闘技場地下の秘密
ーウェスタンブルー 宿屋ー
「……ん、ここは……?」
「あ、目が覚めたみたいね」
宿屋の一室。俺が何故ここにいるのか、頭が理解するまでに少し時間を要した。たしか、アルスと名乗ったやつに身体を貸して……。
「レヴィン。起きて早々難しい顔して考えてないで下に降りましょう?皆が心配しているわ。全く心配かけさせないでよね」
「ん、そうか。お前も心配してくれたんだな。ありがとな、クリス」
「なっ!?あ、私は別にあんたのことなんか心配してないんだからね!?ほ、本当なんだからね!?」
「はいはい、ありがとな」
「全然分かってないじゃない!……ふう、まあいいわ。とりあえず私達が観客を避難させている間に何が起きていたのか、それとあんたの身に起きていた事を話して頂戴?」
「分かった。皆にも話す必要がある案件だし下に降りようか」
俺とクリスが広間に戻ると皆が安堵の表情で出迎えてくれた。俺は気になっていたことを聞いてみることにした。
「皆心配かけたみたいですまなかった。ところで俺ってどうなってたんだ?」
「大事無いみたいでなによりだよー。レーくんはサムシンさんに斬られた後に本体に戻ったんだけど、目を覚まさなかったんだよー」
「魔力の消費が激しかったのかもしれませんね」
どうやら俺は分身体からこの本体に戻ってからしばらく目を覚まさなかったらしい。そりゃ心配かけるわけだ。
以前に分身体の仕組みについては述べたが、分身体に意識が持っていかれるという事はすなわち魂がそちらに移動するということであり、魂(意識)と魄(身体)が離れ離れになっている状態にある。魂が本体に戻ることで魂魄が合致すると再び生命活動が開始する。つまり、分身体とは一時的に生命活動を止めている状態にあるというわけだ。しかし魂魄の合致に失敗すると魂魄が永遠に離れ離れの状態、すなわち死が待っている。分身体システムはほとんどの場合無事に魂魄の合致が完了するが、ごく稀に失敗しそのまま死亡するというケースもあるのだ。今回俺は時間はかかったものの無事に魂魄の合致に成功したが、もう少しで死亡していたかもしれない。そういった面では皆に心配をかけてしまった。
「それで先輩。サムシンさんと戦う時に起きていた変化について教えて下さい」
「分かった」
俺はあの時起きていたことを説明した。何者かが脳に直接話しかけてきたこと。そして、身体を貸したこと。その人物がアルスと名乗ったこと。分かる範囲の事は全て話した。
「なるほどねー。つまりはレーくん、霊媒師?」
「いや、そういう訳では無いと思うんですけど…」
「アルスについては詳しくはサムシン殿に聞く他はないだろうな。正直なところ俺もあまり覚えていないんだ」
「まあ普通に考えれば自分の身体を貸して、本人はその身体の中で思念体になる、ましてや分身体でそれを行ったとなると維持するのにも膨大な量の魔力が必要だろうし、精神もかなり負荷がかかるでしょうから覚えていないのも無理ないと思うわ」
アルス・シーケイド。彼は一体何者なんだろうか。突然俺に取り憑いたとはやはり考えにくい。昔から俺の中にいたんだとしたら……。ふと俺は別の疑問を抱き、考えを中断した。断片的に残っている記憶を辿っていき、ある点に気がついたのだ。
「なあ、さっきバジリスクが出た、って言ってただろ?そいつどこから出てきたか覚えてるか?」
「どこって……闘技ホールの床ど真ん中だったと思いますけど……」
「…今からじゃちょいと遅いかもしれないな」
「なになに?何か気づいちゃったわけー?」
「先輩?まさか今からその穴に行くつもりなんですか…?」
「ああ、状況が状況だけに早く行った方が良さそうだ。常識的に考えてあんなに大きなバジリスクが地下に巣食っててたまたま出てきました、なんて事は無いはずだ」
「じゃあ誰かが意図的に放ったということ?」
「そうだな、あのドライとか名乗ったあの男は俺のペットと言っておったしな」
クリスの問いかけに答える声があった。全員が声のする方向に顔を向けると今回の大会の優勝者であるサムシンが立っていた。サムシンはバツの悪そうな表情を浮かべ、こちらに向かって歩いてきた。
「いや、すまない。盗み聞きするつもりはなかったんだが」
「サムシン殿。その話、詳しく教えてくれませんか?」
「ふむ、よかろう。だが条件がひとつある」
「なんでしょうか?」
「お主らがあの穴に行くというのであれば…、ワシも連れて行ってはくれまいか。ワシもあの場にいた当事者の1人。このまま見過ごすわけにもいかなくてな」
「そういうことなら…、いいよな?クリス、セリア?」
「なんで私に振るのよ。まあ私は反対しないわ」
「はい!サムシンさん程の実力者ならむしろ大歓迎ですよ!」
「すまないな。ではよろしく頼もう」
こうしてサムシンが仲間に加わり、一同は闘技場のバジリスクが出てきた穴へと向かうことになった。外へ出るともう真っ暗で俺がどれだけ眠っていたかが分かった。闘技場前までは誰もが沈黙を貫いていたが、闘技場に着くと同時に沈黙を破った者がいた。セリアだ。
「…!皆さんお気を付けて……。中から良くない気配が漂っています」
