地下に住む者
ー???ー
時はレヴィン達が初めて地下迷宮に入る半日前に遡る。
彼らは久方ぶりの来訪者に心踊っていた。なにせ何年もその扉を通って来た者はいなかったのだから。その扉から通って来た男はすぐに彼らの厚いもてなしに歓迎された。彼らは男に問うた。「何か欲しいものがありますか?あなたは久方ぶりの来訪者。我々はあなた様に出来る限り尽くしますぞ」と。男は答えた。「ならば貴様らの中にいる12の神徒をよこせ。俺はそいつにしか用はない」と。彼らの中に動揺が走った。12の神徒がいるなど誰にも話した事はないし、ましてや久方ぶりの来訪者がその事を知っている事に驚いたのだ。彼らの内の1人が前に出て男に言った。「その要望だけはどうしても応えられません」と。その刹那、彼の首と胴体が離れ離れになり、血飛沫が舞った。それを見た彼ら…ドワーフは人間が自分達に対してかつてのような友好的な感情を抱いてないのだと悟った。彼らは男から逃げるように散って行った。人間への復讐を心に決めて。
ー転移先 坑道ー
「ここは一体何処なんでしょう?」
「どうやら炭坑道のようだな。そこらじゅうに石炭が転がっているしな」
「とりあえず先に進んでみましょ。元に戻る事は今のところ叶わないみたいだし」
クリスの言葉につられて後ろを振り返ると、そこに転移装置などはなく、荒く削られた壁しかなかった。確かに帰れそうな雰囲気ではなかった。
「よし、先へ進もう。ここは俺達が見知っている場所じゃない。固まって慎重に進もう」
俺達は薄暗い坑道の中を歩いていった。そこら中にツルハシやスコップなどが転がっており、また壁に松明が掛けられ灯されていることから人間がいると推定した。そこで俺達は彼らに接触して怪しい人物が来なかったか聞き込みをすることにした。
「んー、居ませんねえ。もう夜になっちゃっててみんな眠っちゃってるんでしょうか?」
「転移にどれくらい時間がかかったかは詳しくは知らんが、まだ多く見積もって夕方だろう。それにこんな坑道の中だ、昼か夜かは判別つかないと思う」
「だとしたら何か他に原因がある……?」
「もしかしたら…先にここへ着いたという人が何かをしたのでは……?」
「……考えたくは無いが一理あるな。あの男はお前達の敵であるのだろう?ならばその男の知り合いとなるとそいつも敵である可能性が高いだろう」
「かもしれないな。だとしたら早く人を見つけないと。何かあった後では手遅れだしな」
数分後、俺達はちょっとした小部屋のような空間に辿り着いた。様子を見るに誰かが使っていたと見られる杯などが転がっていた。中に液体がわずかに残っていることから最近誰かが使用したことが推察できた。
「……確かに誰かいたようだな」
「そのようね。もう少し探索を続けてみましょう」
一方でサムシンが眉間にしわを寄せて難しい顔をしていた。
「ん、サムシン殿?」
「むう…このまま探索を続けるのであれば気をつけた方が良いかもしれん。……何者かがこちらを伺っているようだ」
「それって……」
「こちらの動向を探るなんて真似をするという事はつまりは敵である可能性が高いな」
「なるほどな…、だったら炙り出すか」
「炙り出すって具体的に何をするんですか?」
「簡単だ、走るんだよ。こっちが突然走って視界から消えれば相手も走って追わざるを得なくなる。走って向かってきたヤツをとっ捕まえる」
「ふむ。万が一に備えてワシは殿を務めよう」
「よろしく頼みます」
俺達は小脇にあった通路に向かって一気に走り出した。途中で角を2回曲がると、掘った資材を運ぶ為のトロッコがあった。俺達はその陰に隠れることにした。
「はあ、はあ。まさか気づかれてるとは思わなかったぜ。これ以上余所者にここを荒されないように何としてでも見つけださなきゃ!」
トロッコに隠れて数秒後に追っ手がそんな事を言いながらやってきた。俺は彼の姿を見て驚きの声を挙げた。
