05話 メンテナンス
正月休みのSNSは奇妙な事になっていた。
新年の話題で埋め尽くされるかと思いきや、夢の一文字がチラ見えする。初夢の話ではない。夢世界の話だ。
ドラゴンbotと化している俺のアカウントにも夢世界の噂が見え隠れしているのだから情報の広がりはなかなかのものだろう。俺は情報を発信する側だが。
夢世界にプレイヤーを招くようになって二週間。キングスポートの街づくりは急速に進んでいる。一万人の労働力(NPC)に更に一万人が加わり、それをアリスが適切な指示で動かしている。アリスやニクスが適宜妄創する重機とスコップ、人海戦術が合わさりついに昨日キングスポートを囲む空堀と土塁が完成した。一万匹もの人間の群れが蟻のようにウジャウジャ蠢いて土を運ぶ様子はなかなか壮観だった。
空堀と土塁はトロールをはじめとする敵性幻獣の襲撃を防ぐのに大いに役立ち、防備についている人員を大幅に削減できる。既にセフィロトの移植が始まっているが、これからは本格的に食糧生産と家屋建築にシフトしていく予定らしい。
そして急ピッチで進んでいる分、現場の負担は大きい。SNSで「ドリームランド」で検索すると「寝ても覚めてもブラック企業」とか「過剰リアル開拓シミュレーション」といった言葉が出てくる。
流石にプレイヤーの諸君には同情する。何しろせっかく夢世界に来たのに幻獣とじっくり触れ合う時間か無いのだ。かわいそう。
夢世界にガチャが無い事を嘆くコメントを見た時はちょっと笑った。
居間のコタツに潜り込んでだらだらスマホを弄り、十二支のうち十一支は不要説をネット上で展開していると、またアリスからメールが来た。最近多い。
内容は案の定「一夜干し」への招集令状だ。あいつホント一夜干し好きな。
コタツから出てコートを羽織り、外に出る。寒い。一体なぜ人類は毛皮を失ってしまったのか。
道中、早速お年玉を使ったのか買い物袋を振り回してご機嫌な少年や談笑しながらゆっくり歩くおばさん連中と何度かすれ違う。平和だ。もし通り魔事件がまだ続いていたら彼らは家に閉じこもっていたのだろうか。あんなにクズなのに最後にこんな善行積まれるとモヤモヤして仕方ない。あいつはマジでなんだったんだ。
一夜干しに着くとアリスとニクス、長宗我部はもう来ていた。
「タナトスは?」
「法事だとさ」
はーん、面倒な話だ。仲間の死を悼む動物は多いが、初七日だの四十九日だの意味不明なローカルルール作って儀式するのなんて人間ぐらいだぞ。理解に苦しむ。俺が死んだら面倒くさい法事は全部ぶん投げて死体は動物の餌にしてもらいたい。
俺が烏龍茶と竜田揚げを頼むと、アリスは早速話を切り出した。
「プレイヤーの離職率が私の予測より高いのよ。ログイン権を放棄してまで働くのを嫌がっているわ。改善案を出しなさい」
「あー、それは仕方ないんじゃないか?」
学校だか仕事だか知らんが、日中色々やって疲れて眠ったかと思えば眠りながら好きでもないキツい肉体労働をさせられる。誰だって嫌になる。ネットでもそういう反応が多かった。何が悲しくてファンタジー世界で土木作業をしなければならないのか。
「仕方ないなんて言葉は求めて無いわ。改善案を出しなさい」
「私はやっぱり魔法使えないのがまずいのかと思います。異世界の魅力の99%がない状態はちょっと。何かこう、うまくやって、魔法体験ができれば」
「資格制度を導入したらどうだ? 資格証明書とか免許証セットで。絶対楽しい」
ダメだこいつら、自分の好きな事言ってるだけだ。
「幻獣ツアー開催したらやる気も出るだろ」
当たり前だよなぁ?
アリスは無能を見る冷たい目を隠そうともせず大きくため息を吐き、忍者、と呟いた。
その途端、天井から垂直に何かが落ちてきてテーブルに硬質な音を立てて突き立つ。
それは持ち手に紙が結ばれた一本のクナイだった。アリスは当たり前のようにクナイを抜いて紙を解いている。
えっ……何だこれどういう事なんだ。そっと天井を伺うが誰もいない。
忍者……
忍者……!?
