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消滅の危機に瀕した僕の独白、あとラブコメ的な。

作者: 春鮫

 人類は、大体3ヶ月後に滅亡するらしい。


 国連からの発表があったのは、ちょうど僕の17歳の誕生日の朝だった。


 とんだプレゼントがあったものだ、とそのときは思った。あまり実感が湧かなかった。


 1秒あたり約1000人。この一定の割合で人間が消失していく。


 消失する者の人選は完全にランダムで、対象がその時どこで何をしていようが関係ない。


 たとえ衛星軌道上の宇宙ステーションの中や、マリアナ海溝を探査中の潜水艦の中や、核の攻撃にも耐えられる堅牢なシェルターの中に居たとしても知ったことかとばかりに、無造作に無作為に無慈悲に、人間が消えていく。


 何でも、居なくなった人は隣接する平行世界線、いわゆる異世界に飛ばされたとのこと。


 小説にありがちな、夢の異世界転移だとぬか喜びする人も居るかも知れないが、現実はそう上手くはいかない。


 飛ばされた人達は、異世界のだいたい太陽系くらいの領域、すなわち宇宙空間のどこかに、ランダムで出現するという。例えその範囲内に居住可能な惑星があったとしても、その星に無事降り立てる確率は考えるまでもないだろう。


 その発表の後、世界中で大混乱が起こった。


 いつ居なくなっても良いように身辺整理をしようとする者、混乱に乗じて金儲けをしようとする商魂逞しい者、自棄になって犯罪行為に手を染める者、最期のバカンスに出掛ける者……全ての人が各々好きな事をし始めたものだから、波乱が起こるのは必至だった。


 もちろん僕たち学生にも大きな影響があった。


 とりあえず学校は自由登校になった。然もありなん。将来に備えて学力を身に付ける必要は既に無いのだから。


 それでも休校じゃなくて自由登校なのは、最期まで生徒を教えたいという熱血な教師の存在故だ。


 ……もしかしたら先生達は普段通りの生活を送る事で平常心を保とうとしたのかも知れない。それは生徒も同じなようで、国連の発表直後の出席率は発表前とあまり変わらなかった。


 それ以外にも語り尽くせない程の変化が有ったが、特筆するとすればひとつだけ。それは世界を揺るがす大波乱と比べると、水溜りの表面に立つ漣のようだけれど、僕の人生の中では今後も特別な意味を持ち続けるであろう出来事だった。


 生まれて初めて、彼女が出来た。


 どうせ長くても3か月だからと、ダメ元で気になっていた女の子に告白したら、何とオーケーを貰えたのだ。やったぜ。


 どうも向こうも一生に一度くらい誰かと付き合ってみたいと思っていたらしい。そこでちょうどよく僕に告白されたと。……コレはあまり聴きたくない情報だった。


 彼女と一緒に色んな所に行った。


 親父の車を借りて(仕事をしようと思う人が少なかったのか電車やバスは殆ど動いていなかった)、ガソリンスタンドから燃料をパクって(仕事をしようと思う人がry)、国境を自由に跨いで(仕事をry)、思う存分遊びまくった。無免許運転で逮捕という事にはならなかった(仕ry)。


 家族を蔑ろにするようで後ろめたい気持ちはあったけれど、両親は寧ろ、大事な人が出来たならその人と一緒に居なさい、と言ってくれた。


 良い両親を持ったものだと、彼女は言った。彼女の両親も似たような事を仰ったらしい。


 もちろん良い事ばかりでは無かった。彼女と喧嘩をする事もあったし、いつ消えてしまうのかと不安に駆られ、互いに励まし合った夜もあった。どちらかの親しい人が居なくなった時は、一緒に涙を流した。


