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ーグリーシア城下町 街道ー
飛んできた矢の本数から賊には3人のアーチャーがいることが分かった。そして前からは曲刀を振りかざし、突撃してくる賊が来ている。その数は5。こちらの陣営は魔術師のクリス、シスターのセリア、そして俺。やる事は1つだった。
「全員、全速後退!逃げるぞ、数が多すぎる!!」
かくして、初陣は武器も交えずに逃走、という残念なものとなった。
ーグリーシア城下町 民家の隠し食庫ー
「なんで戦う前に逃げるのよ!あなたそれでもグリーシア王国の誇り高き騎士の1人なわけ!?」
今、俺達は狭い一室の中にいた。とある民家で隠し扉を発見したのだ。どうやら食庫として使わていたようで小麦粉やら水の入った樽などが置かれていた。俺達はそこで作戦会議を行っていた。といっても今の状態では何も出来ないのが現実なのだが。
「無駄死することが騎士の務めではないぞ?俺らではあの数を相手にするのは無理だ。誰かもう1人前衛が出来る者がいればいいんだけどな」
「あんたは学園で何を学んできたのよ!!前衛くらいこなせるでしょう!」
「姉様。レヴィンさんをあまり困らせないであげてください。まずは落ち着いて」
そう言われるとクリスは深呼吸をして両頬を叩いた。どうやら落ち着いたようだ。
「クリスが言うように俺は一応前衛をこなすことは可能だ。そういう訓練を受けてきたからな。だが、前からは5人、そしてその後ろから3人のアーチャーが矢を放ってくる。俺1人では全員を守り切ることは難しい」
「だからって戦いもせずに逃げるの!?町の人が殺されていくのを黙っているの!?冗談じゃないわ!私1人でも…」
「だから何故そうすぐにカッと熱くなる?クリス、俺はなにも策が何も無いとは言ってはいないぞ?」
「ではレヴィンさん、それが成功すれば町から盗賊を追い払えるのですね?」
「そう取ってもらって構わない」
「…あなたの言葉、信じるわよ?」
この一言で先程まで頭に血が上っていたクリスも冷静さを取り戻し、作戦に意見を聞き入れてくれるようになった。そして俺の作戦を聞いた2人は揃って困惑の表情を浮かべた。しかし、俺の成功への確信に満ちた顔を見ると、決意を瞳に宿し頷いた。
ーグリーシア城下町 路地裏ー
「おい、さっきのガキ3人は見つかったのかよ?」
人気が全く無くなった路地で男はもう1人の男に声をかけた。
彼は盗賊団の一味で男自身もそうであった。そして彼は今回この町に襲撃を仕掛けた張本人であった。そのはずだった。しかし、彼は返事をせずにこちらに向かってゆっくりと歩いてきた。よく見ると足元がふらふらとしている。不審に思った男は彼に向かっていった。
「おいおい、大丈夫かよ?調子に乗って飲みすぎたんじゃないのか?ほれ、酒場まで戻………る……!?」
男は目を見開き、自身の胸に手を当てた。先程熱く、鋭い痛みの走ったその胸に。男の手には赤黒い血がべっとりとついていた。そして、それが引き金になったのか、激しい痛みが男を襲った。堪らず膝をつき、自分を刺した人物を見ようとして…男の意識はそこで途絶えた。
男の首を飛ばした彼は、冷酷な笑みを浮かべその本来の姿に戻った。その人物とはレヴィン…否、彼によく似た人物であった。そして彼は、
「よう、抜け殻。この程度くらいお前が本気を出せば楽勝だろうよ?まあいい。存分に楽しませてもらうとするぜ?ふふ、ふっふっふ」
そう彼は笑いながら消えていった。彼が消えた後には胸を刺され、事切れた哀れな賊が残されていたのだった。────
ーグリーシア城下町 民家の隠し食庫ー
「…それってつまり……」
「ここにある物を使って、兵を作って、騎士団が来たと錯覚させるってこと?」
「その認識であってるが?」
見つけた食庫の中での会議でのこと。俺は自分の策をクリス、セリアに話していた。だが、本当の俺の能力について何一つ知らない彼女らは、当然の如く異を唱えた。
「そんなもので引っかかるの!?そもそもの話作れるの!?ここには鎧や槍なんてものは無いのよ?」
「それには同感です。いくら何でもそれは夢物語過ぎます。それともレヴィンさんにはそれが出来ると?」
「出来ると言ったらどうする?」
「出来るわけないわ!それともなに?あなたは錬金術師だとでもいうの!?」
「その通りだが?」
「ほらみなさい!だから…って、え?」
「どうした?何を驚いている?」
「レ、レヴィンさん…錬金術師は今から500年以上前に各国によって全滅させられたと習いましたが……」
