表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/48

試験(5)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。ひとつ下の大ちゃんが彼氏。お茶を淹れる腕は一級品。今は、試験の真っ最中。

・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。元々は人嫌いだが、学業優秀な上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は『清水なちる』のペンネームでヒット作を世に送り出す新進気鋭の小説家でもある。重度の不眠症で、睡眠導入剤を処方されている。


・高橋舞衣:舞衣ちゃん。文芸部の一年生。身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。千夏やしずるのマネージャー気取りで、仕事の手配にも口を挟むようになった。

・矢的武史:他校の三年生で、しずるの彼氏。小説大賞の同期だったのが付き合うきっかけ。自宅が病院を経営していることから、医学部合格を目指して猛勉強をしている……はずなのだが。







 とうとう、試験期間が始まった。始まって、しまった。


 わたし達は、それぞれに目の前の答案用紙と格闘していた。


(あ、これしずるちゃんに教えてもらったところだ)


 わたしは、放課後ごとの図書準備室での勉強が、無駄では無かったことを知った。


(皆も、同じように成果が出てるといいなぁ)


 試験中なのに、わたしはそんな事を考えながら答案用紙を埋めていた。


 そのうち、終了の鐘が鳴って、試験が一つ終わった。


「しずるちゃん、テスト、どだった?」

 わたしはすぐに、しずるちゃんの席に行って、成果を訊いてみた。

「まぁ、何とかなったみたい。三回ぐらい解き直したから、間違いは少ないはずだけれども。まぁ、最後の方は飽きてきちゃって、居眠りしそうになったけれどね」


(ガーン、やはりしずるちゃんは凄い。わたしなんか、解ききるのが精一杯で、見直しなんかする余裕すら無かったのに)


千夏(ちなつ)はどうだったの?」

 わたしは、突然にしずるちゃんから質問されたので、ビックリしてしまった。

「う、うぐっ。あ、あーとね、……多分、出来てると思うよ。取り敢えずは、答案用紙、……全部埋めたし」

 と、言いながらも、わたしは背中を嫌な汗が伝わるのを感じていた。先生、お父さん、お母さん、オバカな娘でごめんなさい。

「さてと、今日の試験は終わったけれど、千夏はこれからどうするの? すぐ帰る? それとも、少し一服してから帰る?」

 と、彼女はわたしに尋ねてきた。

「んーとね、今日は家に帰っても、誰も居ないんだ。帰りに、どっかでご飯食べるほど余裕ないし。だから、学校でお昼を済ませちゃおうと思って、わたし、お弁当作ったんだ」

「そうなのね。じゃあ、中庭でお昼を食べない? あたしは、購買部でパンを買って来るから、千夏は先に行っておいて」

「了解です」

 そうして、わたしは、購買の方へ歩いて行く美少女の後ろ姿を見送っていた。


 そして学校の中庭、木陰のベンチの上。わたしとしずるちゃんは、お昼を一緒にしていた。

「しずるちゃん、お昼、そのパンだけで間に合うの?」

 わたしは、彼女の食べていたのが、菓子パン一個だったので、心配になった。

「えーっと、まあ、栄養的には良くないんだけどね。最近、あんまり食べられなくって」

 彼女がそう言うので、

「わたしのお弁当、分けてあげよっか?」

 と、わたしは提案した。すると、しずるちゃんは、ちょっとバツが悪そうにこう言った。

「それじゃあ、千夏の分が無くなっちゃうじゃない。ただでさえ少ないのに」

 うーん、そんなに少ないかなぁ。でも、わたし、ちっこいからなぁ。あんまし食べると、縦じゃなく横に成長しちゃうんだよね。

 わたしがそんな事を言うと、

「そうよねぇ。特に、雑誌で顔出しするようになってから、体型は気になってるのよ。乙女の悩みよね」

 と、彼女は、如何にもうんざりした様子で答えた。

「それで、食事をセーブしてるの? それこそ、身体に悪いんじゃないかな」

 わたしの言葉に、

「別にそんなんじゃないわよ。単に面倒なだけ。うち、あたしも、あたしの両親も、面倒くさがり屋だから。適当に小銭をもらって、適当に何か食べてるわけ」

 と、飄々と言っていた。

「じゃぁ、せめて牛乳をつけるとか」

 わたしがそう付け加えると、

「ゴメン。あたし、牛乳ダメなんだ。別に嫌いと言うわけじゃなくて、乳糖の分解酵素が足りないらしくって。すぐに、お腹こわしちゃうの」

 そなんだ。しずるちゃんも色々大変なんだ。


 そんな事を語り合いながら、わたし達はお昼を食べていた。が、そのうちにふと思いついたことがあって、わたしはしずるちゃんに、こう質問した。

「そういや、しずるちゃんちって、弟さんがいたんだっけ?」

「そう、中学二年と三年生。上は、今年高校受験って言うのに、全然、勉強に興味がなくって。あたしも困ってるのよ」

 そなんだぁ。しずるちゃんの弟さんも、受験なのかぁ。

「大変だねぇ」

 そんなわたしの返事に、しずるちゃんは、「ホウ」と溜息を吐くと、

「なんだよねぇ。あたしが教えてあげられると、良いんだけれど。なんか嫌がっててね。姉弟といっても、年頃なのね。どうしても、あたしに女性(・・)を意識しちゃうみたい。このあいだも、例の写真集を、こっそり友達と見てたしね」

