08話 イベントクエスト
かつて夢世界にはナイトメアという人がいたらしい。彼は夜とNPCと怪物を創り、ドラゴンの炎で燃え尽きて消え去ったとか。神話っぽい。
ナイトメアは夜が好きだったそうで、そのせいか怪物は夜の闇から滲み出て、灯りがあれば現れない。灯りで退治できる訳ではないけれど、出現予防にはなる。
そんな理由で、現実では桜が蕾を膨らませる頃、キングスポートは街灯の設置が政策として進められていた。プレイヤーの士気はかつてないほど高い。なんとこれが終われば無課金プレイヤーの労働を一日八時間から三時間に削減するという発表があったのだ。
近々通貨も発行されるという。金本位制ならぬミスリル本位制の貨幣経済への移行が始まるらしく、急速に、そして着実に難民キャンプだったキングスポートは村を経て町に近づいていた。
「こんばんは、B29」
「はいこんばんはー今日は私達もイベントやるよぉー! んぐ」
いつもの町外れにログインすると、B29はサンドイッチを食べながら右手を元気に突き上げた。
キングスポートでは一昨日からイベントが始まっている。イベントの間、一部のどうしても離れられない職業を除き通常の仕事は全て免除。町の中央広場に資源探索や荷物運び、幻獣素材集め、地図作り、農作業などの仕事依頼票が張り出され、プレイヤーとNPCは自由に受注できる。イベント期間を休暇と考えのんびりくつろぐのもアリだが、依頼を達成すれば証文が発行され、後で通貨と交換できる。プレイヤー・NPC間の証文取引は禁じられていない。職業毎の人気調査と擬似通貨流通テストを兼ねているのだとか。
僕とB29は働く。僕はやっと見える所まできて自由を前に冒険準備資金を貯めたかったし、B29は決して楽とは言えない夢世界に生きる住民である以上、稼げる時に稼いでおかないといけない。
B29はこてんと首を傾げて聞いた。
「どうする? 何受注するか考えてきた?」
「候補はいくつか。一度依頼見に行こう、相場変わってるだろうし」
「そだねー。でも私はやっぱミスリル探しがオススメかな」
「山師は多いからなぁ。競争率高そうだ」
イベント中はリアルタイムで依頼毎に貰える証文の枚数が変動する。人が足りていない依頼は報酬がつり上がっていくし、人が足りている依頼は報酬が下がっていくか依頼そのものが取り下げられる。
通貨や最高品質の武具・芸術品その他の材料になるミスリルは常に求められていて、報酬が安定して高い一方、少量のミスリルをチマチマ集めるだけならまだしも、油田に等しいミスリル鉱脈の発見難度は高く競争率も高い。
あーでもないこーでもないと話しながら町の中心の中央広場に向かうと、夜早くから依頼掲示板の前に人だかりができていた。早寝する健康的な人が多いらしい。イベント期間中のプレイヤーは早寝遅起きが多い。かくいう僕もその一人だ。ゲームのやり過ぎで睡眠過多になりそう。
「アサン、肩車」
「はいはい」
B29を肩車して群衆の上から掲示板を見てもらう。
「んー……あ、街灯設置周りの仕事無くなってる。人足りたみたいだね。ミスリル納品は残ってる」
「やっぱそこかー。でもあんまり人集中してるとこに行ってもなぁ」
「ミスリル欲しいからって金属幻獣乱獲したらゲームマスターってかヒプノスさんにぶっ殺されるしねぇ。でも鉱脈見つければ一攫千金」
「蜂蜜集めにしようか? B29、前に蜂蜜酒作ってみたいって言ってたよな」
「覚えてたんだ。嬉しいけど他に希望あったらそっちでいーよ。アサンだって前からミスリル装備欲しいって言ってたでしょ」
「あ、だからミスリル押し? こっちこそ気を遣わなくても、ってなんでこんな譲り合いになってるんだ」
