08話 いい夢みてますか
勉強会が終わって長宗我部が帰り、息抜き代わりに眠って夢世界に入る。
今度はドラゴンの注意を惹かないように、森の端を木々に隠れながら昨日の場所へ向かう。一時間ほど警戒しながら小走りで移動すると、昨日と同じ場所で、昨日と同じ格好のニクスが杖をぶんぶん振って合図を出していた。
良かった、また会えた。昨日のアレで別れるのは気まず過ぎる。また会うのもこれはこれで気まずいが。
「どうも。あの、昨日はウチのドラゴンが御迷惑をおかけしてですね」
「いや大丈夫、怒ってないよ。物凄くびっくりしたけど。その前に見た目変えようか」
「ん? ……あ」
言われて思い出し、急いで全身に鱗を生やし骨格を爬虫類に変え頭部をトカゲにした。これで見た目は直立二足歩行の爬虫類。元の姿は面影もない。
二股に分かれた舌を出してドヤ顔爬虫類ピースすると、ニクスはちょっと引き気味に頷いた。
「べ、別にそこまで原型無くさなくてもいいんだけど。夢世界に来たらまず変身するクセはつけといた方がいいね、余計なお世話かも知れないけど。それで、えーと、昨日の話の続きしたいけど、このあたりドラゴンの縄張りみたいだし、爆心地みたいになってるし、とりあえず移動しよっか。ドラゴンの縄張りってどこまで?」
「さあ?」
「さあって。ヒプノスが創ったんでしょ? 縄張りがどうとか言ってるって事は縄張りも設定したんじゃないの」
「制御手放してるからな。ドラゴンが何考えてるか分からない」
「じゃあ襲わないように命令したら?」
「命令も聞かない。俺も襲われるし食われるし殺される」
「ええ……なんでそんなドラゴン創ったの……」
ニクスはなぜか困惑している。
なんでってそりゃ創造主にペコペコ頭下げるドラゴンなんて見たくないからに決まってるだろ。他に何がある?
「俺の予想だと、この世界は全部自分の縄張りだって思ってるだろうな。でもまあ、森と山脈というかこのあたりの草原以外は俺が創ったからドラゴンもよく知ってそうだし、そのあたり避ければ……まあ……遭遇率は低く……なるといいな」
「不安! もういいよここで。草原行っても目立ちそうだし」
ニクスはまたブツブツ言いながら杖を振り、椅子とテーブルを創造した。今度はやたらと高級そうなティーセットに、洒落た小皿に盛られたクッキー付きだ。
「現実で買えない高級スイーツ食べ放題っていうのは夢世界の一番良いところだよね。太らないし」
早速座って紅茶を注ぎ、香りを楽しみながら頬を緩めるニクス。俺も目線で促され、ご相伴に預かる事にする。
まだ出会ってから二度目なのにこの歓迎ムードはなんなのか……と思ったが、ニクスにとって俺は勧誘先であり、同僚候補だ。起きれば回復するMPを少し消費するだけで歓心を買えれば儲け物、といったところだろう。実際そこまで打算が働いているかは知らないが。ただの世話焼きのお人好しかも知れない。
とりあえず紅茶の旨さはよく分からなかった。パック幾らの安物と味が違うのは分かるが。爬虫類の舌だからだろうか。
「昨日はMPの話して、ドラゴンの相談したところまでだったよね」
「ほんとすみません昨日は」
「だからいいって、死んでもちょっと睡眠時間減るぐらいだし。それはそれでドラゴンだけどね、んー、昨日チラッと話したと思うけど、ドラゴンの前にまず創造レベルについて理解してもらいたいかな」
「MPの次はレベルか。ますますゲームじみてきた」
「いや分かりやすいかなと思ってレベルって言っただけで、ほんとはレベルというかランクというか、まあ聞いてれば分かるはずだから……えー、こほん。昨日は創造にはMP消費で制限がつくって話をしたけど、実はそれにプラスして三段階の制限があります。その三段階の制限の事をレベルとかランクと呼びます。具体的には『現在』と『過去未来』と『不可能』の三段階」
言いながら、ニクスは指を三本立てて見せた。
まず、一本折る。
「一番低いランクの『現在』レベルの創造……ボスはかっこつけて妄創って呼んでるけど、妄創は今まで自分が見たり触ったりした事のある物を創造できます。この紅茶も私が飲んだ事あるからこうやって創造できるし、このクッキーもそう。あとゲームとか歯ブラシとか漫画とか服とかバッグとか。消すのも同じ」
