試験(6)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。ひとつ下の大ちゃんが彼氏。お茶を淹れる腕は一級品。
・那智しずる:文芸部の二年生。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だったが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は『清水なちる』のペンネームでヒット作を世に送り出す新進気鋭の小説家。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。千夏やしずるのマネージャー気取りで、二人の仕事の手配にも手を出し始めた。
・里見大作:大ちゃん。文芸部にただ一人の男子で、千夏の彼氏。一人称は「僕」。2mを越す巨漢だが、根は優しいのんびり屋さん。出番は少ないが、重要人物の一人。
・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は左で結んでいる。
・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛を右で結んでいる。
彼女達二人は、髪型で違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。どうやら、某アイドルグループの大ファンであるらしい。
・藤岡淑子:国語教師で文芸部の顧問。喋らずにじっとしていさえすれば、超のつく美人。しずるの事情を知っている数少ない人物の一人。かなりの酒豪で、潰した男は数しれず。
矢的武史:他校の三年生で、しずるの彼氏。小説大賞の同期だったのが付き合うきっかけ。自宅が病院を経営していることから、医学部合格を目指して猛勉強をしている。
「やったぁ~。テスト、終わった\(^o^)/」
わたしは、最後の試験を終えると、思わずそう叫んでいた。
「気が早いわね、千夏。大事なのは、結果でしょう」
と、わたしの席に近づいてきたしずるちゃんが言った。
「ヒドイよ、しずるちゃん。折角、開放感に浸ってるのに」
わたしがそう応えると、
「この試験の結果で、三年生の受験コースが決まるのよ。結果が分かるまで、安心できないわ」
と、言ったのだ。
まぁ、そなんだけどね。いいじゃん。終わった時くらい、伸び伸びさせてもらっても。
「千夏は、図書室行く? あたしは、これから行くつもりだけれど」
図書室へ行くということは、部活に出るということだ。そこには、部室として使わせてもらっている『図書準備室』があるのだ。
「行く。勿論、行くよ。試験期間中は、全然部活やってなかったからね。舞衣ちゃん達は、試験どだったかなぁ」
「訊かない方が親切よ、千夏」
しずるちゃんのその言葉は、わたしの胸にも突き刺さった。
(試験結果かぁ。うう、正直なところ、わたしも訊かれたくないなぁ)
兎にも角にも、わたし達は荷物を持って、図書準備室に急いだ。いや、別に急がなくってもいんだけどね。
「こんにちわ。皆、来てる?」
部室の扉を開けると、わたしはそう叫んでいた。つまり、それ程に試験の重圧が酷しかったって事だ。
「あ、あれ?」
「一年生は、未だ来てないみたいね」
そうなのだ。わたしの挨拶は、空振りに終わった。
「千夏、いつまでもそこに立っていないで、適当に座ったら」
しずるちゃんが、わたしの背中を<ポン>と軽く叩いて、部屋の中へ追いやった。
「もう、しずるちゃんたらぁ」
わたしが不平を言ってる間に、彼女は定位置に座ると、鞄から愛用のノートパソコンを取り出した。そして、壁際のコンセントにACアダプターを繋ぐと、画面を開いて操作を始めた。
「今日、試験が終わったばかりなのに、もう、お仕事?」
わたしは、しずるちゃんにそう訊いた。実は彼女は、『清水なちる』のペンネームの現役バリバリの小説家さんなのだ。
