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 もうすぐ学院では盛大なパーティが行われる。今期で卒業される方たちの為の卒業パーティだ。ユリウスさまやミラーナさま、フリードさまたちは卒業される。セイラさまも……この日はおいでになると聞いている。


「貴女は普通にしていればいいのですよ」


 とフリードさま。あれからセイラさまとどうなっているのか、聞いても教えて貰えないでいる。


 私は多くの友人が出来たけれども、中には私を面白く思わない人がいるのは判っている。何故なら、階段の上で誰かに突き飛ばされたり、誰かが私室に入り込んでドレスを破かれたりしたからだ。階段では、フリードさまが支えて下さったので、怪我をする事はなかったのだけれど。以前は陰口だけだったのに、私が認められるようになったのが不愉快な誰かがいるらしい。それはきっと、セイラさまを慕う人だろうと思うけれど、ドレスの被害は大したものではなかったし、怪我もなく実害は受けていないので、私は侍女以外の誰にもその事は言わなかった。

 私はセイラさまの差し金だとは思っていないけれど、誰かがそう思うかも知れない。ただでさえセイラさまには未だに申し訳ない気持ちなのに、私のせいで更に迷惑をかける事は出来ない。


 ユリウスさまが卒業されたら、もう遠目にお顔を見る機会もなくなってしまう。そう思うととにかく悲しくて、つまらない嫌がらせなんかを気にする余裕がないのも事実だった。相変わらず私は笑う事が出来ない。でも、せめて卒業の前に一度でいいからご挨拶をしたい……。


 パーティの前日。

 そんな私の気持ちが天に通じたのか。夕方に、私が忘れ物を探しにひとりで音楽教室に入ると、窓辺にユリウスさまが佇んでいらっしゃった。


「あっ! も、申し訳ありません!」


 私は狼狽えて部屋を出ようとする。お話しするまたとない機会なのに、私は突然の出来事に舞い上がってしまって、どうしていいか判らなくなってしまったのだ。

 だけれど、ユリウスさまは私を見て、


「待って、シェーラ。少しだけ話したい」

「駄目ですわ、だって、他に誰もいませんもの」

「誰もいないから本音が話せるだろう」


 そう仰って、近づいて来られる。金色の御髪がふんわりと額にかかって、青い目が優しく私を見つめている。私はぼうっと見つめ返してしまうけれど、すぐに、駄目だ、と自分に言い聞かせる。卒業なさったら程なく結婚……と聞いている。だから私は、ただお礼を言って、セイラさまに恥をかかせた事をお詫びしたら、もうこの想いは永遠に胸の奥に閉じ込めなければならないのだ。


「何故そんなに隔てをおくの。子どもの頃、一緒に遊んだのを忘れたのかい?」

「わ、忘れる訳はございません。ですが、もう子どもではありませんもの。あの頃のように、王子殿下に対して馴れ馴れしく話しかけるなんて出来る訳がありませんわ」

「僕があの頃のようにして欲しいと望んでも?」

「……駄目です。ミラーナさまが不愉快に思われますわ。わたくしのような田舎者と気安くなさるなんて」

「田舎で育ったからなんだと言うんだ。しかもきみはアダンの姪だと言うじゃないか。そんな事を知らなくても、僕の気持ちは変わらなかったけれども」


 ……気持ち? 気持ちってなんだろう。ユリウスさまは、子どもの頃の求婚を覚えていらっしゃる?? いえ、そんな筈はない。田舎でのんびり過ごした思い出が懐かしく、大事に思った古い玩具を見つけたような気持ちに違いない。

 だけど、私の返事にユリウスさまの方が少し不安げなお顔になって、


「……もしかして、シェーラは約束を忘れてしまった? 僕の、思い込み、なのか?」


 なんて仰る。


「約束? なんの約束でしょうか」

「迎えに行くという約束だ。随分待たせてしまったけれども。きみは二年前に病で亡くなったと聞かされたんだ。ミラーナの父親に。今思えば、ミラーナとの話を進める上で障害だから、そんな風に言ったのだろうな」

「迎え……」


 思わず鸚鵡返しに言ってしまったけれど、私は首を横に振った。覚えていて下さった……どんなに有り難い事だろう。でも。もうユリウスさまはミラーナさまと結婚すると決まっているのだ。


「なんの事かわかりません。申し訳ありません」

「嘘だ。いまの顔を見ていれば判る。……だが、今の状況を思えば、覚えているなんて言えないのもまたわかるよ。ねえシェーラ。明日のパーティで、きみに不愉快な思いをさせるかも知れない。でも、僕を信じて欲しい。きっときみを」


 ユリウスさまの言葉を遮るように、扉が音を立てて開いた。


「ユリウスさま! 何をしてらっしゃるの!」


 ミラーナさまだった。怖いお顔で私を睨んでいる。


「少し話していただけだよ。待たせて済まない、ミラーナ」

「ユリウスさまがお優しいのは存じていますけど、王子殿下に相応しくない者を近づけるのはよろしくありませんわ」

「わかった、済まない」


 そんな聞こえよがしの事を言われて、ミラーナさまは私に目もくれずにユリウスさまの腕に手を回して、お二人は去っていかれた。ひとり取り残された私は、ユリウスさまの仰った事を思い返す。信じて欲しい、とはどういう意味なんだろう?



 そして、翌日のパーティで、信じられない事が起こる。


「公爵令嬢ミラーナ・ラクロア! そなたの底意地の悪さを知り、我が妃に相応しくないと判断した。身分を笠に着ていじめなど……。そなたとの婚約は破棄する!」


 ふんわり王子さまとは思えないお怒りの表情で、ユリウスさまはみんなの前でそう宣言されたのだ。

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