表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昨日見た夢の話なんだけど  作者: 黒留ハガネ
一章 夢見る人々
16/56

16話 夢の神と夜の神


 硬直から解凍したニクスがカーテンを閉めた時は窓をぶち破るべきかと迷ったが、ニクスはジャージを羽織ってすぐに窓を開けてくれた。


「あの、声で分かるけど、一応覆面とって見せてくれる?」

「ああすまん」


 Tシャツ頭巾を脱いで顔を晒すと、ニクスはほっとした様子で俺が部屋に入るための場所を空けた。が、俺は逃走のために窓の桟に腰掛けるだけにする。ニクスはジャージの胸元を弄りながらもじもじと言った。


「えーと……その、久しぶり」

「ああ。久しぶり、ニクス。悲鳴上げないでくれて助かった。悪いなこんな夜中に。あとすまん、下着で寝る派だとは思ってなかった」

「それは忘れて」

「あっはい」


 おいどういう事だ一瞬ドラゴン並の圧力を感じたぞ。ニクスはドラゴンだった……?

 バカな事を考えつつ、興味に負けてニクスの部屋を見渡す。牛の頭蓋骨や蝋燭が並ぶ棚、藁人形が置かれた勉強机、洋書が詰まった本棚、壁に貼られた解体新書ポスター、魔法陣模様のカーペット。女の子らしい普通の部屋だ。うむ、おかしい所は何もないな!

 とにかく、やっとニクスに会えた。逃げようという素振りはなく、むしろ歓迎ムードだ。ほっとしたような、悟ったような、妙な感情を混ぜた複雑な顔をしている。


 これは想定外だった。最善でもドン引きだと思っていた。最悪は絶叫&窓から突き落とされる。

 もしかするとニクスは俺が来る事を予想して……いやそんな事はどうでもいい。重要な事じゃない。


「ニクス。話が聞きたいんだ。聞いたら帰る。話の後なら通報してくれても良い。いややっぱ通報はやめてくれ。しかし身の危険を感じるなら通報しても」

「大丈夫、通報はしないから。なんとなくね、こうなるような気はしてた。でもヒプノスなら夢世界(ドリームランド)の法則壊してドラゴンの背中に乗って来るかなーなんて思ってたから、なんというか、その」

「泥臭いエントリーで驚いたか」

「……わ、ワイルドだな、って」

「まあワイルドでもマイルドでもいい。んん、なんでこんな話になってるんだ? 俺が聞きたいのはニクスがどうして幻獣を盗んでるのか、だ。どんな理由でも怒らない。ただ、本当の事が知りたいんだ。話してくれないか」


 俺なりの精一杯の真剣さを込めて、ニクスをまっすぐ見て頼んだ。ニクスも、俺をまっすぐ見返して、答えた。


「全部話すと長くなるけど、いい?」

「夜明けまでに頼む」

「ん。そこまで長くはないよ」


 軽く頷いて、ニクスは語りだした。

















「私は家族がいなくて、九歳まで孤児院にいたの。北海道だったんだけど、冬はすごく寒かったな。全部真っ白になって、毎日雪かきでヘトヘトだった。私が居た孤児院は年長の人の虐めが酷くてね。大人が見てないところで殴ったり蹴ったり突き飛ばしたり、物を盗ったり。辛かったなぁ……毎日オヤツがあったんだけど、全部取られて一回も食べれなかった。

 それで、現実が辛かったから、私は夢世界(ドリームランド)に逃げた。私にとって寝たら夢世界(ドリームランド)に行くの当たり前の事だったんだけど、他の子にとっては全然そうじゃなくて。あの頃は夢と現実の区別があんまりついてなかったから、現実でも妄創(イメージ)使おうとしてたし、そんな変な子はもちろん虐められるよね。

 知ってる? 現実(リアル)で幸せになった事がないと、夢世界(ドリームランド)でも幸せになれないんだよ。妄創(イメージ)現実(リアル)の再現しかできないから。妄創(イメージ)は妄想でしかないって事。

 その孤児院にあった絵本に悪い魔女が出てくる話があって、私はおままごとでいつも悪い魔女の役で……ごめんこの話は関係ないかな。

 九歳の冬に私は夢世界(ドリームランド)で女の子に会った。私より小さい子で、私に会うとすごくびっくりしてた。私も夢世界(ドリームランド)には夢無人(リアリスト)しかいないと思ってたから、自分以外の人に会ってすごくびっくりした。わーっ、ってね。それで女の子がびっくりして泣き出しちゃったから、頑張って慰めて、話を聞いて。最初はこの子はきっと私を助けに来てくれた見習い魔女なんだって思ったんだけど、凄くワガママな子で、泣きやんだらすぐにあれしろこれしろって命令し放題。私も命令されるのには慣れてたから言う通りにしたんだけど。蹴ったり叩いたりしてこなかったから、それだけでも嬉しかったな。その子が口癖みたいに「わたしはおじょうさまなんだから」って言ってたから、私はそれからずっとお嬢様って呼んでる。