そう言いながら、ニクスは杖を振り、携帯ゲーム機とピンクの歯ブラシと少女漫画とワンピースとゴテゴテ装飾がついたバッグをぽんぽん創造して見せ、そして消して見せた。
「ただ、自分が見たり触ったり、って条件が面倒臭くて。写真とかテレビ越しだと駄目。直接見るか触るかしないとNG。あと、妄創が使えるか使えないかの判定は自分の生まれた時から始まるらしいのね。例えば男の人なら戦艦大和とか分かりやすいと思うんだけど、アレって戦争中に沈んだんでしょ? 私たちが生まれた時にはもう存在してないよね。だから私たちにとって戦艦大和は『過去』のものであって、『現在』のものじゃない。だから妄創で戦艦大和は創造できません。100MPでも100億MPでも無理です」
なるほど。幻獣(主にドラゴン)のためにあちこち飛び回って見識を深めてきたのは無駄じゃなかったのか。お陰で妄創の幅が広がった。
しかし妄創だと競走馬の創造はまだしも、ドラゴンやフェニックスの創造の説明がつかないが。
首を傾げている間も、ニクスは話を続ける。
「妄創は夢見人なら誰でもできます。初心者、駆け出しレベルかな。で、これが上級者、達人レベルになると、『現在過去』レベルの創造……『可能』レベルともいうけど、第二段階の幻創が使えるようになります。言葉だけでどんなのかなんとなく想像つくでしょ?」
二本目の指を折りながら聞いてきたので頷いたが、それよりも妄創は誰でもできるという言葉の方が気になって仕方ない。俺は人工物は創造できないんですがそれは、と質問しようとしたが、あらかじめ説明内容を考えていたのか、すらすら続きを話していく。
ここは口を挟まず黙って聞いた方が良さそうだ。後でまとめて聞こう。
「幻創は過去に存在した物、未来に存在するかも知れない物を創造できます。恐竜を創ったり、光の速さで移動する機械を作ったり。妄創と違って見たことも聞いた事も無い物でもOKなのがポイントかな。想像もできないようなものはもちろん創造できないけど。現実世界で昔存在したものとか、いつか遠い未来に存在するかも知れない超ハイテクアイテムとか、要するに『理論上現実世界に存在できる物』ならなんでも創れるって事。だから別名が『可能』って言うのね」
ほう。という事は、俺は幻創使いの夢見人なのか。理屈上、『現在』縛りの妄創でドラゴンは創れない。幻創でなければ無理だ。ドラゴンが過去に存在した、あるいは未来に存在するのかと聞かれれば頷きかねるが、創造できたという事は『可能』の領域な範疇だったのだろう。
ドラゴンやフェニックスを筆頭にした幻獣を除外して考えても、今こうして俺は鱗の生えた手でクッキーを鷲掴みにして、牙の並んだ大顎に放り込んで丸呑みにしている。トカゲ人間は間違いなく幻創だ。
つまり夢世界歴一ヶ月も無いのに達人レベルの幻創を使いこなしている俺は間違いなく天才……!
そして最後に、ニクスは三本目の指を折った。
「最後が『不可能』レベルの創造、創造。創造が使えるのはもう神話の領域です。私もボスも話は聞いた事あるけど、創造を使える夢見人には会った事ないです。創造は、まあ、なんでもできます。不可能な事、つまり光の速さを超えたり、絶対に壊せない物を創ったり、無限にエネルギーを増やす永久機関を創ったり」
「なんだそれ、無敵じゃねーか!」
「そう、『無敵になる』も創造だね」
創造が使えれば無敵になれるのか。
無敵になれるのか……
なんだそれ。なんだそれ!
チートだ! 創造使いの横暴を許すなッ! 訴訟!
「はい、それでヒプノスの判定ですが、創造使いです。『創造物を夢世界に定着させる』のは『不可能』。普通、創造した物は創造した夢見人が起きれば絶対消えるので。ドラゴンを幻創で創って、創造で固定。MPがバグ起こしてた理由は分からないけど、上限が減ったのは創造の代償かな。創造は妄創とか幻創と違ってMPじゃなくてMP上限を消費するらしいから」
俺は天才ではなかった。天才以上だった。
訴訟されそう。
創造は神話の領域だって? 確かに「俺は神になった!」とか言ってハシャいでいたが、本当に神話的存在だった……?
