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彼氏と彼女とチョコレート(1)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。ひとつ下の大ちゃんが彼氏。お茶を淹れる腕は一級品。

・那智しずる:文芸部の二年生。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だったが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は『清水なちる』のペンネームでヒット作を世に送り出す新進気鋭の小説家。

・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。千夏やしずるのマネージャー気取りで、二人の仕事の手配にも手を出し始めた。

・里見大作:大ちゃん。文芸部にただ一人の男子で、千夏の彼氏。一人称は「僕」。2mを越す巨漢だが、根は優しいのんびり屋さん。出番は少ないが、重要人物の一人。

・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は左で結んでいる。

・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛を右で結んでいる。

   彼女達二人は、髪型で違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。どうやら、某アイドルグループの大ファンであるらしい。







 テスト週間が終わった翌週、わたし達は、部室でダラケていた。一人を除いて。


「しずるちゃん、凄いね。今度はどんな小説?」

 わたしは、一人黙々と創作活動を続けているしずるちゃんに、そう尋ねた。すると、彼女は、いつものイラッとした目つきで、わたしをチラッと睨むと、

「企業秘密。『出版前の原稿は見せられない』って言ったでしょう」

 と、結局いつもと同じ事を言われた。

「しかし、しずる先輩は凄いのですぅ。止めどもなくお話が書けるなんて、とっても凄いことなのですぅ」

 と、久美(くみ)ちゃんが賞賛した。

 それを聞いたしずるちゃんは、一旦キーボードから手を離すと、大きく伸びをした。

「そんなに簡単に、湯水のようにアイディアが出てくれば、助かるんだけどね」

 と、彼女は肩を揉みながら言っていた。

「しずる先輩、お疲れのようですわねぇ」

 美久(みく)ちゃんが、ポットからお茶を淹れながらそう言った。

「どうぞ、しずる先輩。今日は、私達で淹れたんですよぉ」

 しずるちゃんは、美久ちゃんからティーカップの乗ったお皿を受け取ると、

「ありがとう。んー、いい香りね。疲れも吹き飛びそう」

 と言って、お茶を一口分、口に含んだ。彼女の顔が、少しだけ和らぐ。

「今日は、チョコレートを持って来たんだなぁー」

 大ちゃんも、いつも通りの、のほほんとした感じで、一口サイズのチョコをテーブルの上のカゴに流し込んでいた。

「そうでした。チョコレートといえば、舞衣(まい)ちゃん、今度のバレンタインデーはどうするのですかぁ? 誰かにチョコをあげるのですかぁ?」

 久美ちゃんが、テーブルの端っこでボケーっとしている舞衣ちゃんに尋ねた。

「はぁ、チョコっすかぁ。不毛なことは訊かないで欲しいっす。いったいどこに、あっしがチョコをあげないとならないような男がいるんすか」

 舞衣ちゃんは、全く興味のない様子だった。すると、美久ちゃんも驚いたように、彼女に問い正した。

「ええ! 舞衣ちゃん、バレンタインデーなのに、全然、何にも、考えてないのですかぁ?」

「折角のイベントなのに、勿体無いのですぅ」

 久美ちゃんも声を重ねてきた。

 二人の言葉を聞いた舞衣ちゃんは、

「見返りのないプレゼントは不毛っす。ハイリターンの案件にしか、あっしは興味がないっすよ」

 と、身も蓋もない返事をして、テーブルに突っ伏した。

「舞衣ちゃん、夢がないのですぅ」

「男の子と遊ぶのも、楽しいのですよぉ」

 西条(さいじょう)姉妹が追い打ちをかける。

「男? このあっしに? あっしに興味のあるような男は、ロリコンの変態だけっすよー」

 とうとう舞衣ちゃんは、不貞腐れてしまった。彼女は、その外見から自分が幼女に見られることに、コンプレクスを持っているのである。しかし、西条姉妹は引かなかった。

「舞衣ちゃん、気になっている男子とか、いないのですかぁ?」

 そう言われた舞衣ちゃんの顔には、一瞬影が差したように見えた。

「フッ、興味のある男なら、いっぱいいるっすよ。男子水泳部の永山(ながやま)先輩と加藤(かとう)くんは、どこまで親密になっているのかとか。演劇部の蒲田(かまた)くんと松浦(まつうら)くんは、出来ているに違いないとか。ふふふふ、非常に興味があるっすよぉ」

