[chapter:2]
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翌日の午前中、その電話を取ったのは花屋の店長だった。
「もしもし――……ああ、昨日の。何かありました? ……え? ははあ、なるほど」
そんな声を聞きながら、羽柴はお客から注文のあったフラワーアレンジメントを仕上げてゆく。
病院の面会に持ってゆく目的をもった花たちを、大きめのバスケットに入った吸水スポンジに差してゆく。
「不思議な習慣ですね。鉢植えが禁忌とは」
病院に根付く。患者が寝付く、という語呂合わせで鉢植えを避ける習慣がある、と聞いてシンが盛大に首をかしげたのは今朝の話だ。
「そんなもの、寿命の前には何をしてもムダです」
「ムダじゃないよ」
羽柴がむっとしながら小声で反論し、シンを見る。
機嫌を損ねてしまったようだ、と気づくが、その理由が分からない。
「なぜ」
なので素直に聞けば、羽柴は手を止めずに、呆れたような表情を浮かべて、小さく嘆息した。
「人間に寿命は見えないんだ。だからせめて、早く元気になって、って願いを込めるんだよ。少しでも悪い要因を減らしたい願いを、ムダなんて言葉で切り捨てたらダメだ」
それで機嫌を損ねてしまったんですね。とシンは納得する。
まったく理解しかねる。納得すると同時に、やはり理解はできなかった。
助かる運命の者は助かるし、死ぬべき運命の者は死ぬ。そこに人間の『想い』など介在する余地はなく、全てをねじ伏せて、全ての人間に生死の時は訪れる。そんな語呂合わせに何の意味もない。
ないが、そういう問題ではない、と羽柴は言う。『想い』に現実を動かす力があるような言い方に、シンはありえない。と思いながらも、腕組みをして空中に浮かび、こっそりと嘆息する。
「失礼しました」
義務的に謝罪する。
「でも、鉢植えを避けた方が良い理由は他にもあるんだよ。土にはどうしても雑菌が多いし。生花自体を避けてる病院もあるくらいなんだ。造花で対応してる病院も増えてるらしいけど」
「なるほど」
とシンはうなずく。
常在菌の感染症による生死の問題という意味では、花を贈る行為自体が生死を分ける引き金となり得る。
ただ、それは鉢植えでも生花でもリスクは同じではないか、という疑問が残るが。
「あと、贈られたら嬉しいよ。元気出るといいなあ」
「精神論ですか」
「もー……どうしてそうなの」
渋い表情になる羽柴がとうとう手を止めた。
シンは「訂正します」と総括した。
「気持ちの変化で免疫や神経の動きに変化があるのは事実ですから、お見舞いや贈答品にも一定の意味があることは認めます。その効果を期待しているんですね。理解しました」
「そうなんだけど、そうじゃなくて……」
がっくりと肩を落として、羽柴が作業を再開する。
今度はシンも作業の邪魔をせず、羽柴は黙々と花を挿し、時折バスケットの角度を変えながら全体の仕上がりを真剣な表情で見つめる。
『花の表情を見てるんだよ』と教えられたのは最近だ。
無個性に見えて、花の一本一本に表情や個性がある。花弁だけではなく、角度や向きに至るまで。それを見ながら全体がひとつになるように組み立ててるんだ。と、説明された。
フラワーアレンジメントや華道、花束に至るまで、それらには表と裏がなく、全部の角度から見ることができて、きれいと思えるように作るのには技術がいる。反面、技術だけでは気持ちは伝わらない、と羽柴が言う。
理解できるようで理解ができない。
そもそも、全部同じように見える。と、バスケットの隣に並べられ、順番を待っている薄いピンクのガーベラをながめる。
人間の魂のようなものかもしれない、とふと考えて、納得する。
魂にも個性がある。誠心誠意守護した魂を、適切な時に手中に収めた時に感じるのは達成感と言えなくもない。
しかし、技術があればできることではないか? と考えつつ、ぼんやりとその作業を見ていると、出来上がったらしく「よし」と羽柴がうなずいた。
「店長ー。できましたー」
「ああ、ごめん。助かるよ」
電話を終えて、別の作業をしていた店長は、羽柴かけられた声に立ち上がり、バスケットの前に立つと、切った枝葉や余った花を片づける羽柴に「いいね」と太鼓判を押した。