「短めのコラムよ。大したことはないわ。けれど、さっさと書かないと、舞衣さんがうるさいからね」
そう言っている間も、彼女の指は、リズムよくキーを打ち始めていた。
「そうやって仕事ばっかりだと、彼氏さんと会う時間も無いよね」
わたしが心配してそう言うと、しずるちゃんは、
「会う暇があったら勉強する! そう言ってあるから、大丈夫よ、千夏。その代わり、最後の模試の点数が良かったら、放課後デートすることになってるから」
うおぅ、アメとムチですかい。しかし、ここまで徹底されると、逆に彼氏さんが可哀想になってくる。
「しずるちゃんは、会いたくないの?」
わたしは、思わずそう訊いてしまった。
一瞬、キーを叩く手が止まる。
「会いたいに……決まってるじゃない。あたしだって、会いたいわよ。でも約束したから……。今年は、あいつが東京の医学部に行って、来年はあたしが文学部に入るの。二人でそう決めたの」
そう言うしずるちゃんの顔は、パソコンの画面に隠れて見えなかった。
でも、そっかぁ。わたしが来年受験するときは、大ちゃんが一こ下だから、おんなじ思いをしなけりゃならないんだ。そう思うと、わたしは、『気軽にこの話題を出してはいけないんだな』と思った。
そんな事を考えているうちに、一年生達がやって来た。
「こんちわー、千夏部長。やーっと試験が終わったっすね。これで、思いっきり羽を伸ばせるっす」
そう言うのは、当然、舞衣ちゃんである。遅れて、大ちゃんも部室に入って来た。
「千夏さん、やっと会えたんだなぁー。今日のお茶、楽しみなんだなぁー」
そして、少し遅れて双子の西条姉妹がやって来た。
「テストが難しかったのですぅ」
「赤点を取ってないか、心配なのですぅ」
と、二人共ちょっと暗い顔をしていた。
「ダイジョブだよ、あんなに頑張ったんだから。それに、しずるちゃんの過去問ももらったんだったよね」
わたしは、そう言って彼女達をフォローした。
『でも、心配なのですぅ』
と、二人で揃って言うのだ。まぁ、終わったものはどうしようもないし。後は運を天に任せるだけ。
わたしがそんな事を言うと、彼女達も納得したのか、黙ってしまった。
「こんな時は、部長の美味しいお茶っす。あれを飲めば、心機一転、心が晴れやかになるに違いないっす」
と言うことで、今日も、わたしがお茶を淹れることになった。
「折角ですので、私達にも『美味しいお茶の淹れ方』を教えて下さいなのですぅ」
双子の姉の久美ちゃんが、わたしの側によってきた。
「いいよ。そろそろ、『鍛えなきゃ』って思ってたところなんだ」
わたしがそう応えると、妹の方の美久ちゃんが、
「難しいのですかぁ?」
と、恐る恐るわたしに尋ねた。
「ダイジョブだよ。ポイントを押さえれば、美味しく淹れられるよ。まずは、お湯を沸かすんだ。汲みたてで沸かしたてのお湯。それを適度な温度で使う。これが大事なんだな」
「ポットのお湯じゃダメなのですかぁ」
「うん、そだよ。ポットのお湯だと、温度が低かったり、含んでる空気が抜けちゃってるからね。お湯の中で、茶葉がちょうどいいように対流しないんだ」
「たいりゅう? 何だか、難しいのですぅ」
「慣れればダイジョブ。それから、ティーポットやカップなんかは、お湯を張って予め温めておくこと」
「大事ですねぇ」
「そう。だから、お湯は多めに沸かすんだ。それで、ティーポットが温まって、お湯がちょうどいい感じの温度になるまでに、茶葉を準備するんだよ。目安は、人数分プラス一匙。ティースプーンで計るんだよ。そこへ、お湯を注ぐ。後は、きちんと時間をかけて蒸らすこと。いつもは、この砂時計で計ってるんだ」
わたしは、お茶の淹れ方を西条姉妹に解説していた。
「部長、今入れた茶葉は、一匙分多くなかったですかぁ」
「人数分、プラス二杯でしたよぉ」
久美ちゃんと美久ちゃんが、そう指摘した。でも、これには、ある理由がある。
「それはね、もうそろそろ、あの人が来るからだよ」
