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昨日見た夢の話なんだけど  作者: 黒留ハガネ
三章 オンライン
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09話 GMコール


 アリスの事務所、つまり「夢の国の支配社」とかいうクソネーミング会社の住所は公式ホームページに掲載されていて、たまに頭のおかしい奴が訪ねてくる。

 会社まで立ち上げたアリスの夢世界(ドリームランド)事業もプレイヤーの数は多くて一万ちょい。それも王港市に集中している。一時期加熱し始めたかに思われた夢のゲームの噂もすぐに他の話題に埋もれ、ネット上でも故意に探さない限り見かけなくなった。


 しかし頭のおかしい奴はどこにでも湧くものらしく、週一ぐらいで事務所に押し掛けては、ニクスに通報されて警察につまみ出されていく。

 オフィスの窓から見える桜並木が一分咲きになり、春一番がアスファルトを駆け抜けるある日。登校前にサロンに忘れた1/100アパトサウルス模型を取りに行くと、事務所の窓を覗く不審者がいた。

 性別は雄。高校生ぐらいの年齢に見えるが、ラフな茶色のジャケットにスラックス姿で鞄も持たず、登校中には見えない。

 なんだあいつ、まーた興味本位のオカルトマニアか? お呼びじゃねーんだよどっかいけ。


 遠目にしばらく観察していたが立ち去る様子が無いので、話しかけてくんなよーと祈りながら事務所に近づく。


「あっ!」

「うっ……」


 駄目だ捕捉された。しかも微妙に親しげに話しかけてくる。


「おはよう日富野君、僕の事覚えてるかな。中学で同じクラスだった御代元だけど」

「御代元……? 誰?」

「……プレイヤーのアサンです」


 ああ、それは聞いた事ある。アリスやニクスが優秀なレンジャーだと言っていた。現実(リアル)じゃ御代元って名前なのか。

 なんだ、プレイヤーならまだ話が通じる。


「ゲームについてのお問い合わせは社長(アリス)秘書(ニクス)へどうぞ。私は一社員であり、質問に回答する権限を持ちません」


 俺も形式上の社員という事で覚えさせられた決まりきった必殺の定型文を繰り出すが、御代元は納得も怯みもしない。


「今、日富野君に、頼みがあるんだ」


 静かな御代元の言葉には奇妙な重さがあった。ペロッ、これはシリアスの味!

 うわぁ、やだなぁ面倒臭い。何でアパトサウルス模型を取りに来ただけでこんな奴に絡まれるんだ。さっさと回収して登校したい。頼みとか興味ないなら帰れよ。

 俺の全身から立ち昇る面倒くさいオーラを察したらしい御代元は申し訳無さそうにしつつも立ち去る気配はなく、ポケットから一枚の紙を出して俺に渡した。


 見ると、広告の切れ端に泥で短く文字が綴られていた。


【話を聞け ヒプノス】


「……どうしたこれ」

「今朝タヌキが咥えて持ってきたんだ。君に渡せって意味だと思う」

「そのタヌキ、こんな顔してたか?」

「えっ? いや、変顔されてもタヌキの顔はちょっと分からない」

「何で分からないんだよ。お前頭おかしいんじゃないか」

「ええ……」


 でもまあ、多分モユクさんだろう。俺も一度お手紙配達された事がある。いつもの謎ムーブだ。あのお方の考える事は分からん。

 分からんがきっと何か意味がある。ナイトメアの時もそうだった。

 俺はモユクさんに免じて事務所の鍵を開け、御代元を招いた。


「話を聞こうか」







 サロンに通すと、御代元は物珍しげに周囲を見回した。長宗我部が組み立て中の輪ゴム駆動マニピュレータに、有栖川夢子の肖像画にと、この部屋は変なものしかない。普通なのはナイトアノールのバハムートくんとコアトルちゃんが暮らすケージぐらいなものだ。気を取られるのも致し方あるまい。


