新たな一年生(2)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校三年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。お茶を淹れる腕は一級品。受験生だが、部の雑務や勧誘活動、新人の指導で大わらわ。
・那智しずる:文芸部所属の三年生で忍の姉。一人称は「あたし」。学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。その一方で、ペンネームを『清水なちる』という売れっ子小説家でもある。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。文芸部の二年生。一人称は「あっし」。身長138cmのロリータ体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。忍に「センパイ」と呼ばせてこき使っている。積極的に一年生の新入部員を勧誘しているが、その真意は……?
・那智忍:弟クン。文芸部の新一年生。しずるの弟。一人称は「ボク」。しずる同様に背が高い美形男子で、細々した事にもよく気づく紳士。姉のことを異常に大事に想っている。
・望月泰平:泰平クン。忍のクラスメイトで、文芸部の新一年生。一人称は「僕」。しずるを慕って入部した。その為、彼女が部活に来ない時にはサボりがち。対策として、千夏は何かにつけて彼を雑用係として使っている。
・芥川辰巳:辰巳ちゃん。舞衣が人選した仮入部希望の一年生女子。ショートカットで背が高く、スレンダーなボディーをしている。猫背気味で覇気がないのが惜しい。
・夏目房枝:房枝ちゃん。仮入部希望の一年生女子。小柄・メガネ・お下げと三拍子揃った文学少女。密やかな夢と憧れを持っているらしいのだが……。
・夢野??:三人目の仮入部希望者。今日は用があるらしく欠席。
・里見大作:大ちゃん。二年生で千夏の彼氏。
・西条久美:久美ちゃん。高校二年生、双子の姉。
・西条美久:美久ちゃん。二年生、双子の妹。
・清水なちる:しずるのペンネーム……の筈だったのだが。真偽は不明だが、しずるの真の人格らしい。数年前にしずるが事故に遭ったときに入れ替わるようにして現れた謎の存在。
やっと待望の女子の入部希望者を迎えることが出来た。
わたしは、弟クンに手伝ってもらって、精一杯の歓迎をしようと考えていた。容姿とか元気とか関係ない。「文芸部に入りたい」って気持ちを尊重したかったのだ。
「この二人が、新しい文芸部の仲間っすよ。こっちの背の高い娘が、芥川辰巳ちゃん。そっちのメガネっ娘が夏目房枝ちゃん。どっちもバリバリの文学少女っすよ」
舞衣ちゃんが、彼女達をそう紹介した。二人はこちらに向いて、コクンと会釈をしてくれた。
(あっ、ナルホド。今回は、その路線なんだ)
わたしは、舞衣ちゃんの人選の意味がやっと分かった。
「ほれほれ、二人とも。適当に座るっすよ。二年生で来てない部員もいるっすが……。まっ、そのうち来るっしょ。千夏部長、お茶、お願いするっす」
相も変わらず歯に衣着せぬ舞衣ちゃんだった。でも、そんなことくらい、もう気にならなくなっちゃった。
「オーケィ。弟クンも手伝ってね」
わたしは、ティーカップの乗ったお盆を持って、テーブルに近づいた。
「お待ちどうさま。えっとぉ、辰巳ちゃんだっけ。よろしくね」
わたしは、ソーサーに乗せたカップを長身の彼女の前に置いた。
「あ。よ、よろしくお願いします」
未だおどおどしてはいるものの、彼女はそう言って、もう一度頭を下げた。
(うん。よしよし)
わたしは、辰巳ちゃんの後ろを回ると、今度は眼鏡の少女の脇に近づいた。
「えっと、房枝ちゃんだっけ。こらからよろしく」
そう言うと、彼女の前にも紅茶のカップを置いた。
「あ、ありがとう、ございます……」
うつむき加減ではあったが、彼女もそう言ってくれた。
