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[chapter:5]

[chapter:5]


 リカの友人に聞けば、夕方になってようやく学校が動いたらしい。保護者へ連絡し、学生にリカを見なかったか、見た者は報告を、と呼びかけた。

 けれどもやはり、移動教室の最中に、教科書と文房具だけを持ち、行方がなくなっているということから、学生がサボった、という見方が濃厚で、必死さが感じられません。とつぶやく友人にかける言葉も見つからなかった。

 一晩様子を見て、警察に届け出るか検討するらしい、と聞いて、羽柴はわずかにほっとする。

 届け出をされれば警察の見回りが増えるのは確実で、学校の近くに居られては近づきにくくなってしまう。

 本当は仕事を切り上げても学校に行きたかったが、それを押しとどめたのはシンだった。

「あの人間の生死には手を出せません」

 身体的な安全は保障されている。時間を早めたところで変わらないなら、するべきことをしてからにしなさい、とシンに言われて渋々諦めた。

 死神という仕事に対して真面目なシンは、無意識に羽柴にもそれを求めている節がある。

 最初に出会った時も、接客はいいのか、と聞かれた程で。

 ここで羽柴が仕事をおろそかにすることを、シンは快く思わないだろう。

 ――それに、

 と、羽柴は閉店の作業をしながら時計を見上げる。

 羽柴の心情をシンは理解している。その上で、仕事をしてから、と言っている。

 シンを信頼しているから。我慢しなければならない。そう繰り返して、羽柴は黙々と手を動かした。



 閉店後、ちかちかと切れかけの街灯に照らされている高校の後門前に立って、羽柴は腰に手を当てて正門を見た。

 学校周囲はコンクリートブロックや生け垣に覆われていて、入るとすればそう高くない、でも羽柴には少し高い、という門扉を乗り越えるしかない。

 それを見上げて「うーん」と羽柴はうめいた。

「人の気配はありませんが、早くしないと見つかりますよ」

 背後から死神が囁いてくる。

「――……わかってるけどさ」

 その鉄格子に見えなくもない規則的に並んだ金属をつかみ、「よいしょ」と足をかけて、勢いをつけてまず頂上を目指す。

「結構、高いよッ」

 気合いのかけ声と愚痴を吐きだして、腕の力で格子にぶら下がり、踏ん張りのきかない足を振り子にして勢いをつける。両手が格子のてっぺんをつかんだところで、体を引き上げて柵にしがみつく。無理矢理よじ登って腰かけて、一息つきながら小さくつぶやく。

「――帰りもやるのこれ……?」

 シンはそんな羽柴の横をひょい、と身軽な動作で飛び越えると、門扉に座る羽柴を見上げた。

 それをうらやましく思いながら、羽柴も校内側に降りようと体をひっくり返したところで足を滑らせた。

「う、わ」

 不自然な姿勢で落ちた羽柴を、そのままシンが抱きとめた。

 痛みを覚悟して目を閉じていたが、予想外の感触に引きつらせながら顔を上げる。

「ご、ごめん」

「やるんじゃないかと」

「えっ」

 すとん、と体を降ろすとシンが、羽柴の様子をのぞきこむようにうやうやしく体をかたむけた。

「怪我は」

「してないよ」

「意外に鈍くさいですね」

 しれっと最後に余計な一言を足して、シンが前を向いた。

 歩き出そうとした羽柴の手を、シンが強くつかんだ。

 驚いて振り返って羽柴に、シンが真剣な声音で続けた。

「旧校舎もそうですが、それ以外にも、無理に首を突っ込まないで下さいね」

「わかってるよ」

「信用できません。……が、放置してひとりで危ないことをされるより一緒にいた方が良いと判断しました。途中で危険を顧みない行動をするようなら、あの人間がどうなろうと連れ帰りますからそのおつもりで」