 この後登校しなければならないので何時間も話し込む予定はないが、口寂しいのでコーヒーを淹れ、御代元にも渡しソファに座る。御代元は礼を言い、対面に腰かけた。


「今日は同級生のよしみで話を聞いてもらえないかなって思って来たんたんだけど。こんなに忘れられてるとは思ってなかったなぁ」

「擬態も脱皮もできないクソつまらん生物なんていちいち覚えてられるかよ」

「日富野君は変わらないね」


 とは言うものの、苦笑いする御代元の顔を見る内に段々思い出してきた。

 御代元。中学で三年連続同じクラスで、三年連続学級委員張ってた奴だ。外面も成績も良く運動もできる。俺や長宗我部、カースト下層の正反対にいるような奴だ。しかも絵に描いたような「良い子」。そうだった、こんな顔してたな。


「で、頼みってなんだ」

「実は昨日、僕の担当NPCが……死んでしまって」

「ああ、今日からログインできなくなるから新しい担当NPCを手配してくれって話か?」


 夢世界(ドリームランド)で人型をとれず人魂の形で浮いている夢無人(リアリスト)は、NPCか夢見人(ドリーマー)に賦活されてはじめて一時的に人型になり、プレイヤーとして活動できる。

 俺達夢見人(ドリーマー)はいくらでもやる事があるから、いちいち人魂を賦活して回ったりはしない。だからNPCが死ぬと、そのNPCが賦活を担当していたプレイヤーはログインできなくなる。

 いきなりログインできなくなったら焦るよな。

 分かる。


「そう、なんだけど。頼みはそれだけじゃないんだ。僕は日富野君と長宗我部君は夜の試練に挑んでるって聞いてる。僕もその仲間に入れて欲しい」

「は? やだよ」


 分からない。

 なんだコイツ図々しい。


「自分で言うのもなんだけど、僕は優秀なレンジャーだと自負してる。足手まといにはならない。役に立ってみせる。僕はB29を生き返らせたいんだ」


 御代元はハッキリ断ったのに引き下がらず、宣誓するように胸に手を当てて言うが、そういう問題じゃないんだよなぁ。


「アリス……社長に顔を繋いでくれとかNPCを手配してくれとか、そういう頼みならまだ分かる。でもなんで俺がお前とパーティー組むと思った? そもそもな、俺はお前が嫌いだ」

「……僕、日富野君に何かした?」

「した。いや、しなかった。俺は忘れてないぞ。覚えてるか? 中一の時、俺は教室にアロワナ持ち込んだ。生物係だったからな、50cmくらいあるヤツだ。長宗我部と一緒に教室の後ろに水槽用意したんだ。

 お前あの時俺と長宗我部馬鹿にしただろ。変な事してる、やめろよ普通じゃない、先生に言った方がいいかな分かんない、ってモゾモゾして遠巻きにして野次馬と一緒なって黙って見ててさ。止めもしない、手伝いもしない、興味はあるけど自分まで変な目で見られたら嫌だし、勝手にやらせとこ、って考えが透けて見えたんだよ。

 事なかれ主義の日和見野郎!

 委員長だろうが。ダメならダメって言えや! ダメじゃないなら手伝え! 全部終わって、先生がOK出してからノコノコ寄って来やがって。なーにがアロワナすっごーい、だよ。すごいけど。

 大変な所は全部やらせて、楽しいとこだけ摘んで能天気に笑ってんじゃねーよ!」


 思い出したら腹立ってきた。

 こいつは、こいつらは、有象無象の人間共はいつもそうだ。俺達の努力と挑戦を馬鹿にして恥ずかしい事のように嘲笑う癖に、美味しいとこだけ取っていく。校舎の屋上にスケートリンク作った時もそうだった。事件の後、俺と長宗我部をハブったクラスのメンバーでスケート場に遊びに行ったの知ってるんだぞ。俺達がやらなかったら行く発想もなかっただろうが。


「それは、ごめん。でも僕だって本当は」

「でももクソもあるか。御代元は何もしなかった。それが全てだ。俺はお前を認めないし、便宜を図ってやるつもりもない」

「……どうすれば許してくれる?」

「どうしても許さん」


 世の中、謝って済む事と済まない事がある。御代元にとっては大した事ではなかったのかも知れないが、俺達は心底嫌な気分にさせられたんだ。

 御代元は苦しそうに顔を歪めたが、目を逸らさず俺をしっかり見ていた。


「本当にごめん。でも、引けない。B29が死んだのは僕のせいだ。生き返らせる責任があるし、生き返らせたい。どうしても。あんなに裏表なく付き合えた友達は初めてなんだ。他人任せになんてできない」

