07話 正式サービス開始
今夜で連続ログインが二ヶ月を超える。連続ログインボーナスもクリスマスイベントとバレンタインイベントも無いけれど、夢世界はやめられない止められない。
あのクリスマスの日、初めて夢世界に入った時と比べると、世間で夢世界の知名度は格段に上がっている。
地方ニュースで(怪しいオカルト話として)取り上げられたし、ツブヤイターで一瞬トレンド入りした時もある。王港市民ならだいたい噂ぐらいは聞いた事がある、というぐらいには広まっていた。
あんなにあらゆる意味でとんでもない世界があるのに、国民的・世界的にまでは広まっていないのは、やっぱりどうしても胡散臭いからだと思う。所詮、昨日見た夢の話。実在の証拠は体験者が語る言葉と文字の夢語りだけ。どうあがいても嘘っぽい。実際に自分でプレイしていなければ、僕だって嘘か新手の宗教だと思って近づかない。
夢世界のゲームマスター的立ち位置にいる人たちは事業拡大に積極的らしく、昨日、とうとう現実に会社を立ち上げたらしい。
「夢の国の支配社」、代表取締役は有栖川夢子。「イメージを元にヴィジョンを確立し、未来をクリエイトする」会社だとかなんとか。公式ホームページにそう書いてある。
代表取締役の名前から察するに有栖川系列の会社だろうか。あそこは家電の会社だと思ってたんだけど。
本格的なデザインのホームページはちゃんとした会社っぽくて、意味不明な単語だらけの社員募集や課金プレイヤーの項目もつい読み込んでしまった。課金プレイヤー……羨ましい響きだ。
課金プレイヤー、というのは僕達無課金勢と違い、夢世界での労働を免除されたプレイヤーの事だ。
無課金プレイヤーは夢世界で労働を課せられ、寝るたびに働かされる。NPCはプレイヤーがサボらないよう監視役で、(少なくとも最初は)プレイヤーに冷たい。いざとなれば現実に逃げ帰れるプレイヤーを、NPCはなかなか信用してくれない。キングスポートが発展したら自由に遊ばせてくれるという話だけれど、どれぐらい発展したらOKとか、いつまで働けばいいとか、具体的な期限は決まっていない。一応一晩八時間までの労働時間制限があるし、それはキッチリ守られているから、極まったブラック企業よりはマシなんだろうけど。たぶん。
一方、課金プレイヤーは夢世界で働かなくていい。月額50万円の利用料金を「夢の国の支配社」に支払う事で、毎晩NPCを従者のように付き従わせ、大手を振って自由に遊べる。大森林に探検に行くもよし。火ジャムパンや音抜きチーズといった現実で食べられない美食に舌鼓を打つもよし。ミスリルソードやゲームマスター特製の魔法の鎧を借りて(別途課金が必要)怪物退治だってできる。
もう一度言う。羨ましい。月額50万円なんてあからさまなブルジョワ価格だ。でも安い。現実では5000兆円積んだってこんな体験できやしないのだから。
その安い50万も単なる高校生の僕には払える訳ないんだけど。
夢の国の支配社の社員は社宅付で初任給30万だというから、さぞ儲けているのだろう。VR技術を置き去りにする謎の超技術のこんなゲーム(?)を主催して儲からない訳がない。
もっとも、課金プレイヤー人数はもっと増やせるだろうに100人までに制限されていて、宣伝も全然していないようだから、荒稼ぎ目的の会社ではないらしい。
むしろ社員の採用条件や社訓、社歌を読んでいると、会社の活動は夢世界でゲームマスターになれる特殊な人材を捜索・雇用するための資金集め目的に過ぎない、という印象を受ける。
明らかに、課金プレイヤー募集より社員募集に力が入っているのだ。
そのあたり、ゲームマスター=社員達が何を考えているのかは分からない。
ただ、僕は運良くB29にプレイヤーガチャで引いてもらった幸運を噛み締めつつ、いつか来るべき自由な冒険を夢見て、今日も睡眠という名の労働に勤しむのみだ。
