彼氏と彼女とチョコレート(2)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。お茶を淹れる腕は一級品。
・那智しずる:文芸部の二年生。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だったが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は『清水なちる』のペンネームでヒット作を世に送り出す新進気鋭の小説家。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。
・里見大作:大ちゃん。文芸部にただ一人の男子で、千夏の彼氏。一人称は「僕」。2mを越す巨漢だが、根は優しいのんびり屋さん。
・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は左で結んでいる。
・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛を右で結んでいる。
彼女達二人は、髪型で違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。
わたしがしずるちゃんと仲違いをしてから、三日が経った。
その間、彼女は図書準備室に来なかった。教室でも、何だか気不味くって声をかけていない。このまま、離れてしまうのかなぁ? いや、そんなことには絶対になりたくなかった。だって、しずるちゃんは、わたしの大事な友達なんだもの。
そんな時、先週の試験の結果が発表された。掲示されたのは上位百人だけだったが、誰もが結果に興味があった。
わたしが掲示場所に着いた時、既に大勢の人だかりが出来ていた。わたしはその中に、結果を眺めている背の高い美少女を認めた。しずるちゃんだ。彼女は目を細めて順位を確認しているようだったが、しばらくすると、「ふぅ」と溜息を吐いて、すぐにそこから離れていった。
わたしは、彼女を追いかけようとしたが、人混みが邪魔になって、それは叶わなかった。
仕方なく、掲示板を見ると、
1位 那智しずる
の名前が見て取れた。さすがはしずるちゃんだ。これなら希望のコースに入れるに違いない。
そして、わたしの名前は……と、順位を下からなぞって見ていた。なかなか見つからない。百位以内は無理だったのかなぁ。わたしの心が折れそうになった頃、やっと名前を見つけた。
51位 岡本千夏
やった、百位以内に入ったぞ。これで、わたしも志望のコースに入れるに違いない。
でも、こんな成績を残せたのも、しずるちゃんと一緒に勉強したからなんだ。わたしは、なんとか仲を取り戻したかった。そして、その為のきっかけが欲しかった。
でも、今は仕方がない。取り敢えず、見るべきものは見たので、わたしは教室に戻ることにした。
戻ってみると、しずるちゃんは……自分の席でノートを広げて読んでいるようだった。何か真剣で、近寄り難いものがあった。
(どしよう……)
しずるちゃんと話すチャンスではあったのだが、わたしはどうしてもその勇気が湧かなくて、躊躇していた。
と、そのうちに始業の鐘が鳴った。鳴ってしまった。
(はぁ、今回も声かけられなかったな)
わたしは、トボトボと自分の席に向かった。
そして、時間が経過して、今日も終業のチャイムが鳴った。
(あーあ。結局、何も話せなかったなぁ。しずるちゃん、今日、部活に来てくれるかなぁ)
わたしは、そんな後ろ向きな考えをしながら、図書準備室へ向かった。
部室に入る。そして、一年生達がやって来て、お喋りをして、お茶を飲む。でも、そこには『彼女』が居ない。居なかった。
「千夏部長、大丈夫っすよ。しずる先輩は、必ず戻って来るっす」
舞衣ちゃんが、いつもよりも数段真剣な顔で、わたしに言った。
「うん、そだね。しずるちゃんがいつ来ても良いように、準備しとかなきゃ」
『そうですよ、部長』
西条姉妹も、そう言ってくれた。
(もうちょっと。もうちょっとだけ我慢して、待っていよう)
わたしがそう思い直している時、突然、部室のドアが<バン>と開いた。
「千夏、居る!」
図書準備室に入るなりそう言ったのは、誰あろう、しずるちゃんだった。
「へ? あ、う、うん。居る、よ……」
わたしはおっかなびっくりで、ようやっとそれだけを応えた。
「ちょっと、部のプリンターを貸してもらうわよ」
しずるちゃんは、いきなりそう言うなり、鞄からいつものノートパソコンを引っ張り出すと、OSが起動するのももどかしげにしながら、操作をしていた。
そして、少しすると、部室のプリンターが物凄い勢いで印刷を始めたのだ。それを、難しい顔をしながら、しずるちゃんは見つめていた。
何だ? 何なのだ、この展開は。
「しずるちゃん、どしたの?」
わたしが、おずおずと訊いてみると、彼女はこう応えた。
「ん? え~とねぇ、新作のアイディアが浮かんだから、試しに書いてみたのよ。ちょっと根を詰めて書きたかったから、部室にも来れなくて……。ごめんね、何か心配かけちゃったみたいで」
(えっ、ええっ! 新作のアイディア? も、もも、もしかして、しずるちゃんは怒ってなかったの?)
