支配する者と抗う者
ーオルガの部屋ー
「ヘパイストスの神徒で金床の徒…アンヴィル……」
「…サムシン殿?」
オルガの自己紹介を聞いた途端にサムシンの表情が曇った。
「オルガ殿、つかぬことを聞くが…。ゴルドー・アンヴィルという名に聞き覚えは無いか?」
「それはあたいの爺ちゃんの名だねえ。ゴルドー・アンヴィル・グレイグ。あんたが言ってるのは彼のことだろ?残念だが爺ちゃんは2年前に天寿を全うされたんだ」
「そうか…ゴルドー殿にはワシの太刀を打ってもらった礼をしたかったのだが」
「へえ。あんたのその太刀は爺ちゃんが打ったものなんだ。ちょいと見せておくれよ」
サムシンが太刀をオルガに渡すと、オルガは食い入る様に太刀の刃の部分を見、柄の部分を見、そしてサムシンを見た。やがて納得したかのように首を振りながらサムシンに太刀を返却した。
「流石は爺ちゃんだねえ。使い手に合わせて打ってやがる。これはあんたじゃない他人が使うときっと性能を充分に発揮できないだろうし、下手すりゃ壊れちまうだろうね」
俺とサムシンの目があった。実際には俺が使ってた訳では無いのだが、何故か悪い気がしてきた。サムシンが視線を俺からオルガに戻すと、オルガの発言を肯定した。
「確かにオルガ殿の言う事は間違いでは無いな。ワシはこの太刀の他に小太刀も打ってもらったのだが、ある理由で他人に貸したら刀身がダメになった」
「まあそうだろうな。あたいももちろんのことだが、金床の徒は使用者の最も理想とする武器を打つことが出来るんだ。ただし、その武器は他人には扱うことの出来ない代物になるけどね。無理にその武器を使った時は…そうだね、その武器の性能を引き出すことが叶わないか、武器が耐えかねて壊れる、あるいは強引に使った者の体が壊れるかだろうね」
最後にさらっと怖いことを言ってくれたので俺は手を握ったり、屈伸したりをしてみた。どうやら体は無事なようだ。その様子を見たサムシンがオルガに俺(アルス)が小太刀を使用した事を含めたこれまでの出来事を話し始めた。
最初こそ戸惑っていたオルガだったが、話を聞くうちになにやら真剣な眼差しへと変わっていった。
「なるほどねえ。地上ではそんな事が起きていたのか」
「ええ。俺達は先にここに来た人物を追って転送装置から来ました」
「という事は…」
ゴウザが声を上げた。皆が彼に視線を向けると一瞬戸惑ったが、続けた。
「実はお前達の言う通りここに少し前に人間が訪れたんだ。俺達は久しぶりの来訪者という事で盛大にもてなした。俺達は人間にこう言ったんだ。『何か俺達に出来る事は無いか』と。奴は言ったんだ。『お前達の中にいる12の神徒を寄こせ。そいつにしか用が無い』って。それに反発した俺の仲間が見せしめの如く殺されたんだ」
「そんな事が……」
俺達は絶句してしまった。彼が俺達の姿を認めてから襲ってきた理由も分かった。そして、何よりも時間がもう無い事も分かった。
「…その人物の話によると狙いは…」
「当然、あたいということだね」
「ちなみにそいつは今どこに?」
俺がそう問うとゴウザは首を振りながら、申し訳無さそうに答えた。
「すまない。無我夢中で逃げたもんだからどこに行ったのか検討もつかないんだ。幸い奴はここをまだ見つけていなかったからオルガ様と合流出来たんだけどな」
その後俺達は彼の憶えている範囲内でその人物の容姿や特徴を聞き、オルガの護衛を頼まれる事にした。
最初に護衛を頼まれると言った時、ゴウザは疑うような目をしていたが、オルガの睨みによってしぶしぶ下がった。
一方のゴウザは先程と同じように巡回すると言っていた。この坑道の中なら彼らの庭のようなものなのでそれ程危険でもないだろうとの判断であった。
不意にオルガが質問をしてきた。
「お前達はあたいが12の神徒であると言った時…正直どう思った?」
「うん?どういうことだ」
「これはあたいの勝手なイメージだが…12の神徒は主に人とはかけ離れた才を持つ者がなるものだと思っていたんだ」
「その通りだと思うが?」
俺がそう返すとオルガは首を横に振って話を続けた。
