表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昨日見た夢の話なんだけど  作者: 黒留ハガネ
二章 ナイトメア
23/56

05話 Alice in Dreamland


 夢見人(ドリーマー)夢世界(ドリームランド)で死んで目が覚めるとしばらく眠れなくなるが、自発的に、あるいは自然に目を覚ませばまたすぐに眠る事ができる。ナイトメアは死ぬ前に自分で現実(リアル)に戻った。つまりいつまた夢世界(ドリームランド)にやってくるか分からない。さっさとアリスに伝える事だけ伝えて幻獣のカバーに入らなければ。

 ドラゴンに砦を吹き飛ばされてから、夢世界(ドリームランド)のアリス屋敷に透明化バリアは張られていない。砦再建のために割り振るMPだけでリソースを使い切っているらしい。

 俺達がアリス屋敷に到着すると、アリスは安全メットを被りツナギを着てロードローラーの運転席にちょこんと腰掛けていた。目の下の濃いクマのせいでブラックな土木作業員に見える。そしてそんなアリスは黒ずくめのカラス仮面(ナイトメア)と和気藹々と話していた。


 おい! なんかいるぞ! てめぇ幻獣の方に行くんじゃなかったのか!


「ボス! 危険です! そいつから離れて下さい!」


 ナイトメアに気付いた途端、真っ先に突撃していくニクスは忠臣の鑑だ。放置しておけばナイトメアとアリスが刺し合って共倒れになるのではないか、と邪な考えが過ぎり足が鈍ったが、結局は俺もニクスを追った。流石にアリスが拷問にかけられているのを高見の見物するほど憎くはない。ナイトメアが外道過ぎてアリスの方がまだマシに見える。

 おっとり足で合流すると、ナイトメアはアリスの背後に隠れて(アリスの低身長では隠せていなかったが)怒れるニクスをやり過ごしていた。


「だから部下になるなんて絶対嘘ですって! そいつはとんでもない奴なんです! ああ、もう、ボス! 信じて下さい!」

「そんな事言ってもね。もう契約は交わしてしまったのだから、失態を犯していない部下に罰を与える事はできないわ」

「ナイトメアァアアアア! このクズ! 卑怯者! ボスから離れなさい! 絶対後ろから刺すつもりでしょう!」

「あっ、酷い事言いますね。そんな恐ろしい事をする訳がないでしょう」


 ニクスの糾弾にまるで動じず、しれっと返すナイトメア。こんなに白々しい台詞は聞いた事がない。


「アリスお前、こんなド外道を部下に引き入れたのか?」

「さっきからあなた達はどうしてナイトメアに辛辣なの? 礼儀正しいし、自分から頭を下げて私の下につく判断力もある優秀な人材よ」


 アリスは満足げにナイトメアを振り返って微笑んだ。ナイトメアはそれに無言で会釈したが、慇懃無礼以外の何物でもない。

 取り入るのが早過ぎる……! こいつ、人の好みを的確に読んで懐に潜り込んできやがる。俺もやられたから分かる。アリスは今、ナイトメアを信用してしまっている。

 いっそもうアリスごと串刺しにしてやろうか。

 ……いや、なんだかんだでアリスは優秀だ。ナイトメアを庇う姿勢を見せている限り、害虫(ナイトメア)駆除は難しい。


「ボス、聞いてください、さきほどニクスさんは私の心が腐ってるなんて暴言を吐いてきたんですよ。そちらのヒプノスさんもいきなり殴りかかってきましたし。私はちょっとしたジョークのつもりだったのですが、機嫌を損ねてしまったようで。気持ちがすれ違うというのは悲しいものですね。その点、ボスは聡明で助かります。私の気持ちをとてもよく分かって下さる。現実(リアル)でもついていくならボスのような方が良いですね」

「ふふふ、そうしてもいいのよ?」


 リップサービスにしか聞こえないが、アリスは気持ち悪いぐらい上機嫌だ。

 俺に殴られ、ニクスに反発され、ドラゴンに焼かれ。モユクさんとも微妙に距離を取られている。最近のアリスは良い事がない。心の弱った部分につけ込んで自尊心をくすぐられ、気を許しているらしい。

 アリスはクズだが馬鹿ではない。連日の睡眠不足で判断力が鈍っていなければ、ナイトメアの世辞ぐらいは見抜いていただろう。

 俺ははじめてアリスへ心からの善意で言った。


「アリス。悪い事は言わん、そいつを部下にするのだけはやめとけ。大人しくこっちに引き渡せ」

「あら嫉妬? いきなり引き抜きなんて見苦しいわよ」

「ボス、ヒプノスの言う通りです。そいつは口で愛と慈悲を語りながら人を嬲り殺しにできるような奴なんです。私達もやられたばかりなんですよ。お願いですからそいつから離れてください」


