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[chapter:4]

[chapter:4]


 花屋にその電話がきたのは、それから数日後だった。

 そっちにリカいませんか、という友人からの電話に、受話器を耳に当てながら羽柴は首を左右に振った。

「いや、見てない。いつからいないの?」

『朝は来たんです。荷物も靴も全部そのままで、一時間目の後の移動教室の時にいなくなっちゃって……』

 羽柴が店内の時計を見ると、針は既に三時を回っていた。

『サボる子じゃないんです。何かがあったと思うんですが、先生は取り合ってくれなくて』

「――……そう」

 羽柴は小さく返事をした。

 花屋にはリカは来てもいない。その事を伝えれば、残念そうな返事とお礼が返ってきた。

『ありがとうございます。あの、もし見かけたら連絡下さい……』

「うん、すぐ連絡するよ」

 連絡先を聞いて、電話を切った後にその番号を自分のスマホに登録しながら、「――どうしたのかな」と小さくつぶやく。

 そのままリカの連絡先を呼び出し、電話をかけるが『電波の入らない所にいるか、電源が入っていない』という可能性二択のアナウンスに「ダメか」とつぶやいて羽柴は終話のボタンを押した。

「世を儚みましたかね」

「……シン!!」

 やりとりで大体の状況を察して、シンが遠慮のない感想を述べた。

 羽柴が叱責してくるが、小さく鼻で笑って短い言葉を返す。

「事実です」

 誰もいない店内、シンは普段おさまっている壁際のスペースから立ち上がった。

 そしてカウンターの中でスマホを握りしめる羽柴へとむかって歩く。

 緊張する表情の羽柴を見下ろして、上体をかがめると、その顔を上からのぞきこむ。頭からかぶった黒衣がゆら、と動きに合わせて大きくうねった。

 シンの体が蛍光灯の光を遮って、羽柴の顔に影が落ちる。

 羽柴は何か言いたげにシンを見上げた。

「可能性はあります。いつ来るか分からない死に怯えて自殺することは、多くはありませんが、珍しい反応ではありません」

「……そんな、まさか」

「追い詰めれた者は何をするかわかりません」

 シンの迫力に、顔色をなくした羽柴が後ずさり、とん、と背後の壁に背中をぶつける。

 ぶつかった背後の壁を、はっと見て、それから視線をシンへ向ける。

「――まさか」

 わずかに引きつった笑いを浮かべる羽柴に、「ほう」とシンは感心したような声をあげる。

「人間には死期は見えないのでは?」

 羽柴が視線を落とした。

「生存の確信があると?」

 そんなものはどこにもありはしない、当たり前のことを遠まわしに伝える。

 そして羽柴が気づいていないわけがない。それを知りながら、あえて言葉にする。

「明日に絶望して自殺したとあっては、伝えたあなたにも責任がありますね」

 しかしすぐに、ああ、ないかもしれませんね? とシンは冷笑を浮かべた。

「あなたは伝えただけですから。そういえば、別に何もしていませんね」

「――まだ、自殺したって決まってないよ」

「状況的に、一番可能性の高い話をしているだけです」

「――……」

「告知が死の引き金になる可能性を、念頭におくべきです」

 羽柴が沈黙した。目を細める。

「――そんなつもりじゃ……」

「便利な言葉ですね」

 その言葉に、羽柴は動揺をあらわにした。

 シンは大きく一歩踏み出し、羽柴に歩みよると、どん、とその羽柴が背中をつけている壁を叩いた。びく、と羽柴の体が震える。

 ――その言葉は好きではない。羽柴に使ってなど欲しくない。

 シンは苛立ちの一端を壁にぶつけて、羽柴の耳元で死神は囁く。

「『そんなつもりで、あの人間を追い詰めたんじゃない』――ですか? 追い詰めたことに変わりがないのに、自分に責任のひとつもないとでも? その意図がない行為だから許されるとでも?」

 羽柴が言った言葉の意味、その裏側にある本音をあばく。死神の告知に、逃げなど許されない。

 そもそも、そんな羽柴を見たくない。

 シンの言葉に、羽柴はスマホを握る手に力を入れ、筋が浮かび上がるのが見えた。

「あなたがどんなつもりでも、相手にとっては関係ありません。過程が大事? それは失敗が許される場合だけです。相手が死んでしまえば、どんな過程があっても、どんなつもりであっても、全てムダです」

 羽柴が悔しそうな表情を浮かべた。あるいは後悔か。

 普段見られない類の表情が見られたことに満足して、同時にいつもの表情が見たいと感じて、シンは体を離す。

 シンが動きに気づいて、羽柴が顔を上げた。心細そうなその表情に、いつも盛大にシンのペースを突き崩す羽柴のペースをひっくり返せた達成感をもちつつ、やり過ぎたか、と少しばかり反省する。

「――今後は注意なさい」

 死神業の指導は終わりだ。とばかりに、シンは羽柴の額を指で弾いた。ぺちん、といい音が響く。

 へ、と羽柴は額を押さえて、大きく目を剥いてシンを見上げた。頭の回転が追いついていないらしい羽柴に、シンは鼻で笑う。

「――なんですかその間抜け面」

「え、ええと……」

「――と、あなたが死神だったらもう少しキツく指導入れますね。これで本当に死んでたら、あなたも消滅しますよ」

「し、指導……?」

「それにしても」

 シンは肩をすくめて羽柴を見る。

「あなたは死神に向いてなさそうですね」

 人間の命ひとつに、ここまで揺れ動く必要などないのに。飼っている亀がいなくなって必死に探す羽柴の姿を思い出す。

 ――やはり死神など向いていない。

 そして羽柴は、ほっと肩の力を抜いて、額から手をおろす。

「――……とてもできないと思ったよ……」

 そのつぶやきにシンは、そうですね。と迷いなく同意した。

 羽柴が死神として死を悼む姿など見たくない。

 美しくなどない仕事だ。

 時に理不尽に、相手が誰であれ、どんな状況であれ、魂を回収しなければならない。残された近しい人間が泣く姿を見て、なんとかならなかったのか、と大泣きする羽柴の姿が容易に目に浮かぶ。あるいは早々に寿命を延ばしてリタイアするかもしれない。どちらにしてもいい迷惑だ。