「ふむ。っとぉ、あと一人、夢野って子がいるんすが、今日は用事で来られないそおっす。と言うことで、まずはお目通りからしよっすか。部長も弟クンも、座るっすよ。後は、あっしが仕切るっすから」
まるで、もう自分の政権になったかのような舞衣ちゃんの態度に、しずるちゃんは、<ムッ>とした表情を隠していなかった。今に始まったことではないのだが、さすがにわたしの居る前では、彼女は許せなかったのかも知れない。今も、<キッ>とした鋭い視線が、丸渕眼鏡の奥から舞衣ちゃんを突き刺すように睨んでいる。
(ま、そんなことは、どおでもいいや。舞衣ちゃんの話から察するに、今年は五人も新一年生が加わるんだ。これは、お手柄だよね)
そう思うことにして、わたしは、しずるちゃんの隣の席に座った。
「今言ったように、全員集合してる訳じゃないっすが、とっとと紹介をしちまうっすよ」
図書準備室の出入り口から最も遠い席──即ち上座にどっかと腰を下ろした舞衣ちゃんは、残りの部員を待とうともせずに、場を仕切り始めた。
「じゃ、一人ずつ紹介していきますんで、それぞれ何か一言コメントをして欲しいっす。……んと、まずは、文芸部の部長で三年生の岡本千夏部長から。部長、一言お願いするっす」
当然ながら、最初はわたしだ。新しい部員達を前にして、わたしは椅子から立ち上がった。
「えと、わたしが部長の岡本千夏です。大学受験に向けての勉強に入るんだけど、なるべく部室に来るようにするから、分からないことは何でも訊いてね。一年生の皆、これからよろしくね」
そう言って、わたしは一礼した。それに応えるように、彼女達も頭を下げて一礼を返してくれた。
「次は、しずる先輩っすね。もう知ってると思うっすが、あの超美人のお方が那智しずる先輩。『K高三大女神』の一人で、成績は常に学年トップ、我が校始まって以来の才女っすよ。それと、ここだけの話っすが、小説家の『清水なちる』先生その人でもあるんすよ。凄いっすよね。それから……」
「もう、舞衣さん。その辺にしておきなさい」
舞衣ちゃんの大袈裟な紹介を遮るように、しずるちゃんは立ち上がった。
「……あたしが、那智しずるです。あたしも、放課後はだいたいここに勉強をしに来ているわ。えっと……、舞衣さんが今言ったごちゃごちゃした事は気にしないでいいわ。同じ文芸部の一員として、普通に接して下さいね」
彼女の表情は少しぎこちなかったが、二人の新入部員を歓迎しているようだった。そのまま軽く会釈をすると、応えるように二人の一年生も頭を下げた。
「えっと、次は二年生の番っすね。あっしの他に、里見大作っていうデッカイのと、西条久美ちゃんと美久ちゃんっていう、双子の姉妹が居るっす。今日は……未だ来てないっすね。と言うことで、あっしが二年生の高橋舞衣っす。気軽に『舞衣ちゃんセンパイ』と呼んでいいっすからね」
そう言って、舞衣ちゃんは椅子の上で身体を反らせると、「ゲッハッハ」と笑っていた。
「ついでに言うと、『文芸部の守銭奴ロリ』って言われてるのが、舞衣さんの事よ。不用意に近づくと、何されるか分からないから、二人共気をつけて下さいね」
そう付け加えたのは、しずるちゃんだった。内容以上に、冷たくトゲトゲした口調が肌に痛い。
「もうっ、しずる先輩ったら、お茶目っすねぇ。まぁ、この部の上級生は、こんな感じっす。気楽に接してくれればいいっすよぉ」
しずるちゃんの嫌味も、舞衣ちゃんには全く効果が無いようで、彼女は「カッカッカ」と高笑いをしていた。
(はぁ……。最初からコレかぁ。先が思いやられるな)
わたしが思わず溜息を吐いていると、舞衣ちゃんは部員紹介を続けた。
「次は一年生っすね。こっちのお茶を運んでくれた美少年が、那智忍クンっす。苗字から分かるように、那智しずる先輩の弟クンっすよ。ほれ、弟クン。挨拶するっすよ」
そう言って舞衣ちゃんは、視線を弟クンの方へ移した。彼は、椅子から立ち上がると、
「えと、ボクは那智忍。一年生です。未だ入りたてですが、姉ともどもよろしくお願いします」
