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 セイラさまは、体調が優れないという理由で実家に帰られてしまった。本当に申し訳なくて……このまま婚約破棄なんて事にならないよう、祈ることしか出来ない。フリードさまには何を申し上げても、『貴女は心配しなくていい』の一点張りで。


 フリードさまとセイラさまは人望を集める理想的なカップルだった。そこに私なんかが入り込んで二人の仲を裂いてしまった。皆はいよいよ私への非難を強めるだろう。なんでこんな事になったのかさっぱり分からないけれど、もう消え入りたいくらいだ。

 でも私は結局、そっと実家に逃げ帰る事も可能ではあったけれども、フリードさまの言葉通りにもう少しここに残る道を選んだ。私が勝手に逃げてしまえば、私を推薦して下さったユリウスさまに迷惑がかかるし、『このまま出ていけばユリウスさまに誤解されたままになってしまう』という気持ちもある。

 フリードさまは、


「ユリウスさまに今お引き合わせする訳にはいかないが、別に貴女の事を悪く思ってはおられないから、あまりご心配なさらないように」


 なんて仰るけれど……悪く思わせようとユリウスさまに向かって、私を魔女とまで言ったのはどなたですかと言いたくなる。私を追い出したいのか居させたいのか、相変わらず本心が読めない。

 ところで、花を贈って下さったのはフリードさまではなかった。手掛かりもなくて、もやもやしてしまう。


 フリードさまの事があってから翌日まで私は自室に引き籠っていたけれど、いつまでもそうしている訳にもいかないので、もう聞こえよがしどころか面罵される事も覚悟して私は教室に行った。

 ――予想通り私の姿を目にして皆はざわついたけれど、何故だか、せいぜい聞こえない程度のひそひそ話くらいで、拍子抜けする位なにもない。

 そして、毎朝私に寄って来て馴れ馴れしく勿体ぶって挨拶してきていた殿方たちも、どうした事か遠巻きに私を見ているばかり。好都合ではあるけれど、どうしたのだろう。


「やあ、シェーラ嬢。もう具合は良いのですか」


 と、ただ一人、フリードさまが感じの良い笑みを浮かべて傍にいらっしゃる。


「……おかげさまで、元気ですわ。お早うございます、フリードさま」


 私の顔には不信感がありありと浮かんでいたのだろう。フリードさまは苦笑して、


「そんな顔で睨まないで頂きたいな。貴女の為に居心地のよい教室にしたというのに」

「は?」

「貴女は僕の想い人。もう誰も貴女に近付けはしません」

「えっ」

「ご不満ですか? もしや貴女にはあの中に想い人が?」

「! いえ、そんな事はありませんが……でも、何故そこまで」


 私を好きだというのは芝居だったのでは、と私はまだ疑っている。ただ、セイラさまを怒らせてまでそんな事をする理由が判らなかった。

 私の様子を見てフリードさまは、


「まあ、不思議に思うのも無理はないですね。けれど、今はご説明出来ません」


 相変わらずまったく、どんなつもりなのかを窺わせないのだった。



 このようにして、折につけフリードさまが私を大事にして下さるので、数日経つと、他の殿方は皆、私に近付くのを諦めて下さったようだった。令嬢たちは、婚約者が馬鹿げた争奪戦から熱が冷めて戻って来たので、概ね仲直りをして元通りになったようだった。だけど、『皆から慕われるセイラさまからフリードさまを奪った女』という新たな不名誉が肩書になってしまった。フリードさまの手前、悪しざまな声は大きくはないものの、相変わらず視線は冷たい。


 でも、私は煩わしい殿方たちから解放され、悪口を言われなくなった事に少しほっとしていた。自分で考えていたよりも、自分は悪意に晒されていた間緊張状態にあったらしい、と気づく。だって故郷では私を悪く言う人なんていなかったし、領主の娘として敬われていたのに、突然、見下されて謂れのない非難を浴びせられる日々に放り込まれたのだから。

 よく考えてみれば、私があまりに受け身で居過ぎたのが良くなかったと思う。殿方を拒絶したり令嬢に反論したりしてはいけない、だって身分が低いのにユリウスさまのお計らいでここに入れて貰ったのだから……という考えばかりに囚われていた。でも、結果的にそのせいで、フリードさまに、私はユリウスさまの汚点とまで言わせてしまった。

 ユリウスさまとはあれから顔を合わせる機会がない。悪く思われていないか相変わらず不安だったし、またどのように思われようと私の恋が実る事はないのだと思うと、相変わらずお愛想でさえ笑う事は出来ないものの、このままでもいけないという気持ちが湧いて、私はユリウスさまの為に自分を磨かなければと思い始めた。令嬢たちに良く思われれば、私を推薦したユリウスさまも『人を見る目がある』と言われるに違いない、と、ようやく私は思い至ったのだ。


「私、もっと皆さまに好かれるように頑張るわ。馬鹿にされないようにもっと教養も身につけようと思うの」


 こう宣言するとリーナはとても喜んで、


「お嬢様は元々誰にでも好かれる気性をお持ちですもの。きっと上手くいきます」


 と応援してくれる。


 自室で勉強するからと言えば、フリードさまも特に無理にお誘いなさる事もない。そして、私の気持ちの変化を察して、喜ばしい事と思って下さっているようだった。


 前向きになった私を鋭く見ている視線に、この頃の私は全く気付きもしなかった。私がその方にとって、意味のある存在だなんて、思いもしていなかったから。

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