人混みに混ざって二人で悩んでいると、肩を叩かれた。
「あの、アサンとB29だよね。ちょっといい?」
体ごと振り返ると、そこには鮮やかなピンクの髪に碧眼の若い女性が立っていた。白地に金で紋様が描かれたローブを着て、青い宝石がついた杖を持っている。薬草の青臭いツンとした臭いがした。
彼女の姿は遠目に何度か見た事がある。ゲームマスターの一人、魔女のニクスだ。
ゲームマスターが何の用だろう。何も悪いことはしていないはず。
「こんばんはニクスさん。ボスの指令ですか?」
「や、個人的な頼み事なんだけど。報酬出すから頼めないかな。優秀なレンジャーにお願いしたくて」
「いいですよ」
「馬鹿アサンせめて内容聞いてからでしょ!」
B29に脚で首を挟んで絞められる。苦しい苦しい。報酬出るって言ってるんだし良いじゃないか。ゲームマスターとツテができるのも良い。ちょっと打算的だけど。
B29は警戒した様子で尋ねる。
「依頼内容と期限は? 報酬はどれぐらいで? 禁止事項とかあります? 依頼をこなすのは私達だけですか?」
「依頼内容は呪殺に使う髑髏集め。期限は無いけど早い方が嬉しいかな。報酬は証文9枚。禁止事項というか条件だけど、強力な幻獣の髑髏なら追加報酬出すよ。頼んでるのはあなた達だけ。断られたら別の人に頼むつもり」
「呪殺ですか……」
途端にニクスさんの怜悧な微笑が冷徹に見えてくる。この人は何を企んでいるんだ? いくら夢の中でも殺人の手助けはしないぞ。
疑念が顔に出ていたのか、ニクスさんは冷静に補足した。
「ただの趣味だから。悪用はしないよ。使ってみたいだけ」
「呪殺が趣味!?」
「呪殺を悪用しない……?」
僕とB29はドン引きしてオウム返しに言った。この人頭おかしいんじゃないだろうか。日富野君はハシビロコウだしニクスさんはこんなんだし、ゲームマスターは変人しかいないのか。大丈夫かこの世界。
ニクスさん曰く、星辰と頭蓋骨を使う魔術儀式なので、道具を揃え手順を覚えれば誰でも使えるとの事。まるでそれが良い事のように聞いてもいないのに嬉しそうに微に入り細に入り解説してくれたけど、普通に怖い。誰でも使える呪殺なんて悪用の未来しか見えない。
でも同時に呪いを跳ね返す呪い返しの御守りも作れると言うし、何よりニクスさんがあまりにも無邪気だったから、毒気を抜かれて依頼を受ける事にした。大事にはならなさそうだ。それに僕達が断っても他の人に話を持っていくというなら断る意義はあまりない。
あからさまな危険行為を防げないというなら、せめて目の届くところでやってもらいたい。
「ニクスさん私達より森に詳しいし強いじゃないですか。自分で集めないんですか? いや割の良い仕事ですし文句は無いんですけど」
依頼契約が纏まり、別れ際にB29が不思議そうに聞くと、ニクスさんはやれやれとため息を吐いた。
「あのね、私は森歩きしたり戦ったりするのも嫌いじゃないけど、暗くて狭い素敵な部屋で香を焚いて黒魔術儀式してる方が好きなの。あなた達は幻獣素材を集める。私はそれを使って呪殺とか占星とか豊穣祈願とか、色々儀式をする。適材適所だよ。じゃあね」
ニクスさんはそう言って去っていった。
うーん、なるほど。つまりゲームマスターは極まった趣味人なんだな。行き過ぎている気もするけど、こうまで打ち込める事があるというのは素直に羨ましかった。僕には無いものだから。
ニクスさんに渡されたメモによると、髑髏を集めるといっても幻獣の物ならなんでもよく、最低五つあればいいらしい。