と言って、自己紹介を簡単に済ませた。その後、ペコリとお辞儀をする。座ったままだったが、辰巳ちゃんと房枝ちゃんも、頭を下げていた。
「ん、ちょっと簡単っすが……ま、いっか。次、泰平クンね。そっちのちょっと冴えないのが望月泰平クン。ほら、泰平クンも挨拶するっすよ」
さすがに少しあんまりな紹介だったが、彼は気にもせずに立ち上がると、明るく自己紹介をした。
「僕は望月泰平。シノブと同じクラスの一年生です。趣味は読書、特技は雑用、座右の銘は『石の上にも三年』です。よろしくお願いします」
(ああ、自分で『雑用』って言っちゃったよ。なんか……悪いなぁ)
わたしは、サボりがちな泰平クンを部に強制的に来させるために、いつも雑用を頼んでいたのだ。それを特技というとわ……。自己紹介が終わってお辞儀をする彼に、わたしは少しばかりの罪悪感を感じて、苦笑いをしていた。
他方、一年生女子達は、意味がよく分からない為だろう、少し感心したような顔をして彼に会釈を返していた。
「んじゃ、次はあんたらね。そいじゃ、芥川辰巳ちゃんから。お願いするっす」
舞衣ちゃんに言われて、背の高い娘が慌てて立ち上がった。やっぱり上背があって、スラリとしている。ボリューム満点とはいかないが、スレンダーなその肢体は、人目を引くだろう。背中を丸めてさえいなければ……だが。
「あ、えっと、あの……、あ、あたしは辰巳。芥川辰巳って言います。凄いセンパイ達の中に、あたしみたいなのが居て、きょ、恐縮してます。……その、一生懸命本を読みますので……、よ、よろしくお願いしますっ」
彼女は、つっかえながらだったが、そう言うとガバっと身体を折り曲げた。その最敬礼の姿勢のまま、じっとしている。
「あ、こちらこそよろしくね。……んと、もう顔を上げていいよ」
わたしは、恐縮している彼女を気遣って、声をかけた。辰巳ちゃんは、顔だけ上げて周りの様子を見渡した。そして、顔を赤らめると、
「す、すいません」
と、急いで言って、ガタガタと椅子に座り直していた。
「ああーっと、そんなに気を使わなくてもいいから。辰巳ちゃん、これからよろしくね」
いたたまれなくなって、再び声をかけると、
「は、はいっ。ありがとうございます、センパイ……いえ、部長」
と言って、肩をすくませてしまった。
(うう、なんか萎縮しちゃってるな。困ったな。どしよう)
わたしが、この先のことを考えていた時でも、舞衣ちゃんは気にしていないようだった。容赦なく続きをやる。
「んじゃ、最後ね。夏目房枝ちゃん。よろしくお願いするっすよ」
全然懲りてないのか、少し芝居がかった様子で、房枝ちゃんを紹介した。言われた途端、彼女は一瞬、<ビクッ>と肩を震わせた。
「どしたっすか? 房枝ちゃん、自己紹介をお願いしまーす。さぁさ、立って立って」
舞衣ちゃんは、袋小路に入ったネズミを更に追い詰めるように、彼女を急かしていた。
それで彼女は、ビクビクしながらも立ち上がった。背の高さは……、やっぱり久美ちゃん達と同じくらいかな。今は両手をテーブルに突いて上半身を支えている。それで、彼女が結構な巨乳であることが分かった。もしかすると、それが恥ずかしいのかも知れない。既に、顔は耳まで真っ赤だった。
「ええーっと、あのう……。あ、あたしは、夏目房枝と言います。……そ、それで、……しゅ、趣味は読書……です。それと……、し、しし、清水なちる先生の小説が……、い、一番、だ、だ、だだ……、大好きです!」
縁の太い眼鏡の少女は、精一杯頑張ったのだろう。そこまでを口にすると、下を向いてしまった。
「あーと、房枝ちゃん。それだけじゃ無いっすよね。ほらほら、言ってご覧なせぃ。せっかく、憧れの人がいるんすから」
んーと、舞衣ちゃん? これ以上、何を言わせようというのだろう。片手で頬杖を突いた舞衣ちゃんは、房枝ちゃんを急かしていた。
「え、え? あーっと……」
突然にそう言われて、メガネの少女は戸惑っていた。無理に言わせることなんて無いのに。