 それで何日か夢世界(ドリームランド)でお嬢様と遊んでたら、いきなり孤児院を出る事になったの。後から聞いた話なんだけど、お嬢様は旦那様と一緒に北海道の別荘に来てたみたいで、たまたま私を見つけて引き取ってくれるように旦那様に頼んでくれたんだって。

 それから私はずっとこの屋敷でお嬢様の使用人みたいな事やってる。お嬢様の宿題手伝ったり、話し相手になったり、一緒に遊んだりね。現実(リアル)でも、夢世界(ドリームランド)でも。一日三回お腹いっぱい食べられて、寝ててもお腹踏まれなくて、鉛筆折られないし、服だって泥まみれにされないし、全然文句なんて無かった。

 去年ぐらいからかな、お嬢様が夢世界(ドリームランド)を征服しようって言い出したのは。旅行で外国の大都市に行くと、たまに夢見人(ドリーマー)に会うんだよね。そこで色々情報交換して夢世界(ドリームランド)について知ったんだけど、夢世界(ドリームランド)に国が無いって分かってから変な事考えたみたいでさ。ちょうど旦那様がお嬢様を会社に連れてくようになった時と重なったのもタイミングが悪かったんだと思うけど。

 それでこれから夢世界(ドリームランド)で私の事は『ボス』と呼びなさい、なんて言って、私はまたお嬢様の気まぐれかって思ってたんだけど……

 ……怒らないで聞いて欲しいんだけど、ヒプノスが創造(クリエイト)した森と山で火が点いちゃったみたいで。ヒプノスを引き込めば世界を取れる! なんて言って、私に勧誘を丸投げしてきたのね。

 正直さ、私も最初は勧誘目的が大きかったんだけど、ヒプノスと一緒に居るのが楽しくて。ほら、私ってずっとお嬢様のお世話してて友達いなかったし。ヒプノスはびっくりするような事教えてくれるし、面白いし、私の魔法をいいねって言ってくれるし。お嬢様は酷いんだよね、『杖より銃の方が強いじゃない』とか! 『魔法陣より地雷よ』とかさ!

 こほん。うん、それで……ヒプノスが全然組織に入る気無いから、お嬢様がヒプノスは敵だって言い出してね。『怪獣懐柔作戦』なんて作戦で幻獣を盗む事になった。あ、笑っていいよ。

 ……ごめん、ヒプノスには絶対言うなって口止めされてたから、言えなくて。ヒプノスが怪しんでドラゴンに相談しに行ったって知った途端に、もうヒプノスには会うなって。

 私もそんなの酷いって思ったよ? 裏切れ、もう会うな、なんてさ。でもお嬢様の言う事には逆らえない。ヒプノスはおかしいって思うかも知れないけど、私にとってお嬢様はずっと恩人だから。お嬢様は私を孤児院から出して『幸せ』を教えてくれた。お嬢様がいなかったら、きっと私は夢の中で夢も見れなかったから。だから、私は……

 ごめん。本当に……ごめんなさい。幻滅、したよね……。あはは、絶交かな……」


 話を結び、涙声で震えるニクスへの俺の感想は一言だった。


「話が長いッ!」

「ご、ごめん!」


 要するに全部ボス=お嬢様が悪いが、恩があるから従っている、という事だ。余程複雑な事情なのかと思って聞いていれば、20文字で済む話を長々と。


「ごちゃごちゃ人生語らなくても一言『ボスに言われて仕方なくやりました』でいいんだよ! それで俺は納得する。それをお前、わざわざ嫌な思い出を自分で掘り返して抉って、マゾなのか? これじゃ俺が友達泣かせて無理やり話を聞きだした畜生みたいだろうが! すまんな辛い事思い出させて! ちょっとでも疑った俺が悪かった! ニクスはホント人間にしておくには惜しいぐらい良い奴だ!」

「う、うん? ありがとう……? えっと、まだ友達でいてくれるって事?」

「俺はそうしたいと思ってるが」


 そう返すと、ニクスはパッと笑顔になった。まだ目の端に涙は残っていたが、俺まで嬉しくなるような気持ちの良い笑顔だった。

 不覚にもドキッとする。現実(リアル)でこうして見ると改めて思う。ニクスは本当に可愛い。

 寝癖がついて乱れた髪が月明かりに照らされラッコの毛皮のような光沢を出している。瞳はフクロウのように理知的で、顔立ちはホワイトタイガーのように美しくも凛々しい。蛇のようにしなやかでほっそりとしたスタイルは自然と目が吸い寄せられるようだ。

 惜しい、惜し過ぎるぞ。なんでニクスは人間なんだ……! 人間じゃなかったらとっくに惚れている。いっそ人間でもいいやと血迷いそうになるぐらいだ。


「はー、すっきりした。つまりボスをぶっ飛ばせば全部解決するんだな!」

「え? いや夢世界(ドリームランド)でお嬢様やっつけてもあんまり意味無いと思うんだけど」

「ん……?」


 どういう事だ、と聞こうとして、俺は部屋の外の音を拾った。廊下から誰かがこちらに来ている。

 ニクスもすぐに気付いた。大慌てで隠れて、隠れて、と手振りで合図して、自分は部屋の扉に飛びついて鍵をかけた。俺は窓から急いで離れ、雨樋に手をかけて部屋から見えない位置にぶら下がる。

