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しずるとなちると弟クン(3)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校三年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。入学してきた新一年生の勧誘活動中。お茶を淹れる腕は一級品。

・那智しずる:文芸部所属の三年生。学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。舞衣の暗躍の所為で、今では学園のアイドル的存在に。

・高橋舞衣:舞衣ちゃん。文芸部の二年生。一人称は「あっし」。身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして金の亡者。ついたアダ名が『文芸部の守銭奴ロリ』。毎度毎度、しずるをダシにしては金儲けを企んできた。忍には自らを「センパイ」と呼ばせてこき使おうとしている。

・里見大作:大ちゃん。二年生で千夏の彼氏。一人称は「僕」。2mを越す巨漢だが、根は優しいのんびり屋さん。千夏に首ったけ。

・西条久美:久美ちゃん。高校二年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。

・西条美久:美久ちゃん。二年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。

・那智忍:弟クン。文芸部に入部した一年生。しずるの弟。一人称は「ボク」。姉思いで、幼馴染み達からは「シノブ」と呼ばれている。しずると同様に背が高い美形男子。舞衣に下僕として目をつけられた。

・望月泰平:泰平クン。忍の同級生で那智姉弟の幼馴染み。一人称は「ぼく」。しずるに憧れて入部した。

・藤岡淑子:国語教師で文芸部の顧問。喋らずにじっとしていさえすれば、超のつく美人。しずるの事情を知っている数少ない人物の一人。

・吉岡先生:生徒指導担当の男性教諭。藤岡先生の後輩で、彼女からは「吉岡くん」と呼ばれている。












<コンコン、コンコン>


 わたしは、図書準備室の扉を軽くノックした。


「……あ、はい。どうぞ」

 変声期を過ぎてはいるが、未だ幼さの残る男の子の声が応えた。

「こんにちは。もう皆、来てる?」

 わたしは、部室の扉を開けると、中を覗いた。

「あ、千夏(ちなつ)部長っすか。お疲れ様っす」

 何だ、そのおっさん臭いのは……。わたしは、舞衣(まい)ちゃんと弟クンが居るのを認めると、室内に入って、扉を締めた。

「こんにちは、岡本(おかもと)センパイ」

 こちらの丁寧な物言いは、弟クンだ。さすが、しずるちゃんの(しつけ)が行き届いている。

「ちぃーっす、岡本部長。しずる姉さんは?」

 おいおい泰平(たいへい)クン。わたしでは役不足ですか? これでも、部長で、現役の女子高生なんですけど。

 わたしは、「ふぅー」と溜息を吐くと、

「一年生達も早いね。しずるちゃんはね、生徒指導室だよ。遅れるし、もしかしたら来ないかもって」

 と、にこやかな表情で返答した。

「何だ。そっかー。残念だなぁ」

 そうですか、泰平クン。しずるちゃんで無くって悪かったね。

 でも、わたしは笑みを崩さなかった。

 わたしは、部長。最年長者だよ。よゆーのあるところを見せなくちゃ。

千夏(ちな)っちゃん、ちぃーっす。遅かったね。早くお茶淹れてよ」

 そんなわたしの目論見は、早くも砕け散った。全くもう、このお姐さんは。

 でも、平常心、平常心。

藤岡(ふじおか)先生も、来てたんですね。わたし、てっきりしずるちゃんの方に行ってるのかと思ってました」

 テーブルの一番向こうで、椅子に座ってふんぞり返っている文芸部顧問にも、わたしは余裕の対応を心掛けた。なんたって部長ですから。

「ああ。あっちは吉岡(よしおか)くんに任せた。今日もあの子、うるさくってさぁ。美人の女子高生と話してれば、少しは気も晴れるだろうとね。これも先輩の心遣いよ」

 ああ、この人は……。『吉岡くん』とは、藤岡先生の大学の後輩で、去年から生徒指導を担当になった吉岡先生の事だ。


(吉岡先生は、アンタの事が好きなんですよ。どうして、そんな要らん気をまわすかなぁ)


