闘技大会 準々決勝戦
「レーくん、君一体なにをやったんだい?ものすごい振動が起きたんだけどさー」
「武器破壊されたからやり返した」
「…それであんな振動起こるんですか……?先輩、それオーバーキルですよね…?」
「オーバーキルなら武器破壊どころの騒ぎではないですね…」
試合終了後、俺は仲間達の元へと戻ったが、先程の出来事の詳細を話す気にはなれなかった。というよりあまり憶えていないというのが本音だ。
俺が剣を折られた時に激昴したのは事実だ。あれは俺が近衛騎士に就任した時に騎士団長から贈られた品なのだから。相手は勿論知る由もないというのは分かっているがたかが2回戦目で武器破壊を狙うだろうか?俺には意図してやったようにしか見えなかった。
それ以外にも気になることはあった。俺が激昴した時、俺は自身の能力のコントロールが出来なくなった。まるで内側にいる何者かに操られるかのようだった。あの感覚が俺の心をざわつかせていた。
一体なんだったのだろうと考えているとクリスが俺達を呼びに来た。決勝ラウンドでの対戦カードを発表するらしい。俺はシャナルとエリーと共に向かった。…あの能力は絶対にこいつらに見せたくないと思いながら。
準々決勝は俺とエリーが当たり、クリスとは2回戦目に当たる事になった。シャナルとは決勝で当たるようになった。全員勝ち進めばの話にはなるが。
ちなみにセリアは予選で負けたので今は観客席で見学している。外から見ることで各個人の弱点を発見するらしい。
「いやあ、先輩!楽しみですね!早く先輩と戦いたいです!」
「お前にとって俺との相性は最悪だと思うが」
「だからこそですよ!先輩と本気でやり合う機会はなかなかないですからね」
「…お手柔らかに頼むよ」
発表を受けてエリーがものすごくはしゃいでいた。確かに仲間同士で本気でやり合う機会はなかなかないし、本気でやり合うからこそ相手の弱点が見つかるかもしれない。
「レーくん、決勝で待ってるよー」
「ちょっとシャナル!決勝に行くのはこの私よ!レヴィンなんかに負けるものですか」
「なんかは無いだろう…なんかは……」
こうやって談笑しているとすごく心が落ち着いた。先程まで抱いていた懸念や不安が和らいでいった。そして時は流れ、俺とエリーの対戦が始まろうとしていた。
「先輩!手加減は要らないですよ!どんと来てください!!」
「分かった。全力で挑ませてもらう」
「では双方配置について……始め!」
開始の合図と同時にエリーが飛び出す。俺は先程の戦いで砕けた剣の刀身を使って剣を創り出す。
「うわあ!それ便利ですね!!1本の剣であるより砕いて使った方がいいんじゃないですか?」
「馬鹿を言え。この剣の耐久度は元々の欠片分しかないんだぞ」
「へえ!いい情報入手しました!」
そう言うとエリーは盾を突き出した。俺はそれを横に避けた。しかし。
「なっ」
避けた先にエリー突き出した剣があった。咄嗟に体を捻って致命傷は避けたが脇腹の辺りを裂かれ激痛に悶える。
「よし!先に先輩にダメージ与えたぞ!先輩お覚悟を!!」
「……甘いな」
「えっ…うわあ!!」
俺の様子を見ていけると確信していたエリーの体がいきなり宙を舞った。彼女が突っ込んで来る延長線上に術式を施してその上を通った瞬間に地面を隆起させて吹っ飛ばしたのだ。だが余りダメージは入っていないようだった。
「いやあ、びっくりしました!やっぱり先輩と戦うと面白いです!」
今の戦況からすると俺が圧倒的に不利だった。エリーも護衛に選ばれるほどの実力者。後輩だからと手の抜ける相手ではなかったことを痛感した。
「『剣舞』…」
「させませんよ!『ソニックブーム』!!」