「舞衣ちゃん、それは腐女子の発想ですわぁ」

「もっと、健全に生きましょうよぉ」

 すると、舞衣ちゃんは、少し難しい顔をすると、

「じゃぁ、二人には、気になる男子はいるんすか?」

 いきなり訊かれて、双子達も動揺したようだ。二人共顔を赤らめると、

「気になる人はいますがぁ……」

「こんなところで言うのは、恥ずかしいのですぅ」

 と、久美ちゃんも美久ちゃんも、顔を赤らめながら答えた。

「どうせ、おんなじ人なんでしょう。不毛っすね」

 舞衣ちゃんの方は、不貞腐れたまんま、そう言い返した。

 彼女達は、同じ人を好きになって取り合いになってしまうのを恐れているのである。

『それでも、憧れてるのですぅ』

 二人同時の告白に、さすがの舞衣ちゃんも顔を上げた。

「まぁ、そりゃぁ、良かったっすねぇ。かく言うあっしは独り者。大事なものは、お金だけっすよー」

 と、不貞腐れたままであった。

『そんなぁ、舞衣ちゃん。義理チョコが、あるじゃないですかぁ』

 双子達は、同時にそのように言った。

「義理チョコねぇ。……ふむ、確かに、リターンは期待できるっすねぇ。でも、配当がなぁ……」

 と、彼女は、未だ不満そうな顔をしていた。


 そんなやり取りを、わたしはテーブルの反対側から盗み聞きしていた。

 すると、近くに座っていたしずるちゃんが、急にこんな事を訊いてきた。

「千夏は、大作くんにチョコあげるんでしょう」

「あ、え? あーと、どしよかなぁ……」

 突然の質問に、わたしは、一瞬ドギマギしてしまった。

「えー、千夏、あげないの? 大作くん期待していると思うわよ。そうでしょう」

 最後の『そうでしょう』は、大ちゃんに向けてだ。

 すると、2メートルを超える巨漢は、

「あ、あっとぉ。期待してるというかぁ……。あ、いや、別に催促しているんでは無くて。……あっと、でも欲しくないわけではなくて、……なんて言ったらいいか……」

 と、案の定困ってしまっていた。

「しずるちゃん、変なこと訊かないでよ。大ちゃんが困ってるじゃない」

 と、わたしは、彼女に反駁した。

「あらあら、ごめんなさいね、大作くん。困らせるつもりは無かったのよ。でも、何かしらの期待はしてるでしょう」

 しずるちゃんに訊かれて、大ちゃんは顔を赤らめながらも、コクンと首を縦に振った。

「ほら、みなさい。千夏も、ちゃんとイベントに参加しなけりゃ」

「え、えーと……、ほら、あげないなんて言ってないよ。で、でも、最初っから宣言してちゃ、なんか夢がないって言うか……。そ、そう。ドッキリ感がないよね」

 わたしは、少し慌てて、そう弁解した。

「何、千夏。その『ドッキリ感』って。物怖じせずに、『あげる』って言っちゃえば良いのに」

「そう言うしずるちゃんは、どなんだよ。彼氏さんにあげるの?」

「さぁ、今年はどうしようかなあ」

「『今年は』って。しずるちゃん、付き合い出してから、一年も経ってないじゃない」

「そうよ。それがどうしたの?」

 と、何の疑問もなく返答するしずるちゃんに、わたしは、何故か腹が立ってきた。


「しずるちゃんは、いつもずるいよ。いつもいつも、わたし達のことばっかりからかって。初めてのバレンタインのチョコだって、あげるかどうか適当にして。そんなんじゃ、しずるちゃんの彼氏さんが可哀想だよ」


 わたしはいつになく、こんな事を言ってしまった。そして、言った後、『しまった』と思った。

「千夏はいいわよね。いつも、大作くんが側に居てくれるから。あたし達は、受験勉強があったり、仕事があったり。この春から来年までは、遠距離恋愛になるかも知れないし。あ、あたしだって、毎日が不安でいっぱいよ。そんな……、そんなあたしの気持ちなんて、千夏には分からないわ!」

 そう叫んだしずるちゃんの目に、わたしは光るものを見たような気がした。


「今日は、もう帰るわ」

 しずるちゃんは、そう言ったきりパソコンをたたむと、それを鞄にしまって席を立った。

 わたしも、舞衣ちゃんも、久美ちゃん達も、何も言えなかった。



 わたしの目には、少し寂しげなしずるちゃんの後ろ姿が、いつまでも焼き付いて、どうしても消すことが出来なかった。




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