しずるとなちると弟クン（１）
◆登場人物◆
・岡本千夏：高校三年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。入学してきた新一年生の勧誘活動中。
・那智しずる：文芸部所属の三年生。舞衣の暗躍の所為で、今では学園のアイドル的存在に。
・高橋舞衣：舞衣ちゃん。文芸部の二年生。一人称は「あっし」。身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。毎度毎度、しずるをダシにしては金儲けを企んできた。
・里見大作：大ちゃん。二年生で千夏の彼氏。２mを越す巨漢だが、根は優しいのんびり屋さん。
・西条久美：久美ちゃん。高校二年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は左で結んでいる。
・西条美久：美久ちゃん。二年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は右で結んでいる。
二人共、オシャレや占いが大好き。隠れた才能も持っているらしい。
・那智忍：弟クン。文芸部に入部した一年生。しずるの弟。しずると同様に背が高い美形男子。舞衣に下僕にされようとしている。
今年は一年生を二人も確保出来た。しかも、男の子が二人。
例年に無い快挙に、わたしの心は弾んでいた。
「ルンルンルン」
お昼休み、わたしは昼食を終えて、お手洗いに行こうと廊下を歩いていた。
校舎や中庭のそこここには、新一年生を迎えて活気づいている。未だ、新入部員の勧誘合戦は終わった訳では無い。文芸部にも、もう一人か二人は入部して欲しいな。
なんて思いを浮かべながら、わたしは廊下を歩いていた。
そんな時、
「あっ、部長ぉ」
「千夏部長じゃないですかぁ」
そんな声をかけてきたのは、誰？
わたしが声の方を振り返ると、そこに居たのは、
「久美ちゃん、美久ちゃん。どしたの」
鏡対象に結んだサイドテールに華のような笑顔を浮かべた彼女達は、文芸部の二年生、双子の西条姉妹だった。
「どうしたってぇ」
「お天気がいいのでぇ」
『お散歩なのですぅ』
そうか……、散歩か。
「そだよね。四月になってから、急にあったかくなったよね。まさに、お散歩日和だね」
わたしも、何だか気分が良くなって、彼女達にそう応えた。
「部活、新入部員が来てくれて良かったですわねぇ」
「私達にも後輩が出来て、嬉しいのですぅ」
そう言う彼女達に、
「だよねー。でも、もう何人かは欲しいよねぇ。出来れば、女の子が」
と、わたしはさっき思っていた願望を語った。すると、久美ちゃんは、ちょっと引くような感じで、こう応えたのだ。
「あ、ああ……。そうですよねぇ。千夏部長は、アレだからぁ」
それで、美久ちゃんも何か気が付いたのか、
「ですよねぇ。だって、部長だものぉ」
と、声を潜めるように言った。
「え？ 何なに。わたし、変な事、言った？」
どこがおかしかったのか分からず、わたしは彼女達が含みを持たせたところを聞き出そうとした。
「え、だってぇ」
「部長ってぇ……」
遠慮しがちな久美ちゃんと美久ちゃんに、
「あ、あれ。わたし、どっか変？」
と、尚も訊くと、
「千夏部長ってぇ……」
「百合っぽいですからぁ」
と、返事があった。
「え？ へっ。百合っぽい……って、なにそれ」
思いもしなかった言葉に、わたしは焦った。
「だってぇ、部長がしずる先輩を見てる時ってぇ」
「何だか、尋常じゃないですものぉ」
『妙に熱を帯びていますよねぇ』
ええいっ。そんなところまでハモらなくてもいいよ。ってか、百合っぽいってナニ！
「わ、わたし、百合っぽくなんか無いよ。ちゃんと彼氏だって居るし」
確かに、しずるちゃんには見惚れて仕舞う事もあるけど。それは、しずるちゃんがすんごい美少女だからで、決してわたしが百合っぽいからじゃ無いっ。
わたしは、自分の百合疑惑を、懸命に否定しようとしていた。
「そうは言いますけどぉ」
「やっぱり、あの目はぁ」
『しずる先輩に恋をしている目ですわぁ』
そう言いながら、二人は互いを庇うようにして、わたしから一歩遠退いた。
「そんな事ないよ。しずるちゃんは特別に美人だから、羨ましくて憧れてるだけだよ。わたし、しずるちゃんの事、変に思ってなんか無いから！」
彼女達の態度に、わたしは向きになっていた。
「わたしだって、しずるちゃんにだって、ちゃんと彼氏が居るんだよ。そんな変な気持ちなんて、持って無いから」