そう、彼女らの言う通り錬金術師はとっくの昔に全滅させられている。
ものづくり文化が充分発達しているとは言いがたかった当時、あらゆる道具を錬金術によって作り出していた錬金術師は各国から重宝されると同時に恐れられてもいた。これほど強大な力を持つ者達が自分達に刃を向けたらどうなるのかと。恐れた各国の王は主要人物を集め、会議を開いた。当初は錬金術師を高位に着ければ、反旗を翻すまい、と意見が一致したが、やがて回数を重ねる毎に平和的に解決しようとしていた彼らの心情に大きな変化が生まれた。この世界から錬金術師達を消し去ろうとするようになったのだ。まず彼らは何人かの手先を錬金術師達の弟子入りさせた。そして、機を計らい暴動を起こし、それら全てを錬金術師達が起こしたものだとお触れを出した。この世界を乗っとり、我が物にしようと。このお触れを聞き、怒った民は皆、錬金術師達に危害を加えるようになった。最終的には錬金術師達を処刑する声が上がり、彼らは皆処刑された────
俺が錬金術師に起きた悲劇のストーリーを思い出し、感慨に耽っているとセリアが質問があります、と話しかけてきた。
「たしか錬金術師達は抵抗することなく捕まり、すぐに処刑されたんでしたよね?私の中で未だに分からないところなのですが」
たしかにセリアの言う通り、錬金術師は無抵抗で捕まり処刑された。それは当時の多くの民も疑問に思っていたところだろう。なにせ反旗を翻し、この世界を乗っ取ろうとしたと聞いていた錬金術師が抵抗せぬまま処刑されたのだから。
「ああ。錬金術師はそこで抵抗すれば、王側の思うつぼだと悟っていたんだろう。結果的にその判断は正しく、真実が今の世にまで語り継がれているのだから」
しかし、1つ疑問が残るのは錬金術師が処刑された数日後、何者かが会議での各国の王が陰謀によって錬金術師を全滅させたと告げたことだ。それによって今は錬金術師が無実の罪で処刑された悲劇の聖者、ある国では崇拝の対象にすらなっているという。
でもさ、と今度はクリスが手を挙げた。
「なんでみんな王の言う事を鵜呑みにして錬金術師達を処刑しようと思ったの?1人くらい錬金術師達を守ろうって思う人がいてもいいと思うんだけど。今までお世話になっていたのに、いきなり手のひら返して殺そうとするなんてどうかしてるわ」
「まず1つ目の質問に対してだな。彼らは物資面では大いに助けてもらってはいたが、錬金術師は無愛想でね。度々喧嘩が起こったそうだ。まあ、喧嘩といっても一方通行で錬金術師は無視を決め込んでいたのか黙っていたけどね」
この事実は意外だったのだろう、2人とも驚きのあまり絶句していた。話を聞くだけだと錬金術師は、まさに聖者のように自らの生命を差し出して、悪略を暴いているのだから無理はない。
「そして、2つ目の質問についてだが、いた事にはいた。だが、上がそれを許すと思うか?たちまち数が減り、最終的に擁護する者はいなくなった。恐らくだが幽閉または秘密裏に処刑されたのだろうな」
「そんな…自分たちの立場が危ういというだけでそんなことをするなんて……ひどい、ひどすぎる……」
「へえ、クリスでもそう思うんだな。一応は人の子だということか」
「あんたは私をなんだと思ってたのよ!」
「悪魔かと」
その口を突いた瞬間、俺の視界は暗転した。やれやれ、こんなことして遊んでいる暇は無いというのに、口は災いの元とはよく言ったものだ。
「そういえばレヴィンさん。今気づいたことがあるんですけど」
錬金術で使えるものを物色していた俺にセリアが話しかけてきた。
「先程から私達は錬金術師『達』と言っているのに、レヴィンさんは錬金術師と言っていました。まるで1人しかいないかのように。歴史書にも錬金術師は複数人いたとの記述がありましたし、やはり処刑も各国で行われていたと記述されていました。単なる表現による誤解なのかも分かりませんが、錬金術師は複数人いた、ということで間違いはないのですか?」
彼女の言う通り、錬金術師の話は各国にいる錬金術師『達』を処刑するという話で、錬金術師は1人しかいなかった、というような記述は全くない。むしろ歴史書には複数人いたことが明記されている。単数形で話されて違和感を感じるのも無理ない話である。
「流石だな、セリア。それについての答えはこれから俺が使う錬金術を見れば分かるはずだ。2人とも、準備が整った。ここでは狭いからひとまず外へ出よう。盗賊達に見つからないようにクリス。気配遮断の魔法を」
「ようやく私の出番が来たようね。分かったわ、任せなさい」