04話 銀の鍵
キングスポートにあるアリスの拠点は昔は砦だったのだが、一度ドラゴンに焼け野原にされて再建し、今は立派な和風屋敷になっている。
俺が創造した幻獣と森の素材をふんだんに使い、ナイトメアが創造したNPCの人手を使って賦活したプレイヤーの大工が指揮して建て、タナトスとニクスが内装を担当した屋敷は「夢の国の支配社」が歩んできた道のりの象徴と言える。
普通に立派だし品格がある。賓客を迎え入れるために不足はない。夢世界でドラゴンの巣の次に威厳のある家だろう。
俺達が光速移動で玄関の門扉の前まで来てドラゴン型ノッカー(製作:俺)を鳴らすと、すぐに中からニクスが出てきた。俺を見て目を瞬いたが、すぐにハズタトと叔父さんに礼をする。
「アラハバキさんとアザトースさんですね。ようこそ」
「何この淫乱ピンク」
「こら」
胡散臭そうにピンク髪ポニテ魔女・ニクスをじろじろ見て呟いたハズタトは叔父さんに拳骨を落とされた。
物問いたげに視線を寄越すニクスにひらひら手を振る。
「俺はただのくっつき虫だから気にすんな」
「そう? ごめんボスが急に客が来るって言うから準備で待ち合わせ行けなくて。じゃあ、えーと、あっ私はニクスと言います。どうぞこちらへ、ボスがお待ちです」
ニクスが名乗り先導して歩き出すと、ハズタトはハッとした。
「ニクスって事はこの人……」
「なんだ?」
「現実でウチに来た人でしょ」
「なんで知って、いや現実で聞いてたもんな」
こそこそ囁きかわしながら少し反省する。
現実でニクスをニクスと呼んだのは失敗だった。まさかハズタトが夢見人だとは思いもしていなかったから油断していた。
正にこういう身バレを防ぐために夢世界で皆偽名を使っているのに、これでは名前を変える意味がない。
苗字の丹楠だと発音が被るから、現実では下の名前の霞と呼ぶのが正解だったのだろう。
ニクスを下の名前で……
霞呼びか……
…………。
まあどの道バレた気がするし今回の事故は不可避だったという事で。
みんな身内だ。バレて何がどうなる訳でもあるまいよ。
何故か俺の背中にしがみついて肩越しにこそこそニクスを睨んで威嚇するハズタトをあやしている内に長い廊下を渡り終えてアリスの執務室に着いた。
アリスは部屋の中でパソコンを前に頬杖をついてNPC秘書の報告を聞いていた。俺達が入室すると顔を顰め、手で合図して秘書を退室させる。
ニクスにソファをすすめられ、叔父さんは恐縮して座った。遮光器土偶がソファに座る異様な光景の完成だ。俺も部屋の隅に藁の巣を妄創して腰を下ろす。ハズタトは俺の背中に張り付いたままアリスと叔父さんをそわそわ交互に見ている。
「それで用件は?」
アリスがぶっきらぼうに聞くと、叔父さんは気まずそうに頭を掻いた。
「いやあ……まずは、そう、君には本当に悪い事をしたなと」
「何? 謝りに来たの? 馬鹿なの? 私の父が勝手に婚約を決めて、私が拒否して、破談になった。それでもう済んだ事でしょう。今更掘り返しても意味なんて無いわ――――」
うむ。意味なんて無い。
叔父さんがアリスと結婚してアリスが俺の叔母さんになる未来なんて幻視したくない。背筋が冷える。
話を傍聴していると、どうやら銀の黄昏は現実でもヨーロッパを中心に力を持つ政治・経済サロンとして機能しているらしい。夢世界で絶大な力を振るえる夢見人としての力を駆使して中々上手い事やっているようだ。
ナイトメアがアリスを狂死寸前まで追い込んだ事を思えば、夢を介して現実に影響力を持つのは決して不可能ではあるまい。そうしようと思う夢見人がいれば。
アリスの実家の有栖川財閥は海外展開もしている大企業。更なる進出の足掛かりとしてアリスの親父が銀の黄昏に近づき、銀の黄昏は身辺調査をしてアリスが夢見人だと突き止めた。アリスは名前こそ偽名を使っていたが、俺と長宗我部ですら正体を突き止められたぐらいだ。組織が本腰を入れて調査すれば偽名看破ぐらい訳はない。
それで銀の黄昏は夢見人同士の結婚を推奨しているから、有栖川財閥を支持する代わりに奥さんに先立たれた叔父さんとアリスの結婚話を進めるよう要求して……という流れだったらしい。
それも結局はアリスが全力拒否して家出した事で話がこじれ、破談になった。