ただし髑髏の種類によって追加の証文報酬があって、骸山猫なら+5、天獅子なら+4、冥瞳梟なら+3枚を貰える。大体危険度が高い方が報酬が多いようだ。
天獅子や冥瞳梟は生物の形をした戦車や戦闘機に例えられ、人間が敵う相手じゃない(ちなみにドラゴンはブラックホール、ゴブリンはクソ雑魚ナメクジだと言われている)。髑髏を集めようとしたらこっちが髑髏にされてしまう。
骸山猫は呪術を得意とする山猫で、賢く、喋れる。殺さなくても交渉次第で同族の髑髏を分けて貰える、かも知れない。あとはアルキコウベを見つけて髑髏を取り上げるのも手か。報酬も高いし一番の狙い目。
しかし骸山猫は陰気な猫で、なかなか人前に出てこない。毎日森に入っている僕達ですら、足跡ぐらいしか見た事がない。
そこでまずは知り合いの河童、川ノ上 甲太郎さんから情報を集める事にした。
キングスポートの端を通り塩湖に流れ込む川を遡り、冷え冷えとした暗い森に入り、モグランタンの灯りを頼りに支流を辿る。苔むした岩を伝い、藻が張り付いた冷たくヌメる川床を慎重に渡って、僕らは小一時間で河原に開かれたキュウリ畑にやってきた。
こじんまりとした畑には整然と畝が作られていて、キュウリが元気に育っている。川に太い枝を張り出した立派な大樹に寄り添うようにして小さな茅葺きの小屋があり、川ノ上さんはその軒下の小岩に藁を敷き、ざあざあと鳴る川の水音を子守唄に釣り糸を垂らしうつらうつらしていた。
河童は甲羅を背負った鱗付きの猿のような幻獣で、普通は森の中を旅して暮らしている。しかし川ノ上さんは俗に言う堕落した河童で、旅を捨てキュウリ畑の世話をして土地に根付いている。彼とは今までにも何度か河童の水薬とキュウリの浅漬け用の塩を交換した事があった。
「川ノ上さーん、おーきーてっ!」
B29が手土産に持ってきた塩入りの小袋で川ノ上さんの頰をたしたしはたくと、川ノ上さんはびくんと痙攣して薄目を開けた。
「起きた起きた。こんばんは! はいこれお土産」
「ああ、こんばんは。ふむ、塩かな? 有難い、いつもすまないね」
「いいって事よ! それでさ、今日はちょっと教えて貰いたい事があって来たんだけど」
「まあ待ちなさい、釣りでもしながらゆっくり話そうじゃないか。アサンも遠慮せず」
川ノ上さんが顎で小屋に立てかけられた釣竿を指す。B29は嬉々として夜食だー、なんて言いながら釣竿の針に餌箱に入っていた蠢く何かの幼虫をつけ始める。
夢世界の住人はたくましく、キャー虫こわーい! なんて可愛げのある反応をする女性はいない。むしろ一番酷い時は虫を見つけたら食べる時代があったというのだからそっちの方がこわーい、だ。
僕も釣竿を手に取ろうとして……その時、脳裏に電流走るッ!
このパターンは、ミミック!奴の得意とするシチュエーション。
騙されん、騙されんぞ!
いつ正体を現してもいいように覚悟を決め、そーっと釣竿を握る。握って、手に取り持ち上げて。
…………。
…………。
「……ふー」
良かった、ただの釣竿だった。
釣竿一つ取るのにやたらと身構えた挙句激闘を制したように安堵した僕を見て川ノ上さんが訝しげにしている。
「どうしたね? 釣竿は噛み付かんぞ」
「いやミミックが化けてるかも知れないと思って。警戒し過ぎだったみた」
「きょけけけけけけけけけけけけっ!」
「だぁああああああ!」
釣竿がヌルンと腕から飛び出て大口を開けて笑い出し、僕は腰を抜かした。
あ゛ー! まただよ! ミミィーック!天丼やめろォ! 時間差もだ!
B29はもう慣れたもので、チラッとこちらを見てまたかという顔をしただけだ。なんでそんなに冷静でいられるんだ。心臓ミスリル製?
