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拾い屋  作者: たれねこ
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二つ目の商品 1

 翌日。出社後、朝一番でまたしても日高に呼び出され、小言を言われる。開放された内田は逃げるように営業に行くと伝え、会社を出た。しかし、実際はその足で、銀行に向かいまとまった額を下ろした。

 そして、昨日拾い屋がいた路地裏に向かった。拾い屋の存在は普通に考えると不自然なはずなのだが、昨日と同じように、そこにいるのが自然という風に場の雰囲気に溶け込み、座っていた。

 内田は拾い屋に近づいていき、声をかける。

「あの、お聞きしたいことがあります」

「はい。なんでしょうか?」

 拾い屋はすっと内田の顔を見上げ、顔色ひとつ変えず、淡々とした口調で返す。

「昨日、ここで買った紙の通りに動いたら、ちょっとした幸運に巡り合わせたのですが、それが売っている商品なのですか?」

「最初に言ったかと思いますが、ここで売っているものは誰かがつまづいたり、手放したり、掴みそこなったものです」

 内田は腕を組んで、言葉の意味を考える。

「ということは、昨日の出来事も本来は誰かが経験するはずだったことを、何かのきっかけでそれができなくなった……で、店の名前の(ごと)く、それを拾って、売っていると? でも、そんなことが可能なんですか?」

 内田は言葉に出しつつ、常識的にはありえないと思いつつも、それ以外の結論には辿り着けそうになく、次第に混乱して、目が回ってくる。

 拾い屋はその様子をしばらくじっと見つめていた。

「お客様の考えていらっしゃることで、だいたいあっています。ところで、本日はそれを聞くためにわざわざいらっしゃったのですか?」

「あっ……いえ。それだけじゃなく、あれが本当かどうか、もう一度買って確かめようと思っていたんです。それを本人の前で言うのは大変失礼ですよね。申し訳ない」

「いえ、扱っている商品の性質上、疑いの目を向けられることには慣れています」

「そうですか……」

 内田はほっと胸を撫で下ろす。

「ところで、本日はどのような商品をお求めでしょうか?」

「あっ、そうでした。ところで、どのようなものを売っているのでしょうか? できれば詳しく教えてほしいのですが……」

「具体的な説明というのは難しいですが、お客様の望まれるものと全くの希望通りというものを提供できるかは保障しておりません。提供させていただくものは、お客様の希望するものの方向性と支払われる金額によって変動いたします」

「それは例えば、ノーベル賞のような後世に名を残せる発見みたいな得られるものが大きいものを希望すればとても高額だけれども、アイスや駄菓子の当たりのようなものだと安価ということですか?」

 内田は腕を組みながら自分なりの見解を確かめるように尋ねる。

「ええ。そういう認識で間違ってはおりません。ただ、繰り返すようですが希望されたからと言ってそれを必ずしも提供することはできません」

「なるほど……それで注文はどのようにすればいいのですか?」

 拾い屋は紙を一枚取り出して、テーブルに置く。その紙には注文方法の例が書かれていた。いわゆるメニュー、お品書きのようなものだ。

 そこには、まずジャンルを決めると書かれていた。ジャンルの例として、仕事、恋愛、幸運、名誉、成長、スリルなどが挙げられていた。そして、次に希望する方向性。最後にそれに対する対価として支払う予定の金額かその上限を決める。それらを全て決めた後は、商品があれば提供され、内容は方向性などが類似であとはランダムで、場合によって選択も可能だという。

 内田はまだどこか半信半疑だった。しかし、仮にこれが本物だと思うと、無意識に生唾を飲み込んでしまう。

「それでは、いかが致しましょうか?」

 拾い屋の問いかけに内田は覚悟を決める。

「それじゃあ、仕事で。あと、私は営業の仕事をしているので、いい人脈や顧客(こきゃく)との出会いみたいなのがあればお願いします。金額は……」

 内田は鞄から銀行で下ろした金が入った封筒を取り出し、中身を確認しながら悩む。封筒には十五万入っている。元々金遣いは荒くなく、仕事と家の往復以外することがなく、最低限の生活費以外使う機会がなかった。今回下ろした金額を差し引いてもまだ貯金は七桁の数字を維持している。それらを踏まえたうえで、内田は再度覚悟を決める。

「じゅ……十五万円で」

 内田は封筒をそのまま拾い屋に差し出す。拾い屋は顔色も態度も何一つ変えず、さながら、なんでもないものを受け取るかのように、封筒を手にする。

 そして、今回も脇の箱に入っているファイルを一つ取り出し、パラパラとめくりだす。内田はその姿を見て、不動産屋が部屋を紹介するときの、条件に合う物件を探している素振(そぶ)りに似ていると感じた。

 拾い屋はファイルから途中何枚か紙を抜き取り、合計で十枚程を取り出し、ファイルを閉じると、

「今回提供できそうなものは数件ありました。確認ですが、場所は首都圏近郊がよろしいですか?」

と、内田に尋ねる。

「え、ええ。もちろんそのほうがいいです」

 拾い屋はそれを聞き、半分程の枚数の紙をファイルの上に置く。

「それでは、人脈か直近のチャンスかどちらにしますか?」

「……人脈でお願いします」

 内田は少し悩んだが、人脈はうまくいけば一生ものであるのに比べ、直近のチャンスというのが前回のラッキースケベのような幸運で一過性のものだとしたら、次に繋がる可能性が薄い。長い目で見ると前者のほうが得に思えたので、決断に迷いはなかった。

 拾い屋は二枚だけを手に残し、残りを先ほどと同じようにファイルの上に置く。

「それでは、八万円の商品か十四万円の商品、どちらにしますか?」

「高いほうでお願いします」

 拾い屋は一枚の紙を内田に差し出し、残った一枚はファイルの上に置く。内田は差し出された紙と釣りの一万円も受け取る。拾い屋は内田に渡し終えるとファイルの上に置いた紙を中にしまい、ファイルを脇の箱に戻した。

 内田は、財布に釣りをしまってから、受け取った紙を読み始める。


『S線T駅北口から徒歩で十分ほどのところにある洋食屋アサノにて、13:40分ごろに来店し、オムライスと特製サンド、食後にコーヒーを頼め。料理について尋ねられたら、「伝統を大切にしつつ、新しいことを取り入れようとする気概(きがい)が素晴らしく、見習いたいと思いました」と答えよ』


 内田は前回に増して細かな指示に困惑する。しかし、今は指示に従う以外の選択肢はなかった。腕時計で時間を確認し、今から指定場所に向かうにも早すぎるので、営業先を数軒回ってから向かうことにした。

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