夢世界でプレイヤーは容姿を変えられない。ゲームによくあるキャラメイクはない。顔も体もそのままに、パジャマで寝ればパジャマ姿で、スコップを抱いて寝ればスコップを抱えてログインする。
慣れたプレイヤーは作業しやすい服装にちょっとした道具を持ってログインする。
僕はいつも高校ジャージに防水ブーツでログインしていて、今日は昨夜B29に持ち込むように言われた虫取り網と虫かごを押入れから引っ張り出して持ってきていた。
現実と夢世界の座標はリンクしているから、毎晩同じベッドで寝ていれば当然毎晩同じ場所にログインする。僕のスタート位置はキングスポートの村外れ。
初ログイン時は難民キャンプのようだったキングスポートも体裁が整ってきて、門や見張り台、堀、柵、平屋木造家屋が完備されている。現実で大工をやっているプレイヤーの指揮の下、建築は人海戦術で進んだ。僕も何百本柱を担いだか覚えていない。
しかし初期のスタートダッシュの甲斐あって、今では衣食住整い食料生産も周り始めている。
キングスポートの柵のすぐ外には月明かりに照らされた一面の小麦畑が広々と視界を占めているし、風に乗って聴こえてくる静かな笛の音色は半家畜化したサイレントシープに餌をやっている音楽家プレイヤーのものだ。音を食べるサイレントシープはカロリー生産効率が高く家畜向き、らしい。僕はそのあたりにはあまりタッチしていないのでよく分からない。
二ヵ月も経てば色々ノウハウが蓄積されてくるもので、最近は分業化が進み、以前のようにとりあえず働け、運べ掘れ戦え、というような個人の適性を無視した無茶振りはなくなった。
現実で大工をやっていれば建築に回される。
音楽が得意ならサイレントシープ係へ。
足が早ければ飛脚・伝令を任されたり、手先が器用なら縫製を命じられたり。
かくいう僕はB29とセットで森林探索者の職務を頂いている。
ザックリ言えば森の中で採取したり討伐したり設置したりする森系の役職だ。
森を踏破する体力。危険な幻獣を察知し回避したり、目的の幻獣を捕捉したりする知識・注意力・敏捷性。崖を登り木にぶら下がる筋力。夜の森で迷わない土地勘・方向感覚などなど。レンジャーに要求される能力は多く、そして、僕とB29はその全てを満たしている。B29曰く、夢世界のレンジャーでまだ一度も死んでいないのは僕とB29のペアだけらしい。ちょっと誇らしい。
「こんばんは、B29」
「ばんわー。ちょっと待って……んぐ、夜食中。荷物確認してて」
僕を賦活したB29は草地に胡座をかいて座り込み、木の椀に入った粥を掻き込みながらもごもご言った。
僕は頷いてB29の傍らに置いてあるリュックとモグランタンを声出し確認で検める。
「モグランタンのモグラ怪我なし衰弱なし。リュック、水袋3つ。石干し肉6きれ。逃走用小麦粉玉2つ。イモリ軟膏ひと瓶。ロープふた巻き。ナイフ5本。火口箱1箱。毛布3枚……3枚?」
あれ? B29と僕、一枚ずつで二枚しか入れていないはずなんだけど。B29が予備でも入
「きょけけけけけけけけけけけけっ!」
「に゛ゃあ゛あああ!」
「っ!」
疑問に思った瞬間、毛布に目と大口が現れ甲高い笑い声を上げ、悲鳴と心臓が口から飛び出た。そしてそのまま我に帰る前に煙に包まれて消えてしまう。
唖然とする。一瞬の出来事だった。しかしこれが一度目ではない。忘れた頃にこちらが油断したタイミングでヤられる事、もう六回目。やり口も段々巧妙になるしあ゛ーも゛ーミミックぅううううううう!
「あいつっ、もうホントっ、心臓飛び出たわ馬鹿このちくしょー!」
「出てない出てない。アサンもいい加減慣れなよ、そーやって驚くから狙われるの。ミミックは驚きを食べるんだから、冷静に対処すれば寄ってこなくなる。気構えが足りないね、気構えが」
確かに。自分でもドッキリに弱すぎだと思う。完全にカモられてるんだよなぁ。
でもB29、したり顔でご高説垂れてるとこ悪いけど、粥を鼻から吹き出しそうになってむせたのしっかり見てたからな?
