11話 砂山のパラドックス
不可能を可能にする創造にも限界はある。
夢世界の物を現実に持って行く事はできない。
現実の物を夢世界に持って行く事もできない。
創造使いが抱える不可能性の大部分は現実と夢世界に横たわる隔絶に起因する。創造使いが万能でいられるのは夢世界の中だけ。現実では万能ではないのだ。
絶対的な現実が夢世界の万能性を縛っている。
従って創造使いの時間遡行にも『自分が生まれる以前には遡れない』という制限がある。
現実に自分が存在しない時間軸である、という事実が、夢世界内での時間遡行を阻害するのだ。二百年前に移動して銀の黄昏の設立そのものを無かった事にしたりはできない。
モユクさんは時間遡行による過去改変は可能だ、と言った。
しかしそれは夢世界内での改変に限られる。現実で既に観測された事は改変できない。起きてしまった事を無かった事にはできない。
ハズタトが生まれなかった事にはできない。
ハズタトを確実に打倒可能だというナイトメアを死ななかった事にもできない。
つまり俺がやるべきは「現実に影響しない形で過去の夢世界で仕込みをして未来を変える」。これに尽きる。
モユクさんは過去改変は命懸けの決死行になると言っていたが、実際に時間遡行して過去に来てみて理由が分かった。
精神と肉体が吹き飛びかけたのだ。
不可能を可能にする創造使いでも使い手は人間だ。知能も精神も人間に過ぎない。「無限エネルギー」で「過去に跳ぶ」という二重の不可能を受け入れ制御するのは単純に人間の限界に挑む難業だ。
時間遡行には成功したものの制御を外れかけた無限エネルギーが漏出して暴発しかけたし、十年前に跳ぶはずが時間がズレて十四年前に来てしまい、時間軸だけでなく座標軸までブレて、なぜかドラゴンまで道連れに巻き込んでしまった。
もうめちゃくちゃだよ。逆によくこの程度の制御不全で済んだな。
とにかく。
何はともあれ俺は真横で不機嫌に尻尾を揺らしているドラゴン様に土下座した。草原に伏して平謝りする。
「あの、申し訳ございません。この度はドラゴンの様の戦いを邪魔し意図せずとはいえ敵前逃亡を強要してしまい大変申し訳なく」
「…………」
ドラゴンは返事をしてくれなかった。
ひぇっ……お、怒ってらっしゃる? ブチ切れぶっ殺しだけは勘弁して下さい。
時間遡行中に死んだらどうなるか分からない。時間遡行はクラネス王すら制御不全を恐れてやらなかったし、モユクさんの未来演算が通じない状況でもある。意識が消失して脳死植物人間になるかも知れないし、普通にログアウトするかも知れないし、現代に戻るのかも知れない。
もうこれ本当に最後の賭けなのでどうか許し……?
なんだ?
ドラゴンの巨体の足元に生き物がいる。
人間だ。小さな男の子がいる。
「すげぇ」
口をぽかんと開けた男の子は目を丸くしてドラゴンを見上げ呆然と呟いた。
ものすごく見覚えのある子だった。
アルバムの中で、鏡の中で。
何度も何度も見た誰よりも見慣れた顔をしていた。
男の子は妄創使いだった。
男の子には俺が制御不全で漏出した莫大なMPが流れ込んでいた。
電撃的に全てが繋がった。
きっと俺は今あの男の子と同じ世界の真理を知った顔をしている。
俺から漏れた力が俺に流れ込むのは自然だったに違いない。
未来が分かる。過去が分かった。
今日初めて夢世界にやってきた男の子は、夢に見た鮮烈なドラゴンの幻影を追い求め始めるだろう。
儚い一夜の夢の何を忘れても、理想のドラゴンの威容だけは魂に刻み込まれたから。知識を培い経験を積み想像力の限りを尽くし、十四年かけて力を貯め、創造に到達しドラゴンの創造を成し遂げる。
「すげぇ! ドラゴンだ! これ欲しい!」
「……欲するならば――――」
「喋った!」
「――――自分で創る事だな」
「えー? 分かった作る」!
男の子が素直に頷いた。
いや待て。
まだ早い。
まだ完璧なドラゴンを創り上げられるだけの積み上げができていない。妄創使いが創るドラゴンなんてただのトカゲだ。
創っては捨て、創っては消し、の繰り返しになってしまう。それはダメだ。
それはやらないと俺はドラゴンに誓った。
俺は男の子に創造を使い、「夢世界に入ると普通の夢の幻を見る」事を強制した。
男の子が今の俺と同じ創造使いになれば自動的に破れる強制だ。
俺が創造の強制をかけると、それを待っていたかのようにドラゴンが一息で男の子を焼き払った。
「忌々しい因果だ」
ドラゴンが不機嫌に唸る。
ドラゴンの心境は俺には分からないが、形容し難い鎖のようなものは確かに感じた。
俺は生まれついての創造使いではなかった。
莫大なMPを持っていたのにも理由があった。
全ては俺の時間遡行を前提として成り立っていた。
それはこの時間遡行が元々決められていたという事ではないか?
未来を変えようとした結果、逆に定められた未来になるのではないか?
「何を悩む? 愚か者が」
「いえ。未来が……分からなくなって」
モユクさんは夢世界の崩壊をずっと回避しようとしてきた。
それなのに回避できず滅びようとしている。
未来を変えるための乾坤一擲の時間遡行もまるで予め定められていたかのようだ。
無力感がひたひたと忍び寄る。
「は。貴様一人で分かるはずもあるまい」
ドラゴンが嘲笑う。
くっそ。ドラゴンはたぶん分かってるんだろうな。
未来とは何か。どうすればいいのか。
でも教えてくれるわけが無い。そんな親切な生き物ではない。
次に時間移動をしたら今度こそ制御に失敗してどこかへ吹き飛んで消えてしまうかも知れない。行くも戻るも困難で、このままここに留まっていても何の意味もない。
この時代で俺は一人だ。誰も助けては……いや?
違う。
そうだ。
助けになってくれる人はいる。
ドラゴンは俺が気付くと同時に鼻を鳴らし、瞬間移動した。
俺もそれを追って移動する。
クラネス王が座す夢の都、セレファイスへ。