「じゃあ金払って課金プレイヤーにでもなれよ。それで勝手に夜の試練に行ってろ。モユクさんに免じて社長に話通すぐらいはしてやる」

「情け無い話だけど課金額が払えないんだ。50万円は掻き集めても足りない。それに社長さんにはもう電話した。粘ったけど、夜の試練に行って無駄死させるためにプレイヤーの枠は割けないって」


 効率主義のアリスが言いそうな事だ。

 御代元はソファから降りて土下座した。


「この通りだ。僕にB29を生き返らせるチャンスを下さい。今回だけでいいんです。お願いします。何でもしますから!」

「お前のその『人助けのためなんだしここまでやれば許してくれるよね?』って態度が気に入らん」


 土下座がどうした。殊勝な態度でお願いすればなんとかなると思いやがって。むしろコーヒーぶっかけてやりたくなる。


 ここで「いいよ昔の事は許すよ、反省したんだね、人助けのためだもんな、立派だよ」と広い心で許して丸く収めるのは簡単だ。

 しかしそれではあの日あの時の悔しさ、遣る瀬無さ、憤りはどうすればいい?

 耐えろ? 忘れろ? 恨みは何も生まないから?

 冗談じゃない。俺だって今までずっとハブられ無視され笑われて、耐えて生きてきたんだ。ドラゴン道を邁進するのに後悔した事はないが、周りの目が気にならない訳じゃない。

 俺が耐えてる間ずっとヘラヘラ笑って周りに合わせて軽く生きてきた奴を、反省してるから、心を入れ替えたからとホイホイ許すのか?


 いいや、許さん。

 謝って土下座したから許すなんて、それこそ許されない所業だ。

 中学時代、御代元は一度だって俺達を助けなかった。

 だから俺も御代元を助けない。

 因果応報。当然だ。

 心が狭いと言われたっていい。俺はお前を許さない。賦活してやらんし、夜の試練にも同行させない。勝手にやってろ。


「話は終わりだ。学校あるんだろ? 鍵かけるから出てってくれ」


 今日は平日で、もうけっこういい時間だ。御代元の高校の始業が何時からかは知らんが、そろそろ行かないと遅刻するだろう。

 御代元は土下座したまま言った。


「今日、僕は風邪を引いたから休みなんだ」

「……はん?」


 今度は何を言い出すんだ。

 土下座野郎の顔色は別に悪くない。咳もしてないし声も普通だ。


「何言ってーーーー」

「不眠症だから医者にかかって睡眠薬も貰ってきた。すぐにでも、何時間でも夢世界(ドリームランド)に行ける」


 御代元は懐から厚みのある封筒を出した。


「50万円には足りないけど、貯金下ろして小遣い前借りして、知り合いからもいくらか借りてきた。必要なら渡す」

「へぇ……」


 封筒を差し出して這い蹲る御代元を見下ろし、ちょっと感心した。NPCが死んだのは昨晩だろ。なかなか行動が早い。

 嘘をつき、プライドを捨て、築き上げてきた信用を担保にかけ。御代元なりになりふり構わない手段に訴えている。ただ夢のため、NPCのために。

 なるほど、確かに御代元は本気らしい。


 俺はいつだって本気だ。

 御代元は本気になったばかりだ。たった半日あるかないかで、継続が足りない。

 しかし本気には違いない。そこは認めよう。

 分かった、と俺は頷いた。


「努力は報われるべきだ。御代元の本気に少しだけ報酬をやろう」

「それじゃあ!」

「ああ、一回だけ賦活してやる。金はいらん。時間切れか殺されるか、とにかく起きたらそこで終わりだ。それだけやる気があるならその一回で、あー、その爆撃機? を生き返らせてみろ。失敗してもいいぞ。いつになるかは分からんがそのうち俺達が蘇生させるからな」

「そんな必要は無いよ。B29は僕が蘇生させる」

「言ったな? じゃあやってみろよ。ドラゴンの巣から秘宝を奪って、死人を復活させてみせろ!」


 できるもんならなぁ!


 三章はあと二話。

「10話 竜の探求」

「11話 究極の幻想」

 で終わりです。両方アサン視点です。引き続きお楽しみ下さい。

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[一言] 熱いぞ、アサン!
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