B29が食べ終わり、くすんだ金髪を紐でまとめ直すのを待ってから改めてブリーフィングを聞く。僕らは地図を開いてモグランタンの灯りを頼りに顔を突き合わせた。
「えーと、昨日も話したけど今日のミッションはイロクイガ集め。ドラゴンに献上する絵画の絵の具に使うんだってさ。イロクイガの生息域はこのあたりで、50匹ぐらい獲ればオッケー」
B29が森の一画、スゴイヒクイ山の麓あたりを指差す。むむ、この場所なら近い。今晩だけで終わらせられそうだ。
しかしアレだ、近すぎないか。あっという間に終わるぞこんなん。こんなに簡単な仕事が何故僕達に回ってきたのか。
そこのところをB29に聞くと、深刻そうにため息を吐かれた。
「これさ、A810ペアが死んで失敗した仕事なんだよね。それで私達にお鉢が回ってきたワケ」
「え、A810ってスコップおじさんのとこじゃなかったか」
「そ」
「うっわー……」
思ったよりマズそうな案件に頭を抱える。
A810の担当プレイヤー、通称スコップおじさん。毎晩ゴッツいスコップを持ってログインしてくるマーシャルスコップアーツの達人のおじさんだ。僕の初ログインの時に話しかけてくれたおじさんでもある。土木作業員上がりのマッスルとタフネスで、主に森の幻獣を狩って肉や素材を集めるスレイヤー系レンジャーだ。慎重で、警戒心も強い。
彼のペアが森のこんな浅い場所で死ぬなんて尋常じゃないぞ。怪物に襲われても逃げ切るぐらいはできるはず。何があったんだ……
B29は碧眼を物憂げに伏せる。
「それとA810のお守り回収も仕事のうちだから。イロクイガ生息域のあたりで死んだはずだからアサンもできるだけ探してみて。回収しても蘇生できないから今日見つけなくてもいいけど」
「夜の試練、かぁ」
「二週間ぐらい前からゲームマスターが二人挑んでるんだけどね、なかなかね……」
「? ゲームマスターが試練に挑んでる?」
「そうだけど?」
「ゲームマスターが試練を与えてるんじゃなくて?」
「そう」
ちょっと何言ってるか分からないです。NPC蘇生のために試練を受けるゲームマスターとは一体。ボタン1つで蘇生! とかじゃないのか。
「よく分からないけどゲームマスター二人掛かりでクリアできないクエストなんて酷いな」
「や、二人バラバラに挑んでるんだけどね。死んだプレイヤーとゲームマスター、死んだプレイヤーの彼女さんに分かれて」
「んん……?」
話がわからない。何をどうすればそんな事になるんだ?
「NPCの蘇生なのにゲームマスター任せにするのは情け無いけど、ミイラ取りがミイラになっても馬鹿みたいだし……あ、見てホラ、また試練に行くっぽいね。ヒプノスさん、ガベさんファイトー!」
B29は、村の門から出てきた、顔面に迷彩ペイントを塗りたくったアサシンスタイルの同い年ぐらいの青年とハシビロコウに手を振り声援を送った。
「日富野……?」
「うん? や、ヒフノじゃなくてヒプノス」
覚えのある名前に呟くと、B29が訂正した。なんだびっくりした、聞き間違いか。日富野君がゲームマスターやってるかと思った。
「ヒプノスさんもワケ分かんないよね。自分の創ったドラゴンに殺されて喜んでるなんて」
「ドラゴンに!?」
待て待て待て待ってくれ。
そんな変人、世界広しといえど一人しかいない。
「やっぱり日富野君じゃないか! なんでハシビロコウ連れてゲームマスターやってるんだ!?」
「うわっ、何驚いてるの? あとハシビロコウの方がヒプノスさんね」