わたしは、混乱しながらも、しずるちゃんに話しかけた。
「そ、それじゃぁ、ここのところ部活に顔出して無かったのも、わたしと話せなかったのも、その所為?」
すると、彼女は、光る丸渕眼鏡の奥から、キッとした目でわたしを睨みつけた。
「そうよ。あたし、集中し出すと、周りのこと考えなくなっちゃうから。ごめんなさいね、千夏」
と、本当の理由を語ってくれたのだ。
「じゃ、じゃぁ、……しずるちゃん。わたしのこと、怒ってなかったの?」
「怒って? 何が? 別に、怒ってなんかいないわよ。それより、未だ、初めの方しか書けてないけど。千夏、これ読んでみてよ」
と、彼女はそう言いながら、プリンターから吐き出されたばかりの紙の束を、わたしに押し付けた。
「ほら、読んでみて」
しずるちゃんにそう言われて、わたしは頷くと、印刷されたばかりの原稿に目を通し始めた。
「え! これって……」
すっごくおもしろい。わたしは、原稿を読み進めるうちに、その中に引き込まれてしまった。
めくるめく展開。近づいては離れてゆく主人公達。それを結びつけているアイテムは、……『チョコレート』だった。
そして、遂にバレンタインデーが近づいてきた。その時、彼女達は……。
原稿はそこで途切れていた。
(なんで。あー! 先が読みたい)
「しずるちゃん、続きは! この続きは無いの?」
わたしは思わず、彼女に問い正していた。
「続きはね、あたしと千夏で創っていくのよ」
「え? わたしと、しずるちゃん……とで?」
いきなり言われても、理解が追いつかない。
「そうよ。何故、千夏に発表前の、しかも未完成の原稿を読んでもらったか分かる?」
しずるちゃんは、わたしに、そう問いかけてきた。
「なんとは、なく……」
わたしは、そう応えた。
そうなのだ。この小説の主人公は、わたし達だ。
惹かれ合う男女。それでも、離れそうになる二人。しかし、主人公達の恋は続いていって、バレンタインデーの当日に向けて収束してゆく。
それは、この前、わたし達が話し合っていたことを、そのまま筆に写したようだった。
「この、主人公達って、わたしやしずるちゃんだよね」
「そう。そうなの。だから、あたしは、まず千夏に読んで貰いたかったの。それも、バレンタインデーを目前にした、この時期までに」
「……うん」
「そして、あたしは千夏と一緒に、この物語の続きを完成させたいの。だから、どうしても千夏の協力が必要なのよ」
「……う、うん」
「だから、お願い。千夏、手伝ってくれる?」
「…………」
しずるちゃんの問いかけに、わたしは一瞬沈黙した。
長いような短いような間を挟んで、わたしは答えを出した。
「分かった。わたしにもやらせて。わたしも、しずるちゃんの小説作りのお手伝いがしたいよ」
すると、彼女はわたしの手を取って、こう言ってくれた。
「やった。あたしの見込んだ通りだわ。嬉しい。あたしも、千夏と一緒にお話を作りたいの。だから、まず……」
「……まず?」
「チョコレートの作り方を、教えて!」
これが、バレンタインデー当日までの大波乱の幕開けであるとは、今のわたしには想像だに出来なかった。