『あの人ってぇ。誰なのですかぁ』
二人が揃ってそう言った瞬間、部室の扉が開いた。
「おう、生徒諸君。試験はどうだったかなぁ。今回も、赤点なんか取ってないよな」
と、元気に飛び込んできたのは、顧問の藤岡先生だった。
「先生、お茶の用意、出来ていますよ」
わたしはニッコリと微笑んで、先生を迎え入れた。
「ほう。やっぱり、千夏っちゃんは、気が利くね。当然、お茶請けに美味しいものも用意してあるんでしょうね」
先生は、ウキウキした様子で、わたしにそう話しかけた。
「勿論です。皆、お茶の時間だよ。席に着いて。今から注いで回るからね。久美ちゃんと美久ちゃんも手伝ってね」
わたしはそう言って、西条姉妹と三人で、人数分のお茶を注いで回った。
「うーん、いい香りね。試験期間の間、ずっと何か足りない気がしていたけれど。それは、千夏のお茶だったのね」
「そうっすねぇ。もう、天国って感じっすよ」
お茶を飲んだ皆様は、そう褒め称えてくれた。
「ねねっ、千夏っちゃん。お茶請け、お茶請けは?」
藤岡先生が急かす。
「それは、大ちゃんが持って来てくれてます」
わたしがそう言うと、詰襟の巨人に注目が集まった。
「今日は、チーズケーキを焼いてきたんだなぁー」
大ちゃんは、そう言いながら、大きな袋から四角い箱を取り出した。その中には、大ちゃんのように大きなまあるいチーズケーキが入っていた。
「うおー、大ちゃん。いつの間に、こんな物が作れるようになったんすか」
幼馴染のはずの舞衣ちゃんが驚いていた。
「千夏さんに教えてもらったんだなぁ」
と応える大ちゃんに、彼女は、
「ふーむ。コイツは昔から細かいことが上手だったっすが、とうとうお菓子まで作れるようになるとは。愛の力は偉大っすね」
と、分かった風な事を曰わっていた。
(うん、確かに愛の力は偉大だ)
「そんなに言うほど、偉大でもないわよぉ」
ところが、しずるちゃんは、さもうんざりしたようにそう言ったのだ。最近のしずるちゃんは、こんな顔をすることが多い。そして、そんな時は決まって……、
「しずるちゃん。また彼氏さんの成績の件?」
わたしが、恐る恐る尋ねてみると、案の定、彼女はこう返事をした。
「そうよ。あんの野郎、塾が厳しいって音を上げおって。『慰めてくれ』ってメールが来たから、『模試で合格点取らないとデートしない』って返信してやったわよ。もう、本当に情けない」
そして、更に険悪な表情になる。
(わわわ、これは危ないところまで来ているな)
「しずるちゃん、ムチばっかりじゃ可哀想だよ。少しはアメをあげなきゃ」
「それは、上手に芸が出来た時。失敗した時にもアメをあげちゃ、誤解しちゃうじゃないの。あ~あ、愛の力も、受験勉強には敵わないかぁ」
噂の美少女は、そんな事を話しながらも、タタタタとキーを打鍵していた。
「しずる先輩、大変っすねぇ。これは、一度別れた方が、良いんじゃないっすかぁ」
と、ここで舞衣ちゃんが、いらないチャチャを入れてくる。すると、さすがのしずるちゃんも、困惑したような顔をした。
「あ……え? 別れる? ……別れるって、あたし、そんな事までは考えてないんだけれど……」
と、キーを打つ手を止めてまで呟いたのだ。
「その、曖昧さが元兇っす。一度別れて、スッキリすればいいじゃないっすか」
舞衣ちゃんの力説が、彼女に追い打ちをかけた。
「あ、あたしは……、そこまでのムチはしたくないかなぁー……と」
しずるちゃんは、いつもの様子とは打って変わって、控えめな声の調子で応えた。
「この際、『別れる』事まで視野に入れないと、彼氏さんも受験に本腰が入らないっす。これは『愛のムチ』っす」
舞衣ちゃんが、きっぱりとそう言った。
それで、しずるちゃんは、そのままパソコンの影に隠れると、何も言わなくなってしまった。
(何にしろ、試験て嫌だねぇ。わたし達も、来年になったら同じような事になるのかなぁ)
そんな事を思いながら、わたしは隣の大ちゃんをチラチラと見上げていた。