そう主張するも、二人のわたしを見る目は、少し警戒感を持っているようだった。
（うううっ。わたしとしずるちゃんって、そんなふうに見られてたんだ）
わたしが少し落ち込んでいる時、窓の外から、こんな話声が聞こえてきた。
「ねぇねぇ、今度の一年生に、すっごい綺麗な男の子がいるって知ってる？」
「ああ、聞いた聞いた。三組の子でしょ。すんごい美形な上に、高身長でさぁ」
「そうそう。あんだけタッパあるんだから、バスケ部に入ってくれないかなぁ」
「バレー部も狙ってるらしいよ。でね、聞いた話じゃ、その子、那智先輩の弟さんなんだって」
「ええっ、ウソ！」
「マジで。マジで、しずる先輩の弟なの？」
「それでかぁ。那智先輩の弟なら、イケメンの筈だわ。なんか、納得」
「じゃあさ、今日の放課後にさぁ、誘いに行こうよ。男バスの部長連れて行ってさぁ」
（あ、弟クンの事だ。やっぱり、皆、目ぇ付けてたんだ）
わたしは、そう思って聞き耳を立てていた。
久美ちゃん達を見ると、彼女達も窓際にやって来て耳をすませていた。
見つからないように意識した訳ではないが、自然と中腰になって仕舞う。
「部にイケメンが居ると、何かこう、「やってやるぜっ」、って気になるよねぇ」
「絶対、男バスに入ってもらおうよ」
「うーん、それがさぁ……。もう、お手付きらしいのよ」
「ええっ、何それ！ 手が早いなぁ。誰なのよ」
「文芸部の、……守銭奴ロリ」
「たっかはしかぁ。相変わらず目敏いなぁ、アイツ」
（……『守銭奴ロリ』って。舞衣ちゃんて、そんなふうに言われてんだ）
「文芸部かぁ。しずる先輩も居るしなぁ」
「高橋が相手じゃ、無理っぽいね」
「……あっ。でも、アイツのことだから、きっと、特性ブロマイドとか売り出すんじゃないのかなぁ」
「ありえるぅ。守銭奴ロリの考えそうな事だよね」
「アタシ、那智先輩の弟さんのなら、多少高くても絶対欲しい」
「ワタシも。絶対欲しいよね」
「今のうちに、守銭奴ロリにリクエストしとくか」
「だねぇ。……ちょっと待ちぃ。今、サイト見てみるね。……おおっ、もう特設ページが出来とる」
「え？ ホント。見せて、見せてよ」
「ほらほら。……このバストアップとか」
「うおう、マジで美形やん。乙女ゲーの男子みたい」
「だよねー。やっぱ、遺伝子なのかなぁ。こんな綺麗な男の子って、アタシ、初めて見た」
「……あっ、何コレ！ しずる先輩との姉弟ツーショットじゃない！」
「いやぁ、マジやばい。マジ、欲しい……って、二千円かぁ。でも、先着五十名だし。……う〜ん、ポチる」
「アタシもポチっちゃった」
「ワタシも。でも、さすがは守銭奴ロリ。ツボを押さえてくるわね」
「あっ、こっちにしずる先輩の新しいのがある！ これもポチっちゃおう。んー、お小遣い無くなっちゃうよぉ」
「あーん、でも欲しいんだモン。しずる先輩って、マジ女神」
（…………）
外の会話を聞いていて、わたしは頬に冷や汗が伝うのが分かった。
そっと、隣の久美ちゃんを見る。
「舞衣ちゃん、もう弟クン用の専用ページ作っちゃったんですねぇ」
彼女は、少し真面目な顔をして、小声でわたしに話し掛けた。
「確かに、しずる先輩の弟クン、綺麗な顔してるし、背ぇ高いし、髪の毛もサラサラなのですぅ。私だって、弟クンの写メ、欲しいのですぅ」
美久ちゃんも、小声だったが、そうボヤいていた。
「でもさぁ、しずるちゃんと弟クン、二人共、文芸部で押さえちゃって良かったのかなぁ。暴動とか起きないよねぇ」
わたしは嫌な予感がして、そう呟いて仕舞った。
「うーん、それは大丈夫じゃないですかねぇ」
久美ちゃんは、少し頭を傾げると、大丈夫と言った。
「どして？」
わたしが理由を訊くと、
「文芸部には、しずる先輩がいますからぁ。きっと、他のどの部に入っても、妬まれますわぁ」
「文芸部のしずる先輩は、ある種、神格化されてますからぁ。そこに弟クンが入ったのなら、返って諦めがつくんじゃないでしょうかぁ」
と二人は、自分達の考えを話してくれた。
（そ、そうか。そなんだ……。さすがは那智姉弟のカリスマ。恐るべし）
「それ以外じゃ、生徒会本部くらいですよねぇ」
「帰宅部とか、許されなさそうですしぃ」
ナルホド、そーゆー事かぁ。
久美ちゃん達の分析に、わたしは納得して仕舞った。
「こんなんで、部活の運営って上手く出来るかなぁ。ちょっと心配……」
わたしは、校内の評判に少し怖気づいて、そんな言葉が口を吐いて出て仕舞った。
「だ、大丈夫ですよぉ」
「千夏部長なら、しっかり運営出来ますよぉ」