「あれは…、ドワーフか!?」
「そうみたいね…。てっきり先にここに来た人の仲間かと思ってたのだけど」
「ふむ。どうやら、ワシらはドワーフの居住区間『カナチ』に転移させられたのかもしれぬな」
「『カナチ』?」
「うむ、ドワーフ達の街の総称だ。彼らの生業である鍛治に適した所、石炭や鉄鉱等が豊富に採れる地下や山にあるのだ」
「詳しいんだねー。お爺ちゃんひょっとしてドワーフに知り合いが居るとかー?」
シャナルが聞くとサムシンは腰に差していた太刀の柄を撫でながら首を縦に振った。
「うむ。ワシがいたサクラノ王国の近くにも『カナチ』があってな。そこでこの太刀を打ってもらったのだ」
「そうだったのか…。えーと、俺が壊してしまった小太刀の替わりをここで打ってもらえないかな…?」
「それを叶えるためにはまずあそこにいる者をどうにかせんといかんな」
俺達を追跡してきたドワーフを見てサムシンが言った。
「…みんなはここで隠れていてくれないか?俺達を追ってきたのも何か理由があるはずだ。それを聞きに行ってくる」
「え、先輩危険ですよ!」
「…まあ、聞く耳持たずだったら逃げるなり何なりするさ」
俺はトロッコの陰から出てドワーフに話しかけることにした。彼がむこうを向いている間に素早く飛び出し、そのまま何事も無かったかのようにドワーフに近づいていった。
「そこのドワーフ。お前に聞きたいことがある」
「うわ!ど、どこから出てきた!!」
「先日、俺以外の人間に会わなかったか?」
「お、お前に答えてやる義理も義務もねえ!」
「ふーん?俺はドワーフは人間に対して友好的だと聞いていたが?それは嘘偽りだったのか?」
俺がそこまで言うとドワーフは先程までのオドオドした雰囲気から一転して、いきなり怒鳴り始めた。
「こないだと言い、今日と言い、お前達人間は俺達ドワーフを何だと思ってるんだ!」
「こないだ…?」
「そうだ!『12の神徒をよこせ』だと!ふざけるな!!アイツにお前ら人間を近づける訳には行かないんだ!!」
「ヒートアップしてるところ申し訳無いがそのセリフを言った奴について聞かせてくれないか?俺はソイツに用があって来たんだ」
「お前に答えてやる義理も義務もねえ!」
どうやら先にここを訪れた何者かがドワーフ達に随分な事をしたらしく、殺気の籠った目で俺を見ていた。
どうやら言葉では理解してくれそうにない…そう思った時だった。
「おやめなさいゴウザ。お客人、あたいの同胞の無礼、どうか許してもらいたい」
「それは構わないが…」
ゴウザと呼ばれたドワーフの背後の通路からドワーフの女性が現れた。かなりの美人で姉御肌、そしてドワーフの中ではかなり高位の人物である事が分かった。現にゴウザが縮こまっている。
「ここで一体何があったんだ?良ければ話して欲しい」
「お前に答えてやる義理も義務もねえ!」
「ゴウザ、貴様これ以上あたいの顔に泥を塗るならそれ相応の処罰をさせてもらうことになる」
ゴウザはぐぬぬと唸ると黙って下がった。こいつ、さっきから何がしたいんだろう…。
「ここで立ち話もなんだ、こちらへ来るといい。お前達は先に来た奴とは違うようだ」
「…なるほど、隠れていた事は既にバレていたか」
「ああ。まあ武器を片手に追い回されては隠れるのは普通だろう?別に咎めはしないさ。さあ、そこにいるお客人もこちらへ来るといい」
俺達は彼女に案内され、奥の小部屋へとたどり着いた。中へ入ると石製の机と椅子、獣の毛皮で作られた布団があった。どうやら居住スペースらしい。
「大したもてなしは出来ないが許してもらいたい」
「お構いなく。それよりも何があったのか聞いてもいいか?えーと……」
「そうか、自己紹介がまだだったな。あたいの名はオルガ。オルガ・アンヴィル・グレイグだ」
「アンヴィルってまさか……」
サムシンが驚いたような声を上げた。
「そうだ。ヘパイストスの神徒が1人、金床の徒。それがあたいだ」