14話 なぜ私は私なのか
モユクさんは過去を変え未来を変えられると言った。
夢見人は夢世界でそれができると言った。
今回確かに俺は過去に行き、未来を変える試みをした。確かに時間遡行によって未来に影響があったのも分かった。
しかし本当に未来は変わったのだろうか。元々そうだったのではないか。
ハズタトは幼い頃に未来の自分がやってくるのを覚えていたし、俺がドラゴンを好きになるきっかけは未来の自分だった。
未来を変える事を前提とした未来が最初からあったような気がする。未来を変えたというより、定められた未来を成立させるために過去に行ったような。
時間遡行は徒労ではないし無駄でもなかった。時間遡行がなければ俺がドラゴン好きになる事は無かったわけだし、でも時間遡行をしなければ全ての始まりは無かったとも言えるわけで……?
こんがらがってきた。
当事者だったのにこの時間旅行が何を意味するのか、時間旅行によって何が起きたのかよくわからない。
たぶん本当の意味で時間を理解するためにはクラネス王が言ったように時間をかけて数学と四次元の角度に纏わる解釈とやらを学ぶしかないのだろう。
今は結果だけ分かっていればいい。
俺は過去に行き、過去を改変し、現代に戻ってきた。
真っ白な空間でハズタトが頭を抱えて泣いている。翼を広げたドラゴンがそれを軽蔑しきった金色の瞳で見下している。
ハズタトは嘆き悲しんでいた。
「私間違ってない。頑張ったもん。頑張ってきたんだもん」
「…………」
俺は黙ってハズタトの手をとって立たせた。
夢世界は無法地帯。正しいか間違っているかなんて本人の心の中にしかない。業腹だが夢世界を消滅させてはいけないなんて法はない。
ハズタトは間違っていない。ただ、利害や信念が衝突して打ちのめされただけだ。
強いて何かが間違っていたとすればそれはハズタトが弱かった事だろう。
弱肉強食。精神か単純な力か策略か、ハズタトにとっては不幸で俺にとっては幸運な事に、今回は俺が勝った。
「これからどうする?」
まだ夢世界はクラネス王以前の原初の空白世界に戻っただけで、完全消滅したわけではない。草原世界に戻す事はできる。夢無人の人魂や夢見人を戻せるかは怪しいものだが。ハズタトはこれからどうするのだろう。
尋ねるとハズタトは袖で涙を拭った。
「分かんない。でも私はもう逃げたくない」
「ああ」
「私は十年前の約束破って『次』に行くって決めたから。もう一度自分で決めたこと破ったら私は私じゃなくなっちゃう」
「ああ?」
「信念を貫き通すって良い事なんだよね? やり遂げるって良い事なんだよね?」
「いや待て、」
「だからこんなの間違ってるって分かったけど私はやるよ。さよなら、夢世界」
言うや否やハズタトの胸元で銀の鍵が燐光を帯びた。
抗えない力が俺の力の根源を鷲掴みにする。
現実に逃げる事すら許されない。
なんだよ。
なんだよ!
なんなんだよこれは!
未来は変えられたと思ったのに。
ハズタトは変わったと思ったのに。
折れても曲がっても歪んでも間違っていても、ハズタトは変わってなんかいなかった。
くそ。
畜生!
結局最初からどうしようもなかったんじゃないか。
銀の鍵の力は人智を超えている。抵抗などできるはずもなく――――
――――人智を越えたモノに打ち勝つのは人ならざるモノだった。
銀の鍵と同質の燐光を帯びたドラゴンの鉤爪が、銀の鍵ごとハズタトの体を掴み上げる。
「なるほど、やっと理解した。これが『次』か」
仰天するハズタトにドラゴンは牙を剥きだし凶悪な笑みを見せた。
「そんな馬鹿な!」
「我はドラゴン。人より出で人を超える。当然であろう」
俺もハズタトと同じぐらい驚いた。
信じられない。創造主にできない事はできないと言っていたのはドラゴン自身だ。『次』に至るのはドラゴンにできる限界を超えている。創造にできる領域にない奇跡だ。
一体どうやって?
疑問はすぐに解消された。
限界は超えてはいけないから限界なのだ。
限界を超えた先にあるのは成長ではなく崩壊だった。
ドラゴンの全身がボロボロと解れ崩れて消えはじめていた。
おい!
どう考えてもそれ単なる自爆技じゃないだろ! この世界から消えるやつだ!
「やめろドラゴン!」
「我に最強で在る事をやめろと言うか」
「…………!」
鋭い切り替えしに声も出ない。
一瞬で論破された。
んぐああああああああああああ!
そうだよなぁああああああああ!
お前はそうだよ! 最強無敵傲慢絶対、天衣無縫のドラゴンだ!
ドラゴンにとって初めからハズタトなんて問題じゃないんだ。
自分の力が及ばない銀の鍵が邪魔だったんだ。
俺が魂を削って創造したドラゴンが消えるなんて嫌だ。耐えられない。
だがここでドラゴンを止めるのは最強であれと創造したドラゴンを否定する事になる。そっちの方がもっと耐えられない。
俺にできない事をしてのける、正真正銘ヒトを超えた最強生物! 夢世界の「絶対」、銀の鍵を打ち崩す最強のドラゴン! こんなの止められる訳がない。
ドラゴンがハズタトを投げ捨て、顎を開く。
人類がまだ知らない概念の元に収束された不可思議なエネルギーが口内に収束していく。
ドラゴンの輪郭は半分以上崩れ、しかし今までで最も強烈な存在感を放っている。
俺は悲しみも喜びも賞賛も、全ての思いを込めて言葉を絞り出した。
「ドラゴン、最強を見せてくれ」
「やめっ」
ドラゴンが世界を揺るがす咆哮を上げ、消滅する。同時に自身の存在すべてを注ぎ込んだブレスが放たれる。
紅蓮に歪んだ力の奔流はハズタトを抹消し、銀の鍵もドロドロに溶かして塵に変えその塵さえ消滅させた。
ハズタトと銀の鍵は夢世界から消え去った。
そしてほんの一瞬前人未到の絶対者として君臨したドラゴンもまた、消え去った。
銀の鍵を巡る争いは終局を迎えたのだ。
どこまでも続く白い世界に俺一人を残して。