「上手いもんだなあ」
「なに言ってるんですか」
謙遜と受け取って苦笑する羽柴に、
「そんな上手い羽柴君に仕事がある」
即答した。
羽柴は、えっ、と言葉を返す。
その横でシンは、
「上げて落とす、さすがですね」
と他人事のようにつぶやいた。
「な――なんです?」
おっかなびっくり聞き返しながら立ちあがる羽柴を見て、店長はうなずいた。
「昨日の学校。配達した花が余ったらしい。有志の生徒でフラワーアレンジメントをしたいから、良い先生はいないかって相談だったんだが、ちょっと行ってきてくれないか」
「ええっ、先生!?」
頼むよ。と店長は断ることを許さない余裕と笑顔で下手に出た。
「入学式と卒業式じゃお得意さんだし、顔は売っておきたいな。それにほら、羽柴君かっこいいし、お店の営業しといてよ。花が好きな子たちでやるんだろうし」
「てんちょー」
それが本音か。と羽柴は渋面を作る。
その横でシンが首をひねった。
「――かっこいい?」
どちらかというと、かわいい、では? と思いながら、シンは言葉を疑問形で復唱する。
顔は整っているが、口調や雰囲気がのんびりしているのでシャープさはない。そのせいか年齢より若くみられがちだ。甘いマスクという程の危うさもなく――なんというか、善人顔だ。悪いことしなさそう。多分しない、挨拶ぐらいしかしないけどきっとあの人は良い人。そんな印象をもたれているに違いない。しかも、実際そのままだ。裏表もない。付き合いやすい。と言えるかもしれない。……が、それは、かっこいいではないだろう。
嬉しいときに嬉しい、悲しいときに悲しい、とあけすけに感情を表に出す様は、かっこいいというよりかわいい、だ。
しかし、そんなシンの短い言葉を否定的に受け取ったらしく、羽柴が『どういう意味?』と言いたげな視線をちらりとシンに向けてきた。
「失礼しました」
誤解を修正するのが面倒になり、シンは義務的に返事をする。
「出張手当はつけるから、ね?」
両手を合わせて懐柔の方向に出た店長の言葉に、羽柴は「わかりました」と返事をした。
「じゃあ、今日の放課後にやりたいって話だから、夕方ぐらいに行ってもらえるかな」
「良いですよ。今日は大口注文もないですし」
カウンターの奥にある予定表に目を向けながら羽柴はつぶやく。大口はないが、それなりに注文は入っているようで、仕事を前倒しで行わないと後々の仕事がきつくなりそうだ、と注文票を最近読めるようになったシンが予定表へ近づき、その内容を見直してシンが考えていると、
「一級目指すの?」
のんびりと店長が羽柴に問いかけた。
「まあ、いずれは」
「もっと大手に行けばいいのに。まあ、良し悪しあるけどさ」
「ここ好きなんですよ」
気の置けない店長との会話は、羽柴の口調も少し砕ける。
花の資格の話で盛り上がっているのは分かるが、シンには門外の話だ。そんな会話をぼんやり聞きながら、やれやれ、と近くのバケツで少し傾いていた花を分からない程度にそっと直す。
夕方に、関わりを持ちたくない件の学校に行く事が確定してしまった。
面倒なことにならなければいいが、と考えつつ、シンは、体を丸めて壁際に寄りかかってじっとしながら気配を消した。
***
夕暮れ手前の日差しの中、再びやってきた学校で、廃棄手前の花が入った段ボールを抱えて、羽柴はその校舎を見上げた。
「……なんか変な影見えない?」
規則的に並ぶ窓のすみ、一番はじの教室の窓に不自然にぶら下がって揺れる影を見つけて羽柴は眉をひそめた。
ああ、とシンは同意する。
「幽霊ですからあんまり見ない方がいいですよ」
見えていると分かれば余計なちょっかいをかけてくるかもしれない。そう助言すれば、
「えっ!?」
羽柴が目を見開いてシンを見た。
「幽霊!?」
「ええ、幽霊」
「なにそれ!?」
「おや、知りませんでしたか。地上にとどまった死者の魂や思念が生きている人間にも見える形で現れて……」
「そうじゃない」
幽霊について説明をしようとしていたシンは羽柴に言葉を遮られ、
「ならなんです」
と淡々と返事を返した。
「結構くっきり見えるけど。なにこれ」
「死が近いからですよ。お仲間が見えているだけです」