「芸が無いぞ、シェイプシフターよ。よいかな、大袈裟な身振りで驚かすのも良いが、気がついたら有るはずのないものがあった、というような心臓が縮み上が」
「ペッ!」
ミミックは全く動じないどころか品評を始めた川ノ上さんの顔面に唾を吐き、煙と共に消え去った。
「あ、あの、なんかすみません」
「構わんよ、昔から河童はどうも奴らに嫌われていてなぁ」
川ノ上さんが釣竿をゆらゆら揺らすと、川の一部が泡立って優美な水の鳥が舞い上がる。文字通りの水鳥は月明かりに煌きながら宙を滑るように飛び、川ノ上さんの顔を優しく翼で撫で、また川面に溶けて戻っていった。
「うわぁ……」
見事な水芸を決めた川ノ上さんはウインクをして嘴の端に咥えたキセルを燻らせる。
顔の唾を拭うだけなのにこんなに粋な手間をかけられると一周回って感嘆しか出てこない。河童の水魔術には恐れ入る。ニクスさんとどちらが凄いんだろう。
ややあって三人で釣り糸を垂らし始めると、川ノ上さんはのんびり聞いてきた。
「それで、何を聞きたいのかね」
「川ノ上さん骸山猫の巣とか知らない? ニクスさんの依頼で髑髏集めてるんだけど」
「ああ、奴らか。ふぅむ、私も巣までは知らん、が、最近はキングスポートの近くによくいるようだな」
「えっ、骸山猫って人嫌いじゃなかったの?」
「そうでもない。キングスポート近くはよく幻獣が死ぬからな、死体を操って配下に加えるためにうろついているのだ」
「ああー……そういえばA666が死体泥棒がなんとかって言ってた。そういうカラクリだったのね」
「うむ。ただ連中は陰気だからな、陰でコソコソ動くのを好む。故に会いたいなら……むっ、いかんキュウリが切れた。一服いいかね?」
「……どうぞ」
川ノ上さんは震える手で傍らの籠からキュウリを取り、一口食べる。
「んふっ、んぁあああ〜……おお、真理、真理が見えるぅ」
「うわぁ……」
キュウリをキメた川ノ上さんは白目を剥いて嘴の端から涎を垂らし始めた。
この人(河童)もこれが無ければなぁ……河童族がキュウリを禁忌としている理由が痛いほど分かる。
「おお全能の霊薬九冠馬よ……うむ、うむ……ああっ!」
「……川ノ上さんはしばらく戻って来ないな。どうする、B29。キングスポートに戻ろうか」
「せっかく来たんだしいくつか集めてかない? ゴブリンの髑髏ならすぐ集まるでしょ」
「ゴミ集めてもゴミでしかないんだよなぁ」
「ゴブの事ゴミリンって言うのやめてあげて!」
「真面目な話、せっかく僕達のレンジャー技能を期待して依頼してくれたのにさ、ゴブリンの髑髏なんて持ってったらガッカリされそう」
「それはある。趣味悪い依頼だけど手は抜きたくないよね。でもだからこそゴブリンでもいいから集めるだけ集めて依頼失敗だけはしないようにしておきたい」
「でもだからってゴブリンはなー。もうちょっと川上に森サラマンダーの巣が無かったっけ。それは?」
「いいね、でも繁殖期過ぎてるしまだ巣が残ってるか分かんないな。ねぇ川ノ上さん、森サラマンダーの……川ノ上さん?」
横を見ると、釣竿だけ残して川ノ上さんの姿が忽然と消えていた。移動した気配は無かった。ちょっと話し込んでいた間に、すぐ隣にいた川ノ上さんが消えている。
「アサン」
「ああ、何かおかしい」
B29と素早く背中合わせになり、ナイフを構えて周囲を警戒する。
胃に鉛が染み込んだような嫌な重さをずっしり感じる。何度経験してもこの緊張感には慣れない。
森の中で動いていて何が怖いかと言えば、未知との遭遇だ。正体不明の敵ほど恐ろしいものはない。逃げを打つにしても逃げ方を決めるために敵の姿を捉えておきたい。
ほんの少しでも情報を集めるため、耳を澄ませば目を凝らし鼻を効かせる。
梢を風が渡るざわめき。川の流れが岩にぶつかり波打つ水音。虫の音。
月には雲がかかり、ランタンの灯りが揺らめき木々の間に色濃く影を作る。
キュウリの臭い。河童の水タバコの残り香。そしてーーーーほんの少しの生臭さと、血の臭い。
「B29、血の臭いが」
「下!」
鋭い声に飛び下がると、足元を何か太い縄のようなものが薙ぎ払っていった。
すり足で後退する。僕達は川面から伸び上がるその姿を見下ろし、見つめ、そして仰ぎ見た。B29はぽっかり口を開けて呟いた。
「嘘でしょ?」
「クラーケン……!」
川底に潜んでいたのはタコともイカともつかないヌメる乳白色の表皮の幻獣だった。吐き気を催す磯臭さを撒き散らし、触手をうねらせ立ち上がるその悍ましい巨体は10mを超えていた。
クラーケンに特別な魔法の力は何も無い。ただの大きいだけの軟体動物だ。
しかしコイツはデカ過ぎる!