「えええええええええ! なんで!?」
「なんなの? アサンさっきからうるさい」
「いや、だって……ああもういいや」
力が抜ける。今日はもう驚き疲れた。夢世界で暮らしてると時々こういう混乱の渦に叩き込まれるから困る。
なぜ中学の同級生が現代科学の常識を数段回壊した超ゲームのゲームマスターをやっているのかはこの際置いておこう。たった二ヵ月のプレイ歴だけれど、こういう場合は深く考えても仕方ないという事は経験上知っている。夢世界は摩訶不思議だから。そこが楽しくもあり、不安でもあり。
モグランタンとリュックはB29に任せて、僕は棍棒を持って森に入る。棍棒は素人が剣を持つよりずっと無難な選択だ。金属の剣なんて重過ぎてまともに使えないし、刃を立てて振れもしない。遊びの冒険ならまだしも、仕事では使えない。
スコップおじさんを殺した正体不明の敵の気配に神経を尖らせながら夜の森を行く。虫の音、木々のざわめき、冷たい夜風。異常はない。
しばらく歩きイロクイガの生息域が近づくと、濃い森の匂いに混ざって血の香りがした。右手を上げてB29にストップをかける。B29はモグランタンに薄布をかけて光量を絞った。
緊張してきた。僕もB29も戦いの心得はない。スコップおじさんを殺す相手と戦闘になれば逃げるしかなく、逃げ切れるかも怪しい。気配を殺して、なんとかしてこちらが先に相手を発見したい。先手大事。
枝の一本も踏まないように忍足で血の臭いの元に近づくと、大樹の根元に一頭のライオンがいた。
ヒグマ並の巨体に、生えかかった鬣。月夜を幻想的に照り返す純白の毛皮は血で赤黒く染まっていた。
息を飲む。山脈の狩人、天獅子。その若獅子だ。話には聞いた事があったけど、実物は初めて見た。
手が震え、冷や汗が頰を伝う。負傷してぐったりと目を閉じているけれど、それでも恐ろしい。あんなに太くて鋭い爪がついた前脚で裂かれたら人間の首ぐらい簡単にとぶ。
しかし、なるほど。確かにこんな獅子と遭遇したら死ぬ。天獅子は強力な幻獣で、怪物より強い。天獅子は基本的に高山に生息するが、若い個体は森を旅して生きるという。どちらにとっても不幸な偶発的遭遇だったわけだ。というかスコップおじさんはよくこんな奴を瀕死に追い込めたな。スコップってすごい、改めてそう思った。
「ねぇ」
小声で服の袖を引っ張られて振り返ると、B29が血塗れのカラス型のお守りを揺らして見せた。B29の肩越しに酷い血溜まりと人の足のようなものが茂みの陰に見える。
気分が悪くなる。やっぱりA810もダメだったか。NPCにとってはお守りこそが本体だから、街中ならとにかく森で死んだ遺体をわざわざ埋葬する習慣はない。冷たいようだがお守りを回収すればA810に関する任務は完了だ。無理して埋葬している最中に襲われでもしたらこっちが危ない。
問題は、あの若獅子。今にも死にそうな様子だが、油断はできない。あれをなんとかしないとおちおちイロクイガ集めもできない。
B29と声を潜めて相談する。
「どうする?」
「どうしようか」
「私はトドメ刺したいな。A810の仇だし、天獅子の素材なんてすっごくレアだよ? アレ持ってけばボスもご褒美くれると思う。集合住宅卒業して一軒家とか、毎食ゴブ飯卒業してしばらくレンジャーやめてのんびりできる。アサンも労働免除あるんじゃないかな」
なるほど、それは魅力的だ。
でも昔から手負いの獣は恐ろしい、と言う。いけるか?
