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拾い屋  作者: たれねこ
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人生の繁忙期

 それからの日々は内田にとって、人生で一番忙しく、力のなさを感じ、時間がいくらあっても足らないと痛感する日々だった。

 内田は相原製作所、正確には相原耕作との仕事の企画を考えるために、自社と相原製作所の資料を過去に(さかのぼ)りながら読み込むことに時間を(つい)やした。内田を補佐するために付けられた内田よりも年の若い男性社員の今井は、毎日資料集めや分析ばかりで何の仕事をしているのか掴めてないようだった。

 そんな内田の行動を同じ部屋で仕事する企画開発部の人間は白い目で見つめ、聞こえるように陰口を言う者もいた。中には、自分の()したい企画を内田に提案したり、アドバイスや協力をして点数稼ぎをしようと試みる者さえいた。

 内田にしてみれば、(わずら)わしいと思うこともあったが、せっかく得た機会を活かすためにできることをこなした。

 そして、時間をかけた甲斐(かい)もあり、色々なことを深く知ることができた。

 まず早い段階で新しい企画を考えることを諦めた。それができたら、そもそも営業二課にはいなかっただろうし、いつもノルマギリギリだったりしない。それ故に、過去の資料を読み漁ったのだ。そして、その中から取っ掛かりを見つけた。次にそれを形にするための具体案を作成し、根回しを始める。

 そして、直属の上司である取締役に最終報告をし、相手方にプレゼンテーションする許可を得ることもできた。その場で、最後に取締役は内田に一つ尋ねた。

「君は、どうしてこのような企画にしたんだい?」

「自分には能力も資質もないことを知っています。企画開発という仕事が向いてないことは重々承知していますし、今回の件ではっきりと自覚しました。ですから、今まで私が信念を持ってやってきた仕事にならい、どこに対しても過不足のないものをと思いました。そして、それを踏まえたうえで、自分にできる最良の提案がこれです」

 取締役は真面目に答える内田に思わず笑い出す。

「たしかに、どこに対しても過不足はないな。そして、リスクが低い分、リターンも少ない。しかし、どうしてなかなかに面白い。君が言う通り、君は企画には向いていないのだろうさ。だが、それなりに優秀な営業ではあるみたいだ」


 内田は相原製作所が過去に数度挑戦し、頓挫(とんざ)有耶無耶(うやむや)になった事業があったことを知った。その当時失敗した理由は、少ない資金での研究開発だったことに端を発し、根幹技術の開発にかかる費用や資材調達などの費用がかさんだことによる、資金の枯渇(こかつ)が原因だった。他の企業がそれと似た事業をしたことはあったが、それは相原製作所の目指す所とは違った。

 内田は自社と営業二課時代に(つちか)った企業のつながりを利用し、それぞれの企業の強みとなる分野、正確には必要な技術や資源を集めて、成功に必要なお膳立てをし、相原製作所を中心に事業を成功させるというものだった。

 内田がこの事業を思いついた最大の要因は、相原耕作と出会うことになった拾い屋の一件での、『伝統を大事にしつつ、新しいことを取り入れる気概』というワードと、あの洋食屋のシェフと相原耕作の会話だった。

 内田は相原耕作にアポイントメントを取り、二週間後に企画のプレゼンテーションをすることになった。


 そして、仕事が一段落ついたことで、少しだけ時間にも気持ち的にも余裕ができた。連絡を取ろうにもなかなか都合がつかなかった芳野に連絡をし、また待ち合わせをしてご飯を食べに行く約束をする。前に一緒に食事に行ったことが随分前だった気さえしてくる。今のように仕事に追われていなければ、もっと早く親密な関係になっていたかもしれない。

 しかし、それでも芳野はこれから忙しくなると伝えると、「仕事なら仕方ありません。また時間ができたら、その時はゆっくりご飯にでも行きましょう。なので、がんばってくださいね」と、こちらを気遣ってさえくれていた。内田はそんな芳野に応えるためということも仕事へのモチベーションの一つとなっていた。

 少し早めに待ち合わせ場所に着いた内田は芳野を待ちながら、久しぶりのゆっくりとした時の流れに身を置き、目の前を忙しく流れていく人波をただ眺めていた。

 しばらくすると、その流れの中に見覚えのある女性を見つける。その女性も内田に気づいたのか人ごみを()うようにゆっくりと笑顔で近づいてくる。

「すいません。待たせてしまいましたか? 内田さん」

「いえ、待ってませんよ。それでは行きましょうか、芳野さん」

 内田は今日、芳野に気持ちを伝えようと思っていた。会ったのはまだ数回で、一般的には早いと思われるかもしれないが、それでも内田は芳野に好意を抱いていたし、芳野からの好意にも応えたいと思っていた。

 内田と芳野は、内田が予約した雰囲気のいい店に行き、食事を楽しむ。芳野は最初に食事をして以来、酒を飲む量には気を遣っているようで、それに気づいた内田は微笑ましく見ていた。食事も一段落し、食後の充足感に溢れ、酔いが程よく回り、ゆっくりとした時間の中で内田は本題を切り出す。

「あのですね、芳野さん。今日は大事な話をしたいと思っています」

 内田は緊張から変にかしこまってしまう。

「なんでしょうか?」

 芳野も内田の様子が変わったことに気付き、座りなおし姿勢をただし、内田の方に顔を真っ直ぐに向ける。内田は目の前のグラスに残っていた酒をぐいっと飲み干し、気持ちを入れ直す。

「あの、よろしければ私とお付き合いしていだたけませんか?」

 内田は何の捻りもなく、気の利いた言い回しもできない自分に腹を立てる。しかし、芳野は内田の言葉に一瞬固まり、驚いた表情に変わり次第に顔が緩んでいく。

「もちろんです。私でよろしければ」

「本当ですか?」

 内田は思わず前のめりになりながら確認するように尋ねる。そんな内田に対して、「ええ」と少し笑いながら芳野は応えた。内田は緊張が一気に解け、全身から力が抜けるような感覚になる。

 そして、しばらく話をした後、店を出て、二人で夜の街に消えていった。

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