 ニクスが繰り返す真面目な懇願に、アリスは困惑した様子だった。俺の言葉は軽く流しても、やはり付き合いの長いニクスの言葉は重さが違う。


「ボス、これは新入社員への新人いびりですか。こんなものが続いたら辞めたくなりますよ」

「まあ落ち着きなさい。ニクスは私怨でここまで食い下がる子ではないわ。大げさに言ってるのかも知れないけれど、ナイトメアにも何か不備はあったのでしょう。ナイトメアは反省する事。ニクスもこれまでの事は水に流す事。二人はこれから同僚になるのよ。仲良くしなさい」

「なるほど、喧嘩両成敗ですか。いえ、私は喧嘩をしたつもりはありませんが。ボスが仰るなら」


 そう言ってナイトメアはニクスに手を差し出した。ニクスは爆弾を差し出されたように後ずさった。


「ニクス、構うな行け。指全部へし折ってやれ」

「部外者は口を出さないで。これは私の組織の問題よ。ニクスもほら、手を出して」


 アリスに促され、ニクスはたっぷり三分は迷ってから恐る恐る手を出した。

 するとナイトメアは姫に謁見する騎士のように跪いてその手を取り、流れるように短剣を握らせアリスの脇腹に導いた。


「ちょっ」


 よろめいたニクスの短剣がアリスに吸い込まれ血の花が咲いた。

 ニクスが真っ先に悲鳴を上げる。それにナイトメアが棒読みの高笑いで追従した。

 ほら見ろ! 言わんこっちゃない!


 これでアリスも分かっただろう。わたわたと短剣を引き抜き放り捨てているニクスを押しのけ、ナイトメアの頭に鈍器(シャコ貝)を振り下ろす。ナイトメアは仮面の嘴を空に向け腹を抱えて大笑いし、避けるそぶりはない。

 しかし、鈍器(シャコ貝)はよりにもよって刺された張本人の手で受け止められた。


 おい。

 なぜだ。


「どうしたアリス。まだ庇うのか? お前そんな博愛主義者じゃないだろ」

「少し聞きたい事があるだけよ」


 脇腹には既に刺された痕は無かった。修復の判断が速い。伊達に毎日ドラゴンに攻撃されていないようだ。

 即座に直したとはいえ、たった今裏切られ刺されたばかりだというのに、アリスは異様に冷静だった。刺されるのを予想していた……ようには思えない。

 アリスの体躯は小さく、牙も爪もなければ迫力もない。だが、今のアリスには何かよく分からない、逆らえない雰囲気があった。鈍器(シャコ貝)を持つ手が自然に下がってしまう。

 ……まあ、今刺されたのはアリスだ。どう対応するのもアリスの自由。ここは任せよう。


 アリスはまだ嗤っているナイトメアに向き直り、静かに尋ねた。


「ねえ、ナイトメア。確認するけど、部下になるって言ったのは嘘なのかしら?」

「いえ、本当です。これは純粋にボスのためを思っての諫言ですよ。部下を迂闊に信用すると裏切られると身を持って知ってもらいたくてですね」

「……そう。つまりあなたはそういう奴なのね」


 ようやくこいつの腐りきった臓腑の悪臭に気付いたらしい。アリスは間違っても女子中学生がしないような冷徹な目でナイトメアを見上げ、


「そういう態度も私の組織では矯正していくわ。覚悟しておきなさい。もちろん私を刺した罰も与えるから」


 稀に見るド外道を受け入れた。流石のナイトメアもこれには驚いたのか、一瞬動きを止める。

 マジか。正気か?


「おい頭大丈夫か。今刺されたのをもう忘れたのか? 絶対こいつ口からデマカセ言ってるだけでお前の事上司だなんて欠片も思ってないぞ」

「そんな事はわかってるわ。でもね、もうナイトメアは私の部下になったの。気に入らない部下、失敗した配下を切り捨てるのはあなたのような三流がやる事。真の支配者というものはどんな部下も心服させて使いこなすものよ」

「お前……ブレないなぁ……」


 アリスの支配者気取りはイラつくばかりだったが、ここまで貫き通すと一周回って感心する。

 改めて夢見人(ドリーマー)全員に共通する「頭のおかしさ」を思い知った。アリスはきっとこの先も絶対に揺らがないだろう。考えてみればドラゴンに威圧されても自分を曲げなかったのだ。ナイトメア如きにスタンスを崩す訳がない。アリスのそこだけは尊敬に値する。

 ただし問題なのは、ナイトメアも同じように揺らがないだろうという事だ。ナイトメアを御す見込みはない。


 堂々と言い放ったアリスに、ニクスは半泣きですがりついた。


「ボス、お願いですからナイトメアだけはやめて下さい。もう生理的に無理です。こいつ以外なら誰と同僚になってもいいですから。ゴキブリでもいいですから」

「ああ、せっかくこれから仲良くしようと思っていたのにそういう事を言いますか。一体どうしてそんなに私を嫌うのか理解できません。むしろニクスさんは私に感謝するべきだと思いますよ」

