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「ほら、見て、シェーラ嬢よ」


 ……ひそひそ。


「幾人もの殿方を手玉にとってらっしゃるんですって? 田舎から出て来たら、たまたまユリウスさまが子どもの頃に一度会われたと思い出されてお情けをかけられたのを良い事に、思い上がって、ねえ?」

「愛想もないあんな女のどこが良いのでしょうね? 殿方がお優しいのを良い事にいい気になって取り澄ましているけど、田舎育ちの品性のなさが滲み出ているわ」

「身の程知らずにも、ユリウスさまにも色目を使っているという噂よ。ユリウスさまにはミラーナさまがいらっしゃるのに、とんでもない性悪ね」


 はあ。

 毎日毎日、聞こえよがしの根も葉もない陰口を叩いて、よくも飽きないものだ。ユリウスさまからは、廊下ですれ違った時に数度声をかけられたけれど、色目どころか視線も合わせられなかったというのに。王都の高位貴族令嬢たちが、こんなにろくでもないとは思わなかった。


 私は、ユリウスさまの婚約披露パーティの後、そのまま王都に残って学院に通う羽目になった。そんな事、全く望んでいなかったのに、ユリウスさまのご好意に対してどうして良いか判らなくて田舎の両親に伺いを立てた所、大喜びで、学費はきちんと用立てるから是非お言葉に従いなさいと……。

 勿論、両親にとって、かなり懐が痛むこの出費は、投資だ。悪い親ではないのだけれど、身分や資産のある殿方に嫁ぐ事が私の幸せであり、家の為だと信じ込んでいる。私は生まれ育った田舎で静かに暮らしたいだけなのに、「王子殿下に目をかけられるくらいなのだから、王都の貴公子に見初められるのは間違いなし」「作法はきちんと身に付けているのだし、あの娘はしっかりしているから、高位貴族に嫁いでも上手くやっていける筈」なんて浮かれている様子が容易に想像できる。元々母は伯爵家の四女、王都に出仕していた田舎男爵の父と激しい恋に落ちて、余り物の四女だからと結婚を許されたとはいえ、家柄は由緒正しいものなのだ。


『王都で美姫と言われて引く手あまただったのよ。でもわたくしには、お父さまの素朴な優しさが何より素晴らしく思えたの。家の方は、家柄は良くても収入はさほどでもなくってね、四女のわたくしを侯爵家なんかに押し込むのは結婚支度に費用もかさむし、って事で、お許し頂いたのよ』


 なんてお母さまは話していたというのに、自分が親の立場になったら、『王都で引く手あまた』という過去が甦ってしまったみたいだ。そして、望んでいないにも関わらず、どうやら私はそういう立場になってしまっているようなのだった。


「シェーラ嬢。おひとりですか? よろしければ、昼食を共にする名誉を賜れないでしょうか」


 馬鹿丁寧に声をかけてきたのは、伯爵令息のレオンさま。それに対してすぐに横から、


「あっ、抜け駆けはずるいぞ、レオン! 僕がお誘いするつもりだったのに!」


 と侯爵令息のエドモンドさま。


「まあ、わたくしなんかにそんな畏れ多い。それに、ミリアさまやアリエラさまが御不快に思われますわ」


 二人は婚約者が同じ学院にいるというのに、こうして頻繁に誘いをかけてくるのだ。おかげで私は二人の婚約者から憎まれて、悪口や嫌がらせを受けているというのに。二人だけではない。年頃の貴族の若者には大抵婚約者が既に決まっているのだけれど、最近王都にやって来た私が珍しいのもあるのか、色々な殿方が婚約者そっちのけで、私を食事や外出に誘ってくるのだ。正直、迷惑この上ない……近付いて来る殿方が増えれば増える程、嫌がらせは酷くなっていくのだから。

 婚約者がいない殿方の心を掴む事が両親の望みと解ってはいるけれど、こう多くなると、誰が婚約者がいないのか、全員について把握するのも面倒で、ついつい皆に同じような対応をしてしまう。


 嫌がらせが始まった頃、私は、もういっそ殿方から嫌われるように嫌な女として振る舞おうかしら、とも考えた。

 けれど、私が不作法でいると、私を学院に推薦して下さったユリウスさまに迷惑がかかるかも知れない、と思うとそれも出来かねた。そこで私が考えた折衷案は、『笑顔を見せないこと』だった。本当は愛想よくするのも礼儀だけれど、笑顔を見せなければ可愛げのない女と思われるだろうと考え、『実は身内を亡くした事が心の傷で笑えなくなった』という言い訳をでっち上げた。――実の所、亡くなった身内って、会った事もない曾祖母くらいしか思い当たらなかったのだけれども、殿方は皆同情してくれて……してくれたのはいいけれど、笑わない事もまた興味をそそるらしく、『誰がシェーラ嬢を、笑わない令嬢の心の傷を癒して笑わせるか』なんて、競う種になってしまったらしい。それがまた、令嬢たちの怒りを煽る原因にもなったらしく……ああ、何もかもうまく行かなくてうんざりだ。

 尤も、ここにいて、笑える程楽しい事がないのも本当のことだけれど。


「見てよ、男爵令嬢風情が何様のつもりかしら。ここでは、子爵家の令嬢さえ肩身の狭い思いをするというのに」

「だいたい、田舎の男爵令嬢なんてこの学院には前例もないのではないかしら。家族が騎士団で名を上げて王家の方に覚えがよい、という男爵令嬢なら他にいらっしゃるけれども」

「ユリウスさまはふんわりしたお方だから、せがまれて席をご用意なさったのかも知れないけれど、本当に図々しい女だわ」


 私は自分から何一つ、お願いもお誘いもしていないのにこの言われよう。

 大体、本当は、私から頼んでいれば、切れ者の宰相補佐として知られるアダン伯爵の姪としてここにいる事も可能ではあったのだけれど、今更面倒なので、この血縁関係については誰にも話していない。


「シェーラ嬢、どうか私と」

「いや、私と」


 レオンさまとエドモンドさまがしつこい。でも、そう言ってしまう訳にもいかない。


「あ、ミリアさまとアリエラさまが廊下の向こうに」

「えっ」


 私の嘘に、二人はぎょっとして、そっちの方を見て視線が合ったら大変とばかりに、「失礼、またの機会に」と挨拶もそこそこに、廊下の方から離れるように逃げ出した。


(そんなに婚約者が怖いなら、他の女に声なんてかけなければいいのに……)


 ばかみたい。溜息をついて私は、ひとりで自室で昼食をとる為に踵を返そうとした。

 だけどその時……。


「やあ良かった、ライバルがいなくなった。シェーラ嬢、わたしと昼食はいかがかな」


 まさか、ユリウスさま?


「あの……何故わたくしなどにお声を。それに、いつもミラーナさまとご一緒なのでは?」


 例えユリウスさまが子どもの頃の約束を覚えているとしても、今はミラーナさまと婚約していらっしゃる。私は、婚約者がいるのに私に声をかけてくる殿方がみんな不誠実で鬱陶しいと感じていた。

 でも……ユリウスさまが、


「今日はミラーナは用事で休んでいるんだ。それにちゃんと話してあるし、二人きりという訳ではないし」


 ってふんわり微笑まれると、縋ってはいけないと思うのに、少しだけならば、お断りするのは失礼だし、と受け入れてしまう、どこかで喜んでいる自分が、未練がましいとも感じた。

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