結
ーグリーシア城下町 広場ー
「…いくら気配を遮断しているからってこんな『いかにも見つけてください』といわんばかりのところでやる必要はないんじゃない?」
「広いところが必要……といっても流石にここでは危険過ぎではありませんか?敵にはアーチャーもおりましたのに…。これでは自ら的になっているのと同じだと思います」
俺達は広い場所を探し求め、言葉通り広場を選んだ。しかし、クリス嬢とセリア嬢はあまり納得がいっていないご様子だった。さっきまで隠し部屋で隠れていたのに、今度は注目の集まりそうな広場に移動したのだから気持ちは分からんでもない。
「仕方ないだろう?今から組む術式は広いところで使わないといけないんだから。それにセリア。お前は姉の力を少し過小評価しているぞ。こいつの気配遮断魔法はかなりすごいからな。盗賊くらいなら見つからないさ」
1人顔を真っ赤にさせてあたふたし始めた。褒めるとすぐにこれである。
「姉様の力を過小評価しているつもりはありませんが…。でも見つかりそうなリスクを負わないといけないくらい広いところでないと使えないのですか?」
「そういうことではないが」
「じゃあなんでこんな注目集まりそうなところに移動してるのよ?さっきの部屋でやれば良かったじゃない」
つまるところ、彼女らは敵の数が多いという理由で撤退したのにも関わらず、堂々と注目を浴びるようなところに行くのはなぜだ、さっきよりもたくさんの敵から集中砲火されるのでは?と言いたいらしい。
「いいか?騎士団を作る過程でどうしても広いところが必要となる。騎士『団』を作るんだから必然的に多くの人数を作り出さなければならない。それもこの広場がいっぱいになるくらいのね。逆にここより狭いところでやると、作り出した『俺』にこれでもかというくらい囲まれることになる。それとも、お前はたくさんの『俺』に囲まれて逆ハーレムになりたいのか?」
そう、俺の策とはすなわちたくさんの『俺』を出現させ、それらの外見を騎士に偽装し、いかにも騎士団が駆けつけたように見せかけるというものだった。
ちなみに冗談の通じていないクリス嬢は、顔を真っ赤にさせて拳をぷるぷると震わせていた。また殴られては流石に困るので放っておくことにした。
「たくさんの『俺』に囲まれる?どういうことですかレヴィンさん?騎士団をそのまま作るのではないのですか?」
「いや、『俺』を生み出し、それを媒介に騎士を作った方がはるかに早いんだ。鎧兜を構築して騎士風にしてしまえばいいだけだからな」
策の内容を話していると、術式が完成したので俺は詠唱を始めた。今回組んだ術式は3つ。【『俺』を生み出す術式】と【外見を騎士のものにする術式】、そして、対象に自身の脳波を同調させることにより、自分の思い通りに相手を動かすことが可能になる【精神支配の術式】である。
ゴーレムを作って操るだけなら精神支配の術式は必要ないのだが、今回は何人もの『俺』を統率するために使用している。というより術式を組み終わってからゴーレムにすれば良かったと後悔した。『俺』をたくさん生み出したといっても全員が俺並みな能力を持っている訳では無い。結局のところ、コピーはオリジナルに勝てないというのが現状だ。だから人数差で相手を圧倒したとしても、相手がヤケになって襲いかかってきたら軍は壊滅するということになる(俺自体の戦闘能力がそこまで高くないからだ)。そうなったら彼らには呪文詠唱の時間稼ぎとなってもらおう。肉の壁、というやつだ。
「我が名はレヴィン・シーケイド……。これより儀式を始める……。さあ、集え!我が分身達よ!!そして、纏え!誉れ高き騎士の鎧兜を!!これで戦準備は整った!さあ、皆のものよ!我に忠誠を誓え!守るべきものを守るために!!」
俺によって呼び出された『俺』達は立派な鎧兜を身につけ、雄叫びを上げながら俺に忠誠を誓った。…自分に忠誠を誓わせるというのはなんか変な感じがしたが。
こうして無事に準備は完了した。後は盗賊を投了させるためにこの軍を率いて東に向かうだけだ。だが1人、俺の進軍に待ったをかけた者がいた。セリアだ。
「レヴィンさん。その、あなたは鎧兜を装備しなくてもいいのですか?」
ーグリーシア城下町 路地裏ー
「これはいったい…」
そこに広がっていた光景に一同は絶句した。盗賊であっただろう屍が、一帯に転がっていた。それだけではない。盗賊達の血飛沫によって見えづらくなっているが、魔法陣があることが伺えた。何者かが盗賊達を殺害し、彼らをなにかに利用しようと企んでいるのだろう。
そして、その魔法陣には見覚えがあった。それは誰のものだったかは思い出せない。だが、たしかに、見たことがあったのだ。
しかも、その魔法陣を張った者が近くにいることも察知できた。
「…何が目的か教えてくれるかな?そこにいるんだろう?」
俺は誰もいないはずの街灯の先を睨みつけた。すると黒い外套を纏った不審な人物が姿を現した。
「おう、おう。随分と怖い顔してくれちゃって。久しいな、抜け殻。お前を待ってたぜ」
そう言って外套を脱ぎ捨てた。その容姿に俺だけでなくクリスとセリアも驚きを隠せなかった。それもそのはず、そいつは俺と瓜二つの容姿だったからだ。だがそれよりも俺にとってはひっかかることがあった。
「久しいな?俺はお前に会ったことがあるというのか?」
「最初に聞くのがそっちなのか。ふふっ、まあいい。その質問に対しての答えはイエスだ。今のお前は覚え出せないかもしれんがな」