 今となっては、そのどれもが愛おしい思い出だ。誕生日までの17年よりも、その日から今までの方が何倍も濃密な体験だったように感じる。


 あれから約3か月。あと2日と16時間ほどで、人類の最期の1000人が異世界の宇宙空間に飛ばされる。


 結局、最期まで実感なんて湧かなかった。


 自分の命があと3日足らずなんて信じられない。


 いや、実感なんて湧きようが無いのかもしれない。


 だって僕の身体はこんなにも健康で、非常食の備蓄は腐るほどある。ガソリンで動く発電機を見つけたから無制限に電気を使えるし、綺麗な水のストックも充分以上にあるのだから。


 足りないのは、以前は少しだけ煩わしく思っていた、街を賑わす人混みだけだ。生き残りを探して街を彷徨う人も、もう殆ど見なくなってしまった。


 何の前触れも無く、次の瞬間には自分が消えているかもしれないと思うと、不安で頭がおかしくなりそうだ。1週間くらい前から、常にその心配が後をついて回る。


 不安を忘れられるのは、彼女の手を握っている時だけ、彼女を強く抱きしめている時だけだ。


 僕が不安で潰れそうになっている時はいつも、彼女は震えながら、目に涙を溜め掠れた声で、それでも気丈に、引き攣った笑顔を浮かべて僕を慰めてくれる。


 分かっているのだ。


 ここで悲嘆に暮れてしまったら、幸せな人生だったと言えなくなってしまう。辛い事は沢山有ったけれど、それでも楽しい一生だったと。そう言って死ぬ事が出来なくなってしまうということなんて、僕も彼女もよく分かっている。