 と、しずるちゃんは遠くを見るような眼をして、そう言った。


 『例の写真集』とは、去年に写真部と合同で発行した文芸部員達──まぁ、ほとんどしずるちゃん一人の為のようなものだったけど──をモデルにしたフォトアルバムの事だ。金の亡者である舞衣(まい)ちゃんのプロデュースだったため、思いっきり読者にサービスした写真ばかりがで~んと掲載された所為か、生徒達どころか、先生方からも極秘に注文があったシロモノだ。おまけに、出版社にまで噂が到達したようで、青年誌部門から直々に、しずるちゃんにグラビアモデルの依頼がもたらされたほどだ。その余波を喰らって、わたしも、雑誌にコラムを持つようになったんだけど。


「そう言えば、千夏はお姉さん? 家事とか、何でもテキパキこなすし」

「そんな事ないよ。わたしは一人っ子」

「ふむ。その割りには、面倒見が良いわよね」

「わたしんち、近くに公園とかあったんだ。だから、いつも小さい子がいてさ。放課後なんか、一緒に遊んだりしてたの。それに、両親共働きで、夕食も一人のことが多かったんだ。だから、お食事とか、自分で用意するようになったんだ。その所為かなぁ」

「そうなのね。あたしは、初めての子供だったから、両親も結構気を使ったらしいわ。それでかなぁ、神経質なのは」

 しずるちゃんは、そう言いながら、難しい顔をしていた。


「しずるちゃん、何考えてる?」

 わたしが、気になって訊くと、

「え? ……ああ、何でもないわ」

 と、彼女は応えたが、

「その割には深刻そうだったよ」

 と、わたしは重ねて尋ねた。

「千夏には分かっちゃうんだね。……あいつ(・・・)の事。試験て聞くと、どうしても連想しちゃうの」

 と言って、クスリと笑った。

あいつ(・・・)って、彼氏さんのことだよね」

「そう。ま~た、勉強サボってないといいんだけれどね」

 そう応えた彼女の笑顔は、少しぎこちなかった。

「しずるちゃん、考え過ぎだよ。彼氏さんだって、ずっと頑張ってきたんだからさぁ」

「とは言うけれどねぇ。最近、あたし、向こうの親から煙たがれているのよ。それで、あたしがいることで、あいつの勉強の邪魔になってんじゃないかなぁっていうのが、頭から抜けなくて……」

 そう言うしずるちゃんの顔は、どこか寂しそうだった。

 それで、わたしは何とか彼女を元気づけようとして、こんな事を言ったのだ。


「ダイジョブだよ、しずるちゃん。しずるちゃんが認めた彼氏さんなんだから、絶対にダイジョブ。だって、しずるちゃんみたいな完璧超人の人が選んだ男の人なんだよ。きっと、受かるって」


 すると、しずるちゃんは、俯いていた顔を上げて、わたしの方を見た。

「そうかなぁ。千夏はそう思うんだ。別に、あたしは、完璧でもなんでもないけれど」

「でも、しずるちゃんのことだから、彼氏さんの良いところも悪いところも分かってるんでしょ」

「そ、そうだけど……」

「やっぱり。なら、ダイジョブだよ。初詣に行った時に買ったお守りだって、ちゃんと渡したんだよね」

 と、わたしが言うと、

「えっ! 何で千夏が知ってるの?」

 と、彼女は驚いていた。

「別に。だって、あんだけ熱心にお守りを選んでたら、誰にあげるかくらい、分かるよ」

「そっかぁ、バレてたんだ……」

 わたしの言葉で、しずるちゃんは、何かちょっと安心したようだった。硬かった笑顔が緩んでゆく。

「でも、受かったら受かったで、遠恋になるね。一浪すれば、一緒に勉強して、一緒に東京に行けるのに」

 わたしが、そんなことを言うと、

「縁起でもないことを言わないでよ、千夏。彼氏が浪人生だなんて、あたし、我慢できないわ!」

 と彼女は、鼻息も荒く、そう返した。


(やっぱり、しずるちゃんはしずるちゃんだね。なんか、安心しちゃったぁ)


 わたしは、ニッと笑うと、

「じゃぁ、明日のテストに向けて頑張ろうか」

 と立ち上がって、彼女に声をかけた。

「そうよね。今は自分達の試験の方が大事だわ」

 彼女もそう言って立ち上がると、大きく伸びをしていた。

「えーっと……、もし、試験の結果が良かったら……あたし達、違うクラスになっちゃうのよね。それでも、千夏はあたしの友達でいてくれる?」

「勿論だよ、しずるちゃん。しずるちゃんは、わたしの自慢の大親友なんだから」

「そっか。アリガト、千夏」

 そう言う彼女の顔は、何かを吹っ切ったようで、爽やかに見えた。


 さあ、明日の試験も頑張るぞ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