「忍者?」
「忍者よ」
「ドロンの?」
「ドロンの」
「……絶対夢見人だろ」
「そうよ、よく分かったわね。誰にも姿を見せない契約で配下になったから会う機会は無いでしょうけど」
アリスは忍者屋敷はNG、と呟いて紙を破り捨てた。
ニクスが「昨日雇用契約したんだけど名前分かんないし声も聞いてないんだよね」と耳打ちしてくる。しっかり忍ぶガチ忍者でござったか。夢見人は変な奴ばっかりだ。
「夢見人って珍しいんじゃなかったのか? 百万人に一人ぐらいなんだろ。なんでこの町にこんなに集まってるんだよ。因果律でも収束してんのか」
「寝言は夢世界で言いなさい。集めたから集まっただけよ。ニクスもモユクも忍者も私が呼び集めた。ナイトメアはヒプノスの山に吸い寄せられただけ……話逸れたわね。プレイヤーの離職率を下げないと作業効率が落ちるのよ。店主! 枝豆追加!」
「あ、忍者の話は終わりなのか。実際のとこ休日用意すればいいんじゃないか」
「仕事終わったら夢世界で自由に遊べるのよ? 休日なんていらないでしょ」
アリスは心底不思議そうだ。全然分かってない。それはお前だけなんだよなぁ……いや夢見人だけか。
普通の人間は目的に向けて無限に頑張れない。休みたくなるし目先の餌も欲しくなる。
休み無し報酬無しで働かされれば嫌にもなる。それに俺はアリスが報酬を踏み倒さないのを知っているが、プレイヤーは知らないのだ。不信感や不安もたぶん大きい。
「夢世界に労働基準法無いのヤバすぎるんだよなぁ。俺が調整しようか? 労務管理士の資格は年齢制限で取れてないけど勉強はしてるぞ」
「任せるわ。改善点は私かNPCの誰かに言えば周知徹底するから」
長宗我部つえぇ。コイツ進路に悩んでるとか言ってるけど絶対何やっても食うに困らないだろ。
「ああ、ついでに言っておくけどビル買って引っ越したから。新しい住所はまた送るわ」
「お、おお。ビル買ったのか。よくそんなに金あるな」
「古い三階建のオフィスビルだからたぶんヒプノスが思ってるほど高くはないよ。それにお金はもうあんまり無いかな」
「あ、そうなん? 株でガッツリ儲けてるんじゃないのか」
「株は私の関与できない理由で暴落したりするし、大株主になっても指示通りに全部動かせないからイライラするのよね」
「出たよボス猿病。もう自分で会社つくれよ」
「考えておくわ」
それからキングスポートの開発計画について(ほとんどアリスが一方的に)話し合った後、会計して店を出て流れ解散。これ俺来る必要あったか? 開発計画とか雇用保険とか言われてもよく分からんからそういうのは興味ある奴らでやってくれ。
家に帰り、なんとなくダラダラするのは気が咎めたので自室に篭って彫りかけだった1/10ドラゴン彫刻を再開する。長宗我部はよく俺の彫刻の手際に驚くが、俺にとって彫刻とは木や石の中に眠るドラゴンを発掘する作業だ。元々ドラゴンの形をしている物が中にあるのだから、寸法を測る必要はないし手を迷わせる事もない。簡単な話だ。
夢世界に行けば本物のドラゴンに会えるとしても、こうしてイミテーションを作る楽しさ尊さは変わらない。偶像崇拝万歳。
しかし一方で、昔よりドラゴンイミテーションを手元に置いておきたいと思わなくなった。勿論あれば嬉しいし、本物を創造したからといって紛い物の価値が下がる訳でもない。が、本物に会える充足感は紛い物への執着心を薄れさせた。価値が分かる奴になら譲ってもいいと思うぐらいには。
……ドラゴンイミテーションを売って生計を立てるのはドラゴン信徒として不純だろうか?