「あー、そいじゃ、あっしが代わりに言っとくっす。房枝ちゃんは、小説家になるのが夢なんすよ。『清水なちる先生』みたいな。と言うことで、しずる先輩、ご指導よろしくお願いしまぁーす」
(え? あーっと、そなんだ)
「あ、あー、舞衣ちゃんセンパイったら、酷いです。あ、あ、あ、は、恥ずかしいっ」
房枝ちゃんは、そう言って両手で顔を隠すと、そのまま崩れ落ちるように椅子に座ってしまった。
「あ、……そうね。夢は大切だわ。房枝さん、指導とまではいかないけれど、あたしで良ければ力になるわよ」
そんな彼女を元気づけるように、しずるちゃんは声をかけた。
「え? 本当ですか! ご、ご迷惑に……ならないでしょうか?」
それを聞いた房枝ちゃんは、ガバっと顔を上げると、おっかなびっくりとしずるちゃんに問い返した。
「え? ああ、迷惑なんて。心配しないでいいわよ。あ、あたしで良ければ……だけど」
わたしは、そんな返事をするしずるちゃんに驚いていた。あんなに他人と関わることを嫌っていたのに。一年前じゃ考えられない。
「あ、ありがとうございます。どうか、よ、よろしくお願いします!」
眼鏡の一年生は、そう言って深く頭を下げた。同時に<ゴン>というテーブルに頭がぶつかる音がする。
「だ、大丈夫……ですか」
横に座っていた辰巳ちゃんが、驚いて声をかけた。
「あ、ははは。……大丈夫」
房枝ちゃんは顔を上げると、そう応えた。おでこ以外のところも赤くなっているのは仕方がない。少し涙ぐんでいる。
「ぐひひひ。自己紹介も終わったことだし、そいじゃあ皆さん、適当に歓談するっすよ。ぎひひ」
こんな流れになった事を全く反省していないのか、舞衣ちゃんは下卑た笑いを浮かべていた。
一方のしずるちゃんは、「ふぅ」と大きな溜息を吐いていた。
「しずるちゃん、あんなこと約束しちゃって、だいじょぶなの?」
少し心配になって、わたしは小声で隣の美少女小説家に訊いてみた。
「大丈夫よ。心配いらないわ。ただ、『なちる』みたいに上手には出来ないかも知れないけれど」
そうは言ったものの、「『なちる』みたいに」と言うしずるちゃんは、少し寂しそうに見えた。
(しずるちゃん、また、『なちる』のことを気にしてるんじゃないかなぁ。思い過ごしだと、いんだけど)
数年前に事故に遇って、しずるちゃんは亡くなっている。その身体を使ってこの世に現れたのが『なちる』だ。今、わたし達の目の前に居るしずるちゃんは、過去のデータから『なちる』によって構築された疑似人格だという。しずるちゃんは、本体ほど上手に教えられないんじゃないかって、心配なのかも知れない。
でも、しずるちゃんは『しずる』ちゃんだ。『なちる』でも誰でもない。そんな事、わたしが一番よく知ってる。
「しずるちゃん。わたし、しずるちゃんの味方だからね。それに、弟クンも」
わたしは、誰にも聞こえないように──しずるちゃんにだけ聞こえるように、小声でこそっと話した。
「大丈夫よ。千夏は心配性ね」
と言って、彼女はクスリと微笑んだ。
「部長ぉ、お茶、お代わりっす」
そんないい雰囲気のところに、舞衣ちゃんの罵声が聞こえた。
(ああ、はいはい。もう、舞衣ちゃんったら、偉そうな事を言っちゃって。今、行きますよぉーだ)
わたしは、「はぁ」と溜息を吐くと、椅子から立ち上がった。
「他にお代わりのいる人は?」
そう言って尋ねると、
「岡本センパイ、僕も」
「あたしもお願いしていいかしら、千夏」
と、リクエストが返ってきた。
「後は、しずるちゃんと泰平クンだけ? ……みたいだね。今、淹れてくるから、待っててね」
わたしは、そう言い残して部屋の隅にパタパタと小走りで急いだ。
電気ポットに水を足すと、コンセントに繋ぐ。お湯が沸くまでの間、わたしは、これからどうなるのかを危ぶんでいた。
(何か、今年も大変なことになりそだなぁ)
ただでさえ受験勉強が大変なのに、こんなメンバーの文芸部で、卒業までの一年間を生き抜くことが出来るんだろか? 不安以外の要素が、何も思いつかないわたしだった。