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「シェーラ。それにアルフレッドも聞いてくれ。わたしはミラーナの名誉を穢したままで終わらせるつもりはない」

「え? でもそれでは……」

「勿論、名誉回復はミラーナがアルフレッドの妻に納まってからだ。その後でいくら公爵が怒ったところで、まさか離縁させて王族に嫁がせる訳にもいくまい」


 アル兄さまは驚いた顔で、


「殿下の方が間違っておられたと、公表なさるおつもりですか? けれどそんな事をなさったら、殿下は」

「ああ、公爵はわたしに怒り狂うだろうし、わたしが王族としてあってはならない過ちを犯した、と皆に知らしめることになるな」

「そんな……それもミラーナさまの発案なのですか?」

「いいや。ミラーナが考えたのは今日のことまでだ。彼女は自分の名誉には拘っていなかった。何でもいいから婚約破棄の理由をでっち上げて欲しいというだけで、あとはわたしはそのまま他の女性と結婚して欲しいと。だけど、わたしは誰とも結婚したくなかった。彼女が想い人と結ばれる役に立てたら、わたしは不名誉を被り、独り身を貫こうと思っていた」

「あ……」


『誰とも結婚したくない』

『独り身を貫く』


 その言葉が突然私の心に刺さる。別に、ミラーナさまとの婚約が破棄された所で、田舎娘の私なんかに機会があるなんて思ってもいなかったのに、何故だか胸が苦しい。

 だけど。

 ユリウスさまは私を見てふんわりと笑った。


「きみは死んだと思っていたからだよ、シェーラ。わたしはきみ以外の誰とも結婚する気がない」

「えっ」


 嘘……約束を覚えていらっしゃるとは昨日知ったけれども、まさかそこまで……? 思わず涙がこぼれた。


「婚約披露のパーティできみと出会えたのは奇跡のようだった。ミラーナに話したら我が事の様に喜んでくれて。いつもお話しされていたあの令嬢が生きていたなんてと」

「ユ、ユリウスさま。どうしてそんなにまでわたくしの事なんかを」

「だって、僕はきみに会うまで、笑い方を知らなかった。第三王子の僕は形ばかりは大事にされても、心から僕を思ってくれる相手なんて幼馴染のフリードとミラーナくらいで、それだってあの頃はしょっちゅう会えた訳でもない。兄上たちは歳が離れていて子どもの僕を構って下さらなかったし。病弱で孤独だった子どもの僕を救ってくれたのは、王宮の人間と違って隔てなく接してくれたたった一人の女の子……きみだったんだ」

「わ、わたくし、田舎育ちの子どもで……王子さまだと知っていた筈なのに、そんなに馴れ馴れしかったんでしょうか」

「ちゃんと礼儀は身に付けていると思っていたよ。馴れ馴れしいなんて言わないでくれ。僕はきみの笑顔が眩しくて、でも嬉しくて、僕もこんな風に笑えたら、もっと周りの人に好かれるだろうかなんて考えた。ふんわり王子なんて呼ばれるのはきみのせいなんだよ。真似をしたきみの笑顔が春風のようにふんわりしていたから。尤も、きみが死んだと思い込んでからの僕の笑顔は、空虚なものだったんだけれど」

「まあ……」

「だから僕の為に笑ってよ、笑わない令嬢? きみが笑わないだなんて、よっぽど学院の生活がきついのかと心配した。それでフリードにも相談して……」


 フリードさまは苦笑いして、


「今こそ、これまでの非礼や不可解な言動の詫びを言わねばなりません。食堂で貴女を侮辱した時までは、本当に貴女を悪女だと考え、みっともない真似をしてでもユリウスさまに目を覚まして頂こうと思っていた。セイラとも相談の上だったんです。だけど貴女が倒れた後、ユリウスさまから計画を聞かされて、そこまで想われているのならば僕の誤解だったのかもと思い始めたんです。そしてユリウスさまに頼まれて、貴女をほんの少しばかりお護りしたのです」

「まあ、じゃあセイラさまとは」

「勿論、ユリウスさまが貴女を、アルフレッドがミラーナさまを想う気持ちに負けないくらい彼女を愛しています。嘘をついて申し訳ない」

「いいえ……良かった……」


 私は心からほっとした。


「そういう訳で。シェーラ。ミラーナの名誉を回復したら、僕は王宮を離れるつもりだ。宮廷は僕には合わない。元王子になってしまうかも知れないが、きみを迎えに行き、そのままきみの故郷で暮らしたい。求婚を、受けて貰えるだろうか?」


 誠実な光を宿した青い瞳に見つめられて、私は夢じゃないかと思い、思わずアル兄さまを振り返った。アル兄さまは微笑して頷いてくれる。


「殿下は望みを全て言葉になさった。きみも早くお返事しなさい」


 その言葉に押されて、私は答えた。


「もちろん……わたくしなんかで良ければ、喜んで」


 私は、王都に来て初めて、ふんわりと笑う事が出来た。


―――


 そして、アル兄さまとミラーナさまが結婚し、フリードさまとセイラさまが結婚し……色々な事が落ち着くまで二年がかかった。

 フリードさまは、ユリウスさまが誤解されて去られる事に最後まで胸を痛めておられたそうだけれど、ユリウスさまの望みなのだし、いつかは皆も理解するだろうと心を決めて、実家に戻っていた私の所へ行くというユリウスさまをお一人見送られたのだそう。


 私は、ユリウスさまの妻になった。国王陛下から勘当された形のユリウスさまを、我が家の婿養子としてお迎えした。

 これから田舎でふたり、ただ慎ましく歳を重ねていけたらこれ以上の幸せなんてない、と思っていた私なのだけれど、「宮廷は向かない」と仰っていたユリウスさまは、領主の才能には長けてらっしゃった。父から領主の地位を受け継いだユリウスさまは、その領地経営の手腕を発揮させて、私たちの田舎を、今まで目立たなかった独自の特産品を、人々の心を掴む売り文句を使って王都で流行させる事によって、とても発展させた。保養地としても有名になり、でも、私たちの愛する自然は損なわれないようにも気を配り……領民は潤い、笑顔が絶えない。

 そして、人々は、かつて冷たく王都から追い出したユリウスさまを、愛されたふんわり王子さまを思い出す。若くして国の重鎮のひとりに出世されたフリードさまが、ユリウスさまと私の秘められた恋物語を美談に仕立てて披露なさって、人々は再びユリウスさまを慕うようになった。ユリウスさまに何の野心もない事をご存知な、兄上の新王陛下は、ユリウスさまの名誉を回復して下さった。

 お忙しいフリードさまご夫妻、そして騎士団長になったアル兄さまご夫妻は、年に一度、予定をやりくりして、休暇を過ごす為に私たちの領地に訪れて下さる。私たちは宴を催し、それが終わって子どもたちを寝かせた後で、静かに語らう夕べを楽しむのだった。

 みんなが、笑いながら。


 ……あら、ところで、私に嫌がらせをしていたのは誰だったのかしら? まあ、今更蒸し返す事でもありません。結果的には、今の幸せに一役かってくれたのですし、ね。

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