自画自賛になるが、これほどのドラゴンコレクションは希少だ。俺だって集めるのに苦労したし、金を注ぎ込んだし、手に入らないから自分で作った。
俺は厳しい信仰の崖を登り詰め、ドラゴン様に拝謁する栄誉を授かった。現実の住人にもせめて似姿を拝ませてやりたい。似姿を見て究極の存在とは何か思い出す者もいるだろう。布教活動だ。
しかし布教に金を取るのは不純……いやタダでドラゴン様の似姿を拝もうなんて虫が良すぎるか? 冒険や英雄譚の終末にいらっしゃるお方だぞ。気軽にチラ見して「すっごーい!」とか雑な感想抱かれても腹立つ。焼かれろ。いやドラゴンはすごいけども。
悲しい事に俺は人間だ。現実問題としてそろそろ高校卒業後の進路は考えないといけない。ドラゴン学の無い欠陥大学に興味はないから、就職だ。ドラゴンと仕事の折り合いをうまく付けなければ。ドラゴン作品を売って暮らして行ければそれが一番良いように思える。
「ニクスとずっと一緒にいる」誓いも忘れてはいけない。ある程度は稼がないといけない。ニートになって養われるのはダメだ。豚代わりに黒魔術の生贄に捧げられたらどうするんだ。捧げられないだろうが。
ニクスは今日も血生臭い香水(?)使ってたし、生贄に躊躇いが全くないから怖い。素手でドブネズミ捕まえて縊り殺したりするし。
ドラゴン、収入、信仰。頭の痛くなる問題だ。
……いや待てよ? 名前も性別も年齢も分からないが、忍者とかいうぶっ飛んだ生き方してる奴がいるぐらいだ。好きな事を極めてやり通せばなんとかなる。気楽にいこ
「ぐああああーっ!」
いってぇ彫刻刀指に刺さったァああああ! ドラゴン彫ってる時に余計な事考えるからぁああああ! 祟りじゃ! ドラゴンの祟りじゃ! すみません真面目にやります!
【脇役夢見人名鑑No1.忍者】
妄創使い。本名ジャック・スミス(Jack Smith)。アメリカはウィスコンシン州ミルウォーキー出身、1992年1月24日生まれ。好物はシャケおにぎり。
物心つく前から隙あらばどこかに隠れたりよじ登り、両親を非常に困らせる。四歳の時に自宅三階の屋根から雨樋を伝って滑り降り、それを窓から見たちょうど朝食をとっていた父マーク・スミスのコーンフレークを噴き出させた。
七歳の時、深夜に親に隠れて観たカートゥーンで忍者の存在を知り、自分の魂が求めるものを理解する。以後、忍者になるべく大人でも根を上げる苛烈な訓練が始まった。命を落としかねない異様な訓練は両親に何度も拘束・軟禁・入院を決意させるも、悉く脱走。
十二歳の夏、とうとう両親に愛想をつかし夜の街に消える。以後、主に窃盗で生活必需品を確保し、ミルウォーキーに夜の街に現れる忍者の噂をもたらしながら四年を過ごす。四年間で忍者スキルは熟練し、目撃談は年を追う毎に減っていった。
十六歳の時、ロサンゼルス発東京行の船便に密行し念願の忍者の本場の土を踏む。本物の忍者を四年かけて探し回り、幾人かのジャックを一部で上回る兼業忍者に師事する。いずれも短期間で師を上回った。忍者としての字名は「蛇助」。
二十歳以後は一度として人間に目撃されず、防犯カメラにすら映っていない。長年の失踪により母国では死亡宣告の手続きが取られ、戸籍の無い「いない人間」と化した。
腕を磨きつつ仕えるに値する主を探す日々の中、ツブヤイターでアリスの噂を知る。見定めに向かい、ビビッときて生涯の主と定める(主従契約は夢世界内で書面により直接会わず行われた)。
現在では変装、登攀、投擲、隠蔽、隠密、無音歩行、ピッキング、トラッキング、パルクールなどを人類の限界レベルまでに修めている。その極まった忍者スキルは夢世界でも現実でも頼りになるだろう。
その正体は謎に包まれている。