 約束したんだ。最期まで笑っていようって、笑顔で一緒にお別れしようって。


 彼女はふたりで決めた誓いを守ろうと必死なっている事だって、よく分かっている。




 ◇◇◇◇◇




「シオン、こんなところに居たの? 」


 彼女が僕の名前を呼ぶ。


 君とかお前とかではなく、互いに名前で呼び合おうと言い出したのは、彼女の方だった。


 もう私の名前を呼ぶ人は、シオンだけになっちゃったから。いつか自分の名前も忘れてしまいそう。


 そうやって寂しそうに笑いながら頼んできた彼女の願いを、どうして無視する事ができようか。


「……シオン? 」


「ああ……ごめん。ちょっと考え事してた」


 彼女、もといエリカは根っからの寂しがり屋で、少し僕の姿が見えないとすぐに不安になってしまう。


 そのような気弱さを見せながらも、先に述べたように芯の強さを持つところが、エリカの魅力だと思う。


「じゃあ、早く帰ろう。一緒に夕ごはん作ろう? 」


 西日がエリカのかんばせを美しく照らしあげる。……ちょっと良いことを思いついた。


「まだ夕飯までは少し早いし、ちょっとだけ散歩しようよ。今日は良く晴れていて、夕日が綺麗に見えるよ」


「まあ…………それでも良いけど……ほんとに少しだけよ。シオンのちょっとはあんまり信用ならないし。私が帰ろうって言ったら帰るからね」


「それで良いよ」


 エリカが手を差し出してきたので、しっかりと、何があっても離さないように力強く握った。満足そうな笑顔を見せたので出発といこう。


「それで? どこに行くの? 何か目的があるんでしょう? 」


 ……この娘は僕の事を良く分かっているな。僕が無作為に歩き回るのが苦手だと知っての発言だろう。僕はウインドウショッピングは出来ないタイプの人間だ。


「あのビルに登ろう。あそこの屋上から夕焼けを見たいんだ。ちょっと大変だけど着いて来てくれる? 」


 指差したのはこの街で一番高いビルだ。確か高級ホテルか何かだったはず。


「ええ……。まあ…………それだけなら…………」


「よし行こう直ぐ行こうもっと嫌になる前に登ってしまおう」


 凄く嫌な顔をされたが勢いで押し切る事にした。登っている内に楽しくなってくるさ、多分。


 この時は軽く考えていて、あんな事になるなんて思っても見なかったんだ。


 数十分後、僕は見通しの甘さを突きつけられる事となる。




 ◇◇◇◇◇




「はぁ……はぁ……疲れた…………帰りたい」


「まあ、こうなると思ってたわ」


「先に言ってよ…………」


「辞めようって言っても聴かないじゃない。ほら! あと3分の1くらいでしょ。さっさと登って帰るよ! 」


「うん……」


 終わりの見えない階段に根を上げたのは僕だった。


 電気は止まって久しいので、エレベーターなど動くはずもなく、仕方なく階段で登る羽目になったのだ。


 冷静に考えればこのビル60階くらいあるんだよな。明らかに無謀だったわ。何故いけると思ったのだろうか。


 ここ3か月の特に後半は、自力で身の回りの物を手に入れなければならなかったので、半ばサバイバル生活のようなものを営んでいた。


 それで少しは体力が着いたと思っていたのだが、そんな事は無かったらしい。元文化部は、どこまで行っても元文化部のようだ。


 因みにエリカは女子テニス部に所属していて、なかなかの成績を出していた。僕も運動部に入っていれば今より少しはマシだっただろう、きっと。


 情け無い姿を晒し汗だくになって必死に登ったにも関わらず、結局階段を登りきり、ビルの屋上に出れたのは、日がとっぷり暮れた後だった。


「夜だ…………」


「夜だね」


「綺麗な夕日………………」


「沈んだね」


「僕は何をしにここに来たのだろうか」


「晴れてるから星はよく見えるよ。良かったじゃない」


 そう思わなければやっていけない。確かに満点の星空だ。


 あ、満月発見。これは定番のアレを繰り出す時では?


「月が綺麗ですね」


「……それ、意味分かって言ってる? 」


 もちろんだとも。


 呆れたように言ってるが、ちょっと耳が赤くなっているのを僕は見逃さない。愛いのう。


「そんな遠回しに言わなくても、もっと分かりやすく言えば良いのに」


「素直になれない男子高校生の胸の裡を是非とも汲んで欲しいものだ」


「今更じゃないの」


「ストレートに言ったら言ったで照れる癖に」


「……うるさい」


 そう言って頬を染めながら僕の肩を軽く叩いてくるエリカを見て、僕は溢れ出る想いを言葉に出したくて仕方がなかった。3カ月経っても初々しさが残るエリカに、僕は、いつも不安でささくれ立った心を癒されている。


「エリカ」


「……なによ」


「愛してるよ」


「…………知ってる」


「それは良かった」


 しばらくふたりで星空を眺めた。


 夜空はどうしても宇宙を、そしていずれ飛ばされるであろう異世界を連想させる。ふと目にしてしまった時はどうしようもない不安に駆られた。


 しばらく見なかった満天の星空がこんなにも美しい事を、長らく忘れていた。さっきまでは、それでも構わないと思っていた。


 苦労してビルを登った甲斐があったと思う。


 隣にいるエリカがどう思っているかは分からないが、ちらりと盗み見た表情を見るに、僕とそうかけ離れたことは感じていないように思う。


 そうだったら良いなと心の底から思ったのだ。




 ◇◇◇◇◇




 ふと、腹の虫が鳴いた。そういえばお腹減ったな……。


「…………帰るか」


「……そうね」


 階段を降り始める。降りるのは登る時より幾分かは楽だろう。そうだと良いなぁ。


「夕飯はなに? 」


「ふふふ、ヒミツよ」


「……一緒に作るんだから、サプライズにはならないと思うんだけど」


「っ!!! 」


「それとも、一人で作る? 」


「それはイヤ。今日は鍋よ。寒いし、楽だし」


「何でヒミツにしようと思ったの……? 」


 ビルを降りきるのは案外早かった。思ったより大した事無かったな、次は絶対登らないけど。


 お腹を空かせた僕らは、足早に家に向かった。


「あ、ああいう雰囲気壊すような行為はほんと辞めた方が良いわよ」


「お腹鳴ったこと? 」


「そう、それよ。正直引っ叩いてやろうかと思ったわ」


「いやアレは生理現象だから、どうしようもないって」


「気合いで止めて。シオンなら行ける」


「えぇ……」


 …………この後ふたりで囲んだ鍋は、とても美味しかった。

気分次第で続きます。

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