 国語担当教諭である筈なのに、行間を読むという事を全く分かっていない先生は、

「ねぇーえー、千夏っちゃん。おー茶ぁー」

 と、テーブルに頬杖を突いて、催促をしていた。普通にして黙ってさえいれば、美人なのになぁ。

「はいはい、分かってますよ、先生。今、淹れますから」

 わたしは急いで奥に進むと、テーブルに鞄を置いた。制服のブレザーを脱いで椅子の背にかけると、シャツの袖を捲る。

「すいません、岡本センパイ。ボク、勝手が分からなくて。取り敢えず、お湯は沸かしたんですけれど」

 わたしの動きに同調するように、すぐに椅子から立ち上がった弟クンは、そう話しかけて来た。

「うん。もう、お湯が湧いてるんだね。さっすが弟クン」

 わたしは、優秀な彼を見上げた。弟クンの身長は、百八十センチ近い。大ちゃん程の身長差は無いけれど、ちっこいわたしには同じようなものだ。

 しずるちゃんといい、弟クンといい、どうして皆そんなに背が伸びるかなぁ。那智(なち)家では、いったいどんな食事をしているのだろう?

「千夏っちゃん、まぁーだぁ。お茶。美味しいお茶ぁー、飲みたぁーい」

 駄々っ子かよ……。はいはい、分かってますよぉー。

「先生、もう少し待って下さいね。良い茶葉ほど、ゆっくりと時間をかける必要がありますから」

 わたしは、尚も心の平静を確保すると、なるべく優しい声で、そう応えた。

「ごめんなさい、岡本センパイ。大体の淹れ方は調べたんですが、茶葉とか茶器とか、どれを使えばいいのかよく分からなくて」

 本当に済まなさそうな声が、斜め上から降ってきた。何だろう、このいつもと同じような感覚は。

 わたしは、そんな事を考えながら、爪先で背伸びをしながら戸棚を開けようとしていた。

「あ、ボクがやりますよ」

 フワッと背中から頭までを包み込むような雰囲気の中で、わたしは一瞬、目眩くような香りに飲み込まれたような気がした。

 なんだか胸が熱くなって、息が上がるような気分。それは、わたしがいつもしずるちゃんに感じている感覚に似ていた。

 自然と頬が火照ってくる。そういうのが自覚された。これも、那智の遺伝子なの?

「あ、ありがと。弟クンは紳士だね」

 自分の女の部分が刺激される感覚を隠すように、わたしは上を見上げた。彼の顔を下から覗く格好になる。

「ええーっと、どれですか?」

 そんなわたしの心情は、二つ下の彼にはバレていないだろう。

「あ、あのね、開けたすぐのところの四角の黒い缶。分かる?」

 わたしが平静を装って指示を出すと、弟クンはすぐに理解したようだった。

「これですか」

 彼はそう言いながら目的の(ブツ)を取り出して、わたしに見せてくれた。しずるちゃんと似てはいるが、微妙に異なった香りの息がかかる。

「あ……」

 わたしは思わず赤らんだが、

「あ、う、うん。そだよ。それそれ」

 と言うが早いか、目を背けるように俯いた。


(バレた……?)


 そう思うよりも早く、

「あ、すっ、すいません。失礼しましたっ」

 と、彼は慌ててわたしから離れた。


(はぁー。初心(うぶ)だなぁ)


 未だ熱い心動を我慢しながら、わたしはチラッと彼を覗き見た。

 えっ、……真蒼な顔をしている。これが年頃の女の子と触れ合ったときの反応か?

