えなくなる。
羽柴の周囲も静けさを取り戻す。
肩越しに振り返れば、薄れた旧校舎が見えた。
薄暗い空間にひっそりと建つその建物は、
「――墓標みたいだね」
死の知らせを飲み込み、死神が終わりを迎えるその場所は。
リカは小さくうなずく。
それから羽柴を見上げた。
「今度、フラワーリースの作り方教えて下さい」
「お供え?」
考えを読んで言えば、リカはうなずいた。
「――だって、誰からも忘れられちゃうのは可哀想だから。でも日本風のお供えとかしたら怖がる学生もいると思うので」
「そうだねえ」
菊とか飾ってあったら雰囲気でちゃうよね、と羽柴は苦笑する。何かがあったのか、と不安になる学生もいるだろう。
「小さくてもいいから飾ってあげよう。気持ちが伝わればいいんだと思うよ」
「伝わるでしょうか」
うん、と羽柴はうなずく。
いつだか、シンに言った自分の言葉がよみがえる。
――切り花はすごいんだよ。花壇に植えられて、花園の中で来る人を待つんじゃなくて、自分から動くんだ。誰かの思いを乗せて。
――だから俺は、その誰かを手伝いたいし、いずれ枯れる花を、大事にしてあげたい。それに、
「伝わるよ。絶対大丈夫」
――花が枯れても、想いは残る。
羽柴はリカに笑いかける。
死は終わりではなく、次の誰かへのたすきなのだ。




