神徒と創徒
「……どうしてお前がここにいる。お前はアルス殿が倒したはず」
サムシンの焦燥を帯びた問いかけにドライはさも可笑しそうに答えた。
「はっ、俺はお前らなんかに倒されちゃいねえよ。先にここに来たはずの俺の兄弟はやられたかもしれんがなあ」
「なっ…兄弟だと?」
土塊の中から這い出てきながら俺はそう呟いた。
兄弟にしては似すぎている。まるで…そう、コピーのような。
俺はそこまで考えが至って、はっと気づいた。もしそうなら……
「ドライとかいったな。少し時間をもらおうか。おい、音波男。約束を果たしてもらおうか」
ドライは不敵な笑みをうかべると足元に転がっていた男から離れた。充分な距離を取ったことを確認すると、俺は『水鉄砲』を男の顔面に当てた。
呻き声を上げながら男が意識を取り戻すと同時に『錬金』で土を使って男を拘束した。
「な、なんだ」
「お前を倒したらお前の正体を教えてくれる約束だっただろうが」
「へっ、そんなこと話すわけ……」
「まあ大体の検討はついてるんでね。お前が話さないんならお前を殺した後でそいつに聞いてやるよ」
男がドライに助けを求めるような眼差しを向けた。しかしドライはバッサリと斬り捨てた。
「お前が阿呆な条件付けて負けたのが悪いんだろうが。テメェのケツはテメェで拭きな」
「…良いの?これはあなた達の秘密なんじゃないの?」
クリスがそう問うとドライは、
「さあな。俺はこいつがバラした時にはこの場に居なかった。だからこいつが何を喋ったかは知らんな。俺まで巻き込まれるのは御免だ」
どうやら何を聞いても聞かなかったことにをするみたいだった。
観念したらしい男がぽつりぽつりと話し始めた。
男の正体が『カマキリ』と『コウモリ』の性質を持った人工的に創り出された神徒、『創徒』と呼ばれる存在だということ。他にも創徒はたくさんいるということ。
「……これが俺が知っていることだ。さあ約束は果たしたぞ。これで俺に用は無くなったはずだ。俺を解放しろ」
「お主、自分がどういう立場か分かって言っておるのか?」
「あたいの仲間を散々殺しておいてそれはないだろう。当然、逃がしゃしないよ」
サムシンとオルガが呆れたように言った。逃がす義理も義務も無いわけで、実際俺は秘密を聞いたら後のことはドワーフ達に任せようと思っていたのだ。
しかし、この中で唯一それを賛同する者がいた。さっきまで黙り込んでいたドライだ。
「良いだろう。この俺が貴様をここから解放してやろう」
男の顔がぱっと輝いた。こいつが解放されたらまた犠牲になってしまう人が出てしまう。俺達は阻止するべく武器を取った。
「っ!そんなことさせるわけ……」
しかし、クリスの言葉は最後まで続かなかった。その光景をその場にいた誰もが唖然として見ていた。
ドライが取り出し、そして振り下ろした鎖鎌が拘束された手首に向かわずに男の体を縦に斬り裂いたのだ。
「な…ぜ……」
「言っただろうが。この世から解放してやるってなァ!それに秘密をバラした奴を生かしておくわけがねえだろうがァ!!」
男は絶望した表情をしたままそのまま動かなくなった。
唖然としている俺達の方を見てドライは下衆な笑みを浮かべた。
「さあ!第2ラウンドと行こうぜェ!俺の兄弟の弔い合戦だァ!」
ー???ー
「そうか。あいつは死んだか」
暗闇の中で男がそう呟いた。傍らにいる女史が肯定するように頷いた。
「もう少しデータを収集出来るかと思ったが…。なるほど、そう簡単にはいかせてくれないようだね。死因はなんだったんだい?」
「はい。死因はドライ様による処刑だそうです」
それを聞いた男は白髪頭をくしゃくしゃと掻き毟った。
「ああ!またあいつは……。あれ程『何があってもサンプルは壊すな』と言っておいたのに。これはあいつ本体をどうにかしなくてはならないな」
「ツヴァイ様。ドライ様をこれ以上いじると壊れてしまいますが」
女史がそう言うツヴァイと呼ばれた男は、残忍な笑みを浮かべてこう言った。
「なあに、たとえそうなったとしても使い道は腐るほどあるわい。プラナリアとゴリラの創徒、あやつを複製して軍を作ればさぞ良い軍が出来るのだろうなあ!」
ツヴァイの高笑いがしばらくの間響いていた。
女史は御意、と一言だけ残してその場から去っていった。
ー坑道 広場ー
「オラァッ!!」
「くっ!」
「いやあやるねー。こんなのと戦ったのかーレーくんはー」
いきなり襲いかかってきたドライとエリー、シャナルが刃を交えてから既に数分が経過している。
俺達の中でも武術に長けた2人ですら互角なのだ。これを1人で、しかも余裕たっぷりに捌いたアルスの力量に俺は今更ながら畏怖の念を抱いた。
現在エリーとシャナルの2人がドライの足止めをし、クリスとセリア、俺の3人が2人の援護、サムシンとオルガがゴウザと生存者の治療をしている。
しかし、援護といっても2人のどちらかに攻撃が集中しないように気を向けさせるだけに留まっており、ダメージはほとんど入っていなかった。
「ちょっとレヴィン!このままじゃジリ貧よ!何かいい案はないの?」
「姉様、レヴィンさんをあまり困らせないでください。こんな状況誰も想定していなかったわけですし」
確かに2人が焦るのも分かる。今まで学園で学んできた魔法が通用しないのだから。
だからこそ俺は冷静に状況を分析していた。数打った魔法の中でどれがあいつに最も高い効果を示したか…そして、より高い効果を生み出すにはどうすべきかを考えていた。
「…よし、これでいこう」
思いついた案はひとつ、俺は2人を呼び、作戦を伝えた。
「それで本当にいけるの?」
「今は信じてくれ。確信はないが効果はあるはずだ」
「わかりました、それでいきましょう」
「へっ、お前らもなかなかやるじゃねえか」
「はぁ…はぁ……もう腕が……」
「はは……ちょっと……もう…きついかなー……」
2人同時に相手していたのにも関わらず、ドライは平然としていた。
シャナル、エリーの両名の様子を見て、ドライはふっと笑った。
「なかなかやるが……俺の相手ではなかったなァ。終わりにしてやる」
ドライが鎖鎌を振り上げた瞬間、俺は叫んだ。
「2人とも横に跳べ!」
その刹那、巨大な火焔球がドライに向かって飛んでいった。
俺とクリス、セリアの3人の魔力を合わせたそれはドライの体を飲み込むと、ドライの体を激しく焼いた。
「ぐぁぁぁぁぁっっ!!」
「よし、上手くいったわ!」
ドライの呻き声を聞いたクリスがガッツポーズを決めていたが、そ俺はまだ勝利の確信を掴めていなかった。
やがてドライの体を焼ききった火焔球が消滅し、あとには黒く焦げた塊が残されていた。