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試験(3)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。ひとつ下の大ちゃんが彼氏。

・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。医学部合格を目指す彼氏がいる。










 一月のある日の月曜日の午後。その日は、一昨日からの雪が未だ融けずに、そこここに積っていた。


「はぁ、冷たあい」

 わたし、岡本(おかもと)千夏(ちなつ)は、雪が未だ残る中庭へと通じる廊下に来ていた。教室よりも、陽の当たるところの方が暖かいと思ったからだ。

 しかし、寒いのには代わりはなかった。タイツの上に毛糸のパンツと、三重の防御をしたんだけどな。冬の寒さの前には敵では無かったか。うう、寒い。

 そんな時、ふと気が付くと、何やら話し声が聞こえてきた。なんだろうと廊下の角を曲がると、そこに居たのは、誰あろう、しずるちゃんだった。彼女は耳にスマホをあてて、誰かと口論しているようだった。


「だからぁ、なーに弱気なことを言ってんのよ。もう、終わっちゃった後でしょう。……うん、うん、分かるわよ。けどね、……ん~、そうなんだけど、そこ……ええ、ええ、分かっているわよ。……ええ、そうね。じゃぁ、今日、ちょっと会って話しよっか。……うん、そうね。……はいはい、分かってます。それじゃ、五時にいつものところでね。うん……じゃぁね」

 しずるちゃんは電話を切ると、「はぁ」と肩を落として振り向いた。如何にも意気消沈した、という顔だった。

「しずるちゃん」

 わたしが見かねて声をかけると、彼女はひどくびっくりして、飛び上がった。

「だ、誰かと思ったら、千夏じゃないの。ど、どうしたのよ、こんなところで」

 彼女は、少しオドオドして、わたしに訊いた。

「えっとね、こっちの方から、しずるちゃんの声が聞こえたから。何なに、また編集部からの無理難題?」

 声をかけたのが、わたしだと分かって少し持ち直したのだろう。彼女は、丸淵の眼鏡の奥からキッとした眼差しでわたしを睨むと、さもウザそうにこう言ったのだ。

「違う違う。あいつ(・・・)からの電話よ」

「あいつって……しずるちゃんの彼氏さん?」

 わたしがそう言うと、彼女は少し頬を染めて、明後日(あさって)の方向を睨みながら応えた。

「そ、そうよ。昨日、センター試験だったでしょう。で、皆、今朝の新聞見て自己採点するんだけど……。それが、あまり芳しく無さそうなのよ。それで、あたしに電話してきたわけ」

 と、彼女は、さも自分には関係が無いように言って、平静を保っていた。

「試験の点数が悪いのと、しずるちゃんに電話するのと、どう関係してるの?」

 鈍感なわたしには、その関係が分からなかったので、しずるちゃんに尋ねた。

「それは……あ、愛が欲しかったからじゃないかな」

「愛?」

「そう、愛……」

「いいなぁ、しずるちゃん。愛に溢れてるんだぁ」

 と、わたしは、ヘラヘラとそんな事を言ってしまった。すると彼女は、突然、烈火のごとく怒ったのである。

「何が愛よ! 試験の結果が良くなかったって、泣き言聞いて欲しかっただけじゃない。あ~の軟弱者め」

「まま、しずるちゃん。落ち着いて、落ち着いて」

 わたしはなだめたつもりだったのだが、彼女の怒りは収まりそうに無かった。

「だから、『気を抜くな』って言ってたのよ。一次は簡単だからって、舐めてかかっちゃダメだって。それなのに、あいつったら……。もう、目も当てられないわよ」

 しずるちゃんは、相当にお冠のようであった。

「分かった、分かったよ、しずるちゃん。で、何点だったの?」

 わたしがそう訊くと、しずるちゃんは不貞腐れたような顔つきで、こう応えた。

「870点……」

 ん~と、はっぴゃくななじゅってん? これって良い点なの? 悪い点なの?

「そんでもって、満点は?」

「900点」

「え?」

「そうよ、900点中870点しか取れなかったのよ。一体、どこをミスったら、こんな情けない点数になるのかしら。信じらんない!」

 尚も怒りが収まらないしずるちゃんをよしよししながら、わたしは何とかフォローしようとした。

「900点満点で、870点なら、すごく良い点じゃない。それに二次試験もあるんでしょう。だから、今から悲観しなくても良いんじゃないかなぁ」

「それは普通の大学の話。あいつの目指してるのは、国立大の医学部。偏差値が違うのよ、偏差値が。もう、本当に情けない」

 と、しずるちゃんは、その場で頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。

 わたしは、しずるちゃんの肩を撫でながら、

「そんなに落ち込まなくったって。本番の試験の方で頑張ればいいんでしょう」

 と言って、慰めた……つもりだった。

「それはそうなんだけど……。でも、ほぼ満点取って当たり前のセンター試験で30点もミスったのよ。本番でもミスったら、どうしたらいいのよ。あ~ん、こんなんだったら、ホテルに缶詰にしてでも、あたしが監督して勉強させれば良かったぁ」