 羽柴はシンの本気の言葉に眉をひそめて、それからしぶしぶ「わかったよ」と返事をする。

 呆れたように体を起こして、「まったく」と手を繋いだまま連れだって歩き出しながら、シンがぼやくようにつぶやいた。

「そもそもらしくなく無茶をし過ぎなんですよ、むつきらしくもない」

「そうかな」

 首をかしげる。確かに普段より、できないことをやりたいと主張しているのは意識していたが、シンに言われるほどとは思わなかった。

「同じ境遇の人が困ってたら、できることはしたいかな」

「限度があります。他の担当の死神を探すなど。担当の人間以外には死神も見えないんですよ」

「でも死神同士は見えるんでしょ?」

「最初から巻き込む気満々だったんですね」

 肩を落とすシンに「でなきゃ無理だよね」と笑いながら、数十メートルにわたって伸びる銀杏の木が植えられた広い通路を歩く。

「俺には見えないし、声も聞こえないから、説得とか通訳はシンにお願いするしかないからね」

「張り倒して連れ戻すのが一番楽なんですが」

 その言葉に、シンならやりそうだ、と羽柴は乾いた笑いを浮かべる。

 この死神は少し短気だ。

「乱暴だなあ。また逃げられたら意味ないよ。理由も聞かないと」

「どうせろくな理由じゃありませんよ」

「決めつけちゃダメだよ」

 リカの担当死神をフォローする言葉に「どうだか」とシンは投げやりに返事をした。

「担当の人間の魂を放り出す必要があるほど、重要な用事など死神にはありませんよ」

「シンはべったりだもんね」

「……べっ……」

 羽柴がうっかり言ってしまった言葉に、シンが絶句する。

 それから苦々しいとでも言いたげにわずかに羽柴の方を見た。

「――あなたが死にやすそうなせいです」

「えっ、俺のせい?」

「この間だって車にひかれそうになっていたじゃないですか」

「あれは――ちょっと考え事してて」

 渋い表情を浮かべる羽柴をちらりと見て、シンが総括した。

「ですから、目が離せないんです」

 返す言葉がみつからず、羽柴が言葉を探していると、丁度新校舎の前に到着した。

 校門前には芝生のスペースがあり、松やつつじが植えられていて、小さな日本庭園風の空間になっていた。

「旧校舎は『出てる』かな」

「この時間なら間違いないでしょう。むつきになら見えますし、そもそも私がいれば問題ありません」

 校舎の横、電灯もなく、夜の闇が深い一角をシンが指差した。

「――見えますか」

 羽柴は目を向けると、ぼんやりとした白い建物が見えた。目を凝らすように細め、そして小さくうなずいた。

「見える」

 そこには、夜にひそむように、見るからに木造、という二階建ての古びた校舎が控えていた。

 けれども周囲からはその存在感が際立ち、溶け込むことがなく馴染めずに浮いている。目立たないのに、目立つ建物だった。無機物から放たれる物々しい圧迫感に、「なにあれ」と羽柴がつぶやく。

「幽霊屋敷、ですね。逃げられたら厄介ですから、早く行きましょう」

「――逃げる?」

「ええ、出現と消失を繰り返しているようですから」

「シンの力で何とかできないの? 壊すとか」

「最悪そうします。ですが、あまりどうこうは積極的にしたくないですね」

 シンが平然と歩みをすすめ、シンと手を繋ぐ羽柴も後を追う。

「そのものが、連鎖やシステムのひとつになっている可能性があるからです。この建物があることで、学校の幽霊が大人しくなっているかもしれません。あるいはこれを破壊することで、学校の霊的な存在のパワーバランスを崩す可能性があります。リスクがあるからただ壊すというのは乱暴と言わざるを得ません」

「そういうもんなんだ」

「幽霊も怪奇現象も、一定の法則で動いています。人間には理解不能なので、無規則や理不尽にその現象が発生しているように見えると思いますが、相互関係があったり、幽霊なりの主張や理由は存在します。結局、人間の延長線上に幽霊はいますからね。ま、もっとも」

 正門前のぽっかりと黒い口をあけた昇降口の前に立ち、シンは肩をすくめた。

「往々にして幽霊は短気です。機嫌を損ねやすく、直りにくいのは事実ですかね」

「怒りっぽいんだ……」

「成仏しないでこちらに留まっているような方々ですから、少し偏屈なんです。ええと、ガンコじじい?」

「い、いや、無理に例えなくていいから」

 地上の幽霊や怪奇現象を頑固と言い放ったシンが歩き出す。

「それにしても、不用意に頑固者を怒らせるようなことをする行動は疑問ですね。深夜に肝試しなど論外です」

「ああ、なんかやってたね、そんなテレビ」

 先日放送していた夏の特番を思い出しながら言えば、シンは羽柴を先導しつつ小さくうなずいた。

「何人かついていってましたから、それなりの目にはあうと思いますが、相手の住処に踏み込んで大騒ぎするのは失礼でしょう。やらかしてからお払いで安寧願われても怒りは収まらないでしょうね」

「――何人かついていってたんだ……。そうか、『度胸がありますね』って言ってたのはそれでかー……」

 一緒に見ていて、ずいぶん熱心に視聴していたので、人間のこういう番組が物珍しいのかな、と思っていたのだが、結局死神ならではの見えるものがあって、番組趣旨とは違うところに興味がわいていたらしいことに気がつく。