「……なんかヤダなあそれ」
「引っ張られないようにして下さいよ。本来はそんなに力はないのですが、こういった場所の幽霊は、それを信じる人間の思念で強固になります。はっきり見えるのはそれだけ力があるからです」
あとは、それだけ羽柴が死に近いだからだが。その事実はさりげなく伏せる。
「何とかならないの……?」
嫌な気配に早々に弱音を吐く羽柴に、シンは呆れた。
「何体いると思ってるんですか。そんなボランティアする程私は暇じゃありませんよ」
「……そんなにいるんだ」
げんなりした羽柴に、シンは重々しくうなずく。
「あなたに見えないのも見えていますからね。日が暮れてきたので出てきたのでしょう。夜になれば本格的に活動開始します」
「なんかゴキブリとか虫みたいだね……」
「そうですね。きれいな魂ではないことは確かです。なんというか、人間的にいうなら……『ばっちい』」
汚い、と意味する言葉に、羽柴は段ボールを抱え直して苦笑する。
「なんで突然方言出てきたの」
「あいにく的確な単語が浮かびませんでした。哀れではありますが、あれが死神のいない魂の末路です。あの魂も元は美しかったでしょう。魂は美しくて弱くて脆い。――残念です」
「なんとかしてあげられないのかな」
残念ながら。とシンは前置いた。
「一度落ちてしまった魂の救済システムがないんです。独力でなんとかしてもらう他ありません」
「あんな状態でできるわけないよ」
「ええ、実現不可能です」
見捨てるも同義のその言葉に、「なんかひどいね」と羽柴は昇降口に向かいながらつぶやく。
「助けてあげられるのに、手を出さないんだ」
逆です。とシンは反論した。
「人知を超えた存在である我々は、全知全能で万能な者もありながら、その力を振るわないことにこそ意味があります。象は時に蟻塚を踏みつぶすでしょう。不用意に力を振るうということは、そういうことです」
死神を動かす、生死の糸を繰る上位の存在――神様と呼ばれるような存在であれば、労せず浄化できるだろう。けれども、そこまで浄化してしまえば生きている人間もそこには立ち入れなくなるだろう。薬も過ぎれば毒にしかならない。
「だからって放置?」
「現状保留です」
「――ものは言いようだよね」
反論の余地はない。ですから、とそれでもシンは言葉を返す。
「死神がその魂を取りこぼすことがあってはなりません。未然に防ぐために、私はここにいます」
「なるほどね」
職員室に近い駐車場に車を停めたので、昨日の教師が出てきた。正面玄関で頭を下げる。
「どうもすみません、突然のお願いで」
「いいんですよ。これ、店長からです。少し元気ないですが、まだ使えます」
「恐縮です」
そんな話をしながら段ボールを床に置いて羽柴は『来客用』と書かれたスリッパへと履き替える。
その教師は近くを歩いていた男子生徒に声をかけた。
「おおい、田中君。鷺宮君呼んできてくれないか。特別教室にいるからって言っておいてくれ」
「ああ、はい」
その生徒は嫌な顔ひとつせずに、元いた廊下を取って返した。
きゅ、と床材とバレエシューズの足底がこすれる音が聞こえて、その生徒が曲がり角から奥に消えてゆく。
「昨日の教室ですね、運びます」
「すみません」
「またあなたは、腰痛は平気なんですか」
露骨に呆れた声をあげるシンを羽柴は無視して歩いてゆく。
放課後になって人が減った学校は、全体的に活気がなく、遠くに吹奏楽部のばらばらな音程の音や、外からは運動部の練習する音が鈍く聞こえてくる程度の音しかない。
特別教室にはいくつかのテーブルと、女子学生を中心とした数人の生徒が談笑していたが、ドアを大きく開いた教師を見て一様に口をつぐんだ。
「おおい、先生来てくれたぞ」
「い、いや、そんな大したものでは……」
明らかに動揺した羽柴が遠慮がちに口を開く。
しかし教師も学生もそれを気にした様子はなく、わらわらと近づいてきて、段ボールを受け取り、髪の長い女子生徒が「開いてもいいですか?」と笑顔を向けてきた。
友好的な態度にホッとしながら、羽柴が「いいよ」とうなずく。
中をひらけば、カスミ草や小さな花弁のバラ、リーフなど、色や形が様々な植物が顔を出す。