「撤退! 川から離れろ!」
「言われなくてもーーーーアサン!」
B29は悲鳴を上げ、僕を突き飛ばした。
背後から伸びた触手がB29の足首を締め上げ掴み上げる。僕を庇ったB29は自分で自分に驚いているようだった。
強靭にくねる長い触手は大きく迂回してクラーケンに繋がっていた。ひっそりと回り込ませていたのだ。
「離せこのっ!」
ナイフを触手に突き立てるが、針で突いたぐらいにしかならない。でも痛みでB29を離せば充分……と思ったら、クラーケンは身の毛もよだつ甲高い鳴き声をあげて暴れ始めた。
闇雲に振り回される触手を必死に避ける。潜り抜け、這い蹲り、飛び越えて。
そして僕は、触手に掴まれたままのB29が岩に叩きつけられ、背骨が粉砕され曲がってはいけない方向に身体が折れ曲がる恐ろしい後景を見てしまった。
頭が真っ白になった。
触手の一本が脇腹を掠め、吹き飛ばされる。
痛い。
痛い。
信じられない。
まさかB29が死ぬはずない。
今までもあんなに。
そんな馬鹿な。
頭痛がする。
頭を打ったらしい。
ぼやける視界の先で、右足の千切れた川ノ上さんが川縁に這い上がり、クラーケンの頭部を水の槍で穿つのを見た。
クラーケンが倒れる。
触手が力を失い、B29が無力に投げ出される。
僕は彼女の名を叫び、駆け寄った。抱え起こし、とっておきの魔法薬を口に突っ込む。
B29の口は動かない。薬が口の端からこぼれ落ちる。
彼女の喉は動かなかった。
胸も、心臓も、動いていなかった。
B29は死んでいた。
ガラス玉のように見開いたまま動かないB29の目を唖然として見つめる内に、じわじわと事実が頭に染み込んでくる。
今まで散々プレイヤーやNPCの死を聞いてきた。夢世界の死は現実より遥かに身近だ。
それなのに、僕は死をどこか他人事に感じていた。
こんな事があるだろうか。代わりに僕が死ねば良かった。プレイヤーは死んでも一晩で元通りなのだから。
B29は咄嗟に僕を庇ってくれた。
そしてそのせいで……
…………。
僕のせいだ。
責任を取らないといけない。
取り返さないといけない。
でも、その前に。
僕は彼女のカラスの御守りを自分の首にかけ、遺体を背負った。ほんの一時前に肩車した時よりもずっしりと重かった。
水で義足を作って顔をしかめながら歩いてきた川ノ上さんが訝しげに言った。
「とんだ災難だったな。B29の事はお悔やみ申し上げる。しかしそれをどうするつもりか? NPCの本体は御守りだろう。御守りだけ持っていけば充分だ。死体を運ぶ価値は無い」
「故郷に、キングスポートに埋葬します。価値は無くても、きっと意味はある」
「……そうか」
川ノ上さんはそれだけ言って、無言で森の中を送ってくれた。
行きと違い、帰りの足取りは重かった。森ではほんの一瞬の失敗が死を招く。それを軽く見ていたツケがこの重さだ。
背中に感じる暖かさが少しずつ失われていく。手は無機物のようにぶらぶら揺れる。いつの間にか靴が脱げて無くなっていたのに、B29は何も言わない。その全てがたまらなく嫌だった。
荷物を扱うように何度も背負い直して、貴人に接するように何度もよれた服を直して、歩く。
こんなの間違ってる。
森を抜けてキングスポートの端に着くと、いつの間にか川ノ上さんはいなくなっていた。
僕は手で土を掘り返し、穴の底にそっとB29の遺体を横たえた。見開かれた目を閉じ、歪んだ口元を直す。
丁寧に土をかけて、B29のナイフを墓標代わりに突き立てると、夢世界の空が白んできていた。
遠く隔絶した現実から、目覚まし時計の音がする。
目が覚める。夢が終わってしまう。
僕のNPCは死んでしまった。もう僕を夢に連れてきてくれる人はいない。
夢はいつか覚めるもの、と人は言う。
その通りだと思う。ずっと夢の中にいられたら、と誰もが思い、しかし誰もが現実に戻っていく。
覚めない夢はない。
でも、僕はこうも思うのだ。
人はずっと現実に居る事はない。
一度夢から覚めても、現実を超え、また眠り、夢を見る。
だから僕は彼女の墓標に誓った。
「僕は必ず戻ってくる。夜の試練を超えて、B29は僕が蘇らせる」