「いや、あたいより武器を打つのが上手い人はいたんだ。それこそ天才と呼ばれる程にね。前金床の徒であった爺ちゃんも次期金床の徒はそいつになるだろうって言っていたんだ」
オルガはなにやら哀しそうな目をしていた。まるで大切な何かを奪ってしまったかのように。
「ちなみにその天才と呼ばれた人はどんな感じの人だったんですか?」
「…ああ、彼は私の兄なんだ。爺ちゃんからも、周りからも認められていた。綺麗な造りで強靱な武器を打つってね」
「そのお兄さんは今どこに…?」
セリアが聞くとオルガは顔を伏せた。そして、
「死んだよ。あたいが金床の徒を継承したその夜に。自殺…だってさ」
皆の顔が曇る。オルガは更に話を続ける。
「あたいは特別な才能も無かったんだ。本当は鍛治も爺ちゃんに言われた通りに打てない、落ちこぼれ…だったんだ」
声をかけてやりたくてもかける言葉が見つからなかった。オルガの声がだんだんと震え始めていた。
「だからあたいが継承した時、みんなから変な目で見られたんだ…。なんであんな落ちこぼれがってね。でも唯一兄ちゃんだけはあたいを祝福してくれた。『俺達には無い、何か特別な才能がお前にはあるって神様が認めてくれた証拠だろ』って。『頑張れよ』って!……その後兄ちゃんが作業場に戻るって言って……帰ってくるの遅いって思って見に行ったら兄ちゃんは……。あたいは育ててくれた爺ちゃんの亡くなったその日に居場所と大切な存在を無くしたんだ……」
崩れ落ちるように泣き出してしまったオルガを俺達はどうしてやることも出来なかった。みんな顔を伏せて沈鬱な表情を浮かべていた。
「…オルガ。俺はお前が12の神徒だと聞いた時、やっぱりなって思ったよ。俺はまだドワーフはゴウザとオルガにしか会っていないけど…それでも君が他のドワーフよりも持っているものが違うという事は分かる」
俺の言葉を聞いたオルガがはっと顔を上げた。涙で顔が濡れて先程までの威厳はどこにも無かった。そして同時に思い知らされた。彼女は今まで12の神徒として強くあろうと振舞っていただけで本当はか弱い1人の女性であったということを。
「君がこれまで背負ってきたものの重さが俺には分からない。だけどこれだけは言える。昔の君が如何に落ちこぼれであったとしても、今は君を信じて応援して支えてくれている人もいるんだ。その事を忘れないで欲しい。君の祖父には君の祖父なりの、君の兄には君の兄なりの、そして君には君なりのやり方があるはずだ。それを見つけてかつて君を落ちこぼれ呼ばわりした奴らを見返してやればいいさ。その為には俺も助力を惜しまない」
全く柄にも無いことを言ったなと心の中で反省をし始めた時、異変を感じ周りを見渡した。それはクリスやセリア、オルガも同じようで気配を窺っていた。
「いやーせっかくレーくんが柄にも無いこと言ってイイ雰囲気だったのにねー。少しは空気読んでもらいたいよねー」
「本当にその通りです!先輩がせっかく柄にも無いことを……」
「お前らソレ連呼するの止めてくれないか……」
ー坑道ー
「いたぞ!奴だ!!」
「本当か!」
「殺せ殺せ!」
周りのドワーフ達が我先にと坑道へと突っ込んでいく。手に手製の斧やら槌やらを持って。
彼らは同胞の仇を討たんと復讐に燃えていた。これまでに何人もの同胞が返り討ちに遭っていた。だがここで退いては散った仲間に顔向け出来ないという思いが彼らを駆り立てていた。
「うるさい虫けら共が…」
ドワーフの猛攻に男はうんざりした様子で振り向きざまに左腕で薙ぎ払った。途端、男に襲いかかっていたドワーフ達の首と胴体が斬り離された。しかしそれでもドワーフ達は猛攻を続けていた。しかし。
「雑魚どもが…大人しく俺に支配されていれば良いものを」
男が背を向けて歩き始めると先程まで威勢が良かったドワーフ達の身体がたちまち切り裂かれていった。
周りの仲間だったソレに囲まれてゴウザはただ立ち尽くす事しか出来なかった。去っていく男の背中を見つめながら。
こんな暴虐の限りを尽くすあの男に、今の自分達を支配するあの男に本当に自分達は抗えるのかと絶望にも似た感情を抱きながら、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。