「ごっ、ごめんなさい。事故です。ふ、不可抗力なんです。だ、だから……」

 半分涙目になりながら言い訳をしている弟クンは、心底、何かを恐れているかのようだった。

「……?」

 それで、逆にわたしは、一ミリ秒で平静を取り戻すことが出来た。

「だ、だから、……大ちゃんセンパイには黙ってて下さい。お、お願いしますっ」

 まるで死刑台の前の咎人を見ているようだった。それ程に、大ちゃんの威嚇は効果を発揮していたらしい。

「あ、あはは……。だいじょぶ。だいじょーぶだから。大ちゃんだって、獲って喰いはしないから」

 わたしは、呆気に取られて仕舞った。弟クンを安心させようと、そんな事を言う。

「……え? あ、いや。……そうですか」

 ようやく彼は返事をしたものの、未だ目が潤んでいた。ほんとに怖がっている。何なのだ、この危機察知能力は。長年に渡って弟という立場で過ごしてきた間に刻み込まれた本能なのだろうか……。


「ねぇーえー、千夏っちゃん。まぁーだぁー」


(あー、うるさいな。こっちは、それどころじゃ無いんだよ。人の生命がかかってるんだから)


 どーいう訳だか弟クンは、大ちゃんの事を要注意の重大危険性動物と認識したようだった。実際、彼が怒ったら、熊さえ素手で倒せるのだ。わたしは、忘れかけていた大ちゃんの過去を思い出した。


「だいじょぶ、だいじょぶだよ、弟クン。こんな事くらい、大ちゃんは気にしないし。わたしだって、いちいち大ちゃんに報告するような事はしないから」

 未だ耳が熱かったが、わたしは何でも無いように笑い顔を作って、彼にそう言った。

「あ、そうですか……。よかったぁ」

 そう言って弟クンは、ホッと胸を撫で下ろしていた。

「じゃ、うるさい人も来てるし、さっさとやっちゃおうか」

「は、はい」

 わたしは、弟クンに手伝ってもらいながら、お茶の用意を続けた。

 今日は特別に、とっておきのダージリンにした。藤岡先生を待たしちゃったからな。特別サービスだよ。

 この茶葉は、充分に時間をかけて蒸らさないとならない。わたしは、いつものとは違う砂時計をひっくり返して、茶葉が開くのを待つ。

 その間に、人数分のティーカップを温めておかなきゃ。

 そんな事を弟クンに説明しながら、二人で砂が落ちきるのを待っていた。

「あ、岡本センパイ。砂が全部落ちましたよ。出来ましたね」

 弟クンが、目を輝かせている。

「そだよ。これで出来上がり。じゃ、テーブルに持って行こう。手伝ってね」

 わたしは弟クンにお願いして、温まったカップとスプーンや砂糖壺を乗せたお盆を持って行かせた。わたしは、ティーポットを持って、彼の後に着いて行った。

「はーい、お待ちどうさま。出来ましたよ」

 わたしがそう言うと、

「やったー。やっと来た。これこれ」

 と、国語教師は満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。テーブルでは、もう弟クンがカップを用意していた。

