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「シェーラさま、ここがわからなくて……教えて頂けない?」

「シェーラさま、先日下さった香り袋、妹にも送ったらすごく喜んで。作り方を教えて頂けないかしら」

「シェーラさま、一緒にお昼はいかが?」


 ひと月の間に、私の立ち位置は急転していた。



 まず、私は学業を頑張って、五番の成績を取った。フリードさまに色々書物を貸して頂けたのが助けになったけれど、それまで男にしか興味のないろくでなしと言われ続けて来たので、実力を見せる事には私が想像していたよりずっと大きな効果があった。勿論、あくまで私への反感を崩さず、不正だと囁く人たちもいない訳ではなかったけれど、この学院で男爵の娘に過ぎない私が不正など行える筈もない事くらいは流石に誰しも胸の中では判っていた。

 そこで私は、男にしか興味のない田舎者から、知的な田舎者に昇格する事が出来た。これでユリウスさまの汚点ではなくなるとほっとした私だけれど、一度定着した悪感情というのは、例え間違いだったと後から判って来たって、そう易々と消えはしないという事は理解していたので、この程度の事で皆と距離が縮まる事はないとも思っていた。セイラさまはお休みのままだし、フリードさまとセイラさまが仲直りするまでは、『他人の婚約者を奪う』という汚名は雪げない。フリードさまが私に丁寧に接して下さるので、皆も私をぞんざいにはしないようになったけれど、フリードさまが何を考えているのかは相変わらず解らない。セイラさまにお詫びの手紙を送ろうともしたけれど、『無用の事』と差し止められてしまった。


 ユリウスさまは、たまに廊下でお見掛けする事はあるけれど、常に婚約者のミラーナさまがお傍にいらして、お声をかける事も出来ないでいる。ユリウスさまは時折、温かな視線を下さっているような気もするのだけれど、すぐにミラーナさまがユリウスさまに話しかけて、ユリウスさまもそこを離れられない、という感じ。ミラーナさまが私を見る事はない。ミラーナさまはセイラさまと親しいと聞いているので、きっと私に怒ってらっしゃるのだろう、と思うけれどもどうしようもない。


 

 次は何を頑張ろうか、と考えていた時、思いもかけなかった味方が現れた。

 宮廷で切れ者として名を上げている叔父のアダン伯爵と、その長男で私の従兄アルフレッドが面会に来てくれたのだ。叔父と母は子どもの頃から仲が良く、伯爵は年に一度はうちの屋敷に訪ねて来てくれて、昔はアルフレッド兄さまも伴って来ていたものだ。最近は成人したアルフレッド兄さまは職務で忙しく、会う機会はなかったものの、子どもの頃は実の兄妹のように仲良くしていた。

 私としては、王都に来たからと言って、忙しい親戚に面倒をかける気は全くなかったのだけれど、二人は私が子どもの頃と変わらない笑顔で、


「ここに来てたのなら早く知らせてくれれば良かったのに。姉上からの便りが遅れて届いて、数日前にやっと知ったのだよ」

「何か困ったことはない? 友人は出来た?」


 と温かい言葉をかけてくれる。王都に来て以来、なんの駆け引きもなくそうした言葉をかけてくれるのは侍女のリーナだけだったので、私は肩の力が抜けて涙が出そうになる。


「いえ、叔父さま、アル兄さま、お忙しいのにわたくしなんかの為に時間を割いて下さるなんて、申し訳ありません」

「なにを水臭い。ユリウス殿下のお口添えで学院に入った男爵令嬢がいるという噂は聞いていたが、まさかそなただとは思わなかったよ。知っていれば早々に殿下に御礼申し上げて、私からも口添えをしたのに」

「えっ……もしかして、私が黙っていたせいで、却って何かご迷惑を?」

「いやそんな事はないよ。殿下はただ、とても驚いておられた」

「そうですか……」

「シェーラ、バルテス家のフリード殿と、その、何か噂があるようだが……?」

「……! アル兄さま、誤解なんです。セイラさまがいらっしゃるのに、私なんかが間に入る訳がありません」

「そう。そうだよね、噂なんていい加減だからね」


 そんな事を話し合って、気にかけて頂いたお礼を何度も言って面会室を出ると……たくさんの令嬢が廊下に詰めかけていた。


「シェーラ嬢! 貴女はアルフレッドさまにまで?!」

「学院の外の殿方まで……!」

「えっ」


 そういえば、従兄のアルフレッド兄さまは、今、騎士団で頭角を現して次代の騎士団長と目されていて、王都の婦女子に絶大な人気があるのだと聞いたっけ……。


「違います、誤解です。アルフレッドさまは私にとって兄のような人で……」

「田舎の男爵令嬢が、どうしてアルフレッドさまの妹になれると言うの! 出まかせはいい加減になさいな!」


 ……貴女は婚約者がいる癖に、婚約者を取られたと思った時には面と向かって文句は言わなかった癖に、何で今?! と思ったけれど、結局彼女も彼女の婚約者も似たようなもので、ちょっとよそ見はしても、本当に心が離れた訳でもないのかも、と感じると、そんなものに振り回されていた自分が馬鹿馬鹿しくもなった。


「いとこ同士ですので。わたくしの母は男爵夫人ですが、元々アダン家の出で、アダン伯爵の姉なのです」

「ええっ?! 貴女、アダン家の縁なの?! 国王陛下の覚えもめでたいアダン伯やアルフレッドさまの縁者?」

「……そうなりますね」

「まあ! 何故言ってくださらなかったの!」

「え?」

「アルフレッドさまに紹介して! いえ、今度のパーティにアルフレッドさまもいらっしゃるようお願いして!」


 いくつもの声が重なった。


 実に馬鹿馬鹿しい、とは思った。結局、彼女たちにとって、人の値打ちは誰と繋がるどういう家の者なのか、でしかないのか、と。

 だけれど、フリードさまは、「貴女が先に自分の力を皆に見せていたからこそ、受け入れられたのですよ。ユリウスさまもそう仰っています」と言って下さったし、「ほんとはシェーラさまと仲良くしたかったの」と言って来る令嬢たちの掌返しに呆れはしたものの、話してみると大抵は、単純なだけで悪い人間という程でもなかった。田舎者とか見かけの肩書だけで人を判断しない事を彼女たちが学んでくれたらいいな、と思い、私は彼女たちの陰口は水に流す事にした。



 こうして、私はようやく学院の中に居場所を得た。

 それを面白く思わないひともいたのだけれど。

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