アリスは今も実家に帰らず自分で買ったビルで暮らしている。誰も幸せにならなかった婚約騒動だった。
アリスと家族になっていたかも知れないと思うと爬虫類の鱗にすら鳥肌が立ちそうだ。破談になって良かった。
しばらく叔父さんの平身低頭の謝罪を聞き流していたアリスは忌々しそうに吐き捨てた。
「現実のアラハバキに何一つ価値はないわ。むしろ私の覇道の邪魔にしかならない。次に現実の話を持ち出したら土器と一緒に埋めてやるから。銀の黄昏の代表として話すならいてもいいけど?」
「はあ。そういう事なら」
叔父さんは気の抜けた声で頷いた。
よく分からんが胃の痛い話は終わったようだ。
「話終わった? 遊びに行こうぜ、幻獣紹介してやるよ」
「すまん今から本題なんだ。少し難しい話するからアザトースと遊びに行ってていいぞ」
「いや、待ってる」
「私もー」
俺は立ちあがったが、叔父さんは首を横に振ったのでまたあぐらをかいて座った。ハズタトがいそいそと足の間に収まり、胸に頭を預けてゴロゴロ喉を鳴らす。現実の倍ぐらい甘えてくるなお前。よーしよしよしよしよしよし。
あやしているとアリスの横に控えているニクスが睨んできた。俺達の事は気にしないでくれ。壁を這ってる蔦か何かだと思っていてくれればいい。
「銀の黄昏の意向は」
改めてアリスに向き直り口火を切った叔父さんは真面目な口調で言った。
「そちらとの、つまり夢の国の支配社との協定締結だ。君の目的は夢世界征服だったな? 我々は君達の目的を支援しよう。見返りに君達も我々の夢世界永住計画に協力して貰いたい」
「嫌。そっちが頭下げて支配して下さいって頼み込むなら受けてあげるわ」
「そうだな、実に夢見人らしい答えだ。だが流石にそういう訳にはいかん。話し合って相互利益を目指そうじゃないか」
バッサリ断られても遮光器土偶の顔に動揺は全く見えない。土偶の顔が歪んで動揺が見て取れたらホラーでしかないからそれはそうなのだが、完璧に織り込み済みの反応だ。
なるほど、これは対夢見人交渉に慣れてる。なんとなく銀の黄昏での叔父さんの立ち位置が分かった気がする。
たぶん世界中を飛び回って現実と夢世界両方でこうして夢見人を相手にしているのだろう。
俺はウトウトしているハズタトにこっそり聞いた。
「叔父さんの『これだけは絶対譲れない』こだわりってなんだ? 旅か?」
「んにゅ……おとーさんの? おとーさんはじっとしてるのすごい苦手だよ。一日同じ場所にいると頭おかしくなっちゃう」
「あー」
放浪癖か。しっくり来る。
それは他の夢見人と食い合わせが良さそうだ。対立しにくい。
「そもそも銀の黄昏はどうやって夢世界永住を達成しようとしてるの? 噂は聞いてるけど、詳しくは知らないのよね。使えそうなら支援してあげる」
「それはありがたい。そうだな、どこから話すか……君は『銀の鍵』を知っているか?」
「知らないわね。教えなさい」
叔父さん曰く、銀の黄昏には文字通り永住計画の鍵になる『銀の鍵』と呼ばれる不思議な道具があるらしい。
現実に実在する銀色の鍵で、夢見人と同じように夢世界にも同時に存在する。銀の鍵の所有者は例え夢無人であっても夢見人になる事ができ、エネルギーをチャージすれば夢見人の能力の位階を上げる事もできる。
妄創使いを幻創使いに。
幻創使いを創造使いに。
創造使いの更に上のナニカにすら到達できると言われている。
「ナニカって何だよ」
「生臭い爬虫類は隅で丸くなって黙ってなさい。今私が話してるの」
気になって口を挟んだがアリスに高圧的に命令された。
俺は生臭い爬虫類なので隅で丸くなって黙るしかなかった。アリスも俺を褒めるのが上手くなってきたな。リップサービスでもつい嬉しくなってしまう。
「エネルギーをチャージすると言ったわね。そのエネルギーは具体的に何なの? MPではないような口ぶりだったけど」
怪しむアリスに、叔父さんは事もなげに答えた。
「良い質問だ。銀の鍵は夢見人の夢見る力を餌にして力を蓄える。餌になった夢見人は夢の世界から消失して二度と夢を見られなくなるが、理論上は夢見人を三百人ほど食わせれば一人創造使いになれる。そして創造使いになれば夢世界に永住できる。だから銀の黄昏は夢見人を増やして夢世界永住を目指しているわけだ」