「ええ、ですからならないで下さい。それにしても……あの人間が姿を消しましたか」

 シンの言葉に羽柴は表情を曇らせてうなずく。羽柴は電話で聞いた行方不明になった状況をシンに伝えながら、眉をひそめる。

「でも、おかしいよ。変だ」

「ええ、変です。経験上、あのタイプの人間はきちんと最後まで生きることが多いですね」

 羽柴から体を離して、シンは言葉を続けた。

「そもそも消えるにしても、タイミングも、状況もおかしい。何かあったと見た方が良いです」

 シンの言葉に羽柴は目を細めた。シンは腕組みをする。

「つまり、あの人間に届いた手紙同様、誰かが何かをした可能性があります」

「何かしらの事件、ってこと?」

「人間同士の誘拐にしてはタイミングが不自然です。浮上するのは人間以外ですね」

「幽霊、とか?」

 羽柴の疑問に、シンは首をゆるく左右に振る。

「あいにく、幽霊はそこまで能動的に動きません。危害を加えない限り比較的無害です」

「でも、学校の幽霊って、強いんじゃなかったっけ?」

「そのへんの幽霊に比べれば、です。できるとしても、せいぜい姿を現して人間を驚かせるぐらいでしょうね。実際に学校の幽霊のせいで、命の危険になど遭遇したことないでしょう?」

 と聞かれて、「確かに」と羽柴は同意する。

「可能性としてなくはないですが、限りなく低いので除外するのが現実的です」

「じゃあ、――幽霊以外でそんなに力を持った誰かがやったってことだよね」

 そうですね。とシンは小さくつぶやきながら、近くにおいてある、水の入ったバケツから、一輪だけ取り残されてしまったカスミソウを見つけて、引き抜く。

「人間に触ることができるほどの物理的な影響力を持ち、能動的に動くことができる、人間以外の存在」

「――……それは誰……?」

 羽柴の問いに、わかりませんか? と、カスミソウを差しだして、静かにシンが問い返した。

 ゆら、とカスミソウが揺れる。

 そしてシンは、ちらりと横の壁を見る。

 羽柴もゆっくりとその壁を見た。

 そこには、小さな鏡がかけてある。

 鏡には羽柴しか映っていない。ただ空中にカスミソウが浮いて、羽柴に小さな花弁を向けていた。

 死神は担当の人間以外に見えることはない。しかし、人や物に触ることも、動かすこともできる。

「これが私の答えです」

 その言葉に、差し出された花に、羽柴は口を閉ざす。

「――シン、死神が外的要因で姿を消すことって、あるの?」

 少し前に、死神が消えた理由について羽柴と話した時に、シンが答えた内容を羽柴が問うてきた。

 シンはわずかにうなずいた。

「まず、ありませんね。死神に死を見守る以外の仕事はありません。そして、死神に対して危害や影響を及ぼせる存在はいないと言ってもいいでしょう。死神より上位の存在を除いては、という条件はつきますが、それらの、いわゆる神との接点はありませんし、あっても理由がなければお互い不干渉です。外的要因に対しては、ほぼ無敵です」

 その言葉を聞いて、それからゆっくりとシンを見上げる。

「――……内的な要因で姿を見せないことは?」

 シンは口のはしをつりあげた。

「大いにあり得ます」

 羽柴の言葉に満足しながらうなずく。

「我々も仕事が嫌になったり、担当の人間が気に入らなかったりすることがあります。そういった理由で、意図的に姿を現さないこともあるかもしれません」

「ならこれは、――……職務放棄と隠ぺいなんじゃないの?」

「――でしょうね」

 あっさりと、死神が肯定した。

 そして肩をすくめる。

「手紙が『届く』前に処分したかった。しかし失敗した。死神のルールは作動します。仕事をしたくないので放置しますが、死期を外してしまえば死神にペナルティが返ります。――ですから、人間を幽閉して、適切な時期に殺してしまえば手間がありません。楽なものです」

「だからって、こんなことするの?」

「――正直考えづらいですが、状況とは合致します」

 羽柴の言葉に、シンは肩をすくめた。

「追い詰められた者が何をするかわからない。人間も死神も同じようなものです」

「理由がわかんないよ」

「それは私にも。ですが、あの人間がどこにいるかはなんとなく分かりました」

「えっ、どこ!?」

 驚く羽柴に、逆にシンは聞き返す。

「さて、あなたは逃したくない人間を捕まえて閉じ込めておきたい時、どこにしまっておきますか」

「どこ……って」

 困ったように眉をひそめる羽柴に、シンはヒントを続ける。

「あるでしょう? 人間には絶対に見つからない便利な場所」

 その言葉に、羽柴はうつむいて思案し、それから顔を上げた。

「――『旧校舎』」

 良く出来ました。と平坦な口調で、シンは羽柴の推測を肯定した。


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