 と、しずるちゃんの落胆ぶりったら、もうこの世の終わりを見たようだった。

「し、しずるちゃん。今からしずるちゃんが大騒ぎしても、しようがないじゃない。試験を受けるのは、彼氏さんなんだから」

 すると彼女は、ハタと顔を上げると、何か思いつめたように呟き始めた。

「そうよ、試験を受けるのは、あいつ(・・・)。やっぱり『胸を触らせる』程度じゃ、足りなかったのに違いないわ。もっとあいつ(・・・)が本気になれるような『エサ』を考えないと……」

 しずるちゃんの目はどこか遠くを見ているようで、眼鏡をかけているのにピントがズレているように見えた。

「しずるちゃん、ダイジョブ?」

 と、わたしは、かがんで覗きこむように彼女の顔を見ようとした。すると、しずるちゃんは、いきなりわたしの胸もとを捕まえると、

「千夏。男の子が一番興味があって、それを与えれるとなったら本気を出すような『何か』ってあるかしら」

 と、凄い勢いで訊いてきたのだ。

「そ、そんなの……分かんないよぉ」

 わたしが困って、そう答えると、

「大丈夫よ、千夏にだって彼氏(・・)が居るんだから。ねぇ、大作くんが一番期待してて、本気を出せるようなモノって何? 教えて!」

 しずるちゃんは目が血走っていて、到底尋常とは思えなかった。仕方なく、わたしは何とか想像に想像を重ねて、思いついたことを適当に口から放った。

「き、キス……かなぁ」

「キス? キスなんてカードは、とっくに使っちゃったわよ。そんな程度じゃダメなの。もっと凄い何かってある?」

「じゃ、じゃあ、抱きしめさせてあげるとか。……す、スキンシップってやつは?」

「え~、そんなんで良いの。しまったわ。あたし、これまでサービスしすぎたのかしら。こんな程度じゃ、あいつを本気にさせられない。どうしよう、千夏。もう、奥の手を使わないとダメなのかしら」

「奥の手って?」

 わたしは、何か嫌な予感がしたものの、思わず訊き返してしまった。

 すると、しずるちゃんは、ほんのりと頬を染めると、呟くように、

「えっち……」

 と、言った。

「しずるちゃん、それは早いよ。わたし達、まだ高校生だし」

 彼女の返答に、わたしは真っ赤になってしまった。

「大丈夫よ、ちゃんと体温測って日数計算するし、避妊もするから」

「しずるちゃん、そーゆー問題じゃないよ。早過ぎるよ」

 すると、しずるちゃんは、再び項垂れると、

「分かってはいるのよ。でも、もう他に手がないのよ。手段を選んでいられないの」

 と、思いつめた顔で応えた。これは、何か代案を考えないと、本当に自分の身を犠牲にしてしまうかも知れない。

「えーと、あーと……。ね、しずるちゃん、何も自分の肢体(からだ)を使うことだけが、ご褒美じゃないでしょう。それに、ご褒美がなくっても、本気に出来るかも知れないよ。あーと……例えば、『合格しなきゃキスしてあげない』とか」

 わたしは、苦し紛れに、こんな変な提案をした。う~ん、自分でも何かおかしいような気がする。

 ところが、それを聞いたしずるちゃんは、パァっと輝くような笑顔で答えたのである。

「そうか、そうよね。何かあげるとかじゃなくて、禁止にするってのもありなのね。例えば……そう、『模試でA判定が出るまでデートしない』とか、『医学部、合格しなかったら別れる』とかよね」

「あ……いや、それは極端かと」

 しずるちゃんのように頭の回転が早い人には、良くない提案だったかな。すぐに暴走しちゃうから。

「しずるちゃん、あんまり極端なことしたら、彼氏さんが可哀想だよ」

 わたしは、少しだけ彼氏さんに同情して、そう言った。

「いいえ、良いのよ。これぐらいしないと、あいつ、本気にならないから。千夏、本当にありがとうね。千夏がいてくれて、あたし、本当に助かったわ」

 しずるちゃんはそう言って、わたしの手を包み込むように握った。さっきと違って、目から生気が溢れている。


(すんません、彼氏さん。わたしじゃ、しずるちゃんを止められなかったよ。ほんっとうにごめんなさい)


 わたしは、心の中で、しずるちゃんの彼氏さんに平謝りしていた。




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