と、久美ちゃんと美久ちゃんは言ってくれた。でも、
「ほんとにそう思う？」
と、わたしは二人に聞き返してみた。
「あ……、えーとぉ」
「し、しずる先輩も居ますしぃ」
『きっと、何とかなりますわぁ』
うーん。ハモって言われてもなぁ……。
わたしが神妙な顔をしていると、
「あっ、私達、午後からの授業の準備がありましてぇ」
「選択科目なんですのぉ」
『係の仕事がありますので、もう行きますわねぇ』
と言い残して、双子達は二人仲良く行って仕舞った。
（ああっ、逃げたな。おのれ……）
廊下をトテトテと小走りで去ってゆく彼女達を見送りながら、わたしは「はぁ」と溜息を吐いていた。
しずるちゃんの紹介って事で、安易に縁故採用に頼っちゃったけど、思った以上に影響力の高い那智姉弟に、わたしは面食らっていた。
（さて、今年はどうやって部を運営しようかなぁ）
廊下を歩きながら、珍しくわたしが脳細胞を使っている時、どこかからか覚えのある声が聞こえてきた。
「こら、弟クン、もっと気張るっすよ」
「そんな事言っても、センパイ。これが限界です」
「情けないぞ、弟クン。背ぇ高いんだから、きっと届く筈っす」
（はて、なんであろうか？）
わたしは、声のする方へ、廊下から中庭へ出て、生い茂る木樹を植えてある方へと歩みを進めた。
「しゃーないな。……よし、弟クン、そこへ跪け」
「えー！ ボク、そんな趣味無いですよ」
「勘違いするなっす。いいから屈め。あっしの前に跪くっす」
「やですよ。ボク、ＳＭとか興味無いし」
「違うっす。いいから屈むっす。ちゃんと出来たら、後でパンツ見せてやるっすから♡」
「いっ、いや。け、結構ですっ。女の人の下着は見慣れてるから」
「うっきー。それは、あっしに対する侮辱っすか。……何でもいいから、さっさと屈むっす」
（へ？ 一体、あいつらは何やってんだよ）
中庭の隅っこに出たところで、わたしが見つけたのは……。
「もう、舞衣ちゃんも弟クンも、こんなところで何やってんだよ」
二人に声をかけた時、舞衣ちゃんは弟クンの身体に股がろうとしたところだった。
「あ、岡本先輩……」
「おっ、部長じゃないっすか」
舞衣ちゃんは何でもないように応えたが、彼女の下の美少年は真っ赤な耳をしていた。
まぁ、会話だけ聞いてれば、何か卑猥な事でもしてるんじゃないかと思われるだろうよ。
「もう、二人共、猫一匹捕まえるのに何やってるのさ。先生に言って、梯子を貸してもらおうよ」
その光景は、何か去年に同じような場面があったような……。そんな既視感に襲われるような場面だった。
「だからぁ、今、弟クンに肩車をさせようとしていたところっす」
「肩車だったら、そうだって最初から言って下さいよ、センパイ」
「だっからぁ、最初からそのつもりだったっす。ほれ、さっさと立ち上がるっす」
（……ああ、こいつらは、何やってんだか）
さっきとは別の意味で、わたしは先が思いやられる気がした。
左手で額を押さえながら、
「もう、昼休み、終わっちゃうよ。さっさと猫、捕まえちゃいなよ」
とわたしが言うと、
「そのつもりだったっす。さぁ、弟クン、立ち上がるっす。その勇姿を部長に見せつけてやるっすよ」
と、舞衣ちゃんは、訳の分からん中二病のような台詞を吐いていた。
「じゃ、行きますよ、センパイ」
「おうさ」
と、掛け声とともに弟クンは立ち上がった。上に乗った舞衣ちゃんが手を伸ばすと、枝の上で降りられなくなった猫は、危機を感じてか毛を逆立てていた。
「おのれ、小童が。しずる先輩の時とは反応が正反対っすね。……いいから大人しく捕まるっす」
嫌がる猫を強引に捻じ伏せると、舞衣ちゃんはその身を絡め取った。
「うおっ、暴れるなっす。……もういいっすよ、弟クン」
彼女の胸の中で尚も暴れる猫をキツク抱き締めた舞衣ちゃんが、そう声をかけた。
「じゃぁ、降ろしますよぉ」
下の弟クンは、そう言って屈んだ。
「フヒヒヒ。あっしにかかれば、ざっとこんなモンすよ。……部長、この子の事、頼むっす」
舞衣ちゃんに言われて、わたしは尚も威嚇する猫を彼女から受け取った。
わたしの胸に抱かれると、一年経って大人に成長した猫は、とたんに大人しくなって、咽をゴロゴロと鳴らし始めた。
「うー、失礼なヤツっすね」
「そりゃしようがないですよ、センパイ。動物は人を見分ける、って言いますから」
「そりゃ、どーゆー意味っすか、弟クン」
（あーあ。なにやってんだか）
新たに復活した凸凹コンビを見ながら、わたしは、そんな事を思っていた。