「フラワーアレンジメントって聞いたけど、コサージュも作りたい人いるかな? って思って道具持ってきちゃった」
やる人いるかな。と取り出した新聞紙をテーブルに敷こうとすると、学生たちが自然と手伝うように動きだす。その動きにはよどみがない。
一人が「はいはーい、やりまーす」と笑顔を浮かべた。
わっ、と盛り上がり、活気が増す場に、自然と羽柴も笑顔になる。
そしてその時、「すみません遅くなりました!」と女子学生が教室に駆けこんできた。
「鷺宮。悪かったな。終わったのか?」
「終わらせてきました。だってなんか揉めちゃって……」
「いつものことだ」
ははは、と教師が笑って、羽柴はわずかに表情を硬くした。
教室のすみでひっそりと気配を消していたシンも、ゆっくりと顔を向ける。
――死ぬ運命にあるのに、手紙を受け取っていない少女がそこにいた。
ちら、と羽柴がシンへと視線を向ける。シンは、
「間違いありません」
と短く答えた。やはり死の気配は色濃い。しかし手紙や死神の気配は薄いままだ。
シンは、じっとその少女の方を目で追う。やはり間違いなどではない。
「リカは副会長してるんです」
羽柴の隣に立つ女子学生に言われ、「そうなんだ。会議か打ち合わせでもあったのかな?」と状況を推測しながら返事をした。
「将来花の仕事したいって、これの企画もリカがしたんだよねー」
「だって話聞きたいじゃん」
声をかけられて胸を張ってリカが答えた。
活気があふれる会話の明るさと、死期が近い、という目の前にある現実。羽柴はどう反応したらいいのか分からないまま、「そうなんだー」と平静を装った。
普段であれば、同じ仕事を目指す若者を見て手放しに喜んだに違いない。シンはその様子を見ながら壁によりかかる。らしくもない空元気で学生に混じる羽柴の横顔をながめつつ、やはり死神不在を教えたことは失敗だったか、とシンは反省しながら、することもないままじっとする。
即席教室は盛況だった、飛び入りで入ってくる学生や、塾があるから、と途中で切り上げる学生もいたが、皆一様に明るい。この空間に死神は不要だ。
シンは教室の対面を見る。そこにいる黒い影も、微動だにしないままそこにうずくまっている。
死神も不要で、この幽霊も不要だ。
普段なら放置する。羽柴に手を出さなければ何をしていようと問題も関係もないからだ。
しかしけれども、なぜかそれがこの空間にいることが不愉快で、ゆっくりとシンは空中から床に足をおろして立ち上がる。
「――まったく」
らしくないと分かってはいたが、不愉快な原因は排斥したい。
黒いローブを引きずって、壁側にそって歩き、歩きながら空中から大鎌を取り出す。
それを右手でしっかりつかみとり、両手に持ち直して刃を振り下げ、構えながら無造作に歩いてゆく。
突然大鎌を出したシンに羽柴も驚いたようだったが、その先にある影にも気付いたらしく、わずかに眉をひそめただけだった。
「邪魔です」
そのまま左足を大きく踏み出し、すくい上げるように刃を振るう。
それだけで、手ごたえもなく、ふわりと空中に溶けるように影が霧散してゆく。
魂はない。元々思念の塊だったのか、あるいは食いつくされたのか。まるで、部屋のすみに拭きだまったほこりが風に溶けるように影は姿を消して、シンはその場に大鎌の柄をついて、ふう、と息をつく。
そしてその場所に座り、大鎌の柄を抱きかかえてぷかりと空中に浮かぶ。
その動きに気づいているのは羽柴――だけではなかった。シンの居る方へ視線を向けてくるリカの反応に気づいて、やはり、と小さくつぶやく。
リカにはシンの姿を見ることはできないが、シンがいる場所にいた影に気づいていたということだろう。
動揺したようなその視線に、わずかに笑う。
リカにしてみれば、突然部屋のすみにいた幽霊が姿を消したようにみえるはずだ。
シンの反応でリカの動揺に気づいたのか、羽柴は真剣な表情でリカの横顔を見つめた。その視線に気づいて、慌てて手元の作業に戻る横で、別の女子学生が「先生は彼女いるんですかー」と突然別の話題を振った。
違う意味で目に見えて羽柴が動揺する。
「え、ええ!? い、いないよ」
「そうなの? センセいくつ?」
「にじゅうさん」
「いたことないの?」
「い、いや、そういう訳じゃないけど……」