「は?」

「悪質な上司へのささやかな復讐を手伝ってあげたでしょう。普段逆らえない上司への一刺し。心のどこかに少しは日頃の鬱憤を晴らす嬉しさがあったのではないですか」


 ニクスが能面のような無表情になり、地の底から響くような声でぶつぶつ呪詛をつぶやき始めた。怒りが臨界点を突破してまずやる事が呪詛、というのがまたニクスらしい。

 俺だったらジュラ紀に生きた全長20mを超える史上最大の魚類、リードシクティス・プロブレマティカス(質量兵器)で叩き潰す。ナイトメアには大剣(ナイルワニ)すら生ぬるい。

 

 まあとにかく、これでそれぞれのスタンスは分かった。

 アリスはナイトメアを制御して支配下に置きたい。

 ニクスはナイトメアを追い払いたい。

 俺はナイトメアの魔手から幻獣を守りたい。

 ナイトメアはド畜生。


 よし。とりあえずナイトメアは殺しておこう。

 根本的な解決にはならないが、現実(リアル)に死に戻りすれば六時間は夢世界(ドリームランド)に入れなくなる。短くともその時間だけは幻獣の安寧が守られるという事だ。

 形だけでもアリスの庇護下に入っていれば俺が遠慮するとでも思ったか? ニクスの呪詛も段々力強くなり、唱え終わるのが近い。ダブルアタックだ。今度こそくたばれ!


 しかし何か武器(いきもの)を創る前に、彼方から飛来した火球がアリスとそのすぐ後ろにいたナイトメアを諸共に一瞬で焼き払った。


「…………」

「…………」


 ニクスは振り上げた杖を下ろす先を失い、気まずげに沈黙した。

 俺も高めた殺意のやり場を唐突に失い言葉がない。

 二人が居た場所には超高温で真っ赤に赤熱した地面だけが残され、塵すらなかった。


 このタイミングでこれかあ……

 ドラゴンはもう……なんというか……ドラゴンだなあ…… 


【幻獣図鑑No21.デトリトゥース】

 成長段階によって姿と呼び名が変わる出世幻獣。逆さにしたイソギンチャクのような形の微小な幻獣の集合体である。一匹は砂粒程度の大きさ。

 1~5万匹から成る第一段階「モールド」は一見すると黒いカビのようで、動物が近づくと節足を動かし窪みや隙間、亀裂に隠れる。生物遺体や生物由来の物質の破片、微生物の死骸、あるいはそれらの排泄物を起源とする微細な有機物を食べる(デトリタス食)。死骸のみを食べ、生物を食べる事はない。水陸両方に適応し、動物の食べカスを更に分解する掃除屋としての役割を持つ。モールドは一匹一匹が節足の一部を絡ませ合い栄養を分け合って共有しているが、他にさしたる能力はない。

 5万~1千万匹から成る第二段階「ウーズ」は灰色の軟泥のようで、泥が生きているかのように動く。大きさは人間の親指大~頭部大まで。死骸を食べる事は変わらないが、深い水を苦手とするようになり、カモフラージュにもなる浅瀬や泥炭地でよく見られるようになる。モールドは生きている者は決して襲わないが、ウーズは衰弱している動物を見つけるとゆっくり忍び寄り、一気に全身を包み込むように覆いかぶさり、窒息させて殺し、食べる。全身で包めない大きさの動物は襲わない。一体のウーズの体内では一匹一匹のデトリトゥースがより有機的・立体的に結合し、それぞれ1万匹程度のユニットを作り役割分担を始める。より素早く動き獲物を拘束するための筋繊維ユニット、獲物を素早く消化するための酸分泌器官ユニットなどが見られる。より大型のウーズほど筋繊維・酸は強力なものになる。

 1千万匹以上から成る第三段階「スライム」は弾力性のあるゴムのようで、個体によって色は様々であるが、半透明である事は共通している。大きさは小型犬以上。死骸を食べる元々の性質は残しつつ、より獰猛になり、積極的に動物を襲う。水辺から離れ、乾燥地以外ならばどこにでも出没する。体を構成する一匹一匹のデトリトゥースはもはや個々の意志を無くし、完全に一体のスライムを形作る細胞と化している。体の大部分が半透明の強靭な筋繊維と消化器官、酸分泌器官でできていて、弾力性が高いため打撃に強く、生半可な刃物も通らない。狩りでは体当たりで獲物を弱らせ、動かなくなったところを酸で溶かし捕食する。群体から単一個体へ変じ俊敏性と力を得た代償に弱点も得ており、体のどこかに全身を制御する脳の役割を持つ球体の核があり、それを破壊されるか体から引き抜かれると全身が崩れて死亡する。スライムの核は濃厚ながら後を引かないすっきりした甘み成分がギッシリ詰まっていて、栄養豊富である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