第9回 もうすぐ
短めです。
とうとうその日がやって来ます。
もし願いが叶うのなら、もう少し晴香と一緒にいたかった。
「え・・・上田屋さんの紅白まんじゅう?」
それは、僕の近所にある小さな和菓子屋さんだった。たまにテレビで取材されていたりする隠れた名店で知られている。
妊娠9ヶ月、晴香が急にそんなことを注文してきた。
「ほら、あそこって結構遠いからさ、私の誕生日プレゼントに買ってきてよ!」
「いいけど・・・・・最近いっぱい食べてない?」
「だって食べたいんだもん」
元々そんなに甘いものが好きではなかった晴香が、妊娠してから食べ物の趣味が変わったようだ。なぜかやたら甘いものを好むようになった。
「わかった。買ってくるよ」
「わーい!」
明日は学校が休みだからちょうどいいかなと思いながら、僕はカレンダーを見る。
タイムリミットまであと1ヶ月を切った・・・
ここ最近、テンの様子がおかしくなった。いつも落ち着きがなかったが、さらにせわしなくなっているように思える。
「どうしたの、テン」
「え?うーうん、なんでもないよ」
明らかにおかしい。ふと最悪な考えが浮かんだが、すぐにその考えを取り払った。
そのときが来たら、そのときだ。
意味不明な考え方をしていると思うが、そうとでも考えなければやっていけないのだ。
現実は何事もないように過ぎていく。
僕は晴香と離婚騒動があったが、今では変わらずに夫婦をしている。
そんなテンがとうとう白状したのは、翌日、僕が出かけようとしていたときだ。
「お姉さんの出産、明日だから」
いつもの無邪気さなどまったくなく、冷たいものを含んだような言い方だった。
少し驚いた後、テンを見つめる。鳥の表情はよくわからないが、たぶん真剣な眼差しだったと思う。
「なんでそんなこと言うんだ」
「ただの独り言だよ」
「予定日より1ヶ月も早いんだけど」
「大丈夫だよ。今はお姉さんたちに死神はついてない」
テンは死神という言い方をした。テンの他には何も見えないが、他にもすれ違った人の中にはテンの仲間がついている人がいるのかもしれない。
僕は靴ひもを結び直して玄関を出る。今、晴香は産婦人科にいるはずだ。
彼女が帰ってくるまでに、上田屋の紅白まんじゅうを買ってこないと、それから、別のプレゼントとして、晴香が以前ほしがっていたブランド物の食器を買ってこないと・・・・・
それから、それから、
頭の中でいろいろなことが流れていく。
「お兄さん・・・・ごめんね」
テンが悲痛な声をあげる。
それで、僕は確信した。
もうすぐ死ぬんだ、と―・・・・・・
次回、最終回です。