 木造校舎に土足のまま入り、きしむ床をおっかなびっくり踏みながら羽柴はどこか遠い目をしながら「なるほどなー……」とつぶやく。

「――何人連れて帰れるか、という企画の方が面白そうですが」

 唐突に真顔でシンが提案してきた。

「それはどうかな」

「『場』から離れて急速に力を失う方もいますからね。カウントは建物から出て別の場所で一晩過ごしてからするのが妥当でしょう」

「ヤだよそんな妥当。そもそもそこまできちんと数えられる人いないだろうし」

「お教えしましょうか? 公平なジャッジをご期待下さい」

「いい、知りたくない」

 どうも大真面目に言っているらしいシンに、羽柴が疲れながら返事をする。

 会話が途切れたタイミングで、

「二階の奥ですね」

 と、シンが天井を見上げてつぶやいた。両側に並ぶ教室の中は、廊下と教室の間にある窓ガラスで中を見る事ができるが、どこもかしこもホコリだらけで、薄汚れており、机も乱雑にならんでいたり積み上がっていたりしている。

「――静かだね」

 気配が何もない、死んだような空間に改めて羽柴がつぶやく。シンが小さく階段を指差した。

 真っ暗なはずなのに、明かりもないままぼんやりと周囲が見える。明かりがどこかにあるというより、明かりに頼らない別の感覚が、室内の構造や物を知覚しているという不思議な見え方をしていた。

「――いいえ」

 シンが静かに否定した。

「どこもかしこもうるさいですね。ぶつぶつと益体もないことを羽虫のようにつぶやいていて、頭痛がしそうです」

 羽柴は周囲を見返す。静かな室内は逆に耳が痛くなるほどなのだが、死神には違ったものが見えて聞こえているらしい。

「何があるかわかりませんから離れないで下さい」

「う……うん」

 小さく羽柴はうなずき、シンの横にならんで、不気味にきしむ階段をゆっくりと登りながら、場の空気に押されて萎縮しそうになっていることに気づく。

 さっきまでの会話でずいぶん気が紛れていたんだな、とようやく気がついて、前を見るシンの横顔を見上げる。もしかして、その為にしゃべっていてくれたのだろうか。

 その視線に気づいて、シンが羽柴を見返すと、からかうような口調で言ってきた。

「なんて顔してるんですか」

「――へ……?」

 虚を突かれて羽柴が目を丸くすると、シンがわずかに歩みを遅くした。

「私がいるんですから、問題ありません」

「――……すごい自信だね」

「事実です」

「――すごいね」

 階段の踊り場をまわり、二階へと到達する。

 階下より薄暗さが増したように感じて、羽柴は周囲を見回す。構造は階下と変わらない。

 数十メートル先の正面に控えた教室の扉を見ながら、シンがため息をついた。

「よくもまあ、溜め込んだものです」

「――溜め込んだ?」

 羽柴は意味がわからずに、ガラスで遮られた教室をのぞく。何かに遮られて何も見えない。

 本のようなものが平積みで積み上がっているように見えて、目を凝らす。

「本……?」

 口にして気づく、本ではない。

 ――そこで、閃くように繋がった。

 シンの言葉の意味と、その教室の中身のものに。

 教室の一角にある、積み上がった何かが自然に崩落した。横に傾き、どさり、と鈍い音をたてながら倒れ、小さな紙片が舞い上がり、数枚がひらりひらりと舞うのが、ほこりのへばりついたガラス越しに見えた。

 その真っ白い紙には、見覚えがあった。少し前に自分が手に取ったものなのだから。

「これ、……手紙だよね」

 教室に積み上がっているのは手紙だった。ビル群のようなタワーがいくつも見えた。ガラス越しに、舞い上がるほこりが、もわりと広がるのを呆然と見つめる。

「――……なんで、こんなに」

 シンは無言で歩く。

 次の教室の中にも手紙の山ができていた。

 次も、その次も。

「これ、死神の手紙だよね」

「そうですよ」

 そっけなく、シンが肯定した。

「ここにいる死神は、手紙を回収することで仕事を放置してきたんですね。そして、手紙を見つけた人間はこうやって始末してきたわけだ」

 シンは独り言のように淡々と述べると、

「――意味がわからない」

 静かにそうつぶやいた。

 そうだろう。羽柴は内心でつぶやく。

 シンは死神の職務に忠実だ。細心の注意を払っている。人間に対して複雑な感情をもっているようだが、死に対しては敬意を示している。

 そのシンからしてみれば、これは意味が理解できない行動だろう。

 連れだって歩き、その突き当たりにある扉を、シンはそのまま蹴り倒した。

 引き戸は古さと本来力が入らない方からの衝撃に負けて、教室の中に倒れこむ。

 派手な音と封筒が舞い散った。

 その行動に目を丸くする。

「シン……!?」

「出てきなさい!」

「落ち着いて!!」

 慌ててシンの行動をおさめようとする羽柴に、シンは答えずに教室の奥をみた。

「なんです、このザマは」

 はっとしながら、羽柴もシンが見た方へと視線を向ける。そこには何もない。

「――見えない」

 でしょうね。と小さくシンがつぶやいて、そして――

「います。そこに」

 シンが宣言した。


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