 ほんの一拍後、ガチャガチャとドアノブを回そうとする音がした。


「あれ? 霞ー? いないの? 起きてるんでしょ?」

「はいお嬢様。少々お待ちください」


 ニクスは聞き覚えの無い少女の声に礼儀正しく答えた。ガタガタと物音がして、数拍置いてドアが開く音がする。


「いるじゃない。どうして鍵なんて掛けてたの」

「御覧の通り魔術儀式をしていて」


 無茶苦茶な言い訳だった。普通は発狂したと思われるようなセリフだったが、お嬢様らしい声は納得したように言った。


「また? 別にいいけどあなた仕事はどうしたの? 今日はバジリスクとってくる予定でしょう。なんで現実(こっち)にいるのよ」

「……それが途中でドラゴンに見つかり殺されてしまって。夢世界(ドリームランド)に入れるようになるまで時間を潰そうかと」

「ああ、ドラゴンは早め何とかしないといけないわね。鬱陶しくて仕方ないわ。アレはもう作ってるの?」

「はい。少しずつですが」

「ならいいわ。アレ渡せばドラゴンも大人しくなるでしょう。んー、起きてるなら入れるようになるまでデザインについて話しておきましょうか。私の部屋に来なさい。そういえばなんでジャージなの?」

「……こういう機能的な服の方がお嬢様はお好きかと」

「分かってるじゃないの………………どうしたの? ほら、来なさいよ」

「部屋を片付けてから行きます。まだ儀式の途中で」

「床に適当にガラクタばらまいたみたいにしか見えないけど、こんなのが儀式なの?」

「ちゃ、ちゃんと意味があるんです。例えばこの蝋燭はペパーミントの抽出液を練り込んであって、火を付けた時に出る刺激臭が」

「うるさい。先に行ってるからさっさと片付けて来なさい。秒でね、秒で」


 高慢な声と足音が遠ざかって行く。足音が聞こえなくなると、窓からニクスが顔を出した。


「ごめん、今日はもう無理みたい」

「嫌味な声した奴だったな。気に入らん。夢世界(ドリームランド)で話せるか?」

「あっちだといつもカメラと通信機持たされてるから無理。これ私のメールアドレス。ここにメールしてくれれば通じるから」


 そう言ってニクスはアドレスを走り書きしたメモ用紙を渡してきた。片手で受け取り、ポケットにねじ込む。話に集中して忘れていたが、トランシーバーから長宗我部の「そろそろ戻って来い、おい、聞こえてるか」という声が繰り返し漏れていた。やばい。急がないと帰り道でドーベルマンに噛み殺されそうだ。

 懸垂下降で降りようとすると、ニクスが話しかけてきた。


「ヒプノス」

「ん?」


 上を見上げると、ニクスは頬を赤くして、はにかんだ笑みを浮かべて言った。


「会いに来てくれて、本当に嬉しかった」


 俺は答えず、黙って一気に下まで降りた。ロープを回収して頭巾をかぶり直し、撤退しながら深呼吸を繰り返す。

 長宗我部に合流するまでには顔をどうにかしたい。今、絶対気持ち悪いニヤケ顔になっている。



【幻獣図鑑No12.バジリスク】

 猛毒の牙と見た者を石化させる瞳を併せ持つ凶暴な蛇。頭部は鶏に似るが、爬虫類の特徴が濃い。全長は最大7m。

 普段の狩りは、まず川辺や森の腐葉土の下、太い木の枝の上に潜み、通りかかった獣に飛びかかる。その後素早く全身を絡ませ窒息させるか、圧死させる。そして骨を粉々に砕いた後、丸のみにする。

 牙の毒は成体よりもむしろ若い個体の方が強力であり、これはまだ体が小さく対象を圧殺できない時に大型の獲物を毒によって仕留めるためである。幼体の頃は一滴で石をドロドロに溶かすほど強力な毒も、4mほどまで成長すると草をゆっくり枯らす程度にまで弱まる。

 勘違いされがちだが、バジリスクの瞳は通常石化能力を持たない。瞳が目を合わせる事で生物を石化させる邪眼と化すのは繁殖期の雄のみである。繁殖期の雄バジリスクはまず手頃な大きさの生物を石化させる。そして雄と比べ小柄(最大1m)の雌バジリスクが口から体内に潜り込み、胃に産卵する。孵化までには丸一年かかる。

 石化した動物は卵を守る外壁の役割を果たすと共に、卵が孵化した後は幼バジリスクの餌となる。孵化したバジリスクはまずその猛毒でゆりかごとなっていた石化動物を内側からドロドロに溶かし脱出。同時に溶けた石を残さず食べ、栄養を得ると共に孵化の痕跡を抹消する。

 石化時に獲物が口を閉じていたり、開いていても体を潜り込ませるほどの隙間がなかった場合、雌は卵を産み付ける事を諦める。その石化した獲物は放置され、やがて長い年月の間に風化していく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