「俺が? 創造使い?」
「その通り」
「ニクスは?」
「私は妄創使い。幻創はまだ使えないね」
「じゃあ、俺はニクスより強い?」
「どうしてそこで強い弱いの話になるのか分からないけど、まあ、強いんじゃないかな」
創造使いはなんでもアリだから、と言って、ニクスは紅茶のおかわりを注いだ。俺はなんと言うべきか悩み、とりあえずクッキーをまとめて掴んで口に投げ入れた。
突然「お前は特別中の特別な存在だ、神だ」と言われても、その、困る。神様気取りでいろいろ創造したりはしたが、何も本気で自分が神だと思っていた訳ではない。
これで「そうか、俺は神だったのか!」とあっさり納得できる奴は頭がおかしい。俺も割とおかしい方だと自負しているが、現実に例えると普通の一市民が突然大統領に任命されるよりもぶっとんだ話を即座に飲み込めるほど優秀な脳みそはしていない。
それに創造使いはなんでもアリだというが、俺は違う。
「もう一つ相談してもOK?」
「どーぞどーぞ。相談料代わりに組織に入ってくれると嬉しいんだけどね。ボスにヒプノスの話したら勧誘してこいってうるさくて」
「色々教えてもらったし変な組織じゃないなら名前だけ貸すぐらいいいが、そもそも何をする組織なのかもまだ聞いてないぞ」
「あれ、まだ話してなかった? ウチの組織は……ああいや、話長くなるから先にそっちの相談片付けよっか」
ニクスに俺の創造縛りについて説明する。
人工物は一切創造できず、自然の物は実在空想関係なく創造できる。こういうのは一般的なのだろうか。
話を全て聞いたニクスはしばらく考え込み、やがて首を横に振った。
「ごめん、分からない」
「ニクスでも分からないか……」
「あの、夢博士みたいに思ってくれてるみたいだけど、私も夢世界を全部知ってる訳じゃないからね? ヒプノスだけ特別なのかも知れないし、私が知らないだけで他にもそういう夢見人いるのかも知れないし。一応ボスにも聞いてみるけど」
「そのボスに紹介してくれたりはしないのか」
ニクスと話しているとちょいちょい『ボス』の話が出てくる。聞いている限りではちょっと厨二入ってる人のようだが、どんな人なのだろうか。ニクス以外の夢見人にも会えるなら会ってみたい。
興味本位で話を振ってみたが、返答は歯切れが悪かった。
「えーっと、ボスは、ほら、なんというか、形から入る人でね? あっ悪い人ではないんだけど、我が道を行くって言うか、プライドが高いって言うか。アポとって手土産持っていかないと会ってくれないと思う」
「めんどくせぇ……」
「それは私もちょっと思う。構成員ボスと私だけしかいないのに何カッコつけてんのっていう」
「二人だけかよ!」
それは組織ではなく友達とか仲良しグループと言うのではないだろうか。漂うゴッコ遊び臭……! でもせっかく夢の中なんだし好きに遊べばいいと思うぞ!
「もっと人が多かったら私一人で怪しい森の調査しなくても良いんだけど。どう? 加入してみない?」
「どうって言われてもなあ」
「ちなみに当組織の経営方針は『夢世界征服』です」
「は? 噛み殺すぞ」
生まれながらの世界の支配者ドラゴン様を差し置いて世界征服だぁ? 舐めてんのかコラ。翼も尻尾も無い人間とかいう欠陥生物は、這いつくばってドラゴン様に従うか逆らって焼かれるかの二択しか許されてないんだよ!
大顎を噛み鳴らして威嚇すると、ニクスはびくっとしてのけぞった。
「いやあの征服って聞くと悪いイメージあるけど歴史辿れば日本だってエミシ征服して東北征服してる訳だし北海道のアイヌもそうだし現代でも経済的征服合戦になってるわけで夢世界は国も国際法もないから世界を征服して統一国家を創ろうって動きもむしろ治安維持の観点で考えると」
「うるせぇドラゴンが法だ」
「……分かった、やめよう。この話やめよう。でも気が変わったらいつでも歓迎するから。それで、えーと、大体夢世界の事は分かってもらえたと思うから、私ヒプノスの話聞きたいな。この森もあの山もヒプノスが創造したんでしょ?」
こいつあからさまに話を逸らしに来た。
が、正直なところ、それは俺も語りたい。人生の集大成であるところの大森林、大山脈、湖、川、湿地、そこに暮らす幻獣達。薬草、食獣植物が織り成す幻想的生態系。自慢を聞いてくれるなら大歓迎。
組織とやらについてはとりあえず置いておこう。ニクスが主導で世界征服をするわけではないようだし、ドラゴンにはどうせ勝てないのが分かりきっているし、落ち着いて考えてみれば今まで散々夢世界について教えてもらっておいて、ちょっと気に食わない事があるだけでギャンギャン噛み付くのも失礼だろう。
「よし。せっかくだから案内するか。俺がこだわってるのはドラゴンだけじゃ無いって事を魅せてやろうじゃないか」
立ち上がって宣言すると、ニクスはほっとした様子で頷いた。
常識的に考えて、主人公が会う女性が美女美少女揃いなわけがない。世の中の男女の2割は不細工で、7割は普通で、1割がそれなり以上。でもぶっちゃけヒロインの顔面が崩壊してると読んでいて面白くないから、当然のように主人公の周りに見目麗しい女性が揃うという有り得ない状況が起こり、またそれが許される。
私はその風潮に異を唱えたい。美少女がそのへんにコロコロ転がっていて、しかもそれが主人公に吸い寄せられるなんて間違っている! ニクスが夢世界で美少女なら現実でも美少女という理屈が通るなら、夢世界で爬虫類なヒプノスは現実でも爬虫類という事になってしまうではないか!
なにそれ最高じゃないか!
何もおかしくないな!
ヒプノスは爬虫類、ニクスは美少女。はい証明終了!