エリーが剣を薙ぎ払って真空波を飛ばしてきた。どうしてもタンク型の騎士は複数の敵を相手にすると後方に敵を許してしまうこともある。そんな時のために素早く空を斬って真空波を生み出すソニックブームはタンク型の騎士にとって求めていたものであった。逃した敵を追撃する手段として。
「まだまだ行きますよ!それ、それ、それ!」
「くそ、どうする…?このままじゃ拉致があかない」
迫り来るソニックブームの嵐を避けながら俺は考え策を練った。そして覚悟を決めると詠唱を開始した。
「っ!?避けない!?」
「『剣舞』、『序』…続けて『前奏・補助』、『狂想』!」
真空の刃に身を切り裂かれながら俺は詠唱を終えた。すると俺の体が淡く発光し体がぐんと軽くなった。『狂想』は補助では自身の運動能力を向上させるのだ。急に動きが素早くなった俺にエリー困惑しながらもついてくる。だが、打ち合うにつれ動きについていけなくなってきた。そのうち俺の攻撃がエリーにヒットするようになり、防戦一方となっていた。
「くっ」
「どうした、エリー!さっきまでの元気はどこへ行った!」
『狂想』の影響なのか、それとも久しぶりの白熱した戦いだからなのか、俺の気分は高揚していた。だからなのかもしれない。エリーの最後の秘策に気づかなかったのは。
エリーは盾ではなく剣で俺の攻撃を受け止めた。その様子に不審に思い、ハッと気づいて飛び退いたも遅かった。俺の後ろには闘技ホールの壁があった。
「『多重防御壁』!!」
俺の体が『多重防御壁』によって生まれた不可視の壁によって闘技ホールの壁に叩きつけられた。剣撃とソニックブームによって開いた傷口がものすごく痛んだ。
『多重防御壁』は通常、その名の通り防御の為に使われるもので数多の防御壁を作り出し、その壁を押し出すことで相手の攻撃を相殺する。エリーはその応用で壁際にいた俺に対して発動したのだ。
「…先輩、『狂想』はその名の通り能力上昇と引き換えに思考能力を低下させるのをお忘れですか?まんまと私の策に引っかかるなんて…」
完全に押さえ込んだと思ったのかエリーは気を抜いた。それが勝負の分かれ目だった。
『いやあ、完全にやられた。確実に成長しているな』
「っ!?」
エリーが背後からの気配を感じ取り、急いで飛び退いたがもう遅い。『剣舞』で生まれた剣によって体を貫かれた。だが彼女は自身がやられたことよりも今目の前で起きている事に対する驚愕の方が大きかったようだ。
「先輩…?何故……『多重防御壁』で完全に押さえ込んだはず……」
『ああ、そうだ。俺の体はな』
「なっ!?」
そう、今この場には壁に押さえつけられている俺とエリーの背後にいる俺の2人いるのだ。観客席からもどよめきが聞こえた。
「どう…して……?」
『ああ、すまんな。危うく負けそうになったから特殊能力を使わせてもらった』
「特殊能力…?」
『俺はアポロンの徒、『空蝉のシーケイド』だ。空蝉の特殊能力は一定時間だけ自身の体と魂を分離することが出来るというものだ。しかも俺は錬金術師だからな。いくら体を破壊されようとも万全な状態に戻せるのさ』
「………」
『つまり昔の体を身代わりにしてリセットをかけているということだな。復活と不死の象徴の空蝉、そして現在は錬金術師である俺にしか出来ない秘技ということだな』
「そんなのせこすぎます〜!!」
エリーが絶叫しそのまま力尽きた。12の神徒の特殊能力はあまり使いたいものではないが、それでも使ってしまったのは恐らく先輩として負けたくないという意志が働いたからだろう。
あいつはまだまだ上を目指せる。俺を目標としてくれているうちは高い壁であり続けよう…。初めて模擬戦をして俺を師事してくれた時からそう思っていた。だが、そうあれる時もそう長くは無いのではないか…?そんなことを俺は自分自身に言い残し、控え室へと戻っていった。