「これは穴に入る前に少し戦闘がありそうだな。気を引き締めていこう」
セリアの言う通り、闘技場内には魔物がいた。どうやら穴から出てきたらしい。
「このままだと魔物が出てくる危険性も出てくるな。どうするか……」
「それなら私とエリーちゃんで穴から出てきた魔物と闘技場内の魔物の掃討を引き受けるよー。良いよね、エリーちゃん?」
「はい、了解です!先輩、穴の探索は頼みましたよ!」
「ああ、分かった。2人共気をつけてな」
こうして二手に分かれ、一方は掃討、もう一方は先を急ぐのだった。穴へと着いた俺達は中の深さを確認するために『火矢』を穴へと放った。幸いそこまで深くはなく、全員無事に中に入ることができた。しかし、中に入った俺達は周りを見渡して唖然とした。なぜならそこには巨大な地下迷宮が存在していたからだ。
ー闘技場地下迷宮ー
「これは……また凄いものに当たりましたね」
「ふむ、古代の地下迷宮のようだな。禍々しい気配がぷんぷんするわい」
「魔物の住処になっていたのかもしれないわね」
「気をつけて進もう。バジリスクみたいなのがいないとも限らない。なるべく離れずに行動しよう」
俺達は周囲に気を配りながら進んだ。宿屋から借りてきた燭台に火を点けてはいるものの薄暗く、いつ何処から襲われてもおかしくはなかった。実際3回程マミーやゾンビ、巨大ネズミに襲われている。例のお姫様は前回の反省を活かしているのか、魔法を連発することなく高火力の魔法で敵を倒していた。いくら魔物とはいえこいつらから何かを剥ぎ取るのは嫌なので結果オーライである。またゾンビ化されても困るしな。
俺達は魔物と遭遇しては掃討をするといった感じで迷宮を探索していた。途中隠し小部屋を見つけ、石版に書かれたここの見取り図を発見した。
「あ、このまま行けば最奥部まで行けそうですね!」
「んー、ここの広間のところに書いてある言葉が読めないわね……」
「どれどれ……。ここから少し行ったところの広間みたいだな。よし、そこに何かあるかもしれないし、慎重に進んでいこう」
そしてしばらく進むと例の広間にぶつかった。入口付近で皆を待たせて魔法で生み出した氷を広間に投げ込む。すると、凄い音ともに天井が落ちてきた。しばらくすると天井は上がっていった。どうやら通ろうとした者を潰すという仕組みだったらしい。何度か試したところ、天井が落ちてきてから元に戻り、また落ちて来るまでに30秒とかからなかった。ちなみに『火矢』を飛ばして脱出口を探してみたところ、一直線上に出口を確認している。
「どうしましょう。この間隔だったら私たち全員が向こうに渡ることって」
「不可能…でしょうね。とりあえず行けそうなサムシンさんに先に行ってもらって向こう側を確認してもらいましょう。何かあってもこの人ならなんか対処できそうだし」
「ワシにそのような期待をして頂けるとは。ならばワシはその期待に応えるとしましょう」
俺はそのやり取りを聞いてはいなかった。あることに気がついたのだ。そしてそれは試す価値があると感じていた。
「セリア。さっきの見取り図をもう一度見せてくれないか?」
「え?あ、はい。どうぞ」
「ありがとう。…サムシン殿、ここを抜けた先に上へと向かう階段があるはずです。この見取り図だとまたこれくらいのサイズの部屋があるみたいですね。俺達も無事にそちらに行けたらそこで再会しましょう。あとここと同じく何か仕掛けがある可能性があるので必ず入口前で待機していてください」
「うむ。承知した。そなたらも気をつけて来るのじゃぞ」
再度氷を床に投げ込み天井を落とす。それが上がり始めると同時にサムシンが走り出した。そして半分ほど行ったところでまた振動が起こって天井が落ちてきた。
「サムシンさん!危ない!!」
「ふふ、ワシが『電光石火』と呼ばれる所以、しかとこの目に焼き付けよ。『秘伝 電光石火』!!」
目にも止まらぬ速さでサムシンは出口へと辿り着く。それと同時に天井が落ちてきた。
「あ、サムシンさんは無事みたいですよ、レヴィン……さん?」
途中で疑問形になったのも無理はない。なぜなら俺が『剣舞』を発動させていたからだ。
「よし、次の、天井が落ちてくるタイミング。そこで天井に飛び乗るぞ」
「「……え?」」
2人の声がハモった。そして、次の瞬間怒号が飛んできた。
「何考えているのあんたは!天井に飛び乗ったら……」
「飛び乗ったら?」
「…あ、…まさかあんた」
「ん?どうしたクリス?」
「天井に飛び乗ってさらに上の天井、えっとつまり、上の階の床をぶち抜くつもりなの?」
「ご名答。さ、分かったなら行くぞ。で、成功させるためにクリスとセリアにはやってもらいたい事がある」
俺はクリスとセリアを近くに呼び作戦を伝えた。2人の顔に浮かんでいた困惑の表情が消え、真剣な表情に変わった。どうやら2人共やる気になってくれたらしい。
「じゃあ行くぞ。チャンスは1回!それじゃあ作戦決行!!」
俺は作戦を決行すべく広間に向かって氷を投げ込んだ。俺達は天井が落ちてきてから素早く飛び乗り詠唱を開始した。こうして3人で力を合わせたギャンブルが始まったのである。