「あ、振られたとか?」
ずば、と遠慮もなく言い放つ更に別の女子学生に返す言葉もないのか、羽柴は口をつぐむ。
「図星だー!!」
その笑い声を聞きながら、確かに女性の影を見たことないですね。と思い返しつつ、シンは学生の遠慮のなさに感心する。
「センセかわいいのにね」
「ほら、良い人なんだよ! 良い人すぎて振られちゃう」
「なんか分かるー」
口を挟む隙間も見つからないのか、しどろもどろな羽柴を置いて女子学生が盛り上がる。
「そうなの?」
突然話題を振られて、羽柴が「うーん」とうなる。
「どうだろうね」
曖昧に笑った。
「あーこれだ。これはダメだ」
「先生ここでそれはダメだよ。好きな人とかいないの」
「……いないよ」
矢継ぎ早の質問に、羽柴の目に見える動揺が面白い。
「もったいないなー。彼女欲しくないの」
「えーと、そうだなあ」
くくく、とシンは押され気味の羽柴を見ながら、思わず声を押し殺して笑ってしまう。いかにシンのペースを崩す羽柴も、女子学生にかかっては型なしだ。たまには苦労すれば良い、とシンは大鎌によりかかってやりとりをながめる。
「そりゃ、欲しいけど……」
「作りなよー。友達紹介しようか?」
「女子高生は犯罪だからね」
「じゃあ友達のお姉ちゃん。大学生ならセーフでしょ」
もう勘弁して下さい。顔に大きく書いてある羽柴に、ついにシンが吹き出した。ごまかすように口元を隠して咳払いをするシンに、羽柴が恨めしげな視線を向けた。
なので少し声を張って、シンが羽柴へと声をかけた。
「いいじゃないですか。彼女がいた方が少しは潤いある休日を過ごせるかもしれませんよ」
「――今は恋愛はいいかな。仕事もあるし」
シンの言葉に答えるように羽柴が言いきった。
もっともだ。とシンも内心で同意する。
死期が近い状況では、恋愛どころではないだろう。相手も傷つける。それを羽柴は一番嫌がるだろう。
「なんだ。でも困ったら言ってね。紹介するから」
「何に困るのよ」
「……ははは」
盛り上がる女子学生たちの元気な会話に、羽柴が乾いた笑いを浮かべてごまかした。
そんな調子でそれぞれ作品ができあがる頃、席を外していた教師が戻ってきた。
出来上がったアレンジメントをお互いに見せあいながら写真を取り、できあがったらお送りしますよ。という申し出をありがたく受け取る。
そして解散の時間を迎えて、教師は教室の最終点検と施錠の作業に入り、ゴミや道具を段ボールに入れて玄関へと戻る羽柴の案内をするリカが、廊下に出ると「すみません」と謝罪した。
「気を悪くしませんでしたか」
「いや、みんな元気があっていいね」
のんびりとした羽柴の口調に、ほっとした様子でリカが笑顔を浮かべた。
「荷物片づけたらお茶飲んでいって下さい。応接室用意してあるんで。あと、話も聞きたいです」
「ああ、花の? 花の仕事したいんだよね?」
将来、花に関わる仕事に就きたい。という話を確認するように羽柴が問えば、リカは曖昧な表情を浮かべた。
不自然にできる間に、羽柴は眉をひそめた。
「――……あの」
やがてリカが口を開いた。
神妙な顔で羽柴を見上げる。
「さっきの黒いの、羽柴さんにも見えてましたよね」
意を決したような質問に、羽柴も表情を引っ込める。
「――うん」
そしてうなずく。リカは眉をひそめてうつむいた。
「私にも見えました。少し前からああいうのが見えます。私だけかと思ってました……」
人に見えないものが自分にだけ見える。その異常事態を誰にも相談できずにいたのだろう。
わずかにこわばった横顔に、羽柴は問いかけた。
「――……君は、死神と会ったことある……?」
その質問に、リカは怪訝そうな顔を浮かべて羽柴を見返した。
「……死神?」
その反応に、羽柴は沈黙し、シンは「やはり」とつぶやく。
「理由は分かりませんが、意図的に放置されていますね」
必要な説明も受けないまま、死期が間近に迫っている。死神が戻ることは望み薄に見えた。
限りなく迷子予備軍。
羽柴は表情を引き締めた。
「分かった。荷物を置いたらすぐにいくよ。進路の相談するからって先生には言っておいて」
リカは表情を緩め、ほっとしたような表情を浮かべ、シンは、やはり関わることになるのか、とうなだれた。