茂みの隙間からそっと様子を伺うと、若獅子は薄目を開けてこちらを見ていた。本日二度目の心停止の危機を感じるが、若獅子の目は酷く穏やかだった。唸り声も無ければ牙も見せない。ただ、静かにこちらを見ている。
それは威嚇する力も無いというより、悟ったような潔さを感じさせた。
「…………」
「アサン?」
見つめあっている内に、殺る気が萎んでいった。今まで幻獣に襲われて逃げたり、弱い相手なら返り討ちにした事もある。ただ、抵抗できないほど弱った相手にトドメを刺した事はなかった。
あの若獅子には知性があり、感情がある。それが分かった。殺し難い。いや、殺したくない。
全く馬鹿馬鹿しい判断だと自分でも思う。なんの得にもならないし、これは慈悲深さではなくただの自己満足だ。でも、あの若獅子が哀れだ、助けたい、と思ってしまったのだ。
「僕は……あの若獅子を助けたい」
そう言ってパートナーを恐る恐る伺うと、B29は不意を突かれたように目を瞬かせ、ややあって逸らした。
「……アサンがそうしたいならそれでいいよ」
「いいのか?」
何の得にもならないのに。驚いて問うとB29はそっぽを向いたまま答えた。
「アサンはいつも真面目過ぎるぐらい真面目に、真剣に働いてくれてるからね。故郷でもない、目が覚めれば消える夢の世界なのに。これぐらいしないとNPCが廃るってもんだよ。あ、でもボスにはナイショね?」
そう言って流し目でウインクするB29は今まで会ったどんな女性より魅力的に見えた。
好きだ! ……とは言えないので無難に返しておく。
「ありがとう、B29」
「どーいたしまして。ほら、早いとこ治したげて。噛み付かれないように気をつけて」
B29が放ったイモリ軟膏と水袋を受け取り、茂みから出て刺激しないようにゆっくり若獅子に歩みよる。途中、虫捕り網と棍棒を地面に置いて害意が無い事を示すと、若獅子は困惑したようだった。
それが良かったのか、それとも本当に動く力も残っていなかったのか。僕が傷口を洗って生臭いイモリ軟膏を刷り込んでも、彼はじっと見つめてくるだけで敵意の1つも見せなかった。
イモリ軟膏は魔法の回復薬だが、あっという間に傷が治るほどの即効性はない。あとは彼の体力次第。
処置を終えて僕が立ち上がると、彼は初めて唸り、牙を見せた。
「アサン!」
「大丈夫」
茂みから飛び出したB29を手を向けて止める。僕は若獅子に笑いかけた。ライオンの表情は分からないけど、きっと彼もそうしたのだと思ったから。
ゆっくり後ずさって離れた後、若獅子の周辺の一帯の木々に張り付いているイロクイガの幼虫を集めにかかった。虫カゴがたちまちモソモソ動く芋虫で一杯になっていく。
白化した葉っぱにくっついたイロクイガを素手で捕まえながら、B29は小言を言う。
「終わった事を掘り返すみたいだけどね、アサンは甘い。というかヌルい。ぬるま湯に浸かってぬくぬく生きてきたって感じがプンプンする。幻獣を絶対殺さない訳でも殺す訳でもない、その場しのぎで殺したり逃げたり助けたり。仕事にだけは忠実かと思ったらこうやって危ない橋渡ったりするし。スタンスがはっきりしない。さっきだって私がダメって言ったら殺したでしょ? アサンは『自分』が薄過ぎ。そういうの良くないよ」
「それは……分かってるんだけどさ」
「でも嫌いじゃないよ。人間、って感じがしてさ。みんながみんな、信念持って真っ直ぐ生きてる訳じゃなもんね。いいじゃない、死にそうな幻獣を救った、良かったね! でさ。命は大切だよぉー?」
そう茶化すように言ってB29は笑った。釣られて僕も笑う。
B29の言う通りだ。毎晩こんなにすごい体験をしているのに、僕は未だに変われていない。言われた事をやって、指示通りに動いて。自分が何をしたいのか自分でよく分からない。
でも、今日若獅子を助けたのは自分の意思で、それはきっと良い事だった。
あの若獅子はやっぱり衰弱して死ぬかも知れないし、傷が治った後にまた誰かを襲うかも知れない。でも僕はそんな事は起こらないと信じる。根拠は無いけれど。
なぜならここは夢世界だから。
少しぐらい夢見がちでもきっと許される。
【特産品No6.火ジャム】
荒く潰したドラクルベリーを煮詰めたもの。甘みは少ない。空気に触れるとしばらく発熱し、例え満腹でも腹が鳴るような素晴らしい香ばしさを漂わせる。この時かなりの高温になるため肉やパンに塗れば焦げ目をつける事ができる。食べるとしばらく体が芯からポカポカする。食べすぎると体が芯から燃え上がって死ぬ。
【特産品No7.音抜きチーズ】
サイレントシープのチーズを加熱し、蓄積された音を抜いたもの。一気に加熱すると風味や旨味も一緒に抜けてしまうため、辛抱強くじっくり温度を上げなければならず、根気と熟練が必要。加熱の際に出る音を組み合わせて音楽を奏でるパフォーマンスが人気。
【特産品No8.イモリ軟膏】
エダキリイモリの粘液とアルルーナを混ぜて作る濃い緑色の軟膏。少し生臭い。軽度の火傷、切り傷、打撲程度ならば半日で完治する。この軟膏で死滅した毛根は再生しないが、その手の詐欺はなくならない。