そう言って彼は不敵に笑った。そして外套を翻し、背中越しに話しかけてきた。
「俺も今のお前と遊んでいられるほど暇ではないのでな。こいつらと戯れているがいい。ではまた会おう。その時を楽しみに待っているぞ」
登場の時と同じように霧に包まれるかのように彼の姿はかき消された。そして霧が晴れた時には彼の姿はどこにもなかった。
「登場も退場もとっても早かったわね……。なにがしたかったのかしら?」
「……姉様。油断は禁物です。嫌な気配がします」
セリアが言うとおり、この路地裏一帯に魔力が残留していた。そして足元には魔法陣。数多の盗賊の屍。起こりうることは1つ。
びちゃびちゃと音を立てながら屍が動き始めた。それも一斉に。
「っ!?なに!?なんなの!?気持ち悪いんだけど!?」
「クリス、落ち着け。これは疑似蘇生魔術……。こいつらは俗に言うリビングデッドだ」
「いっ!?いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」
クリスはパニックもパニック、大パニックを起こしているらしく、夢中で火属性の魔法を繰り出していた。ガトリング砲みたいだった。
横ではセリアがぴくりとも動かなかった。立ったまま気絶しているらしい。余程ショックだったのだろう。シスターであるから遺体に見慣れていない訳ではないが、その遺体が突然動き出し襲いかかってきたら、こうなるのも頷ける。
さて、ピンチが再来している。1人はガトリング砲と化して使い物にならないし、もう1人は気絶していて戦力外だ。ちなみに『俺』たちはクリスのガトリング砲の餌食となって即退場していた。思ったよりも使えなかった。俺1人でこの2人を守ることはどうにも難しい、どうしたものかと考えていた時だった。
「うおぉぉぉ!!」
勇ましい掛け声と共に大きな斧を持った戦士が敵陣に突っ込んでいった。そのすぐあとに俊敏な動きをした槍術士が「勝手に1人で突っ込むなあ!」と悪態を付きながら突っ込んでいった。そして俺の横には重装備をした盾騎士がやってきた。
「大丈夫ですか?レヴィン先輩。お怪我は無いですか?」
「エリー?それに…ギルとシャナルじゃないか!どうしてここに?生徒は皆、学園に避難してたんじゃあ……」
「はい、その通りです。でも先輩を探しても見つからなくて……帰還してきた先生方に聞いたら先輩は王女様と王城に行ったっていうじゃないですか。しかも」
「東側任されて盗賊相手に大暴れしてるって聞いてよ!お前が助けを待ってると思って来てやったんだ!感謝しろよ!」
「いやー、あなたは『あいつにだけ功績を挙げさせてたまるか!』って言って飛び出していったではないですかー。偶然近くにいたというだけでその監督役にされた私の身にもなってもらいたいですねー?」
いつも通りの彼らに苦笑しつつ感謝の気持ちを述べた。
ギルバート・アウルー────名門アウルー家の長男で才能だけでなく、努力も欠かさなかった天才だ。現在、戦闘能力だけなら彼の右に出るものはいないだろう。
シャナル・リンドブルム────同じく名門リンドブルム家出身の槍使いで、彼女は俊敏さを武器に戦っている。常に大振りのギルの隙を埋められる数少ない人材だ。
エリー・ルードヴィッヒ────現在騎士団長を勤めているアインス・ルードヴィッヒ殿の一人娘で父に憧れて騎士の道を志したらしい。今年学園に入学したばかりの新人だが、父譲りの身体の丈夫さで盾役として励んでいるみたいだ。
彼らが来てくれたことにより、戦況は一気に有利になり、敵の数もどんどん減っていった。
死闘の末、もう少しで全てのリビングデッドが片付くと思っていた時だった。
「きゃあああっ!」
声のする方向に視線を向けるとクリスのすぐ近くにリビングデッド達が群がっていた。どうやらクリスの魔力が底をついたのをみて彼女から先に倒そうと思ったのだろう。
俺はセリアをエリーに任せ、詠唱を開始した。不幸中の幸いなのがクリスに群がっているリビングデッド以外は、ギルとシャナルが抑えてくれたため、詠唱に集中することが出来て、完成がとても早くなったことだった。
「『剣舞』……『序!』」
1つ目の呪文詠唱を終えると、俺の周りに複数の魔力で出来た光り輝く剣が生まれた。その光景にその場にいた全員が俺に視線を向けた。最も今回は相手がアンデッドが苦手とする光属性にしているため、目を向けた途端に目を覆うような仕草をしていたが。
「『剣舞』……『前奏・攻撃』!」
続いて2つ目の呪文詠唱を終えると、光の剣が一斉に矛先がリビングデッド達に向けられた。そして剣が眩いばかりの光を放った。たまらないといった様子でリビングデッド達が一斉に逃げ出そうと背中を向けた。
「『剣舞』……『追走』!」
俺の3つ目の呪文詠唱により放たれた光の剣が、逃げようとしてがら空きになっていたリビングデッド達の背中を突き刺した。リビングデッド達が堪らず叫び声をあげた。
「『剣舞』……『終焉』!」
俺の最後の呪文詠唱により、突き刺さった剣が一斉に爆発し、眩い光がその場を包んだ。
目を開けられるほどの明るさに戻ると、その場を静寂が包んでいた。リビングデッド達も漏らさずに倒すことが出来たみたいだった。ふと周りを見渡すと、全員が唖然としていた。今さっき起きたことの処理が出来ていないらしかった。そんな彼らに俺は次に俺達が取るべき行動を口にした。
「さ、王城に戻って報告をしよう。陛下がお待ちだ」