第6回 崩壊の音
離婚を切り出した歩…
「別れてほしい」
僕にそう言われた晴香はしばらく黙った後、ゆっくりとその唇を動かした。
「なんで・・・?」
「ごめん・・・他に好きな人ができた」
シュミレーションどおり、淡々と言い放つ。
こうするしかなかった。もし僕が死んだら、自分はずっと彼女を引きずってしまう原因になってしまう。
それならいっそ嫌われたほうがいい。
「子供とかって苦手だし。できたって聞いたとき、正直めんどくさいなって思った」
言ってはならない言葉を言う。直視して言えなかったから、あさっての方向を見る。
ごめん・・・僕じゃ晴香と子供を守ることができないんだ・・・
しばらく彼女は何も言わなかったが、少しして彼女の肩が震えていることに気づいた。
泣いてる・・・そのことに気づいたとき、思わず晴香の肩を抱きそうになったが、なんとかそれを押し留めた。
僕は黙って家の中に入っていく。
しかし、そんな僕の腕を晴香ががしっと掴んできた。驚いて振り返ると、彼女は俯いていたが、涙を必死にこらえているのがわかった。
「なにが嫌だったの?もう私のこと嫌いになった?言って!直すから・・・私の悪いとこ全部直すから・・・!だから・・だから、嫌いにならないで・・・・・・!お願い・・・」
彼女の悲痛な叫びに、僕は何も言えなくなってしまった。
ぎゅっと握り締められる晴香の手が震えている。僕の言葉に傷つき、泣いている。
「こういうところもだめだってわかってる・・・だけど、私・・・やだぁ・・・」
だけど、僕はその手を乱暴に振り払った。
彼女がよろめくのがわかったが、僕は晴香を無視して、今度は玄関から外へ出て行った。
∞
行くアテなんてない。実家に戻るわけにもいかなかったし、かと言って今からホテルに行こうとも思わなかった。
無意味に歩き、たどり着いた公園のベンチに座り込む。
頭が痛い。晴香に掴まれた腕が痛い。そして、なによりも心が痛かった。
失いたくなかった。晴香と・・・僕らの子供だけは。1番の宝物だったんだ。
「夫婦って難しいんだね」
いつもよりややトーンを落とした声で、僕についてきていたテンが話しかけてくる。
「俺にはわからないや。お兄さんの気持ちが」
「・・・そのほうが助かる」
自分のこんな考えをわかってほしくない。僕は妻に対しても、これから生まれてくる子供に対しても、人間として最低なことをしてしまった。
もう後戻りはできない。
「後戻りはできないんだ」
自分に言い聞かせるように言うと、テンがパタパタと僕の肩にとまるのがわかった。
「テン、これで僕にはもう心残りがなくなったよ」
「でも、お兄さんは間違ってるよ」
テンの言ったその一言が、僕の胸に突き刺さる。テンはまるでふてくされた子供のように足で宙を蹴っている。
「本当はお兄さんが死ななければ1番いいんだけど、俺にはそれができないんだ。ごめんね?」
「いや・・・こっちこそごめん。そんなつもりで言ったんじゃないんだ」
「大丈夫だよ!ちゃんとわかってる!」
白い鳥の表情でにっこりと笑ってくれたのがわかった。
そのとき、晴香の笑顔を思い出した。いつだってその笑顔は僕を幸せにしてくれた。だけど、僕は彼女から笑顔を取り去った。
ごめん、晴香・・・・・・