 わたしは、並んだカップの端から出来たてのお茶を注いでいった。濃さが均等になるように、一旦半分ずつ注いで、復路でいっぱいにする。

「わぁ、すごく良い香りですね。これがダージリンですか」

 弟クンが、驚いたようにそう言った。

「そだよ。香りだけじゃなくって、味も最高だよ。泰平クンも手伝って。冷めないうちに飲んでもらわないと」

 わたしは、もう一人の一年生に声をかけた。

「ほれほれ、泰平クンも負けずに手伝うっすよ。しずる先輩が居ないところでも頑張ってるっていう実績を積んで置かないと、いつまでも認めてもらえないっすよ」

 舞衣ちゃんが、隣でホケーっとしていた彼に発破をかけた。

「そうっすよね。舞衣ちゃんセンパイ。ぼくもシノブ以上に頑張ってるとこを見ていてくださいね」

 泰平クン、君は分かりやすいな。恋する少年はすっくと椅子から立ち上がると、弟クンと一緒に淹れたての熱いお茶を、テーブルの皆に配ってまわっていた。

「おう、来た来た。これよ、これ。んー、良い香り」

 よっぽと待ちかねたのか、藤岡先生はまだ熱い紅茶をソーサーごと持ち上げると、カップを口元まで持ち上げた。湯気の向こうからフゥーフゥーと息を吹きかける。

 そして一口。特別の茶葉から抽出された旨味を楽しんでいるのだろう。口元が何とも言えない曲線を描いている。

「んんー。おーいひぃー。さっすがは千夏っちゃん」

 結婚適齢期だというのに、藤岡先生は子供のような笑顔を見せていた。

「どんなに褒めても、これ以上はなんにも出ませんよ」

 わたしも席に着くと、先生に一言釘を刺した。

「上等上等。もうこれ以上無いってくらいに美味しいから。ウ~ン、幸せぇ」


(その幸せそうな顔を、吉岡先生にこそ見せてあげればいいのに。吉岡先生も、しずるちゃんをダシに使ってばかりいないで、もう少し積極的にアタック出来ないかな。藤岡先生のお守りも大変なんだから)


 わたしは、そんな事を考えながら、出来たてのダージリンを一口すすった。


(うぅーん、おいし。さっすが、とっておきの茶葉。藤岡先生には、ちょっと勿体無かったかな)


「あ、岡本センパイ。この紅茶、本当にすごく美味しいですね」

「シノブの言う通り、とっても美味しいです。文芸部に入ると、毎日こんな美味しいお茶が飲めるんですね」

 一年生達は口々に、紅茶の香りと味に驚いていた。

 でも、ここは文芸部。褒めるところは、お茶の美味しさじゃ無いんだけどな。

「褒めてくれて、ありがと。少なくとも、わたしが引退するまでは、この味は保証するけどね。その後は知らないよ」

 紅茶が美味しいと言われたのは嬉しいけど、これにはタイムリミットがあるのだ。

「ええー、そんな事言わないでよ。千夏っちゃん、引退してもお茶淹れに来てよぉ」

 また藤岡先生が、駄々っ子のような事を言った。

「そんな無理言わないで下さい。これでも受験生なんですから」

 わたしは、至極当然の返事をした。

「そんなぁ、千夏っちゃん。ならば……、那智 (弟)(なち おとうと)、君がこのお茶の味を継承するのだ」

 先生はそう言うと、いきなり弟クンを指差した。

「あ、え……。ぼ、ボクですかぁ。なんで、ボクなんです。大ちゃんセンパイも、料理とか上手だって聞いてますよ」

 いきなり振られた難題に、彼は難色を示した。

「だいじょぶ、だいじょーぶよ。那智家の台所の味は、君が守っているんでしょう。ちゃんと知ってんだから」

 ほう、そうなのか。先生から知らされた意外な事実に、わたしは感心していた。

「いや、まぁ、確かにそうですが……」

「シノブん家、共働きだからな。家事全般は、シノブの担当なんだよ」

 と、泰平クンは、あっさりと那智家の内情を公開して仕舞った。

「おい、タイヘイ、勝手にバラすなよ。……まぁ、両親が帰ってくるのは遅いし、出張もありますんで。それに、忙しい姉さんに、負担をかける訳にはいかないから」

 弟クンは、口をモゴモゴさせながら、那智家の事情を語ってくれた。

「弟クンは、お姉さん思いなんだね」

 そんな彼が愛おしくなって、わたしは思わずそんな事を口走った。

「岡本センパイ……。そんな、ボクは、ただ……」

 そう応える彼は、どうしてか複雑な表情をしていた。


 そんな時、<バタン>と大きな音がして、部室の扉が開かれた。


(え? なに?)


 驚いたわたし達が、ドアの方を見やると、そこには肩で息をする巨体が立っていた。

「た、大変です。し、しずる先輩が、倒れた! んだなぁ」

 若干のんびりとした口調ではあったが、大ちゃんはその緊急性をキチンと表現出来ていたと思う。

「え! 姉さんが倒れたって!」

 そう叫んで立ち上がった弟クンは、息つく暇も惜しんで図書準備室の扉から飛び出して行った。


 一体、しずるちゃんに何が起こったのだろう。わたしは、なんとも言えない表情をしている大ちゃんを見上げていた。




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